灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

10月



「昨日の火事、恐かったよね~。」
「うん、空が真っ赤になってたよね。」
「消防車何台も来てたよ。」
10月のある朝、近所で起きた火事の話でクラスは持ちきりでした。
住宅街のはずれにぽっかりと空いた草原。
男の子達が競って秘密基地を作ろうとするその場所で、夕べ火事があったのです。
秋の乾いた風が吹く中、枯れ始めた草がごうごうと燃えました。
幸いにも近所に燃え移ることはありませんでしたが、とても恐ろしい出来事だったのです。
「さくらさん、ほなみさん。」
放課後の教室で、丸尾くんが2人を呼び止めました。
「昨日の火事ですがね。」
丸尾くんは息をひそめてこっそりと話ます。
「タバコの投げ捨てが原因らしいですよ。」
「ええっ!」
まるちゃんは驚きました。
まるちゃんのお父さんはタバコを吸います。
あの小さな、燃えているともいないとも見える小さな火が、あんな大火事を引き起こしたのかと思うとぞっとします。
「丸尾くん、私たちで犯人を捜そうってこと?」
たまちゃんが言いました。
「そうも考えたんですが…。」
丸尾くんははっきりしません。
「何なの?うちら探偵団の仕事じゃないの?」
まるちゃんも言いました。
「犯人を捕まえるのは警察の仕事でしょう。」
丸尾くんは今度はきっぱりと言いました。
「そもそも私は、警察の真似事がしたくて探偵団を始めた訳ではないんです。日常の、誰も取り扱ってくれないような小さな問題を何とかしたかったのです。」
丸尾くんのメガネがきらりと光ります。
「今回も、犯人は確かに悪いです。捕まって反省して欲しいと思います。でも、タバコの投げ捨てをする人は他にも沢山いるんです。」
まるちゃんも、たまちゃんも、丸尾くんをじっと見つめました。
「今回のような火事を2度と起こさないようにしたいんです。」

放課後、取り敢えず火事現場の近くで3人は待ち合わせをすることにしました。
たまちゃんが迎えに来てくれて、まるちゃんは手をつないでその場所へ行きました。
「でも、2度と起こさないようにってどうするんだろう?丸尾くん。」
「何か考えがありそうだったよね。」
2人話ながら行くと、丸尾くんはもう来ていました。
「火事の現場に行ってみましょう。」
2人の前を歩き始めます。
「ここです。」
丸尾くんが足を止めた場所。
焼けこげた黒に消防車がかけた水でびしょびしょに濡れて…。
それでも未だに焦た臭いがします。
もともとが空き地だったけれど、それでも緑が生い茂っていたこの場所が、こんなにも何にも無くなってしまうなんて。
今更ながら3人は驚きました。
「君たち、危ないから近付いちゃだめだよ。」
警察の人でしょうか、3人に優しく言いました。
「あの…、もう、犯人は見つかったんですか?」
丸尾くんが勇気を出して聞きました。
「犯人?ああ、タバコの投げ捨てをした人かい?いいや。」
あっさりとその人は言いました。
「タバコの投げ捨てと判っても、目撃者もいないし、タバコも燃えてしまったし、犯人を見つけるのは難しいんだよ。」
諭すように教えてくれます。
「それにね、こんなタバコの投げ捨てによる火事はね、誰もが犯人になりえるんだよ。」
家族にタバコを吸う人がいたら、投げ捨てとか寝たばことかしないように注意してあげてね、とその人は笑って言いました。
「私…、帰ったらお父さんに言うよ。タバコの火に気を付けてねって。」
まるちゃんが言いました。
「うん、そうだね。」
たまちゃんも頷きました。
とぼとぼと歩くその道ばたにはタバコの吸い殻が思ったよりも沢山捨てられています。
「まずは、それが第一歩ですね。自分の身近な人に気を付けてと言うことが。」
丸尾くんが言いました。
「でも、もっと何かしたいんです。僕たちに出来ることを。」
メガネでなく、丸尾くんのコンタクトを入れた瞳がきらりと光りました。

「火災予防コンクール?」
まるちゃんが聞きました。
「そうです。火災予防の一貫として作文・標語・ポスターを募集しているんです。私は作文を書こうと思います。さくらさんは絵が得意ですから、ポスターなんてどうですか?」
「じゃあ、私は標語を考えようかな。」
たまちゃんも言いました。
誰もが犯人になりえる、誰もが起こす可能性をもっている火事。
本当に焼け野原と言う言葉通りのあの空き地の惨状。
あれが自分の家だったら。何もかも焼けてしまったら。
それだけでなく、命さえも奪われてしまったら。
だから、そんなことがないように。
気を付けて欲しい。何かして欲しい。
あなたに出来ること。
僕たちに出来ることを。



【あとがき】~羽衣音~
これは小さいころに近所で実際にあった出来事です。
お風呂上がりでテレビを見ていた時、母親がいきなり駆け寄った窓辺の赤々とした炎。
鳴り続けた消防車のサイレン。
あれだけ青々と茂っていた野原が、次の日には跡形もなくなっていたこと。
未だに忘れられません。


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