雑念の部屋・改

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「僕も勇者様のようになりたい」
10歳になったばかりの少年は目の前の祖父にそう宣言した。
しかし、この発言は本意ではない。少年なりの祖父への対抗策である。
少年がこの言葉を発するまで祖父は饒舌に一人語りを繰り返していた。大陸イリスにおける勇者の伝説を・・・

大陸イリス
昔、大陸を人ではなく魔物が支配していた時代。
魔物を統べる魔王は何万年という時間を経ても死ぬ事はなく、魔物は勢力を増やしていった。
人と魔物との争いは絶えず続きその中で、人間は戦う力として「魔法」を身につけるものが現れ始めた。
そして、のちに勇者となる青年シーザーとパートナーの賢人イリアは魔王に戦いを挑んだ。
魔王との戦いの中でシーザーは剣の刃が折れても、シーザーは魔法の力によって炎で剣を作り出し魔王を倒し、イリアの封印の魔方陣によって地の底に幽閉し六芒星の上下の頂点に一本の刀を突き立てて魔王を封印した。
勇者シーザーはそこを固める様に城を築きヌートリア王国を造り、平和な時代が作られた。

と、いう何とも熱血な話を生まれた頃から祖父と目が会うたびに毎日繰り返して話しかけてくるのだ。うんざりどころの騒ぎではない。
その状況を打開すべく少年は考えた。どうすれば、祖父が勇者の話をしなくなるのか?どうすれば、いい加減その話を止めてくれるのか?
祖父は普段は気前の良い人なのだが…勇者様の話には目がなかった。一度、村の大人が少年の家に遊びに来て、酒の勢いで饒舌に孫に話しかける祖父を止めた事があった。
幸い大事には至らなかったが次の日、割れた花瓶など本来飛ぶはずのない家財道具を片付けた思い出が未だに少年の心には残っていた。

そんな祖父は今日も元気に快調に勇者様信仰に浸って話しをしだしていた。
すこしでも、すこしでもいいから話を逸らすんだ。少年は緊張でカラカラになった喉に溜まりに溜まった液体を一気に飲み干すと「勇気」と書いて「無謀」とも読める気持ちを胸に祖父に打ち付けるように言葉を発した。
「僕も勇者様のようになりたい」
それは、祖父がちょうど静かになった空間に響き、こだまし、部屋の中にはポカーンと口を開けた祖父と無音の空間が広がっていった。確かに無音の空間が広がったのだ、だがそれは少年の望む無音とは違っていた。
少年は武術をやったことなどないし、魔法学も習っていない。その少年が「勇者様のようになりたい」などおこがましいにも程がある。いくら孫といっても勇者様への冒涜ではないのか?これは怒る必要があるな。
少年の予想では祖父はそう考え、憤怒するか呆れるかして少年を叱り、もう勇者の話をしないようになる。
少年の目的はそれで達成されるのだ。もう一言一句記憶してしまった「勇者様の話」を聞かずにすむようになるのだ。

だが、少年の予想とは裏腹に祖父の口から出されたのは叱る声でも呆れ声でもなく感嘆だった。
「お前の決意はよく解った」
祖父は力強く少年の目を見てそう告げると、そそくさとどこかに連絡しだした。

翌日、少年はいつもより早く起こされた。不満を抱えながらも一階に下りると大きめの鞄を持った祖父が玄関の外に見えた。その奥には馬車。
「早くしろ、お前だけじゃないんだぞ」「えっ?」
少年の疑問符は馬の声にかき消され、馬車の座席に乗ることを急かされた。
座席には他にも数人が乗っていた。
「むこうは冷えるらしいが頑張って修行に励むんだぞ」
一方的な祖父の送辞。
いろいろと状況を理解できない少年が戸惑っていると、馬車のおじさんが声を挙げる。
「出発するよー」
それと同時にムチの音が春の空に響く。きっと、心が平静であれば心地よい音だろう。
少年には決して快音ではなかった。
その後、感じた風さえも不吉なものに思えていた。




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