核家族



私的にはとってもうれしかったのだけど、旦那は不満タラタラ、未練タラタラだった。
相手がずっとそういう態度だとこちらもつい喧嘩ばかりになってしまう。

アルバイトを始め子供を保育園に預けるようになると金銭的にも余裕が出来て友人と遊ぶ回数が増えた。

二年ぐらい経って、突然義父が余命半年と聞かされた。
元気にしてるのに、末期の胃がんだとわかった。
そういえば胃がへんだへんだといつも言っていた気がする。
そんなにすぐ他界してしまうんだったら無理に家を出なければよかった・・・と後悔した。

家の近くの病院に入院していた義父を子供を連れて毎日見舞うのは結構大変だった。バイトといっても毎日のようにあったし、帰ってくるのは6時くらい。
そこから保育園に迎えにいって病院に行って買い物にいって夕飯を作って・・・
その間に子供が寝てしまったりするので、だんだん何回かお見舞いに行く日が飛んだりすると義姉から電話で「毎日来てほしい」と言われた。
ユメは初孫だったので、顔を見るだけで喜ぶから・・・と。

わかっているけど、義母のときのいろんなことが心でしこりになっていたので素直になれなかった。子供じみた考えだったと思う。

亡くなって、お葬式が済んで・・・日常生活がやっと病院から抜け出せた。

私はアルバイト先から独立してお店を自分で出すことになった。
最初賛成していた旦那も途中からものすごく反対し始めて喧嘩ばかりの日々だった。

そんなある日、生理が来てないことに気がついた。

そういや体だるい・・・。

足も浮腫んでるみたいだし・・・・。

検査薬を買う日が再びくるとは思っていなかった。もう一人でいいかな?と思っていたぐらいだったから。

検査結果<陽性>

頭結構真っ白だった。

お店立ち上げも白紙になった。

つわりがひどくなって仕事も出来なくなり寝てばかりの日が続いた。

肌もすごく荒れてぐったりしていた。

ある日ユメがおかしなことを口走るのに気がついた。

仕事に行くときいつもユメが見送るのだけどそのとき
「パパはユメちゃんのこと好き?ママのことは?」
と毎回しきりに聞くのだ。

そういうお年頃なんだと思ってた。

でも違った。子供の勘はするどい。

ある日携帯が夜中になって切れた。
旦那の友達の番号だったが、旦那は寝ていたので出れなかった。
寝つけなかった私だけが気がついて出ようとしたが切れてしまった。
何気なく携帯をいじってみた。

メール機能がロックされている。

明らかにあやしかった

旦那はメールなんて打つような人間じゃないし、ましてやロック機能を使う人でもなかった。

いろんな暗証番号をためしてみた。が、だめだった。

三時間ほどにらめっこしていたが、あきらめて寝ようとベットに向かった瞬間一つの番号が思い浮かんだ。

もう一回ためしてみた。

解除できた・・・。


そこには予想通り、いや 予想以上 の内容が記されていた。



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