ツイッターデモの「民意」が権力の暴走を止めた!?SNSが政治を変えた歴史的な日
Yahoo!ニュース
5/19(火) 1:38
安倍首相による事実上の“敗北宣言”だった
5月18日(月)の夕方、安倍首相は検察庁法改正案について今国会での成立を見送るとテレビカメラの前で表明した。これまで特定秘密保護法や安保関連法などをめぐる議論で国民の間で反対論が広がっても多数の力をたのみに「強行採決」で乗り切ってきた安倍首相が“民意”に敗れたことを初めて認めた瞬間だった。
(安倍晋三首相・18時45分ごろ、首相官邸でのぶら下がり)
「公務員の定年延長法案については、まさに国民全体の奉仕者たる公務員制度の改革については国民の皆さまの声に十分に耳を傾けていくことが不可欠であり、国民の皆さまのご理解なくして前に進めていくことはできないと考えます。その上においてですね。やはり国民の皆さまのご理解を得て、進めていくということが肝要であります。その考え方の下、今後の対応方針について、官庁と考え方で一致をしたところでございます。あのこの法案については国民の皆さまから、様々なご批判がありました。で、そうしたご批判に、しっかりと応えていくことが大切なんだろうと思います。この定年の延長。ま、今回の公務員制度の改革についての趣旨の中身について丁寧に、しっかりともっとよく説明していくことが大切なんだろうということで官庁と一致をしたところです」
(記者)
「総理、法解釈の変更が今回の法案に影響を与えたとお考えですか?」
(安倍首相)
「今回の法案についてはですね。まさに公務員の定年延長の法案であり、公務員制度の改革ということでございます。その中でご説明をしてきたところでございますが、様々なご批判をいただく中で、さきほど申し上げましたように、大切なことは国民の皆さまのご理解をいただきながら、進めていくことが肝要を考えています。その中においてこれからもそうした責任を果たしていきたいと思っています」
ここまで話すと、安倍首相は足早に記者団の前から去って行った。
テレビのニュース番組がそれぞれどのように伝えたのかに注目してみた。
安倍政権に対する姿勢という点でも、それから民意の反映という点でも、この日の各社のニュースはそれまでとは違う画期的なものとなったように思う。
「SNSの声」が政治を動かしたと評価したTBS『Nスタ』
TBSの夕方のニュース番組『Nスタ』では遊佐政治部長と井上貴博キャスターの間で感慨深げなトークがあった。
(遊佐勝美・TBS報道局政治部長)
「世論の反発が大きかったわけですが、特徴的なのは今回はSNSの声ですね。新型コロナウイルス対策の影響で国会周辺で大声を上げられない中でSNSで声を上げたという格好ですよね。
そして、特徴的だったのは著名人が公然とツイッターで反対を表明したのも大きいですし、こういう形でSNSの声が大きくなって政権の重要な政策が変更されたのは初めてじゃないかと思いますね」
(井上貴博キャスター)
「確かに今回はインターネットのポジティブな部分。一気にうねりとなって広がった。これはひとつポジティブな部分として言えると思います。でもその一方で一つの方向に流されてしまうと。ムーブメントに終わってしまいがちな部分、そこは少しネガティブな部分なのかなと」
SNSでの声が政策決定に影響を与えたという見方を強調した報道だった。
TBSでは先週末の『報道特集』でも検査庁法案改正に反対を表明したタレントの小泉今日子さんから送られたメール文をかなり長く引用していた。今回のツイッターでの反対の盛り上がりを従来にないものとして報道している。
既存メディアとかオールドメディアと言われるテレビが、SNSという新しいメディアの可能性と注意点に着目した報道だった。
日本テレビ『news every.』も“炎上”を肯定的に評価
他のニュース番組でも出演者がそれぞれ感想を交えて伝えたが、中でも日本テレビの『news every.』がネットの盛り上がりを肯定的に評価した。
特にメインキャスターの藤井貴彦アナウンサーが「炎上」という表現を使ってSNSの可能性を強調していたのが印象に残る。
(藤井貴彦キャスター)
「検察庁法改正案という問題に特化せず、『いやコロナ対策を先にやってくれよ』という声もかなり大きかったように思います。これが一種の世論となってまた大きく炎上していったんじゃないかなという気がしますし、炎上という言葉は悪い意味でよく捉えられますけれども、こういう問題があるんだということが多くの人が知ったというのはよかったんだなあということを感じました。この週末」
(小西美穂キャスター)
「そうですね。声をあげることで変わっていく面がありますよね。おっしゃっているように国民の中には『どうしてこのコロナで緊急事態になっているこのときに』と思っている人も少なくありません。やはり国民の声を反映していないという面があります」
NHK『ニュース7』は「ツイッター」を強調
ふだんはニュース番組の中で政権批判をほとんどしないNHKも「世論」を強調する中でツイッターに触れた。
(瀧川剛史アナウンサー)
「政府与党が方針を転換したのはどうしてなんでしょうか?」
(政治部・内田幸作記者)
「世論を意識したものと見られます。ツイッター上で著名人も抗議の投稿が相次いだ他、検察OBからも反対意見が上がり、野党側は徹底抗戦の構えを見せていました」
ここで字幕で「ツイッター」「検察OB」「野党側」という言葉が表示された。
解説の中で内田記者は安倍首相の権力維持に疑念を投げかける解説コメントも加えていた。
これはこれまでNHKのニュース報道では異例と言ってもいい。
(内田記者)
「自民党内からは“『安倍一強』とも言われた政治情勢が変化しかねない”と懸念する声もあがっています」
こうした報道姿勢の「変化」は続く『ニュースウォッチ9』でも同じだった。
NHK『ニュースウォッチ9』も「安倍一強からの変化」を強調
(広内 仁・政治部与党キャップ)
「(検察庁法改正案だけでなく)新型コロナウイルス対応の現金給付をめぐっても、急転直下、方針が変わるといったことがありました。
それだけに安倍総理大臣の求心力に影響が出る可能性もあります。自民党内からは安倍一強とも言われた政治情勢が変化しかねないといった声も聞かれます」
これまで安倍政権への忖度を過剰なほど見せていたNHKの政治部がこうした報道を行うということは、今回の「方針の転換」が安倍政権の“終わりの始まり”と見切っているからだろう。少なくとも自民党内では安倍首相の権力掌握について疑問視する声が強くなっているのでなければこうした報道はしないものだ。
SNSの「声」は法案審議だけでなく、安倍政権に何かと気を使ってきたNHKの政治報道をも変化させつつあるようだ。
ただ、夕方のニュース番組が「SNSが(初めて)政治を変えた」ことをやや興奮気味なほど注目して報道していたのに比べると、夜ニュースではオーソドックスなスタイルの解説に移行して政治的な背景についての解説が中心になった。
テレビ朝日『報道ステーション』は“支持率低下が要因”と解説
テレビ朝日は自民党内で安倍首相に対抗する政治家である石破茂元幹事長のインタビューを交えてこの問題を伝えた。
さらにコメンテーターを務める太田昌克・共同通信編集委員が次のように解説している。
(太田昌克・共同通信編集委員)
「私自身もここまで急転直下で来るなとは正直読めていなかった。やはり大きな要因は世論ですよ。ツイッターであれだけ多くの方々が声をあげられた。先ほども支持率。それからこの法改正に対する反対意見が7割ですよね。支持率にいたっては第二次安倍政権おいて最低レベルです。安倍総理の側近がかつて私にこんな話をしてくれたことがある。『安倍総理の政策判断において内閣支持率は極めて重大なファクターである』と」
深夜のニュースではTBS『NEWS23』でも石破茂元幹事長のインタビューが登場した。
その後でアンカーマンの星浩が解説した。
TBS『NEWS23』も“支持率低下が要因”と説明
(小川彩佳キャスター)
「先週末までは今週中の成立を目指すという構えだった政府良党ですけど、急転直下、断念という判断はどうしてなんでしょう?」
(星浩)
「批判が強いだけじゃなくて、どんどん広がってきたということが挙げられると思いますね。SNSの広がりもそうですし、検察OBの広がりもそうだいうことで、総理官邸は週末に『内閣を支持しない』という率が10ポイント増えたという情報も得ていて、今後、コロナ対策で野党とは協力しなきゃいけない面もありますから、最終的には安倍総理が今回は見送りと決断したという経緯ですね」
日本テレビ『news zero』も政権や与党内の“政権弱体化”の声に注目
『news zero』は与党内で出始めている安倍政権へのあからさまな批判の声を紹介した。
(有働由美子キャスター)
「なぜ急に見送ることになったのでしょうか?」
(小野高弘解説委員)
「政権の幹部はこう話しています。『新型コロナ対策の最中に“強行採決”するわけにはいかない』と。今、強行採決なんかしたら、反発が強まります。そうすると新型コロナ追加経済対策の予算を審議しようとしているのに混乱が生じてしまいますよね。これが第一の理由です。でもね。裏ではこんなことを言っている人もいるんですよ。自民党議員ですが『改正案についての政府の説明や答弁があまりにもひどすぎた』と。こういう声もあるんですよ。自民党議員で『森友・加計問題からの積み重ねで政権が信頼を失い、弱体化してしている』と」
(有働由美子キャスター)
「確かにどんなときに特例を認めるんですかというその基準が国会を見て、(答弁を)聞いてきてもちょっとわからなかったですね」
テレビ東京の『ワールドビジネスサテライト』は経済分野が中心のニュース番組だ。
それが今回は安倍首相の「先行き」に注目して報道した。
これはNHKの政治報道が敏感に感知したように、与党内の力関係の「変化」を反映したものだ。
テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』は“政権の先行き”に注目
(ナレーション)
「これまで官邸が決めればそのまま通ってきた政策決定が相次いで覆されている事態に自民党内からも、先行きを危ぶむ声が漏れ聞こえる」
(自民党関係者・声は吹き替え)
「リーマン。ショック後の麻生内閣に雰囲気が似てきた」
「安倍政権退陣が一歩近づいたような気がしている」
安倍政権の弱体化という報道のトーン。これまほとんどでそうした報道が一切影を潜めていたNHKまでも「安倍一強」に揺らぎが見える自民党内の空気を伝えている。
今回の検察庁法改正案の見送りが「安倍政権の終わりの始まり」の象徴的な出来事になるのかもしれない。
他方で、夜ニュースがそうした従来型の政治部的な解説をするものが多かったのに比べると、日テレとTBSの夕方ニュースが「SNSのチカラ」に注目していたことは特筆に値するのではないか?
TBSの遊佐勝美政治部長がいみじくもコメントしたように、「SNSの声が大きくなって政権の重要な政策が変更されたのは初めて」なのだとしたら、今後、政治にSNSが与える影響がますます強まっていく可能性がある。
今回の出来事がそうしたエポックメーキングなものだったのかどうかはまだ予断を許さないが、今後はそうした検証も必要になっていくだろう。
はたして5月18日は、ツイッターが権力の暴走を止めた歴史的な日として記憶されるのかどうか。今後議論に注目していきたい。
水島宏明
上智大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター
1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。放送批評誌「GALAC」編集長。近著に「内側から見たテレビーやらせ・捏造・情報操作の構造ー」(朝日新書)、「想像力欠如社会」(弘文堂)
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