灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

4月~その1



それは、いつも通り、まるちゃんがスキップなんかしながら公園から帰るところでした。
いつも通りのまるちゃんは、スキップをしそこねて思いっきり転んでしまいました。
「おう、いってー、こんな所で転ぶなんて。」
もそもそと独り言を呟いた時でした。
「だいじょうぶですか?」
そっと差し伸べられた、いやに細長い指をした手。
何も考えずに手を差し出すと、まるちゃんの体重などものともせずに、引き起こしてくれました。
「けがは無いですか?」
「は、はい。」
自分よりも頭一つ分高いその人を見上げた時、まるちゃんは、夕陽の様な人だと思いました。
「それじゃあ、気を付けて。」
そうして、そのまま、夕陽の人が去って行くのを、まるちゃんはずっと見つめていたのです。

「まるちゃん、おはよう。」
「おはよう、たまちゃん。」
金曜日の朝、まるちゃんは何となく元気がありません。
「どうしたの、まるちゃん。今日は金曜日だよ。明日は土曜日なのに。」
「う、ん。」
1時間目の国語も、2時間目の算数も、まるちゃんは沈んだままです。
「まるちゃん、次は図工だよ。」
天気の良い春の季節、今日は近所の公園でスケッチです。
画板に画用紙をセットして、2Bの鉛筆を持って校庭を出ます。
3階の6年生の教室から、うらやましいとばかりにお姉ちゃんがのぞいていました。
「まるちゃん、白状してよね。いったい何があったのさ。」
「た、たまちゃん。」
たまちゃんは、まるちゃんを人気の無い草むらに連れ込むと、左手を腰に当て、右手でまるちゃんを指しました。
いつにない迫力に、まるちゃんも驚いて、観念したようです。
「あのね…。」
「夕陽の君?」
たまちゃんが聞き返します。
「ほら、よくまんがであこがれている人のことを○○の君って呼んだりするじゃん。だから、夕陽の君。」
「そ、それって、まるちゃん。その人のこと、あこがれてるってこと?」
まるちゃんは黙って頷きました。
「好き、ってこと。」
「うん…。」
まるちゃんはたまちゃんに、昨日の出来事を全て話しました。
「夜、眠れないなんて初めてだよ。」
重傷だ。たまちゃんは思いました。
女の子って、何歳でも自分以外の恋の話は冷静に聞けるものなのです。
「誰だか、解らないんだ?」
「うん…。」
まるちゃんは泣きそうな顔をしました。
たまちゃんはあわてて、
「じゃあ、その人を捜し出そうよ。」
まるちゃんの肩を叩きます。
「私がまるちゃんのキューピットになってあげる。」
「たまちゃん…。」
感激したまるちゃんは、給食の大好きなプリンを、初めて人にあげるという偉業を成し遂げたのです!

「まず、恋のキューピット作戦No.1ね。」
放課後、ランドセルを置いて、いつもの公園に2人は集まりました。
たまちゃんの手には、ハートマークのはいったピンクのノートが握られています。
「作戦、って何か大げさだねえ。」
年寄りくさくまるちゃんが言いました。
「何言ってるの。キューピット役の私としては、誠心誠意、まるちゃんの恋を実らすためには何でもやるつもりだよ!」
力強くたまちゃんは言いました。
「と言うわけで、No.1ね。」
その1.出会った場所に張り込む。
まるちゃんとたまちゃんは、もう2時間もそこにいたのです。
「こないね。」
「そうだね。」
「ねえ、まるちゃん。」
「何?たまちゃん。」
「どんな人だったの?くわしく話してよ。」
「う、ん。」
黒の半ズボンに、襟が白くて深緑のポロシャツ。
あくまでも白いソックスに、黒の運動靴。
背が高くて、細長い指をした大きな手。腕や足もひょろりと長くて。
前髪はきちりと切り揃えられてて…。
「顔は?」
「それが…。」
「顔、見てないの?」
「う、ん。」
夕陽をバックにしたその人の顔は見られなかったのです。
それでも、まるちゃんは好きになってしまったのです。
「でも、服装だけ聞いたら丸尾くんだね。」
たまちゃんがぽつりと言いました。
「丸尾くんなんかと夕陽の君を一緒にしないでよ。全然ステキな人なんだから。」
いきなり激怒したまるちゃんに、たまちゃんは小さく
「ゴメン。」
と言いました。
「もう、帰ろうか。」
まるちゃんが言います。
辺りはもう暗くなっていました。
「うん。明日は、もっと良い方法、考えるね。」
その人の様な紅い夕陽を見つめながら、2人は帰路につきました。

「さくらさん、おはようごいざいます。」
「あ、丸尾くんか。おはよう。」
土曜日の朝、たまちゃんはまだ来ていません。
「丸尾くんか、はご挨拶ですねえ。」
「何か用?」
ぼーっとしながらまるちゃんは言いました。
「転んだトコ、大丈夫ですか?」
「えっ。」
まるちゃんは、今初めて目が覚めた様に丸尾くんを見つめました。
「転んだトコって、一昨日のこと?何で丸尾くん知って…。」
「何で?って助け起こしてあげたじゃないですか。」
まるちゃんは目が点になりました。
「あなたは普段からドジでトロイんですから、気を付けて下さいね。」
「で、でも、メガネ、メガネ掛けてなかったじゃん。」
丸尾くんはふふんと笑ってメガネを軽く上げました。
「コンタクトレンズをしてたんです。」
そうして、まるちゃんに向けた後ろ姿は、まぎれもなくあの夕陽の君でした。
「みんなには内緒ですよ、コンタクトのこと。」
呆然としたまるちゃんは、自分の机の前に立ちすくんだまま、しばらく背負ったランドセルも下ろせずにいました。
「おはよう、まるちゃん。」
「あ、たまちゃん。おはよう。」
「あのねえ、私、とっても良い作戦、思い付いたの。」
「たまちゃん…。」
頬をピンクに染めて話し始めたたまちゃんに、何をどう説明していいのか、まるちゃんには解りませんでした。



【あとがき】~由記~
これこそプロローグだ…と後から思いました(^_^;)
このお話は1ヶ月に1話の読み切り連載モノ(笑)と企画しましたが、4月のお話はこの続きがもう1話あります。
それで、この「丸尾くんがゆく!!!」の登場人物の位置関係がわかります。
高校の時に、よく「羽衣音ってまるちゃんっぽいよね~」「じゃあ由記はたまちゃんか」などと言い合っておりましたが…
正直、小学校時代の由記は「みぎわさん」でした(爆)


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: