路傍に咲く華

路傍に咲く華

一粒の涙。〈2〉


あたしにはそれが、涙の様に見えた。

一粒の涙。-2


転入から3日。

無視や陰口を言われるのは、既に当たり前になっていた。

きっと、皆 草野真琴に何か吹き込まれたんだろう。
皆・・・アイツには逆らえずに。
自分が虐められるのは嫌だから、仕方無くアイツの言うとおりに従って、動く。
皆ただ、リーダーの言う事を聞いている、ロボットの様に見えた。

ただ草野の命令に従い、それを実行する。ソレの繰り返し。

・・バ力見たい。

面と本人に言えずに、陰でコソコソ悪さして。
そんな事しか出来ないの?

本当、阿呆らし。


でも・・そんな『無視』や『陰口』がどんどんエスカレートして。

あたしがあんな目に合うなんて。
知る由もなかったんだ・・―――


――プルルルル・・・

突然家にかかって来た、電話。

今日は親も居ないし。
仕方無くあたしが出ることにした。

「はい、桐生ですけど」
『・・・・・』

しかし、電話の向こうからは、一切声が聞こえてこない。

「・・もしもし・・?」
『・・・』

いくら待っても、相手は答える様子は無い。
ムカついたので、電話を切ってやろうとした時。

『馬鹿!』

電話は、相手の一言で、一方的に切られた。

・・・はぁ?

またもその様な電話は続く。

「もしもしっ!?」
『・・・・・』

「・・誰ですか?」
『・・・阿呆』

またそれで切れる。

意味分かんない。

きっと、クラスの誰かがやってるのだろう。
連絡網見れば、番号くらい分かるし。

ったく。面倒な事してさぁ。

それからは、毎日の様に悪戯電話はかかって来る。
あたしは、どんどんストレスが溜まって行くばかりだった。

でもそれが・・虐めの前兆だったなんて―――・・


―教室のドアの前に立ち、ゆっくりとドアを開ける。

すると、硬いものと共に、白い煙のようなものが、頭上から落ちてきた。
多分黒板消し。

きっとドアと壁の隙間に、挟んでいたのだろう。

「あ~ら桐生さんおはよ♪
 どうしてそんなに粉まみれになってるのぉ?」

・・・わざとらしい。

アンタ達がやったんでしょ。
バレバレなんですけど。

「いえ。突然頭上から黒板消しが落ちてきて。
 一体誰がこんな阿呆らしい真似したんでしょ。気にしないで下さい。」

あたしは笑顔でそう言ってやった。
草野は歯を食いしばって、下の方で拳をつくっている。
どうやら怒りを隠しきれないご様子だ。

あたしは制服についた粉を軽く掃って、席についた。

芽衣は相変わらず、あたしから視線を逸らしている。
・・あたしの望んでいた生活は、こんなモノじゃなかったのになぁ―・・


「・・あれ・・」

さっきまであったはずの教科書が無い。
もうすぐで授業が始まるのに・・

「あれっ桐生サンどうしたの??」

声を掛けて来たのは、草野の友達らしい 今野 美奈。
あたしはその今野の笑顔から、ある事に気がついた。

・・こいつが、教科書を隠したんじゃ?

不安が確信に変わっていく。
絶対に・・こいつがやったんだ。

「数学の教科書無くしちゃって。」
「じゃあアタシも一緒に探してあげるよぉ♪」

今野は可笑しな笑みを浮かべ、あたしに近づいてくる。
そして今野の手から、何かが落ちて、床に音をたてて落ちた。

それは・・落書きだらけの、あたしの教科書――・・

あたしはその教科書を取ろうと、ソレに手を伸ばす。
教科書を掴み、拾い上げようとした、その時。

「何してんのぉ?」

教科書を掴んだ方のあたしの手首を、今野が思いっ切り踏みつけた。

「痛・・・ッ」
「なぁに?聞こえな―い」

痛い。
手首からピリピリと痛みが伝わる。
あたしが、何をしたって言うの?

助けて

「・・やめて・・ッ」

「五月蝿い」

そう言って今野は、やっと手首から足を退かし、
あたしの体を蹴り上げた。

―あたしは、あまりの痛みに、床に横たわる。
そんなあたしを、横目で睨みつけ、こう呟いた。

「・・先生にチクッたら・・・許さないから。」

そんな今野の言葉に、あたしの中に閉じ込めておいた思いが、一斉に溢れ出た。

・・・そうだ。

あたしは、前の学校の・・玲に、これくらい酷い事をしてきたんだ。

ねぇ、玲は言ってたよ?
『やめて』って。
何であたしは、止めなかったの?

きっとこれは・・・

あたしが今までしてきた事の、  仕打ち。

玲はよっぽど傷付いたんだね。
ごめんね。ごめんね。

あたし自身が、一番・・許せないよ――


―これから、あたしの・・・
        虐めとの戦いが、  始まる・・・・・。


ねぇ どうすればいいですか

あたしは・・ただ友達と遊んで、平穏に暮らせれば、それで・・良かったのに。
どうして『カミサマ』は、あたしに罰を与えるんですか・・・・

「ねぇ桐生さん。次移動でしょ?教科書持ってくれるぅ??」

草野があたしに教科書を突き出している。
以前のあたしなら、はっきり断っていたと思う。

だけど・・
  もう、傷付くのは 嫌だった。

「・・・はい・・」

”黙って言う事を聞いていれば あたしは虐められずに済む”
・・そう、考えたから。

 だから黙って言う事聞いて、大人しくしてればいいんだ。

「じゃ、お願いね♪」

草野は勝利の笑みを浮かべて、友達の所へ駆けて行った。

・・これで、何も感じない訳じゃない。

本当はムカついてる。
何も言い返せない自分が。

本当はムカついてる。
こんな卑怯な奴らの言う事聞いてる自分が。

悔しくて悔しくて、仕方ない。


でもこれは、紛れも無い現実。

今まで・・玲が耐えてきた 虐めと言う罪の・・重さ。

これは 今まであたしがしてきた事だから、

耐えなきゃいけない。
駄目なの・・

 ちゃんと向き合わなきゃ―――・・・


「・・ただいま・・」
「あっ理恵!お帰り―♪」

家に帰れば、母が笑顔で迎えてくれる。

「・・学校で、何かあったの?」

母はそう言って、あたしの腕やら足やらに出来た痣を見ていた。

「・・ううんっ
 前に道で派手にコケたら痣出来ちゃったッ」

あたしは無理に笑う。

―この傷は、あいつ等に付けられた傷。

虐められている事を言えば、きっと楽になると思う。
だけど言えない。

言ったら絶対、先生にこの話が伝わり、あいつ等に逃げたと思われる。

絶対に逃げたくない。
あいつ等なんかに・・・

「もう・・理恵はドジなんだから」

安心したように笑う母を見て、

少しだけ、 罪悪感を覚えた。


自分を見て笑う奴等に、無性に腹が立った。

あんた達は何をしてるか分かってるの?
あんた達がやっている事の罪の重さが分かってるの?

ねぇ 何が・・したいの――・・?

でも一番 腹が立つのは

何も言い返せない自分
玲に同じ事をして来た自分

自分の存在が一番ムカついた。


「桐生さんっちょっと用事があるんだけどぉ、いい?」

草野があたしに向かって、手招きしている。
行ったら間違い無く危ないって分かってるのに。

「・・何?アタシ達が何かするとでも思ってんの?」

更に追い討ちを掛けるように、隣に居る今野が言った。

「・・・・別に何も・・。で、何処へ行くんですか?」

あたしの・・強がり。

ただ自分の弱さをひたすら隠す。
そんなあたしは――――・・・


―ドサッ・・

頭に鈍い衝撃が走る。

痛い。

「あんた何―かムカツクんだよねぇ―・・いい加減消えたら?」
「・・え・・・・」

連れて行かれたのは裏庭。
着いたと思えば、いきなり肩を押された。
そして・・この有り様。

「よく普通に学校来られるよね―っでもアタシ達知ってるんだから。

 ・・アンタ・・前の学校でも嫌われてたんだってぇ?」

・・・・・・・は?

「アンタが友達だと思ってた奴等は、皆アンタの事嫌ってたんだって。
 ・・もう既に、アンタの居場所なんて何処にも無いのにさ。」

――アタシノイバショハ ドコニモナイ――

重い現実が、あたしに圧し掛かって来る。
まるで波のような現実が押し寄せてきて,あたしを飲み込む。

今まで正気で居られたことが不思議なくらい、現実が・・恐ろしく感じる。

「・・何が・・分かるのよ・・ッ・・」

あんた達なんかに、 あたしの何が分かるの?

その途端、あたしは何かが切れたかのように、
瞳からは涙が溢れ、気付けばこんな事を口走っていた。

「・・・あたしって・・この世界に必要(イ)らないの・・・?」

ねぇ 悔しい

あたしには何も価値が無いんですか・・・・?

ねぇ、必要とされてないの?
あたし一人居なくたって、世界は普通に廻ってるの?

しかし、草野の返事は、思いがけないモノだった。

「・・・はぁ?バ力じゃないのぉ?
 あんた一人くらい居なくたって全然困らないし!」

「・・って言うかぁ―・・寧ろこの世界に居てくれた方が迷惑なんですけどっ」

草野達の一言で、あたしの気持ちは、どんどんと谷底へ落とされていく。
何それ?

「・・・どうして・・っそんな事が言えんの・・?」

あんた達の言う事は間違ってるよ

あたし自身はどうでもいい。
だけどこの世界に必要(イ)らない人間(ヒト)なんて居ないんだ・・・

そう言ってあたしは草野の方に手を伸ばす。

「・・ちょっ・・触んな!菌がうつるじゃんッ」

そう言って、笑ってる。

何?
あんた達は人間なの?
最悪じゃん。

「じゃっ分かってるよねぇ?
 先生にチクッたりなんかしたら。」

そう言って脅して。
あんた達って 人間として最悪だね。

カミサマもどうかしてる。

どうして皆、平等に暮らす事が出来ないの?
ただ平穏に暮らせれば・・それで良かったのに・・。

―どうしてそんな単純なコトが出来ないんですか?


―ピピピピピ・・・

不快な目覚ましの音で、目が覚めた。

カーテンの隙間から、少し光が差し込んでいる。
天気だけは正直で、
あたしの心とは裏腹に、青く澄み渡った青空。

「学校・・行かなきゃ・・・・」

ベットから起き上がろうとする。
だけど・・・
何故か体が動かない。

行かなきゃダメ。ダメなのに。
時々、学校での光景や言葉が、頭の中でリピートする。

――『アンタの居場所なんて何処にも無い・・』――

――『居てくれた方が迷惑なんですけど・・・』――

怖い。

体が学校へ行くのを拒んでる。

「理恵―?早く起きなさいっ」

下の階から母の声がする。
行かなきゃ・・駄目なのに。

「理恵っ」

勢い良く声と同時にドアが開いた。

「・・どうしたの・・」

母はあたしの方に駆け寄り、あたしに聞いた。
もう嫌だ
学校に行ったらまた虐められる
あたしはゆっくりと口を開いた。

「・・今日・・学校行きたくない・・」
「どうして?」
「頭が痛いの」

わざとらしい嘘を吐いた。
なんだかワカラナイけど、勝手に口が動くかの様に、
思ってもいない言葉が飛び出す。

「・・そう。熱は・・無いみたいだけど」

そう言って母は、あたしの額に手をあてる。

「・・・・・うん・・」
「じゃあ今日は大人しくしてなさい。
 明日、元気になったらちゃんと行くのよ?」

・・・明日。

「・・はい・・・・」

上辺だけの返事。
『今日だけ』
そう言ったものの、
明日も明後日も、学校に行くのを頑なに拒否した。

あたしはもう、学校に行くことが出来ずに居た。


・・あれから1週間が経った。
なのに学校へなんて行く気がしない。
流石にもこれで嘘を突き通せるはずが無い。

「理恵?今日学校・・・」
「行きたくない」

時間が経てば経つほど、あたしの体は家から出るのを拒む。
決心して、ドアの前に立てば、

―思い出すんだ。
  あいつ等の顔
  あいつ等の行動
  あいつ等の言葉

前に殴られた所が、急に痛み出す。

――怖い

「・・学校で何かあったの?」
「別に・・何も無いし」

言ったら楽になれる。
だけど・・その事がバレたら、あいつ等に何されるか分からない。

虐められることの恐怖。
陰口を言われることの苛立ち。

そして―――・・・・・

何も出来ない無力な自分。

すべてが嫌になる。

「そんな事ないでしょ。
 何かあったから学校行きたくないんじゃないの!?」
「・・何も無いから・・ッ」

もう 嫌だ

誰か助けて

あたしに光を差し伸べて

「・・言った方が力になれるよ?
 お母さん、ちゃんと理恵の事知ってたいんだ・・・」

でもその光さえ

あたしに牙を向けることになるなんて

思ってもいなかったんだ・・―――


恐怖は、すぐそこまで迫って来てたのに。

3へ続く


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