NO32. 実子と養子


毎年夏休みに当時の職場の先輩との1泊旅行を続けています。

1年に1回だけ宿泊地に集合して、
1年間のもろもろをただただしゃべり疲れ て寝る・・・という旅行。
今年は9月に入ってから箱根に行って、夕食後いつものようにベッドにころ がってあれこれ話しました。

その先輩は私が勤め始めた頃、親に手離された1歳半の子を養女に迎え、
そのMちゃんがうちの下の子と同い年なので、今中学1年生です。
先輩の自宅を職場にしていたので、Mちゃんとはしょっちゅう顔を合わせ、「おかちー」と慕ってくれていました。

産みの親ではないということは早くに本人に告知していたのですが、
その年令年令で改めてわかること、疑問に思うことがあるようで、
どう対応しようかという悩みもよく聞きました。

4歳ではっきり告知した時は、
「ふーん」という感じで、お友だちにも平気で言いふらして困らせていましたが、しばらくすると産みのお母さんについての質問攻めへと変わっていきました。

Mちゃんの両親は16,17歳ぐらいでかけおち結婚をし、
Mちゃんが生まれて1年後、お母さんがいなくなってしまい、
途方にくれたお父さんが福祉に相談したようです。

「それでもその1年間は一生懸命育てたんだなあっていう感じがするのよ」と先輩が、Mちゃんの数少ない持参品、母子手帳と数枚の写真、そして女の子だからと作ったのだろう、Mちゃんの名前を彫った立派な印鑑を見せてくれました。

母子手帳にはいかにも幼い丸文字でMちゃんの成長が書かれ、
写真は親の姿の写った物はもらえませんが、ちゃんと片付いた部屋に、ヤンママらしい可愛い布団や家具が写っていました。


その中の1枚にMちゃんにミルクを飲ませているお母さんだろう人の手が写っているものがあり、一時期“この写真と同じ向き、同じ形で私に哺乳瓶をくわえさせて“と言っていたのが忘れられません。

そのMちゃんが中学1年生になり、
先輩が「この頃女になっていくあの子の色気に、何か自分にはないものを感じるの。産んだお母さんは早熟な色気のある人だったんだろうな、と思うと、この子の中からこれから何が出てきてもおかしくないなって思う。」と言います。
確かに先輩は色気からは程遠い人、色気も遺伝子だとするならばそれは産みのお母さんのものかもしれません。


でも、この子の中から何が出てくるかなんて、産んだ親にもわかるものではありません。
そして、今、Mちゃんのピアノの腕前は、
一流の先生に「プロにならないか」と言われるほどだそうです。
まだ保育園の頃、練習しないことを怒られて泣きながら弾いていたMちゃんを可愛そうだと思ったものですが、
今やMちゃんにとってピアノは自分の大事な自己表現の道具であり、
アイデンティティーの一部なのでしょう。

色黒でぽっちゃりしていて、奔放に遊ぶのが好きだったMちゃんの中にあった、音楽的な芽は、
音楽をこよなく愛する先輩でなければ見つけること・育てることはできなかったでしょう。


私たちは自分で産んだということに甘えて、この先輩のような腹のすわり方ができずにいるような気がします。
産んだからといって、親だからといって子どもがどうなっていくかわかるわけではないし、思い通りにできるわけでもない。
だからといって何もできないわけではなく、
産みの親だろうが、
育ての親だろうが、
一人の人として自分の信じるところを精一杯ぶつけていくことしかできないのではないでしょうか。


子どもという一人の人間、子どもという別の人間がどんな風に育っていくのか、
「へーえ」「へーえ」と言いながら、楽しみに子育てしていけたらいいなあ、と思っています。


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