波と戯れるように  風に揺れるように

波と戯れるように 風に揺れるように

2006年01月25日
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テーマ: 寂寞の中で(1008)


そして 明子はいつもと変らずに天ブラを揚げ始めた。
明子の癖でほんの少しの時間があると新聞を読むことがある。

この時もそうだった。

「あら」

明子は床に敷いた新聞の記事を見て軽く声をあげた。

「これだわ」

それは 某映画会社の30代以上のオーディション募集の広告だった。
俗に言う素人を使ったCMの役者募集である。

以前から芸能界になんとなく興味のある夫、ことあることに

「俺もTVに出てみたい。」

そんなことを言っていたことを思い出した。

明子は学生の頃、何と無くその関係の世界で遊んだ事があり
楽しさも知っていれば 大変さも知っていた。
夫はその事を大変に羨ましがり自分も少しはと常々思っていた。

明子はこの機会にこのオーディションを受けさせて、そのことの
大変さを少し教えようと考えた。

早速 写真を撮り履歴書を送ったところ、一次審査が受かり
有頂天になった夫。

明子もそんな喜ぶ夫を見て内心ほっとしたのと同時に不安もよぎった。
そして二次審査は舞台の上での朗読や歌 寸劇 とよく有る
オーディション風景。

それもなんと合格して 益々 舞い上がる夫。

そして 採用通知が届き、夫はとても悩んだ
もし 俺がTVデビューしてファンが出来たら明子は焼きもちを妬いて
苦しむだろうか。
所属事務所は某映画会社だから映画出演も有る。
そうなれば俺は世界に羽ばたくことになる。
夫の心配やら妄想やらが無限大に広がっていった。

夫は一人で契約をすると明子が悲しむかもしれないと、
二人で出向く事にした。

某映画会社のある一室で担当者と話をしていると
社長がやって来た。

二人の前に座ると 明子に向かって

「夫が浮気が分かったときの顔をして
 子どもが生まれた時の顔
 プロポーズをされた時の顔・・・・」

と 幾つかの顔をさせた。

明子はいぶかしく思いながらも 言われるままにその顔をした。

「や いいね  それじゃぁ 担当の者と今後の話をしてレッスンを
してください。 次のCMのオーディションに間に合うようにお願いしますよ。
出来るだけバックアップしますから。」

「は 私ですか」 と明子が慌てて聞いた。

もっと驚いたのは夫。
そして 固まっていたのは担当者。

社長は明子に握手を求め、一緒に頑張りましょうと何度も手を振りたくった。
そして 何事も無かったように部屋を出て行った。

後に残ったのは言い知れぬ不機嫌さと冷めた空気。

担当者は申し訳無さそうに夫と明子に採用通知を出してきた。

夫は少し考えさせて欲しいと通知書を荒っぽく受け取り、
会社をあとにした。

二人で帰る道の寒くて長かったことは言うまでも無い。





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最終更新日  2006年04月01日 22時37分56秒
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