美意識の大改革 〜お歯黒と眉剃りの禁止〜
変化はまず、化粧において始まりました。政府は手始めに公家や華族といった上流階級の人々に対し、伝統的な化粧の眉剃りやお歯黒の廃止を求めました。そして、明治4年には、眉剃りとお歯黒をやめ、白い歯にしようという声がさらに高まっていきます。理由は来日した外国人の目にその伝統が奇異に映ったからでした。
眉剃りやお歯黒は、女性は結婚すると歯を黒く染め、子供が生まれると眉を剃り落とすという通過儀礼から行われるようになった化粧法です。眉剃りとお歯黒を止めるということは、それまでの慣習、さらには女性観や美意識を180度ひっくり返す大きな転換だったのです。
ですから、一般の女性たちがそれまでの意識を変え、お歯黒をすぐにやめることはできなかったようです。明治6年、率先して昭憲皇后が止めたことから、一般の女性たちにも白い歯が浸透しはじめました。これを契機として、現代の価値観に近い自分の顔に似合った眉化粧や自然な白い歯が美しいとされるようになったのです。
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