灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

その6


豚の薄切り肉でちょっと濃目に味付けされた母さんの特製豚丼を食べ終わったところで玄関のチャイムが鳴った。
由記だ。
「旗の布、切ってミシンかけて来た。フリンジつけてる時間ないから房にして角につけたらどうかな?これならすぐにつけられるし、見栄えもいいし。」
「じゃあ、由記はそれ作って。俺、マジックで字書いてくから。」
俺も由記ももくもくと作業した。
いつもなら少しふざけ気味の俺が、思い通りにならないと癇癪気味に機嫌の悪くなる由記が、時間も忘れて一生懸命に作ったのだ。
「出来た!」
2人同時に叫んだ。
出来上がった旗は、白地に紺色1色の勝利の文字で、最初の色とりどりの旗よりもすっきりとして良いくらいだ。
「やったね。」
2人でやりとげたね。
そう由記が言った時、母さんが畑から帰って来た。
「あら、由記ちゃん。いらっしゃい。」
「おじゃましてます。」
土埃で汚れた顔を洗った母さんは冷蔵庫を開けて
「そうそう、レモネードがあるのよ。飲んでって。」
「レモネード?」
「はちみつ入りよ。よく冷えてるからね。」
「またはちみつかよ。」
そう言いながらもよく冷えたレモン色の液体はグラスの中でとてもきれいだった。
「これ、すっごく美味しい。」
甘酸っぱいさわやかさがのどを通り過ぎていく。
「うん、結構うまいな。」
疲れも吹き飛ぶような、元気が出てくるような、そんな感じだった。
「大介くんって縁の下の力持ちみたいだね。」
「何だよ、それ。」
いきなり由記が言った。
「何となくね。今日、どうして良いかわからなかったけど、大介くんがああやって言ってくれたから、諦めないで作れたんだよ。」
「そうかな。」
俺はちょっと照れた。
こんな風に由記に、誰かに言われるのは初めてだ。
「そうだよ。だって、去年の学芸会の練習でさ、私が小道具壊しちゃった時だって、明くんは一緒になっておろおろしてたけど大介くんは作り直そうって言ってくれたじゃない。」
「そりゃあ、道具係だったからだよ。」
運動では明にかなわなかった。
勉強では由記にかなわなかった。
だからみんなに頑張れと言われた。
「明くんや由記ちゃんみたいに頑張りなさい」
それが、母さんの口ぐせだった。
いくら頑張ってもかなわなかった。
だから、頑張れと言われるのが嫌だった。
「2年生の頃、自転車乗れなかった私に教えてくれたよね。3人で一緒に登校出来るようにって。春休み、ハウスの中でソフトボールしたけど、ほとんど私の特訓だったよね。だから私、Aチーム入れたんだよ。」
俺はゴクリとレモネードを飲みほした。
「私、今年はやれるって思うの。ソフトボールも去年だったら絶対に無理だろうって思ってたけど、でも、今年はやれる。今年は努力したら努力しただけ、頑張ったら頑張った分だけ、結果になるって思うの。」
「そうだな。」
ようやく一言出た。
「走るのだって頑張るんだから。」
それは由記自身への言葉だった。
俺達に追いつきたい、負けたくないと思っていたのは由記でもあったのだ。
ふと見た時計はもう4時を過ぎていた。
「お、もうこんな時間じゃん。これは俺が明日持って行くから、由記、もう帰れよ。」
「うん、そうだね。でもその旗、明日忘れたりしないでよ。」
2人で笑い合った。
「気を付けてな。」
ありがとう、と帰る由記の後ろ姿に付け加えた。


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