『僕の罪、彼女の罰』
エンジンを切った車の中で ラジオだけが 小さくなっている。
窓を閉め切った車内は 外の雨のせいかすっかり曇ってしまっていた。
煙草に火をつけると 薄く窓を開ける。雨は中に入ってくるほど 激しくはないようで 音もなく静かに地面をぬらしていた。
ふと目をやった時計は じきに午前1時になるところで、僕は ため息と一緒に最初の煙を吐き出してみる。
あと 7時間もすれば 僕はここをでて もう帰らないそして 彼女は・・・
彼女の顔を思い出したとたんに 僕の携帯から着信を告げるメロディが流れ出した。
相手によって着信メロディを変えている 自分の子供っぽさに今更ながらウンザリする。
ソレは 彼女からの着信を意味していて、僕はどうしていいかわからずにとりあえず携帯を手にとってみる。
『チカコ』
やはり そこで光っているのは彼女の名前
どうしてこんな時間に・・・
出ないほうがいいかもしれない
そう思うのに 僕はもう自分の手を止める事ができなかった。
「タカ?寝てた?」
耳にあてた携帯から 少し掠れた彼女の声が聴こえる。
この声を聴くのも もうずいぶん久しぶりで 僕は一瞬夢でもみているのではないかと思ってしまった。
「起きてたよ・・・チカこそ、こんな時間になに?」
「うん・・・なんか 眠れなくて・・・タカの声が聴きたくなった・・・」
まるで 今までの空白がなかったかのように 以前のままの彼女の声に 僕は錯覚を起こしそうになる。
昔は 彼女から深夜に電話がくるなんて いつもの事だった。
タカ・・・眠れないの
タカ、聴いてよ!今日仕事で・・・
そんな他愛もない事で 深夜1時や2時に平気で電話してくる。
なんとも はた迷惑な話だが 彼女の電話が来るのは いつも僕が起きていて
しかも なんとなく彼女の声が聴きたい・・・そう思う時だった・・・
そして 今も
今も僕は 彼女の事を想っていたんだ。
けれど、今 僕にそんなコトを言われても 僕はどう答えればいい?
「チカさ・・・そんなコトで 俺に電話してくんなよ。困るよ・・・俺・・・」
「そっか・・・そうだね・・・ゴメン・・・もう 最後にするからさ、ちょっとだけつきあってよ?タカ やっぱり 明日・・・じゃなくて、もう今日か・・・今日の式には出ないつもり?」
なんとなく・・・そう言われるような気がしていた・・・
やっぱり 本当なら 僕が彼女の式にでないってのは ちょっと不自然で・・・
それくらい 彼女と僕の関係は近くて
でも・・・
「式にはよばない。」
そう言ったのは彼女ほう・・・
ただ 僕はそう言われる前に 自分から「出られない」と宣言したのだけど
「うん 悪いけど無理。明日中には むこうに着いてなくちゃいけないからさ。みんなにも謝っておいてよ。」
煙草を消しながら 用意していた言い訳を口にする。
ごめん、チカ
やっぱり 僕は、どうしても笑顔で君におめでとうを言えそうにないんだ・・・
君を攫えなかったのは 僕のせい・・・
君は正直に僕を求めてくれたのに、
答えることができなかったのは、僕・・・
あの日
同じように 雨が降っていた。彼女の髪も 服をしっとり濡れて 車の中には 彼女の香が満ちていて、それだけで 僕はもう眩暈がしそうになっていた・・・
彼女からの呼び出しは いつも突然で強引だったから そんな事には とっくに慣れっこになっていたのに
その日の 彼女からの電話の声はいつもと違って聴こえた
「タ~カ~?あのね~迎えに来て!いますぐ!!」
「チカ?今どこ?酔っ払ってるのか?俺 もう風呂に入っちゃって・・・」
「いいから、すぐ来て!!雨降ってるんだから 濡れちゃうでしょ!!」
まったく!彼女はいつもそうだ。僕の言い分なんて 全然聞いてくれない。
オマケに 今日はかなり呑んでそうだ・・・
「わかったよ・・・待ってて」
僕はため息をひとつつくと、彼女から 場所をききだし濡れた髪のまま 車をだした。
15分ほどで 待ち合わせの公園につくと、静かに降る雨のなか 彼女は傘もささずに立ち尽くしていた。
僕は あわてて車を降りると 彼女に駆け寄る。
「お~そ~い~~」完全に酔っ払ってる様子の彼女が 僕にもたれかかって来る。
「なんでそんなトコにいるのさ!雨のあたらないところで待ってればいいのに」
その体を支えようとして 氷のようにつめたい彼女に手にふれた。その冷たさにドキッとしながら 車まで戻ると、助手席に彼女を乗せ急いでエンジンをかけた。
エアコンを入れ 発車させようとする僕の手を 彼女の手がとめる。
「チカ?」彼女の顔を覗き込むと、さっきまでの騒々しさは すっかり影を潜めて、うつむいた雨に濡れた頬を 違う雫が新しく濡らしていた。
「チカ?何かあった?あ、何か拭くもの・・・」
彼女の涙なんか 見たことのなかった僕はすっかり狼狽して、ごそごそと車の中をあさった。 なんとかタオルを見つけ出すと 彼女の髪の毛を拭きながら、乱暴に頬の涙も拭い取る。
「タカ・・・そのタオル綺麗なんでしょうね?なんか におうんだけど?」
その声は もういつものチカで さっきまでのしおらしさは どこにも感じられなかった。
「え?や・・・どうかな?いつからあったのか ちょっとわかんない・・・かも・・・」
あまりにコロコロ変わる彼女の態度に どう対処していいかわからずに、僕がすっかりしどろもどろになると 彼女はキッと僕をにらみつけて タオルを投げてよこす。
「まったく、カンベンしてよね~~・・・雨の中迎えに来るんだから タオルくらい用意しとくもんでしょ?」
偉そうにシートにふんぞり返ると、自分のバックからハンカチを取り出して 顔や髪を拭き出す彼女を横目で見ながら、僕はハンドルに突っ伏してため息をついた。
なんだか悔しくて 僕はわざと怒った声で 彼女にくってかかる。
「なんだよ、わざわざ来てやったんだから 文句言うなよ!酔っ払い!だいたい今日はデートだったんだろ?彼氏に送ってもらえばよかったじゃん!あっ!わかった!チカ ふられたんだろ?!そんで 俺に泣きついて・・・」
「うるさい!バカ!」
僕の言葉を途中でさえぎって 彼女が平手で僕の後頭部を張り倒した
「アタシがふられるわけないでしょ?!ふった事はあってもふられたことなんて1回もないんだからね!」
「ああ、そうでしたね・・・チカが高校の時、俺の親友の森くんとつきあってそんで たったの1ヶ月でポイ捨てした時には、俺はずいぶん森くんに恨まれたんでした!」
後頭部をさすりながら 嫌味ったらしく言い捨てると 彼女は何故か傷ついたような顔をした。・・・したように見えた・・・
だから 僕は 何故か悪いことを言ったような気分になってしまって 必死で言い訳を始める。
「うん・・・まあ・・・ヤツの場合はさ・・・俺が泣きつかれて、ちょっと無理やりチカに頼み込んだってのもあったからさ・・・別に チカだけが悪かったわけじゃない・・・と思・・・」
「あたりまえでしょ!」
再び彼女の平手が僕の後頭部を張り飛ばす。
「あんな年下のガキ・・・あんたの親友だって言うから 仕方なく・・・」
そう言った彼女は しまった!と言う顔をして 僕から目をそらした。
「チカ?それってどういう・・・」
どういう意味?そう訊きたかった・・・
そう訊こうとして 彼女の肩に手をかけてこちらを向かせようとすると、僕から目をそらしたまま 彼女が口をひらいた。
「今日なんてね!プロポーズされたんだから」
「プロポーズ・・・って・・・マジで・・・?」
彼女は答えず、こちらも振り返らない。
「チカ・・・マジで 結婚すんの?」
僕は両手で彼女の肩を掴むと、強引に自分の方を向かせる。ゆっくりと顔をあげた彼女は僕の目をしっかり見て頷いた。
「するよ・・・断る理由がないもの・・・
もう3年も付き合ってるし、彼は あたしにそばにいてくれって・・・あたしが必要だって言ってくれたから・・・」
正直・・・なんて言っていいかわからなかった・・・それこそ 頭を平手で叩かれた痛みなんて目じゃないくらい、ハンマーでぶったたかれたような衝撃で頭の中が ぐわんぐわんなっていて 彼女の言ったことをどううけとめていいかすら わからなかった・・・
と、いきなり 彼女が両手で僕の頬をはさんで 自分の方を向かせる。
そして まっすぐ僕を見つめた。その目は 決して酔ってるようにも ふざけてるようにも見えなかった。
「タカ・・・いいの?あたしが結婚しても・・・他の人のものになっても、いいの?」
僕は言葉をなくして ただ 彼女を見つめた・・・
彼女が結婚・・・
僕のそばからいなくなる・・・
それは わかっていたことだった
いつか彼女は 僕から離れて 僕じゃない男のところへいってしまう
それは しかたのないことで 僕にはどうしようもないことで「いいの?」と訊かれれば いいわけがあるはずもなく
かと言って 僕にはなすすべもないことで・・・
そんなコトをぐるぐる考えていたら 彼女が僕の頬に手をふれたまま、そっと顔を寄せてきた。
彼女の・・・唇が、ふれる・・・
その柔らかさに 僕の頭は何も考えられなくなった。ただ夢中で彼女を抱きしめ、 深く、求め合うようにキスをかわす。
そして・・・
ゆっくり 僕から離れた彼女は まっすぐ僕を見て言った。
「ねえ、タカ・・・このままどこか行こうか・・・一緒に・・・」
一緒に・・・どこか遠くへ・・・
そこでは 僕と彼女は ずっと一緒にいられるだろうか?ずっと 2人で幸せでいられるだろうか?
僕が夢見ていていたような暮らしをおくれるだろうか?
誰にも言わずに 僕の心の中で描いていたような 彼女との暮らし
今みたいに キスをして、彼女を抱きしめて、ずっと僕の腕の中に閉じ込めて・・・
そんな 眩暈がするような幸せな暮らしがそこでは 許されるだろうか・・・?
いや、僕にはわかっている。
たぶん 彼女にも・・・
たとえ 誰も知らないところに行ったとしても僕が、彼女が、僕らの罪を知っているから
そんな夢のような暮らしは どこにもありはしないのだと・・・
「チカ・・・ごめん・・・やっぱりダメだよ・・・俺・・・」
うつむいた僕の顔を さっきと同じように彼女が両手で挟むようにして 自分の方を向ける。
「いくじなし・・・」
そう一言だけ言うと もう1度軽く唇が触れた。
「タカはそう言うと思った・・・優しくて いい子だもん・・・」
そうして スルリと車から降りると、ヒラヒラと手を振った
「チカ!」慌てて車を降りて 彼女を呼ぶと、彼女は振り返って笑った。
「タクシー拾って帰るから 先に帰っていいよ。
あとさ、タカのことは 式には呼ばないから!
1番綺麗なあたしの姿は あんたには見せないからね!」
そう言って走る後ろ姿が、僕の中の彼女の最後の姿・・・
あの日の事は後悔していない・・・
彼女言うとおり いくじなしの僕は、大事な人を全部不幸にしてまで 彼女を手に入れることはできそうにない。
たとえずっと彼女を想い続けていても 2度と彼女には会わない。
それが 彼女が僕に与えた 罰なんだと・・・
本当に あの日そう誓ったんだ。
そして 今日
朝になったら、彼女は 他の男のものになる。たぶん 1番綺麗な姿で 1番綺麗な笑顔で。
「ねえ、タカ・・・どのくらい向こうにいるの?」
「うん・・・3年か、5年か・・・しばらくは帰らないよ」
「そう・・・いつか帰ってくるよね?」
彼女の声は少し寂しそうで 僕の心は またチクリと小さく痛む。
「うん、いつかね・・・その頃にはさ、チカももう子どもなんて産んでたりするのかな?」
わざと明るく言ってみるけど 今度はチクリなんてもんじゃない痛みが 僕の胸に走った。まだまだ・・だな・・・
そんな自分を情けなく思ったけど 電話の向こうで彼女は明るい笑い声をあげた。
「そうだね!そしたら あんたは叔父さんだよ!
金髪の彼女見つけてきてもいいけど、言葉の通じない義妹はいやだな~~
ちゃんと 日本語話せるような子にしてよね」
あんまり 明るく笑う彼女に僕は少し戸惑ってしまう。
彼女は 今 心から幸せだろうか?あの日の事は もうすっかり 彼女の中ではなかったことになってるのだろうか?
そう考えると 悔しくて、僕も負けずに笑って言う。
「すっげ~美人見つけてくるから やきもちやいていじめるなよ!チカって めちゃくちゃ意地の悪い小姑になりそう」
「ひっどいな~!でも ホントに待ってるよ?彼もあんたに会いたがってるし・・・」
「うん・・・わかってる・・・不肖のの姉をよろしくって、彼にいっておいてよ。」
「不肖は余計です!」
また 彼女が声をたてて笑う。
今日の彼女はずいぶん機嫌がいい。
あまりにも彼女が 明るく楽しそうに笑うから、僕も なんだか少し幸せな気分になってしまった。
そうして やっと、言えなかった一言が言えそうになる。
「チカ、おめでとう・・・しあわせにな・・・」
電話の向こうの彼女が ちょっと息をのんだ・・・ような気がした。
けれど かえってきたのは 変わらない明るい声で、僕は本当に救われたような気持ちになった。
「ありがとう・・・タカもね」
「うん、じゃあ もう切るよ。」
電話を切って 携帯を閉じる。チカの声が聴こえなくなった車の中で、 やはり小さくラジオだけがなっている。
チカ
ほんとうに・・・
どうか しあわせに・・・
そして 考えてみる。
そんな日がいつか来るだろうか?
僕が彼女じゃない誰かを大事に思うようになって、子どもを抱いた彼女に紹介するような日・・・
そこには 普通に幸せな家族の姿があって 僕らの父も母も、彼女の大事な人も笑ってて・・・
そんな日が来るといい・・・
今は少しだけそう思えるようになってきた。
だから
あの日の事は 2人だけの秘密・・・
今もまだ、少しも変わることなく 僕の中で深く深く眠る、彼女への気持ちは
永遠に、僕と・・・神様しかしらない
・・・秘密・・・
歌詞は コチラ