灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

5月



「私、ディズニーランド行ってきたの!」
ゴールデン・ウィークがあけて、朝1番に明日香ちゃんが言いました。
「私は北海道のおじさんのとこ!キタキツネとかマリモとか可愛かったよ。」
伊久美ちゃんが負けじと言います。
「梨奈ちゃんは沖縄だって!後で話し聞こうよ。」
「うん。ねえ、私みんなにお土産買って来たの。学校じゃあ渡すの無理だから、今度の土曜日にうちに来ない?」
「いいよ。私もお土産持って来るね。礼子も来るよね。」
「うん、でも私…。」
言いかけたところで朝のチャイムが鳴りました。
-どうしよう…。
がたがたと机につきながら、礼子ちゃんは思いました。
北海道だとか、沖縄だとか、さすがに海外に行った花輪くんは例外ですが、そんな遠くに行けるみんながうらやましい。
誰だって、そこまで行けなくても、ゴールデン・ウィークだもの、デパートや動物園ぐらいには連れて行ってもらってる。
でも…
礼子ちゃんの家は、この地域には珍しく農家です。
郊外の大きな家に大きな畑。
犬2匹と猫3匹を飼っていることが自慢の家でした。
けれども、誰もがどこかへ行くゴールデン・ウィークは農家にとっては忙しい時期で、礼子ちゃんはずっとおうちのお手伝いをしていたのです。
それでも、いつもなら天気の悪い日が1日くらいはあって、映画だとかお買い物だとか、どこかへは連れて行ってもらえるのに、今年はそんな1日すらなかったのでした。
農家にとっては良いお天気も、礼子ちゃんはさすがにうらめしく思います。
1時間目は国語の授業。
先生が原稿用紙を配りながら
「ゴールデン・ウィークの思い出を書いて下さい。」
と言います。
礼子ちゃんにとってのゴールデン・ウィーク。
犬と猫にご飯をあげるのはいつもと同じ。
玄関とお風呂をお掃除して、畑のお父さんとお母さんにおやつを届ける。
それからおばあちゃんとお昼ご飯の用意をして、午後からはお部屋の掃除とお洗濯のお手伝い。
合間を見て宿題をして、そのうち夕ご飯の支度が始まる…。
礼子ちゃんの原稿用紙は真っ白いまま、1時間目終了のチャイムがなりました。

「お土産ねえ…。」
たまちゃんがため息まじりに言いました。
「そんなの、まる子だってお土産買うようなとこ、どこにも連れてってもらってないよ~。気にしなきゃいいのに。」
「そう言うわけにもいかないでしょう。」
丸尾くんが言いました。
「明日香さんや伊久美さんは、お土産交換会なんて言ってるんですよ。」
「そんな時に1人だけ何もなかったら寂しいよね。」
たまちゃんは礼子ちゃんとは結構仲良しでした。
「お土産がないなら、その時に食べるおやつでも持参したら、とはアドバイスしたのですがね。…礼子さんはお土産がないこともあるけれど、ゴールデンウィークの思い出が何一つ無いことが哀しいと言ったんです。」
さすがのまるちゃんもしゅんとなりました。
まるちゃんもゴールデンウィーク中は、遠出こそしませんでしたが、お母さんとお姉ちゃんとデパートに行きました。
お昼にはレストランで美味しいオムライスを食べて、ファンシーショップでお母さんに可愛いメモ帳を買ってもらいました。
美味しくて楽しかった1日。
それすらも礼子ちゃんにはないなんて。
「でも、いまからゴールデンウィークの思い出なんて作れないじゃん…。」
どうしたらいいんだろう。
3人は考えました。
たまちゃんは、前に遊びに行った礼子ちゃんの家のことを思い出していました。
双子のようにじゃれる2匹の白い犬。
茶色と灰色の虎と真っ黒な可愛い猫。
家の廻りぐるりと囲むビニールハウスの中はまるでジャングルのように野菜がなっていて、もぎたてのトマトのみずみずしい美味しさ。
野菜のことは何でも知っていた礼子ちゃん。
「このハウスの奥にはね…。」
ハウスの奥には何があったろう。
「きっと次のお休みには生るよ。」
礼子ちゃんはそれを待ちわびてはいなかったかしら。
「…礼子ちゃんのトコ、行ってみない?」
たまちゃんは2人に言いました。

立ち並ぶ住宅がいきなり切れて、目の前には緑が広がります。
お日さまにキラキラと反射するビニールハウス。
礼子ちゃんは、やっぱりおうちのお手伝いをしていました。
「たまちゃん…。まるちゃんも丸尾くんも。」
軍手を履いた手をとめて、礼子ちゃんは驚きました。
「ハウス見せて!1番奥のハウス!もう生ってるんじゃない?」
「うん、一杯生ってるよ。」
礼子ちゃんはにっこりと笑って言いました。
立ち並ぶハウスの1番最後、長いそのハウスの1番奥。
まるで秘密の花園のようなその場所には。
「うわっ、イチゴ。」
まるちゃんは思わず叫びました。
緑色の葉っぱに白い花。重そうに垂れた茎の先には真っ赤なイチゴ。
「これは…スゴイですね。」
丸尾くんも感心したように言いました。
「食べていいよ。農薬かかってないから。」
礼子ちゃんはそう言うと、大きな赤いイチゴをぷちんととりました。
「いいの?」
まるちゃんはもうイチゴに釘付けです。
「うん、お天気いいからいくらでも生っちゃうの。」
そうしてイチゴをぽんと口にほうりました。
「甘い!」
「美味しい。」
口々に言います。
「…これを、お土産にしたらどうですか?」
ふと、丸尾くんが言いました。
「そうだよ!イチゴなんてこんな嬉しいお土産ないよ。」
まるちゃんも言いました。
「ゴールデンウィーク、礼子ちゃん、一生懸命お世話したんでしょ?それでこんなに甘いイチゴが出来るなんて、スゴイことだよ。」
たまちゃんの言葉に、礼子ちゃんもはっとしました。
「そうだね。…そうだよね。」
礼子ちゃんは力強く頷きました。

次の土曜日のお土産交換会、礼子ちゃんの赤くて甘いイチゴが何より喜ばれたということです。
「お土産交換会行きたいけど、私こそお土産なんて何にもないよ~。」
まるちゃんがぼそりと言いました。



【あとがき】~羽衣音~
農家はゴールデンウィークは忙しい!ってお話…なのか?これは(笑)
いきなり思いついたけど、中途半端で放っておいて、その後がーっと書き上げられたお話です。
さあ「北の魔境 イチゴ狩りツアー 参加者募集中!!!」です。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: