zoom-lens

zoom-lens

私小説~松山由美子・4~



     2001年12月 警察の取調べを参考人として受ける雄二だが、      10日後に、無罪ということで逮捕はされずという結果になった。

  あおばゆうこは「なんで?」と詰め寄るが、警察は「声紋鑑定で、あの声は雄二ではないことが分かったんだ、それにあんたと話してたというあの日は、雄二は海外にいて写真展などの打ち合わせをしているからだ」と警察から聞かされる。

  ゆうこ「そんな!」
  警察 「つまり、あんたは別の人を訴えるべきなのに、雄二を訴えようとしたということで、名誉毀損で訴えられても不思議じゃないが、雄二君は『彼女にそんなひどいことはしたくない』と言っていたので、君も無罪だ・・・」

 このことがが報道されて、雄二のファンが増えるが、ゆうこの信頼はガタ落ちである


    そして年が明け2002年を迎える。

 雄二は、写真家として戦場などへ行って撮ってきた写真を集めた写真展や写真集の企画を発表する。(戦争の悲惨さなどを訴えるのがテーマなようだ)

  写真集も写真展も予約が殺到し、何もかもが雄二を味方する。

         2月下旬 雄二の写真集発売
         3月上旬~5月上旬 写真展
         4月下旬 YUMIKOの新曲が発売される

              あおばゆうこはアメリカへと渡る


     2002年夏 あおばゆうこは、UーKの名でCDデビューし、活動の場をアメリカに変える。

        同年秋 YUMIKOの新曲が、自己最高売り上げ枚数を越え記録更新(50万枚突破)し、年末の賞レースなどに行くこととなる。
これまでにない仕事量となる
   これと同じころアジアの某国が今まで否定していたことを認めてなおかつ日本との首脳会談が行われることが決定し、由美子は作品の事でも聞かれるが、夫の雄二が取材にいくのかどうかについても聞かれる。


     2003年1月 由美子は「このままだと体を壊すかもしれないので、仕事を絞りつつ活動を続けたい」と言うことで、雑誌などでコラムを書いて行くコラムニストの活動に転身し歌の活動は停止
   2枚組のBEST盤が発売
   U-Kは、アメリカでのCDが売れ仕事も順調
   逆恨みのような戦争が1ヶ月ほど行われ由美子の話題は少なくなる

         6月 長女が舞台役者として、活動をはじめることとなる。
    「今は『松沢由美子の子ども』と言われてますが、私の演技のことを中心にみてくれる人がいれば嬉しいかな」と会見
   由美子の過去のライブビデオなどがDVD化

  「マニフェスト」が争点となった衆議院選挙があった後に内閣改造が行われ、森山涼一は法務大臣となる。
   森山涼一は「ネットマナーに関する法律を作る」と発表する
   由美子のドラマなどがDVD化

        同年暮れ 由美子は、ある病気を宣告され治療に専念する
         そんな中、夫の雄二は、痴漢騒動に巻き込まれてたのだが、なんと刑事を殴ったと言うことも明るみになる
       由美子はショックを受け、病気の治療に専念できなくなるのだった・・・
       ニュースでは、中東の某国などが大量破壊兵器を隠し持っていたとされその某国の元大統領がつかまったとの報道などで持ちきりで、由美子の話題はあまりにも少ない


      2004年となり、由美子はだいぶ落ち着きを取り戻し病気の治療に専念するが、雄二は裁判中にストーカーの疑いも出る
   由美子はどんどん衰弱していたが、青葉裕子の看病に励まされ元の体調を取り戻していく
   青葉裕子はアメリカでの活動を捨て、由美子の看病に徹していたのだ


        それから少し月日が流れ、宗教団体の元代表だった男が、死刑判決とのニュースが朝から流れるが、速報テロップには「松沢由美子死亡」との文字が流れる




        20××年暮れ 青葉裕子は松沢由美子の名をついでCDをリリースしていくこととなる
  「由美子さんの意思をついで行きたいと思います」と会見



文体とか文章の書き方とか勉強したわけでないし、普段あまり小説読まないので、おかしいところだらけですみません


2003年~2004年にかけて創作して、今はすでにないHPに掲載していた
2007年春一部修正
同年秋一部修正


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: