人手不足が経済動かす 堅調景気、生産性改革焦点に
景気の回復が続いている。企業は海外需要を取り込んで収益を伸ばし、国内の設備投資にも前向きに動く。人口減での景気回復は賃上げの波を生み、物価も一方的な下落は収まった。だが、賃上げで消費が活発になり、デフレから抜け出す「好循環」には道半ば。人手不足を転機に企業が生産性を上げ、持続的な賃上げにつなげれば、息の長い景気回復になる。
半導体製造装置の東京エレクトロンは7月1日、社員の役割や責任に応じて給与を払う人事制度を取り入れた。日本で働く約7千人の給与総額は制度変更で年約20億円増え、若手や中堅を中心に給与が上がる。
人材への投資を支えるのは好調な業績だ。スマートフォンの高機能化などを受けた世界的な半導体市況の回復をうけ、2018年3月期は2期連続の最高益を見込む。17年夏のボーナス支給額は平均173万円と前年から47%増えた。
世界経済の回復が景気の追い風になっている。日銀の統計で見た1〜6月の実質輸出は前の期に比べて3.9%増。東日本大震災からの回復期を上回る伸び率だ。企業の設備投資にあたる5月の資本財出荷は1〜3月平均より6.1%増えた。4〜6月の実質経済成長率は、6四半期続けてプラス成長になるとの見方が多い。
外需に支えられた景気回復が進む中、人手不足は急速に進んでいる。働く世代の中心となる20〜64歳の人口は5年前に比べると474万人も減った。好況下の働き手不足は、賃上げの波を生む。
スーパー大手のライフコーポレーションは17年3〜5月の連結営業収益が前年同期より3.8%増えたのに、営業利益は24%減った。「増収減益」の一因は、低価格戦略で事業を伸ばす中で、必要なパートの募集費用が上がったことだ。
■25歳以下手厚く
日本企業はデフレ期に、比較的安い賃金で働く非正規社員を増やしてきた。非正規の賃上げは「賃金デフレ」からの脱却を後押しする。6月は正社員の有効求人倍率が04年に調べ始めてから初めて1倍台に乗り、賃上げは正社員にも広がる。
「スナイデル」ブランドを展開するアパレル大手のマッシュホールディングス(東京・千代田)は今年度、25歳以下の販売員の昇給率を従来の10%程度から25%に引き上げた。「25歳までの経験は将来のキャリアにつながる」と語る近藤広幸社長は、質の高い人材の定着を狙う。
パートを除く販売員への6月の新規求人倍率は2.51倍。0.99倍だった5年前に比べると新規採用は難しい。電炉大手の大和工業は今期に25%の最終減益を見込むが、月額平均1500円のベースアップを実施。日本商工会議所によると17年度に定期昇給やベアをした中小企業のうち、82.8%が「人材確保・定着」が目的と答えている。
働く人が受け取る報酬の総額にあたる名目総雇用者所得は5年間で6%増えた。16年の就業者数が平均で6465万人と12年に比べて185万人増え、賃金をもらう人が多くなった。賃金の総額は日本経済がデフレに入る前の1997年末よりは7%も少ないが、リーマン・ショック前の水準は超えた。
賃金が上がって消費が増えると物価が上がり、収益を伸ばす企業がさらに賃金を増やす。人手不足の賃上げで、経済の好循環への歯車は回り始めた。 次の一歩で壁となるのが高齢化と人口減だ。
12年に比べて185万人増えた就業者のうち、174万人は65歳以上の高齢者だ。賃上げの恩恵を受けやすい25〜44歳は94万人減った。 働く人は増えたが賃金の少ない層が多く 、全体での賃金水準は回復の途上にある。
日本経済研究センターが民間エコノミスト40人に聞いた「今後1年以内に景気後退になる確率」は27.6%と高くはない。景気回復が続く間に、賃金を総額として押し上げる一段上の成長段階に移れるかどうか。焦点は人手不足を契機としたビジネスモデルの転換だ。
■営業短縮で増収
ファッションビルのルミネはテナントの人手不足に配慮して、4月から全店の8割にあたる12店で閉店時間を30分早めた。営業時間の短縮は減収のリスクがあったが、4〜6月の売り上げは約2%増。新井良亮会長は「各店舗が短時間で接客するなどの工夫をしたことが、良い結果につながった」と自信を見せる。
24時間営業をやめたファミリーレストランのロイヤルホストも4月以降、既存店売上高が前年を上回る。ランチタイムに店員を増やし、健康にこだわったメニューで高齢者や家族連れの来店頻度と客単価を上げた。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の宮崎浩氏は「過剰なサービスを減らしても収益は落ちないため、社員の時間あたり賃金は増える。0%台後半の賃金上昇率は3%台まで上げられる可能性がある」と見る。
過剰サービスの見直しや省力化投資など人手不足の対応策は目先の賃上げを阻むが、低生産性からの脱却は稼ぐ力の向上につながる。
(景気動向研究班)
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