しかたのない蜜

しかたのない蜜

王様はひとりぼっち 1 菊丸×リョーマ


 その国は小さいけれど、それなりに豊かだったため、国民はまあまあしあわせに暮らしておりました。
 けれども、困ったことが起きました。
 年老いた王様が死んでしまい、頼りない王子様が一人残されてしまったのです。
 王子様の名前は、壇といいました。
 幼い壇王子は、毎日自分を好きなようにあやつろうとする家臣たちに取り囲まれて、うんざりな日々を送っていました。
 困り果てた壇王子は、お城の塔から夜空に向かってお祈りしました。
「誰か僕を助けてください。国をまとめて、きちんと治めることができるようにしてください」
 すると空から流れ星が落ち、そこからおさげ髪のかわいい女の子が現れました。
 驚く壇王子に女の子は言いました。
「あの、えっと……私は桜乃っていいます。まだまだ頼りないけど、魔法使いなの。おばあちゃんに言われて、あなたを助けにきました。あなたの願いを聞き入れましょう。この国にもっともふさわしい王様を私が選びましょう。その人はあなたの代わりに王様をやってくれるはずです」
 壇王子はちょっと面食らったけれど、喜びました。
 この国には伝説があって、国が乱れた時、魔女が現れ、国を救ってくれるというものです。
 壇王子は桜乃を連れて、家臣や国民に桜乃のお告げを発表しました。
 自分が王様になるつもりだった家臣は嫌がりましたが、桜乃が笑顔でトカゲをドラゴンに変えたりすると、おそれをなして何も言わなくなりました。
 こうして、魔女・桜乃は国の中から、一人の王様を選びました。
 その王様はというとーーーー。

「あ……あ、んっ……」
 今夜もベッドの上で、リョーマは甘いあえぎをあげていた。
 リョーマの脚の間には、菊丸の頭がぴったり張り付いていた。
「おチビ、気持ちいい……?」
 こもった声で菊丸は問う。訊かなくても、パンパンに張りつめたリョーマのそこでもう答えは言わずもがななのだが、リョーマが下目づかいに真っ赤になって菊丸をにらみつける様は、何度見ても飽きなかった。
「せ、先輩。こんなことしてて……いいんですか……あっ」
「何がだにゃ~?」
 まだくわえたままのそこをねっとりとねぶりながら、菊丸は尋ねた。先端をゆるくきつく唇で吸うと、リョーマの脚はひきつって、その手はきつく菊丸の頭を抱く。
「おチビ、感じてるんだね。嬉しい」
 菊丸はわざと大きな音を立てて、そこを吸い上げた。
「あうっ……」
 リョーマがあえぐ。
「おチビのエッチ」
「俺にこんなことする先輩がエッチなんでしょ!」
 ムキになってリョーマは怒鳴った。それでもとろん、とした目は隠せない。菊丸はリョーマのそこから口を離して、リョーマの話を聞いてやることにした。
 幸い、夜はまだまだ長いし、リョーマをすぐにイカせてしまってはつまらない。
「ねえ、今夜、何があるの?」
 悪びれず問う菊丸に、リョーマは思い切りあきれた表情をした。
「何って……この国の王様ってやつを、魔女が決める日ですよ」
「ふーん」
 菊丸はそれだけ言って、すぐにリョーマを愉しませようとする。
「ふーん、じゃないでしょ!」
 リョーマは叫んだ。
「だって、べつに俺らに関係ないじゃん」
 お楽しみをじゃまされたとばかりに菊丸はふくれる。
「でも、王様になれればいろんなものが手に入るんですよ? デカいあの城にだって住めるし、権力だって思いのまま」
 大きな目を輝かせてリョーマは言った。菊丸は鼻白む。
「おチビ、そんなもんに興味あるんだ」
「あって悪いッスか? 王様ってのは男の夢でしょ。いろんなもんを支配できるんスよ」
「そうかなあ」
 菊丸はネコみたいな目をめぐらせた。リョーマは怪訝そうに菊丸の次の言葉を待つ。
「それって、それなりにいろいろめんどくさいんじゃないの? 俺はおチビさえ支配できたらそれでいいもんね」
「誰が先輩に支配されてるんですか!」
「少なくともおチビのここは俺に支配されてる」
 菊丸の口はふたたびリョーマをふくんだ。舌でくるまれ、なめあげられて、リョーマは甘い泣き声を上げる。
「ほら、俺に支配されてんじゃん」
 リョーマをじっとりとじらしながら、菊丸は意地悪くささやいた。
「せ、先輩……早くっ」
「何が? ちゃんと言葉にしてくンないとわかんないよ?」
 菊丸の喜びは最高潮だった。ふだん生意気で頭の回転が早いリョーマをこうしている間だけ、菊丸はリョーマをしっかりとリードできるのである。
 リョーマは切なげにあえぎながら、ついに音を上げた。
「先輩、俺に……して」
「はいはい。了解っと!」
 菊丸は勝利の笑みを浮かべながら、リョーマを解放させた。
「次はいっしょにいこうよ、おチビ」
 肩で大きく息をしているリョーマの体の上に、菊丸は覆い被さった。
「先輩のバカ……」
 リョーマは憎まれ口をたたきながらも、菊丸のキスを受け入れた。
 その時だった。
 突如として、空中に光りがわきおこり、お下げ髪の少女が現れた。
「はじめまして。私、桜乃っていいます。魔法使いやってます。今夜は重大なお知らせをしにきました……って、おとりこみ中だったかしら?」
「はい、思いっきりおとりこみ中でした」
 ヤケになって菊丸は、突然現れたふしぎな少女に答えた。
 少女は真っ赤になって、あたふたと空中を飛び回る。
「……まだまだだね」
 菊丸にのしかかられたまま、リョーマは真っ赤になりながらつぶやいた。


「というわけで、あなたが今日からこの国の王様なの」
 桜乃はまだ顔を赤らめながら、そう言った。急いで衣服を身につけた菊丸とリョーマはそれなりに神妙に桜乃の話に聞き入っていた。
「へえ。どっちかっていうと、俺よりおチビの方が王様に向いてると思うんだけど」
 王に任命されたばかりの菊丸は、のんきに言った。
「ええ。私もそう思うんだけど……って、ごめんなさい!」
「素直でいいね、あんた」
 口元を押さえる桜乃に、リョーマは不敵に笑った。
「なんで菊丸先輩を選んだのさ?」
「それは私にもわからないの」
「いわゆるインスピレーションってやつか。魔女もいいかげんだね」
「おチビ、失礼な! 桜乃ちゃんは人を見る目はあると思うよ。だって俺を選んだんだもん」
 菊丸は胸を張った。桜乃は顔を輝かせる。
「じゃあ、引き受けてくれるのね!」
「ヤダ」
 菊丸はあっさりと答えた。桜乃は泣きそうになって尋ねる。
「ど、どうして? 王様になればいろんなものが手に入るのよ?」
「俺、おチビがいれば、それでいいも~ん。王様なんてめんどくさい!」
「そんな……」
 桜乃は真っ青になってうろたえた。任命者に拒否されたとあっては、伝説の魔女の威厳も形無しである。
「おばあちゃんに私、怒られちゃう……」
 桜乃は力無くつぶやいた。そんな桜乃を尻目に、菊丸はリョーマにいちゃいちゃと抱きついている。
「ねえ、おチビ。俺の愛に感動した? ねえってば、ねえ!」
「やめてくださいよ、菊丸先輩。かっこわるい」
「そんなこと言って、おチビも本当は俺のこと好きなんでしょ?」
「キライですっ!」
「うそつけ~」
 嫌がるリョーマに無理矢理抱きつく菊丸を呆然と見ていた桜乃の頭に、ある考えが浮かんだ。
「ねえ、菊丸さん」
 桜乃に呼びかけられて、菊丸は反射的に答えた。
「はいにゃ?」
「もし王様になったら、リョーマくんに尊敬されるわよ」
「え? おチビが俺を尊敬?」
 尊敬、というフレーズに菊丸は飛びついた。桜乃はにんまりと笑う。リョーマにいつも邪険にされている菊丸にとっては、リョーマが自分を尊敬するという考えはたしかに魅力的だったのだ。
「ねえ、おチビ。俺が王様になったら尊敬してくれる?」
「え? まあ……」
 リョーマはうなずいた。
”王様になったら先輩、俺のほしいものいっぱい買ってくれますよね?”
 リョーマがそう言おうとした時、菊丸は桜乃にバーゲンセール並みの安請け合いをしていた。
「じゃ、俺、王様になるっ!」
 こうして、王様・菊丸英二は誕生したのである。

意外なことに、王様・菊丸はなかなか国民に好評だった。
 めんどくさい、とブーブー文句をたれつつも、それなりにてきぱきと仕事をこなし、会議でも実のある発言をした。
本当のところは、「伝説の魔女が選んだ王様なんだから文句は言えないか。魔女にどんな目に遭わされるかわからないし」という意見のものが大半だったが、それでも菊丸が王様になる以前より、あきらかに国は安定していたのである。
 菊丸は本能的に人柄を見抜く才能があったので、家臣の中でも本当に国のことを思っている人間を重用した。
 そのうちの幾人かがが大石秀一郎と千石清純である。
 特に千石は、壇王子が幼少からなついていたこともあって、菊丸と壇王子の橋渡し役となった。
「菊丸さん、僕といっしょにお茶でも飲みましょうよ。越前くんもお呼びしましたから」
 書類のはんこ押しに追われている菊丸の部屋に、壇王子が千石に連れられてやってきた。
 菊丸の傍らでは大石が補佐に追われている。
「わ、お茶? 行く行くっ!」
「英二。仕事はまだまだ終わっていないぞ」
「え~、ダメなのォ? せっかくおチビの顔も見られると思ったのにィ……」
 いかにも残念そうにがっくり肩を落とす菊丸を見て、大石は苦笑した。
「仕方ない。ちょっとだけ休憩するか。けど、帰ったらちゃんと仕事しなくちゃダメだからな」
「わかったよ、じゃあ行こう!」
 菊丸はそのままドアに向かって突進した。
「王様、危のうございます」
 召使いたちが廊下をダッシュする菊丸を止めたが、菊丸はまったく聞いていなかった。
 子犬のように走りながら菊丸は叫んでいた。
「待っててね、おチビ!」
 菊丸の後ろ姿を見送りながら、大石が少し心配げに言った。
「千石さん。どう思う、英二のあの越前への熱の上げようは」
「いいんじゃないの~、ラブラブで」
 千石は頭の後ろで手を組みながら、のんきそうに返事をした。
「僕もあれくらい一途に好きになれる人ができたらいいのになあ」
「千石先輩は、気が多すぎるんですよ。この前も……」
 壇の言葉を千石は遮った。
「まあ、僕のことはおいといて。大石くんはどうして菊丸くんのことが気になるのかな?」
 千石の問いにしばらく考え込んでから、大石は答えた。
「だって、越前は男だし……」
「そんなの関係ないです! たしかに僕も、最初越前くんがお城に来た時、とっつき悪くて怖い人だと思ったけど、本当はとってもいい人です!」
 壇が大石に一生懸命反論する。大石は少し辟易しながらも言いつのった。
「けれど王子。平民ならまだしも英二はこの国の王なのですよ。王たるものは……」
「世間体がある、か」
 千石がぽつり、とつぶやいた。

 城の中庭には、色とりどりの季節の花が咲き乱れていた。
 その中央にテーブルを置いて、紅茶とケーキをいただくのはまさに心やすらぐティータイムだった。
 何よりも、菊丸にとって一番の安らぎはリョーマとともにいられることである。
「はい、おチビ、アーンして!」
 菊丸はリョーマに向かって、ケーキが刺されたフォークを差し出した。
 リョーマは眉をひそめながら、横目で壇たちの様子をうかがう。
「やめてくださいよ、菊丸先輩。壇王子もいるんだし……」
「僕はちっともかまわないです! 菊丸さんと越前くんが仲良くしてるのを見るととっても楽しい気分になります!」
 壇は元気いっぱいに答える。
「僕はちょっと当てられちゃうかな」
と、千石。
「英二、少し自重したらどうだ」
と注意したのは大石だった。
「ほら、菊丸先輩。大石先輩も言ってるじゃないッスか」
 リョーマはそれみたことかと口をとがらせた。
 菊丸は頬をふくらませながら、手にしたフォークからケーキをぱくつく。
「だって~。俺、毎日大石に言われて仕事ばっかりで、おチビといちゃいちゃできないんだもん」
 文句をたれながら、いやいやをする菊丸はまさにお子様だった。
 リョーマの仏頂面は真っ赤になり、大石と千石は苦笑する。
「それは大変ですね、菊丸さん!」
 壇王子のみが一大事だと気をもんだ。
「そうでしょ、壇くん。それに最近おチビ……」
 菊丸がグチを垂れだした時。
 大勢の女官たちを引き連れた、目をひく美女が菊丸たちに向かってやってきた。
 長い赤毛と、眼鏡が印象的な美女である。
「どうもどうも、華村さん!」
 千石が城の女官長ーーーー華村葵に向かって、手を差し出した。
「俺、なんかこの人苦手なんスよね」
 リョーマのつぶやきに菊丸が大きくうなずく。
「俺も」
 千石だけはハイテンションで、華村にやにさがっていた。
「どうです? 僕らといっしょにお茶でも。もしよかったら、僕と二人だけでお茶もどうかな~って……」
「遠慮しておくわ。今日は、菊丸くんに大切なお話があって来たから。いいですわね、壇王子?」
「は、はいです!」
 華村に一瞥されて、壇王子はヘビににらまれたカエルのように飛び上がった。
「あら、リョーマくん。今日もあなた、綺麗ね。昨夜も菊丸くんと愛し合ったのかしら?
とてもつややかな肌をしているわ。うらやましい」
 華村はリョーマに色っぽい流し目を食らわせた。
「あんたには関係ないでしょ」
 リョーマは憮然として答える。
「そうね、たしかに関係ないわ」
 華村はあっさりと引き下がった。一同が怪訝に思ったその時、華村はその話題を切り出した。
「けれど、城をあずかる身として、菊丸くんーーーーいいえ、王様に進言いたします。奥方をめとってはいかがかしら?」
 リョーマの表情が凍り付いたのを、菊丸は見逃さなかった。

 華村の言い分はこうだった。
 王家と血縁関係はまったくないにしろ、菊丸は今や一国の主である。
 王国存続のために、妻をめとり、子を成す義務が菊丸にはある。
 壇王子が成人するまではかなり間があるし、その間に菊丸にもしものことがあって、子孫がなく他国に攻め入られる隙を与えてはよくないというのが華村の言い分だった。
 実際、こんな些細な理由で王家を略奪された国は少なくないのである。
 さらに王が同性であるリョーマだけをそばに置いているこの状態は、晩餐会などにおいても非常に世間体が悪いと華村は指摘した。
 菊丸も、こういった意見が城に少なからずあることを大石から聞いて知っていた。
 けれど、面と向かって言われるのはやはりショックだった。
『べつに私は、あなたとリョーマくんの仲に反対しているわけじゃないのよ。むしろ二人の仲を応援しているくらいです。けれどね、菊丸くん。一国の主であるということは、あなたの体は、あなた一人のものではないということなの』
 華村の言葉が、菊丸の胸に重く響く。
(やっぱり、王様になんかなるんじゃなかった……)
 菊丸は苦々しく胸の内でつぶやいた。
(おチビに尊敬してもらいたくて、王様を引き受けたのにそれがこんなことになるなんて……)
 リョーマ以外の人間と床をともにするなんて、信じられない。
 それが今の菊丸の正直な気持ちだった。
 リョーマと出会う以前、菊丸は何人かの女性とつきあったことがある。もちろん、深いおつきあいもした。そのころは、自分が同性を好きになるなんて考えたこともなかった。
 けれど、リョーマに出会ってから菊丸の世界は変わった。
 この生意気なおチビちゃんが、しっかりと菊丸の心に住み着いてしまったのだ。
 リョーマをひたすら口説いて、OKの返事をもらった時、菊丸は本当に死んでもいいくらい幸せだった。
リョーマが笑ってくれるなら、自分はなんでもできると思った。
 それなのに。
 菊丸は今、リョーマをこんな表情にさせてしまっている。
「ねえ、おチビ。そんなに悲しい顔しないでよ」
「してませんよ、べつに」
 頭の上からシーツをかぶって、リョーマは言った。
 菊丸はリョーマのその子供っぽい様子に、あふれんばかりのいとおしさを感じながら、シーツの中にもぐりこんで、リョーマの小さな体を背中から抱いた。
「嘘つけ、いじけてるくせに」
「いじけてなんかいませんよ」
「本当かな?」
 菊丸はそうささやきながら、リョーマの首筋や背中にキスの雨を降らせた。感じる部分を菊丸に知り尽くされているリョーマの体は、次第に火照っていく。
「もう! やめてくださいよ!」
「わーい、おチビがこっち向いてくれた」
 振り返って怒るリョーマに、菊丸はにっこりと笑った。菊丸の邪気のない笑顔にほだされたのか、リョーマの表情がやわらかくなる。
 菊丸はその隙を狙って、リョーマにくちづけた。
「やめ……」
 菊丸に唇をふさがれながらも、リョーマはこもったあらがいの声を立てた。
 菊丸はリョーマの髪を優しくなでながら、リョーマの歯茎や上あごを舌でまさぐる。リョーマは次第におとなしくなり、菊丸に身をまかせていった。
「……ねえ、おチビ」
 リョーマの上に静かに覆い被さりながら菊丸はささやいた。
「今日、女官長が言ったこと、気にしなくていいからね」
「……」
 リョーマは大きな目を開けて、菊丸の目をじっと見る。そのまなざしには怒りと、悲しみと、そしてそれ以外の何かがあった。
「俺はおチビがいればそれでいいの。おチビ以外のヤツとこんなことしたくない。おチビだって、そうでしょ?」
 菊丸はリョーマにふたたびキスした。唇をふれあうだけの、ついばむようなキス。
 リョーマの唇は、本当にやわらかい。
「先輩のバカ」
 リョーマは拗ねた声で言った。
「あんた、もう王様なんだから、こんなことしてる場合じゃないでしょうが」
「でもっ、でも俺はおチビが好きなの。だからずっとこうしていたいの」
 子供のようにごねる菊丸に、リョーマはふっと笑った。
「えっ?」
 菊丸は驚きの声をあげた。
 リョーマが菊丸の膝の間に顔をうずめたからである。
「お、おチビ、そんなことしなくていいよ!」
 菊丸の制止も聞かず、リョーマは菊丸のそれに舌を這わせる。
「ねえ、本当にいいってば!」
 菊丸は上半身を起きあがらせて、リョーマの様子をうかがった。
 リョーマは長いまつげを伏せて、赤い舌をちろちろと出して菊丸のものをつついている。その様は猫が毛糸玉で遊んでいるのに似ていた。
 やや考えるそぶりを見せてから、リョーマはたちあがりかけた菊丸のものを口に入れた。
 ぎこちない口淫だったが、リョーマが自分に奉仕しているという事実だけで菊丸は燃えた。
「ん……気持ちいいよ、おチビ」
 リョーマの小さな頭を菊丸は狂おしげに抱く。リョーマは口を動かしながら菊丸を見た。
菊丸と目が合うと、リョーマは恥ずかしそうに目を閉じて、そのまま舌を使う。
「照れてるんだ、おチビ。かわいい……」
 菊丸はクスっと笑いながらつぶやいた。リョーマの小さな口の中に自分がいると思うと、菊丸は嬉しくてたまらない。
 今までリョーマはベッドの上で、ただひたすら菊丸のされるがままになっていただけだったのだ。
 菊丸はいとおしさのあまり、リョーマを少しいじめてみたくなった。
「おチビ、とっても上手だね。そうそこ、もっと舐めて。舌をくるっと回して……俺、いつもおチビにしてあげてるでしょ? そうされると、おチビとってもよろこぶよね。だから俺にも、してよ」
「うっ……」
 リョーマはこもったうめき声をあげた。菊丸のものが成長して、口内のスペースを大きく締めたのだろうか。
 菊丸はリョーマが心配になったが、昂揚する自分を止めることはできなかった。
 ぴちゃぴちゃと猫がミルクをなめるような音が、淫靡に響く。
「わあ、いやらしい舐め方だね。おチビ、いやらしい子だね。そんなちっちゃなお口の中に俺をそんなにほおばっちゃってさ。口からよだれが垂れてるよ。俺、そんなにおいしいのかな? 俺も、とっても気持ちいいよ……」
 菊丸のつむぎだす卑猥な言葉にリョーマは強い恥じらいの色を見せながら、いったん口を離して菊丸をにらみつける。夜闇に菊丸のものは、リョーマの唾液に濡れてぬらぬらと光っていた。
「なあに? 恥ずかしいのかな? でも本当のことじゃない。おチビもここ、舐められるの好きだよね?」
 菊丸は強い興奮を感じながら言った。このままリョーマの口に射精するのはかわいそうだ。ここで怒らせてリョーマが口淫をやめても、それから自分がリョーマをいつものように感じさせてやればいい。
 ただ、リョーマの激しく恥じらう表情が見たかった。
 この冷たい薔薇が、羞恥に染まるのが見たいのだ。
 たしかに、リョーマは首筋まで真っ赤になった。
 けれどなにか覚悟でも決めたように、菊丸をふたたびくわえこんだ。
 菊丸はその事実にとまどう。
(今夜のおチビ、どうしてこんなふうに?)
 しかし菊丸の物思いは、リョーマの生み出す快感にかき消された。
「おチビ、もうやめて。俺、出ちゃうから。おチビを俺、汚したくない!」
 クライマックスが近づいてきて、菊丸はあわてて叫んだ。
 リョーマを引き離そうと身をよじる。
 けれどリョーマは菊丸に奉仕を続けた。
 しばし後。菊丸をリョーマは飲み干した。
「……べつによかったのに、こんなことしなくても」
 菊丸は困惑しながら、リョーマの体を抱き上げた。リョーマの口元に流れる白い液体を指先で丁寧にぬぐってやる。リョーマは羞恥にうるんだ目を菊丸からそらせた。
 菊丸はリョーマの口を吸った。
「おチビ、俺の味がするね。苦い」
 長いキスを終えて、菊丸はてへっと笑った。
「おチビのおなかの中に、今、俺の分身がたくさんいるんだね」
「……下品」
 リョーマは真っ赤になって菊丸をにらみつけた。
「そういうおチビこそ、俺にあんなエッチなことしたくせに!」
 菊丸はけたけたと笑って、リョーマの華奢な背中を、菊丸は勢いよく叩いた。リョーマは顔をしかめながら言う。
「悪かったですね」
「全然悪くないよ! むしろ飛び上がりたいくらい嬉しいにゃ! どうしておチビ、今夜はこんなにサービス精神旺盛なのっ? いつもは俺に手で触れるのもいやがるのに」
 菊丸の問いにリョーマは答えず、顔をそむけた。
(可愛い……きっとおチビ、照れてるんだ)
 そう思った菊丸は、今度は自分がリョーマに与えようとして、リョーマのそこに手を触れた。
「え……もうこんなになっちゃってるの?」
 菊丸は驚いてつぶやいた。リョーマは真っ赤になって答えない。
「ふーん」
 菊丸はそう言って笑いながら、横目でリョーマを見た。
「俺にしてる間、おチビ、俺が欲しくなっちゃったんだ」
「違いますよ」
「じゃ、どうしてここがこうなってるわけ?」
 菊丸はリョーマに指を差しいれた。すでにうるんでいるそこは、しっとりと菊丸を迎え入れる。
「あ……」
 リョーマが甘い声をあげた。
「もういいよね。行くよ、おチビ」
 菊丸はリョーマに押し入った。
「あ、や……っ」
 言葉とはうらはらに、リョーマの体は歓んで菊丸を迎え入れる。
「痛くないよね? 気持ちいい?」
 その問いかけに、リョーマは菊丸の背中に手を回すことで答えた。菊丸は身を進めながらささやく。
「さっき一回出したから、今日は俺、長い間おチビの中にいられるよ。おチビ、嬉しいでしょ?」
 リョーマは薄く目を開いて、こくんとうなずいた。
 菊丸は驚く。てっきりリョーマに憎まれ口の一つでも叩かれると思っていたのだ。
 さらにリョーマは菊丸に自分からくちづけて、かすれた声で言った。
「菊丸先輩、大好き」
 菊丸は目を見開いた。リョーマは菊丸の頬を自分の手でつつみながら、熱にうかされたような目で言う。
「本当に大好きだよ……だからいっぱい、俺にして」
 菊丸の視界はぼやけた。
 今まで自分を邪険にしてきたリョーマが、ここまで素直に自分を求めるとは。
「俺、死んでもいい!」
 思わず菊丸は叫んだ。
「おチビが、おチビが俺のこと大好きだって言ってくれるなんて!」
 菊丸の涙は、リョーマの上にぽたぽたとこぼれ落ちた。リョーマはくすぐったそうに目を細めてから、菊丸の頭をぎゅっと抱く。
「先輩はこんなことで死んじゃだめでしょ。王様なんだから」
 それからリョーマは、細い脚を菊丸の腰にきゅっと巻き付けた。
「ねえ、先輩をもっと俺にちょうだい。俺は、俺のぜんぶを先輩にあげるから」
「……わかった。わかったよ、おチビ」
 菊丸は大きくうなずいてから、リョーマをゆらし始めた。
「あ……あ、いいっ……もっと……もっとして……っ」
 リョーマのあえぎ声は、次第にすすり泣きになっていく。菊丸はそれに誘われるがままに、リョーマを刺し貫いた。リョーマは自分から腰を菊丸にすりつけて泣き叫ぶ。
「おチビ……おチビ、愛してるよ」
 菊丸は快楽にうるんだ目で、いつしか自分の上に乗り上げているリョーマを見つめた。
 リョーマはかげろうのように菊丸の上で、細い体をくゆらす。その姿はひどく美しくて、どこか悲しかった。
「英二……英二」
 リョーマは涙を流しながら叫んだ。リョーマの波を感じた菊丸は、リョーマの腰をつかんで強く回した。
「や、やだ……っ! どっか、どっかいっちゃう……!」
「いいよ、おいで。俺といっしょにいこう」
 菊丸は灼けつくような歓びに身を焦がしながら、リョーマを深く、強く刺し貫いた。
「好き……っ、大好き、英二!」
 リョーマが絶叫して、二人は同時に達した。
 自分の体の上に落ちてくるリョーマを優しく抱きとめながら、菊丸の意識は闇に沈んだ。

 鳥のさえずりで、菊丸は目覚めた。
 夢うつつで菊丸は目を閉じたまま、隣で寝ているリョーマに呼びかける。
「ねえ、おチビ……昨夜は楽しかったね」
 にんまりと笑いながら、さらに言葉を続ける。
「おチビ、俺のこと英二って名前で呼んでくれたの、ゆうべが初めてだったよね? 俺、すっごく嬉しかったよ……ねえ、おチビ、聞いてる? まだ寝てるのかな?」
 菊丸は目を開けて、起きあがった。
 リョーマが寝ているはずのシーツの上には、一枚のメモだけが残されていた。
 そのメモには、実にそっけないリョーマらしいメッセージがそえられていた。

 Good bye.
  Leave me alone.

                           つづく


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