日記41 7月28日手術後一日目



どうも、梅ゆかり母さんです。
「子宮全摘出手術」の話

前回のあらすじ
更年期と、ストレスによって、重症貧血となり、
今後の苦痛を考えて子宮全的手術を受けました。
今日は、術後の翌日の話し

病院の朝はとにかく早い。
6時起床で、検温や、血圧を測りに来る。
だけども、その前に目が覚める。え? 歳?
5時半。まぁ、傷口痛いよね。痛み止めが切れているので、痛いわけですよ。
体をどっちにしても何しても痛い。
傷口も痛いが、腰が痛い。腰が痛すぎて、唸っていう所に検温などが来て、
とにかく痛いと訴える。
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「痛みの度合いは1から10で行くと?」
と聞かれ、「10」と、振り絞ってこたえる。
今思えば、あんな痛かったのに、今は大丈夫って、体ってすごいわぁ。
痛み止めの点滴を打ってくれてから、食事。

手術だった昨日一日絶食してて、正直お腹空き過ぎていたわけですよ。
実際、手術前までお腹なっていたし、何なら、空腹で寝られなかったしね。昨日の夜。

それなのに、ベッドの背もたれが起こされ、
自重で腹の皮が垂れるは、いろんなものが座ることでおしりに重力がかかると、
すごいよね、お腹すかないでやんの
それでも食べなきゃ、帰れないと、
ふたを開けてびっくり

なんすか、これ?

たしかに、一日絶食後だったので仕方ないのだろうけど、
粒粥と、スムージーされたおかず……
お、お、おぉ


写真が、おいしそうな、写真映えの奴しかなくてあれだけども、
まさにこんな緑色をした、おかずをスムージー化したもので、
お、お、おお
と思った。

味はおいしかったが、さすがに一日断食した後では、味が濃く、
おまけに、座っていることが苦痛で、
みそ汁と、粒粥だけは食べたが、ごめんなさい。無理です。
腰も、傷も、痛いです。
と断念した。
結果的には、この一食だけ残してあとは完食したのだけど、
いやぁ、あれはまいった(笑)

その後、何時間経ったか、何時だか全くわからないが、薬のおかげで
夜の分まとめて寝れたらしい。
10時の検温の時に
心電図、などが外れるタイミングで、術用ガウンから、着替える。
点滴につながれているので、看護師さんに手伝ってもらう。
体も拭いてもらったのでさっぱりする。
まだふらつきが見られるので、尿管は付けたまま

11時20分ごろ、立ち上がってふらつきが見られないのを確認して尿管が外れる。
昔のようなふっといゴム管ではなく、しょっぼい奴で、その後のおしこも沁みることはなかった。
多少、違和感を感じるけれど、回数を重ねると忘れる感じ。

12時昼食。
食事をしていると、だんだんと痛みが来て、これはいかん。とナースコール
痛い止めをくれと頼む。
この時の頃半分あって、かなりおいしかったので、痛みが治まったら食べるんで。
と言う気合で、点滴待ち。
点滴が来てから、五分後、痛みが緩和されると食事を済ませる。
看護師さんが、「あれ? 全部食べてる」と笑った。
食い意地張ってる。と思われただろうけど、それもこれも、
早く家に帰りたいから、食事は全部食べるようにしているんだ!
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口さえ捨てなきゃ、元気でいられる。
病気だって、早く治る。
が信条なので、頑張って食べた。
相変わらず、粒粥で、米粒を食べているというよりは、お湯をすすっていて、
中に米粒があるような感じで……ライス入りお湯……(笑)みたいなやつだけど
米粒を救って食べた。

動きだせたので、歯磨きをしに行く。この時がトイレ最初かも
うーん、なんか量が少なく感じる。

驚くほど体力無くなっているのか、痛みの所為なのか、
痛み止めのおかげなのか、その後、背もたれを立てた状態で寝ていた。

のに、18時の夕飯では、そういえばこの日「土用の丑の日」で、卯巻が出たんだけども。
はじめて食べる卯巻にちょっと興奮
だって、本当なら、この日に唸器のお寿司を頼んでいたのだ。
旦那と息子は食べたようだけどね。

食事後半で痛みが来て、起き上がっていられるし、食事もとっているからと、
錠剤の痛み止めが出されて、それを飲む。
五分ぐらい痛みと格闘後、やっと効いてくる。

トイレにも行けるようになるとガスが出る。ガスが出ると、
傷口が引っ張られて痛い(笑)

回診で、先生から、ヘモグロビン値が7.7まで回復したと聞いた。
とはいえ、危険数値なので、もう一本輸血をすることになった。

輸血を開始すると、今まで痛くなかったのに、
多少針周りが痛い。すごく痛いわけじゃなく、何か入っているから痛いって感じ。
20時30輸血終了

この夕食後から、点滴をしながら本を読んでいて、
あ、そういえば、手術前から読んでいたんだっけか。まぁ、続きを読んでいた一冊を
22時半読み終える。
個室なので、消灯は自己責任で任せてもらった。
とはいえ、さすがにまずいだろうなぁということで、スタンドにするも、
寝返りを打っては、お腹が引っ張られ唸る。
毛布でお腹の台を作ったり、腰にあてがったりする。
ベッドを起こしているので、それよりは寝かせたほうがいいのだろうか?
と、あれこれやったが、ほんの少しだけ上げるほうが楽だった。
座っているというのはしんどいけれど、真っ平だと腰が痛い。
それの緩和が、ほんの少しの傾斜。たぶん、個人差だけどね。

痛い、痛い、腹が痛い—————
腰が痛い———
と思っていると、いつのまにか寝ていたようです

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2021年08月18日

日記43 退院後一週間検診8月11日



どうも、梅ゆかり母さんです。
退院後(術後ほぼ一か月)検診に行ってきました
経過良好でした。

ヘモグロビン値は10.6まで回復し、お腹の傷もよし、
内診の結果はまだ完全ではないが、順調とのことでした。

仕事復帰に関しては、無理のない程度で、
私が大丈夫だと思えばということだったので、
来週から復帰しようと思ってます。
まだ痛みや貧血があれば、そのつど休むというゆるゆるでやっていこうと思ってます。
さすがに、心不全一歩手前でしたし、しんどかったですからね。

ということで、仕事復帰に際して、手土産っているんだろうなぁ……
さすがに、一か月休んだし、いくら、役に立たない下っ端と言えども、
代わりを用意することになっていただろうから、
さてさて、いったい何を持っていけばいいのやら……(笑)

で、思った。
このお菓子持って行った本人は食べちゃいかんのやねぇ。
当たり前、か(笑)


2021年08月11日

日記42 7月29日から31日退院まで



どうも、梅ゆかり母さんです。
「子宮全摘出手術」の話

最終話です。
術後二日目から、退院までの日は、痛みとの戦いです。
傷が痛い。ガスが回って、お腹は膨れて痛い。
だけども、看護師の妹から、「歩けば治る」と言われて、
廊下を徘徊するだけでした。

ただ、入院されていた方々には大変迷惑だったのではないかしら?
コロナ前なら、うろうろしている人は多くいただろうし、
面会できる場所での人の声とか、沢山あったけれど、
今はみんな自分のスペースにいる。
引きこもっている。それが正しいのだろうけど、

早く家に帰りたいんですっ。
と、一周五分弱の病棟を、お腹を押さえながら歩きました。
一回につき4周が限度。20分で息が上がるし、ふらつく。

そう、ふらつくのです!
ふらつくんですよ、貧血って。
でもこれって言い時を知っているから、ふらつくとか感じるのであって、
ずっと具合が悪いと気づかなかった。
いやぁ、もうねぇ。ふらふらするようになってくるんです。
酸欠かもと、呼吸を上げても、そうじゃない。
だるいわぁ、体力ないわぁ。も、貧血の所為らしく。
「倒れそうになるようなら休んでね。無理はせずに、ゆっくりやってね」
と言われる。
無理はしてはいけないけれど、ほどほどの動く。

ただ……、病院て、快適温度マックスなわけですよ。
25度管理。
これを家に帰ってくるのかなぁ?
歩くか? この暑い中を?
と思うほどの日差し。
冷房の中でも感じる暑さ。

散歩だけではなく、持って行っていた本を三冊。
本を読み切ったので、クロスワードを買ってしまった。
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そう、30日のおやつ。
入院して初めて甘いものを食べました。
贅沢です。
美味しかった。
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余談ですが、
お米毎食200g食べていたのに、家に帰って体重を図ったら
500gぐらい痩せていた。
おお、あれほど食べていたのに、痩せるんだ。
お菓子って、すげーーー
お菓子食べなきゃ、本当に痩せるらしい
知ってたけど((笑))

傷のばんそうこうの貼り換え字に見たけれど、
本当に一センチほどの傷で、
これでよくカメラが入ったり、何が入ったりしたものだと思う。
開腹手術でなかったから、これだけで済んだのだというけれど、
これでも、やっぱり、痛いですけど————

7月31日 10時過ぎ
旦那だけが迎えに来るつもりでいた目の前に、息子も来ていて、
ちょっと、本当にほろっとした。
家に帰ったら、娘も来ていて、家族四人そろって……、
えっと、食料何もないって、えっと、どうしましょうか?
カ、カ、カップ麺? いやいや、退院してカップ麺て……

近所へ買い物に行って、昼は総菜で済ませたけれど、
夕飯はメンチカツを作った。

てか、思うんだが、
うちの旦那……、これで足りると思う。といった総菜の数がしょぼい。
自分が好きなコロッケ一袋6個入だけ。
足りる? と聞き返すと、カップ麺食べればいいし。
だーかーらー
カップ麺は嫌なんだって。
と言って、総菜を入れまくると、そんなに買うの? という顔をしたが、
結果、一番よく食べる。

夕飯も、無理しなくていいよというわりに、
夕飯を食べる時間の、30分前になっても姿を現さなかった。
そして、夕飯ができたと言ってから、書斎から出てきて、
作ったのにぃと言った。
…………? そういうのはさぁ? 五時ぐらいから、
夕飯作れそう? 買ってこようか?
って、声かけてくれてもよくない?
あれかい? あたしがしんどいです。と言わなきゃ、
夕飯出来てない時間になって、腹減って出てきて、
カップ麺だったのかい?

とか、退院そうそう、イラッとしてしまったが、
結果的にこうして動く方がいいのだろうと、
前向きに考える。

ただ、どうしても前向きになれないこともあるけれど、
とりあえず、この二週間は休みをもらえたので、
体を休め、鉄を増やし、体力をつけようと思う。

2021年08月08日

日記40 7月27日 手術終わり



どうも、梅ゆかり母さんです。
「子宮全摘出手術」の話。

前回のあらすじ
とうとう子宮全摘出の日を迎え、なかなか便がでなかったけれど、
なんとかだして手術室へと向かった。
変な緊張から、今すぐ逃げたかったけれど、
楽になるからと言い聞かせ、手術台に上った。
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目を覚ましたのは、というか、覚醒したというらしいが、覚醒した時には、
看護師さんたちの、「あれ? 居ない?」とかいう声。
ご家族の方を探しておられるご様子(笑)

何度か角を曲がり、建物のつなぎ目に乗り上げる。
それが気持ち悪いし、傷に響く。
動かせれる右手で腹を触ったら、めっちゃ、驚くほどペッちゃんこになっていた。

キャーーーーー痩せたわぁ

たしかに、下腹部に何かを貼っている違和感がある。
それよりも、驚くほど寒い。歯の根が合わないほど。

旦那がやってきて「よく頑張った」としきりに言っていた。
「終わったよ」とやっと右手を布団から出し、握手。
「お母ちゃんと、娘と息子に、終わったって、無事だって伝えて」
と頼む。

旦那いわく、こんなご時世だから、そうそうにおかえり願いたそうな感じだったので、
「じゃぁ、帰るからね。ゆっくり休んで」と言ったようだが、
こっちは、寒いし、痛いしで、もうちょっと居てほしかった。

……あれ?
掻き忘れていたが、10時。手術前に個室に移ったんだった。
術後の経過観察を兼ねての移動ということで、
あぁ、これなら大声出せる。
と思ったんだった。失敬。

で、個室だし、いいじゃん。と思ったが、
さすがにそのわがままは無理だろうと、手を振ってわかれる。

にしても「寒い」というしかなかった。
その後、「ど、どうしていたほうがいい? 起きていたほうがいい? 寝ていたほうがいい?」
と聞くと、「リラックスして、寝ていいよ」というので、
これが驚くけれども、リラックスした状態って、どうやるんだっけ?
て思うほど、体が硬直し、体制を考えると、息をしていることを忘れていることに気づく
だから、「息を吐く————息を吸う。吐いて————吸って」と吐くことを意識した。
息というのは、どんな時でも吸うけれど、吐くことは忘れがちになる。
吐き続けると、息苦しくて自然と吸う。そしてリズムをつかむと、もう意識しなくなる。
意識している間は、吸って、吐いて吐いて吐いて。と言い聞かせていた。

一時間か、二時間か経って、様子を見に来た看護師さんに、
「足動かして大丈夫? 肩とかも大丈夫?」
と聞くと、動かせる箇所は動かしてと言われた。
頭を上げるのは無理だと思うから、それ以外は動かしたほうがいいと、
看護師の妹が言っていたのを思い出して、
足をうにょうにょ
肩をうごうご
動かし、寝返っても大丈夫ならいいよと言われたので、
寝返ろうとしたら

「はひぃ———————」
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い、い、いたーーーーーーーい
何、この痛みぃぃぃ聞いてないし
って痛みが腹に走る。

どどどどどどどど、どうも、腹の肉があるせいで、重力に引っ張られ、
もとの傷箇所よりも下がるので、痛いようだ。

はうぅぅぅぅぅぅぅぅ

だが、寝返りを打たないと、腰が痛い。
少しずつ傾斜をつけよう。
10度くらい? と布団を背中にあてがい、
垂れる肉を支えるべく腹にも毛布を敷く。

まぁ、どんくさい私ですから、この腹減布団を敷く段階で、腹を何度叩いたか。
「はひぃぃぃぃ痛い」

もしこれが個室でなかったら、まぁ、煩い人になっていたと思う。
さらに言えば、あまりの痛さに、やってきた看護師さんから、
「痛み止めいる?」と聞かれ「い¨り¨ま¨ず」と言って、点滴の痛み止めを打ってもらう。
ほどなくして痛みが治まったら、今度は足の寒気。
足は、今、フットポンプというものを巻いてくれて、足の血の巡りをよくしてくれるんですが、
巻いているそこはいいのだけど、足首から下、足の裏がものすごく冷たい。
なので、足を動かすのも、自然とひざを立て、足裏に電気毛布の温かいところをこする。
足首の上下を中心に動かしながら、
肩も、右肩を上下、左肩を上下と交互にやっては、少しずつ傾斜をつけ、
真横に慣れたのは、真夜中かもしれない。

いや、時計がないので解らないけれども。
それでも、真横になれてよかったし、腹は引っ張って痛いし、
足がぬくもってくると、熱いし。
とわがままになっていく。

電気毛布を片付けてもらい、何とか、かんとか寝返りが打てることが判ったら、
体が痛くなるまで寝ていたと思う。痛くなったら寝返ろうとするには、
無意識化では無理なのでね。

それでも、今までなら、そうそうに頭が痛くなっていたのに、
今回は頭は痛くない。ただ、
「熱があるけど、術後はみんなそうだから。
血圧が少し高いねぇ」
と言われるだけ。

あぁ、これは、ちょっとでも眠れる。
と思って眠ったら、いつの間にか朝になっていた。
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今回、本当に思ったのは、
術後のしんどい時に携帯がそばに無くてよかったこと。
あったら、気になって、「今終わった」とかって送っては、
返事がきたら、返事を返さなきゃとか。
目が覚めたけど、何時だろう?
とか、そんな気にすることないことで気にして起きてしまう。
今回は、携帯を貴重品入れにしまっていたので、
そこを開けることもなく、夜を明かした。








2021年08月07日

日記39 入院~手術前まで



どうも、梅ゆかり母さんです。
「子宮全摘出手術」の話の続き

前回のあらすじ(笑)
あまりにもしんどくて、やっと婦人科に行ったら、
「血がひとの半分しかないので、輸血をして、緊急入院です」
と言われプチパニック。
何はともあれ、一度かえって荷造りをし、入院の手続きを取った。

7月26日 17時
手続きをして、とりあえず、外来処置室へ行く。
戻ってきてくれと言われたので。
そこで、二本目の輸血をセットされ、
……あれ?
そういえば、荷造りをする前に、心電図と、レントゲンを撮ったんだっけか?
あれ、帰ってきてからだっけ?
多分、荷造りする前だと思う。
旦那に車いすを押してもらってから、行った気がする。
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心電図を撮ってくれる人も、レントゲン技師も、
「輸血???? えーっと、ふらふらしない? 大丈夫?」
と気遣ってくれた。
本人、いたって平気なんですけど、なぜだか、車いすに乗ってるんですよ。
って状態で、いやぁ、すみません(笑)

とにかく、病室に上がるのですが、ナースステーションで、旦那とはお別れです。
「コロナなので」
ひやぁ、入院するのに、家族とはここでお別れで、面会もできないとは。
これは、入院されている人はさぞ寂しいよなぁ。
と、人ごと。
「頑張って」
「うん、頑張ってくる」
と言って、病室へ。
あっさりさっぱり解れたように思うけど、早く座りたかったのよね。
ダレた……。しんどい。
それで手いっぱいだった。

到着して、とりあえず簡単に荷物を片付けると、検温だの、血圧だのの検査にやって来る。
そのたびに「貧血強いけど、トイレ大丈夫? 行ける? 車いすにする?」
いやいや、動けてるので、大丈夫ですよ。
と返事をする。
そんなに大変でもないんだよなぁ。言うほど。しんどいけど、だるいけど……

この時のことを簡単に言えば、「貧血バカ」の状態で、
悪すぎて、いい時が解らないので、ふらつきも、皆さんが心配してくれていることも解らなかった、
怖いねぇ、病気って。
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病院の夕食は早くて、18時にはやって来る。
さて問題です。この夕食、私は食べたでしょうか?
正解は「完食しました」
栄養が足りないから、食べれたんじゃないかと思う。
まぁ、美味しかったからというのもあるけどね。

それから、娘や息子、母や、妹から来るラインを返し、
21時消灯。早いってだから。
とライトをつけて、返事を送る。
さすがに9時に寝ては、夜中に目が覚めるし。と思って。
せめて、22時まで待ってくれと。起きていたけれど、
貧血でしんどかったのだろうし、病院で疲れたんでしょう。
22時にトイレに行ったきり、寝ていた。

夜中の見回りの音で時々起きたけれど、
ほぼ熟睡できた。
ちなみに、輸血の点滴は、19時前に何とか終わり、止血剤の点滴は19時半ごろに終わり、
別のなんたらという点滴を打っていたけれど、

今は便利になったよね。
点滴の針もさしっぱでも居たくないような奴に代わり、
点滴後と差し替える必要が無くなって、混入口(マニフィールド)という、
ハブ的器具があって、そこに差し込むので、患者の痛みは少ない。
針を刺しっぱなしというのはしんどいけれど、
ぞれでも以前に比べたら、物凄く楽。
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そして、輸血が終わってから、生理食塩水の注射を混入口から入れるのだけど、
そういえば、ずっと言われていたのが、
ちょっとヒヤッとするよ。だったのだけど、最初の数本は全く分からなかった。
それが、急に、「あぁ、ひやっとするねぇ。なるほど、うん、ヒヤッとした」
と感じる。これも貧血の所為らしい。輸血して、体が少し暖かくなって、
そのおかげで感じたんだと思う。

というか、熱はどうだったかと言えば、多少高かったんですよ。
何故って、足りない鉄を補おうと、細胞が働きまくっていたんでしょう。
赤血球さん。血小板ちゃん。白血球さん。ありがとう。
細胞全て、あたしの体、ありがとう。

点滴の管が邪魔で時々引っ張って、腕が痛い。と感じて目が覚めるも。
なかなかよく寝たと思われていたんですが、

7月27日 手術当日
4:30AM 向かいのベッドの人の処置で看護師さんがやってきて、
そのひとの処置の音で起きた。
これは辛いなぁ……。術後、痛いのに、
それでなくても、術後は麻酔が切れてから頭痛がひどくなる体質で、
しんどいのに、処置が必要な人と一緒だったら、
いや、その前に、自分が煩くさせてしまうだろうし……

と思いながら、一応、6時までは横になっていたけれど、六時になって検温とかがあって起きる。
というか、起きたって、一日絶食なので、動けばお腹すくしなぁ。
という状態で、洗面を終わる。
水分は12時までは大丈夫らしいけれど、
水分を摂るといが動くので、お腹すく。

そういえば、夜、下剤を受け取ったが、出る気配がない。
老化を歩き回って、出そうとしたいけれど、
出来れば大人しくしておいた方がいいだろう。コロナだし……と思って、
でも、だんだんお腹が痛くなってくる。
でも、出そうにない。
あまりにも出なくて、でも痛くて、看護師をしている妹に聞いてみたら、
「別に出なくても大丈夫よ」とのこと
「ただ、出してくれていたほうが、術後すぐに便意をもよおしても、管があるから行けんろ?」
それはそれでいやだなぁ。

でも、出ないんだよなぁ。
とか思っていると、手術が14時ごろに開始すると連絡が来た。予定通りの時間だ。
と、カウントダウンが始まった途端、お腹が痛い。
便は間に合うのか?

同室の人のお昼が運ばれてくるなか、手術着に着替えたり、
手術に関する同意書の確認や、手術内容の説明を再度される。
「不安になることありますか?」
と聞かれたんで、素朴に、

「腹腔鏡手術って言うけど、」
腹腔鏡手術……へそと、へそを中心にして、左右10センチほどのところと、
へその下に、1~2センチほどの穴をあけ、顕微鏡を見ながら手術を行う方法
「子宮全摘するって、どうやって出すの? その1センチぐらいのところから出る?」
と聞いたら、失笑され、「さすがにそこからは出ないですよ。下から出ます」
と言われ、「なるほどぉ。すっきりした。どっから出すのかと不思議だったわ」
と大笑い。そりゃそうだ。けっこうな大きさのものを、どうやって出すんだと思っていたので、
すっきりしたわ。

13時ごろ、おお、ようやく出そうな気配。
てか、遅いよ。というか……私らしい。こういうぎりぎりになってなんかあるんだよなぁ。
てことで、本当に、ギリギリまでトイレに行っていた(笑)

14時15分手術のため、14時5分、病室を出る
旦那がすでに待っていて、なんか久しぶりじゃん(笑)
的に挨拶をし、
「いやぁ、さすがに緊張してきたぞ」と言うと、
「寝てりゃぁすぐだよ」と言ってくれる。

手術室前、家族控室で別れ、「頑張って来いよぉ~」と送られる。
集団就職の駅を思い出しちまったぜ(笑)
自動ドアを二枚潜り、まずは名前の確認。
手術についての説明を受ける。麻酔についての説明を受ける。
いざ、手術室へ。
ここは大きな病院なので、一度に六か、八か手術可能らしく、
沢山部屋があるうちの、一番手前の部屋に入る。
手術台は思った以上に狭いもので、二段ばかしの踏み台を上って、
横になる。

以前、子宮筋腫の切除、その前、さらに前も、この麻酔導入時に足掻いたので、
足掻いたってなんだよ? いやぁ、どこまで起きてられるかやってみようぜとか思って、
必死で寝ないようにしてたんだが、寝るよねぇ~
それを、「抵抗しない」と決めて、すぅっと寝る。
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あれ何の曲だっけかなぁ。aikoだったかな? あいみょんだったかなぁ
なんか、女性シンガーだよなぁ。
術の最中、お医者さんの好みで流すんだろうなぁ。
シーンと静まった中ではしないようだ(笑)

痛み? いや全然。夢すら見ないよ。
寝ている感覚というよりは、瞼を閉じて、開いてする、あの秒の出来事ですよ。


2021年08月06日

日記38 7月26日 緊急入院まで



どうも、梅ゆかり母さんです。
「子宮全摘出手術」の話しです。

前回のあらすじ。
ストレスがかかりすぎて、更年期がこじれたのか?
更年期中に、強いストレスがかかったからなのか?
とにかく、生理が続き、尋常ではないだるさに見舞われ、
月曜日に病院へ行くか、主治医の予約(月、水担当)を入れる(15時以降電話予約)か、
飛び込みで行くかと思案中。
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7月26日(月)
朝起きて、ちょっと調子がいいと感じる。
だるさが全くないわけじゃないけれど、土曜日の夜や、日曜日に比べたら、
ゆっくりした分まだ大丈夫? って感じ
生ごみの日だったので、出しに行く。
はーーーい、ごみステーション迄10mもない場所です、そこへ行って帰ってきて、
倒れそうだと思った。動悸が治まるまで時間はかかるし、
足が鉛のようだ。

これは、いかん

職場には迷惑がかかるが、この状態で行ったところで、仕事中に倒れる。
と危機的判断で、病院へ行くことにする。
今は落ち着いているが、先生を目の前にして言えるかどうか怪しかったので、
メモを書くことにした。これが後々役に立つので、病院へ掛かるときには、毎度こうしたほうがいいですよ。
(書いた内容が、あとの方で出てきます)

旦那が遅番だったのもあって、旦那に無理行って病院へ送ってもらう。
鉄の注射一本打ってもらえばいいや。ぐらいの感じだったので、
しんどすぎて。なんてのは言わず、ちょっと貧血が強い感じ—。っと楽に伝える。
多分、旦那も、「あ、そうなん?」ぐらいだったと思う。

7:45AM 病院到着
八時の受付まで時間があるので、椅子に座る。
息切れ、動悸がする。
お客(患者)は30人ほどがすでに居た。でも、普段なら(コロナ禍でなければ)もっといるのに、
コロナってだけで、客(患者)も少ないようです。

8:00AM 受付開始。
再診ではあるけれど、三カ月以上たっているし、何なら一年前だしね。
で、再受付を済ませ、二階婦人科受付の前まで行く。
すでに数名がいた。
というか、そこのナースステーションは、耳鼻科、皮膚科、婦人科合同なので、
おっさんも、子供も、妊婦も待っていた。
とはいえ、妊婦さんや子供などはコロナを警戒して、自分の予約時間ギリギリで来るようだけども
それでも、見た限り、婦人科だと思われる人が、10人は居たと思う。
なので、ざっくり見積もっても、診察は10時以降になるだろうし、終わるのは昼前だろうと思う。

今時点で職場に電話を入れる。
オープン前の忙しい時間だけど、逆に、オープンしてからでは忙しいだろうし、
遅くなったらなっただけ迷惑をかけると思い、電話を入れる。
「具合が悪くて」「たぶん、更年期の貧血です」
と休みをもらう。
貧血だからなのか、よほど具合悪い声だったのか、翌日以降も休むなら、
また連絡して。と言われた。
この時はまだ「鉄の一本打てば大丈夫、行けるはず」などと思っていた。

8:30AM 診察受付開始。
問診票などの受付を各科受付開始。
コロナによる問診表も出し、とにかく座る。座らなきゃ、倒れる。
椅子の背もたれと、壁と、二方向に支えられていないと座っていられない。
もう、限界に近かったのだと思う。
帽子をかぶっていったのは、髪を梳く元気もなかったからだけど、
血の気の無い顔を晒したくはなかった。マスクしなきゃいけないご時世でよかった。と思うほど。
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9:00AM 前—?
受付の看護師に呼ばれ、一年ぶりだということ、婦人科希望であるということ、それから、
「ひさびさですがどうされました?」という、前問診を受ける。
具合がどれほど悪いかというメモを挟んでいたので、それを見てくれと言う。
「貧血ですね、はい、はい」
とメモを見て何やら入力して、また待つように言われる。
その間に壁際のいい席がとられていたので、仕方なく別の場所へ。
はぁ、しんどい……

わりとすぐに問診に呼ばれる。
帽子を除けていなかったが、その隙間から見て判ったらしい(医者すげー)
「久しぶりですが、」そういってメモを見る

—メモ—
生理が2カ月続いている
一昨日の晩(土曜の夜)が激しくしんどくて、動悸、耳鳴り、下痢、熱中症かと思って、
昨日(日曜日)はおとなしく寝ていたが、よくならなかったのでやってきた。
更年期の貧血だと思う。
仕事はできる限り休みたくない



というメモを読んで、「じゃぁ、 採血 しましょう」
と言われ、検査室のほうへ行く。
注射嫌いなので、針見るのもいやーとか思いながら、
帰ってくる。これがだいたい9:19AMゴロの話。

血液検査には20-30分かかるので、それでも、妊婦さんとかいるから、これは早くても10時半は過ぎるなぁと。
あぁ、しんどい。

9:24頃
診察室に呼ばれる。
てか、結果出てすぐに呼ばれるなんて、早かったなぁ。さくっと終わらせるんだな、きっと。
あれですよ、他の人との間にささっと済ますあれですね。
診察室に入ると、「なかなか貧血があるようで、えっと、内診します」
というので、いや、まだ 出血 あるし、 出血 あるんで、病院へ来たくなくて、
と言うと、そんなこと考えずに来てください。と少々強めに言われる。

内診ってのは、文字通り、内診ですよ。
でも、 出血 している状態で、診察台に乗るのは本当に申し訳なくて、
乗った瞬間、「あ、すみません。出た……本当にごめんなさい」を繰り返すしかなく。
「診察台を上げた状態にしておきますね」たぶんこぼれないためだと思うが
それでも、あぁ、出てる……と解る。
先生が速攻やってくる。
わりと、診察台で待たされることもあるのだが、早かったねぇ。

「ちょっと痛みますよぉ。はぁーい、うーん。あのねぇ…… 輸血 しますね」

は、はぁ?「 はい? 」心からのクエステョンですよ。

輸血 ってのは、こう、腹を撃たれた刑事とかが瀕死の重傷を負い、今 輸血 中とか、
手術中に、 出血 が止まりません  輸血 しろ—。っていう、緊迫ある処置のはず

「は、はい?」
「血がね、 人の半分しかないから、輸血しますね
半分? 何が? いや、私動いてますけど?
その後も内診が続く。
「うーん、内膜が厚くなってるねぇ。ちょっとごめんよ、カメラ入れるねぇ。
はーい、かなりの量がまだ残ってるねぇ」
というけれど、それよりも 輸血 のほうが気になって、てか、 輸血
「一度、止血剤の点滴を打ってから、 輸血 します。そのまま 緊急入院 です」
medical_yuketsu_ketsueki_pack.png


まっちろーーーーーーーーーーー

輸血 の次に 入院? 頭大混乱。

いかん、ちょっと待てぇーい

内診が終わって、診察室に呼ばれる前に、旦那に「入院とかいう、輸血とかいう。理解不能、今すぐ来て」
とラインする。
てか、旦那にそんなこと言って理解できるわけないのにね(笑)

診察では、ヘモグロビン値の値が5.5だということ。
これは、成人女性の12〜13?rという量の半分であることを示し、
しかも、あと1か2少なかったら 心不全 になっていたという。
「じゃぁ、土曜の夜にひどいだるさと、息苦しさがあって、救急車呼ぼうと思ったんですが、」
「その時に救急車で来てくれていたら」
という状態。
「なので、止血をして、少しでも 出血 を止めて、 輸血 をします。で、このまま 入院 です」
とさらりと言われた。
「それで今後の治療方法だけど」
と言われても、輸血に入院にとショックを受けている頭で理解できず。
「とりあえず、止血して 輸血 しましょう。 入院は、入院です
と強く言われる。

「治療方法としては、まずは、止血剤を使って、少しだけでも 出血 を押さえます。
その後 輸血 をします。
ここから治療ですが、 ホルモン治療というものがあって、
止血して、後に、ホルモン剤を投与します。そこでいったん 出血 を押さえます。
ただし、完全に止めることはないかもしれない。
すぐに生理が来て、厚くなっている内膜をすべて出します。
それから次の生理を待って、またどうするか決める。
もしかすると、ホルモン治療し続けて、生理が無くなるかもしれないし、
(出血が)増える可能性もある。これが一つ。

もう一つが、厚くなっている内膜をこそぎ掻き出す方法。
これは全身麻酔で手術になります。
こそぎ取ってから、次の生理を待って、またどちらにするか決める。


どちらにしますか?」

……。どちらにしても次の生理が来るようで、
その上、次の生理が来ないとも言い切れず、ましてや生理で量が減っていると断言できない。
それはしんどいなぁ。と率直に思った。
また、生理が来るんだとか、それまでいつ来るかとまた考えるんだ。とか、
かなりネガティブにしか考えられなかった。

あのぉ、全摘はできますか?
先生は多分、全摘押しだと思う。だって、全摘する方が楽だから。
ただ、
「全摘は可能です。もちろん取ってしまったら、もう、貧血の原因が無くなるし、
生理に煩わされることも無くなる。
だけど、手術ですし、小さいとはいえ、傷をつけるので、痛みが残ります」
「でも、どのみち、一週間は入院ですよね? どれをとっても」
「まぁ、輸血をしますしね」
「じゃぁ、全摘で」
と、一人で決めていいのか? と言ったそばから後悔した顔をしたようで、
「旦那さんが来てから、相談して決めてください」
と言われた。

処置室へ。

どえらいことになってるで

という感覚はあったが、それ以上の整理がつかない。
面白いもので、そうかぁ、そりゃダメだ、じゃぁ、入院します。
という頭が動かない。理解している。納得している。だから、行動に移す。
という連携ができないのだ。
そう、「血がないから、頭に酸素が行っていないから、思考能力が低下しているのだ」

そうか、私の頭がぼけ腐っているわけじゃなく(いや、ぼけ腐っているのだろうけど)
仕事をなかなか覚えられないのは、貧血の所為だったんだ

処置室に入り、左腕の手首に近い側に注射を打たれる。
点滴針なので、たぶん、長くて大きい針だと思う。
「ちくんとしますね〜」なんてもんじゃなかっただろうけど、
これが不思議と、 輸血 に、入院に荷混乱中の頭では痛みがさほどなく、
いや、看護師さんの腕がよかったんでしょう。
そして、止血剤の点滴を打つ。どのくらい経ってからとか解らないけど、旦那がやってきた。
medical_ryuuchishin.png


「なんか、 輸血 するようで、そんでもって、 入院らしいです」
と言うと、「大丈夫なん?」と聞いてきた。
「よく解ってない」と答える。
ことの重要、重大さを理解するのは、本当にあとになってからで、
この時は、二人とも言葉の意味として理解していたけれど、
本当の意味で、理解していたかは不明。

先生が診察の合間にやってきてくれて説明してくれる。
「血が人の半分しかなく、緊急入院してもらわないといけない。
治療方法が三つあって、 ホルモン治療 内膜?爬術 子宮全摘出手術 。とあるが、
相談してください。本人は、全摘と言ってますが」
と言ってくれた。

旦那と、相談するも何も、旦那は私の意見を尊重してくれるし、
「たしかに、あと後のことを考えたら、 子宮全摘出手術のほうがいいとは思うが、
術後のメンタルが心配だ」という
どういうことかと聞けば、無くなってしまった心細さとか、それで鬱になるというし
という話で、いやいやそれはね、まだ若ければ、私だって、40入ってすぐに、
子宮筋腫の手術で、全摘するか、部分的に切り取るかで、出来る限り、残したいって駄々こねたけど、
もうねぇ「頑張ったよ、あたしの 子宮 。こんな、二カ月も血を吐きだしててさぁ、その上、
残したら、また生理を待たなきゃいけない。それは、もういいんじゃないかと思うのよね。
子宮 も頑張ったし、私の体も、頑張ったし。
寂しくないとは言わないけれど、もう、生理に煩わされて、出かけられないとか、
そんなことを考えなくていし。身軽に動けるようになるらしいし。そっちの方が期待大かな」

それを聞いて、「 子宮全摘出手術 」をすることに決定した。

さて、そこからいったん荷造りしたいと頼み込み、 輸血 一本後に、いったん帰って、
荷造りしたけれど、いったい何を持っていけばいいのやら。
とりあえず、リストを書き出す

—入院リスト—
着替え(パンツ2枚。肌着のタンクトプ一枚)
パジャマ(冷房寒かったら困るので、長袖も含んで)二組。
汗かいた用の着替えとしてTシャツ2枚。
タオル(フェイスタオル5枚)
洗面道具。リップ。マスク(箱)。充電器。冷えピタ(5袋)
本。ペン。手帳。ナプキン大中。スリッパ。コップ。歯ブラシ。箸。歯磨き粉。洗顔。


入院時に必要なもの。というのを病院で本当なら冊子でくれるのだろうけど、
病室へ行っていないし、緊急入院なので、そのほかが解らない。
解らないから、とりあえず、これだけ持って病院へ帰る。

あぁ、その前にお腹すいたんで、「如月のチキン南蛮」を買って食べる。
これが15時半。16時半までには帰ってきてくれというので、急いで食べて、急いで用意して、
急いで、病院へ向かった。

多少、ふらつく。なるほど、これが 貧血 ってやつで、
気分悪いなぁ。
しっかり歩けよレベル? そいう言うふうに見られてそう。
と思いながら、入院手続きをとる。




2021年08月05日

日記37 7月24日(土) 23時以降から26時ごろまで



どうも、梅ゆかり母さんです。
「子宮全摘出手術」についての話し?Aです。

前回をざっと言うと、ストレスが先か、ホルモンバランスがおかしいのが先か、
両方一緒かもしれないが、とにかく、生理が続くようになった。
出血量も多く、だんだんとだるさ、疲労、頭痛、が治まらなくなり、
挙句の果てには呼吸のしにくさ、吐き気などを感じるようになってきていた。
stress_woman.png


ってことで。
ストレスのせいで拍車がかかったのだろうとは思いますが、それを彼女のせいにする気は無い。
だって、わたしが、仕事を覚えられないのが悪いのだから。
確かに入って、まだ数カ月ですから、足を引っ張るでしょうが、
若い子の様にガツガツしていないのがよくなかったのでしょう。
そう、私が悪いのだ。
と納得して、7月24日、土曜日。帰宅するのですが、
歩いて十分ほどの道のりが、しんどい。

平坦な道で足を取られ、こけそうになる。
動悸が激しく、息苦しい。
マスクを除けて歩くが、無駄に汗が出てくる。
熱中症か? と思い、家に帰って大量に水を飲む。
クーラーもつけて、とにかく横になるが、頭痛が治まらないし、動機がしんどい。

それでも、食事を作り、夜勤の旦那を見送り、
19時過ぎに帰ってきた息子の食事の用意をし、
22時、布団に入るが、
どうしたことか、耳鳴りがいつも以上に激しい
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どくんどくん

と心音を打つ。
それに合わせて呼吸がしづらくなり、しんどい
本当にしんどい

月曜日の15時以降に、水曜日の(婦人科の)予約を入れよう
いや、それよりも、月曜日に行って、11時に一人入って来るから、それに合わせて病院へ行くか?
しんどいので病院へ行きます。って理由で許されるか?

といろいろ考えた。でも、その時は大したことないと思っているから、
注射打ってもらって終わるなら、月曜日に飛び込みで行こう。
となった。火曜日は、あいにくと人が居ないようで、
だから、夜勤の彼女が一時間前倒して出てきているようだ。

だから、人が居ない火曜日に休むわけにはいかないから、
月曜日なら、11時以降なら人が居るから、帰してもらおう。

と思っていたところで、
激しい苦痛。

苦痛って、どこが痛いと明確には言えない。
しんどすぎて、無理。とは思ったが、どこが無理なのか解らない。
暑いからと、水を飲みに行く。
もう、2?をラッパ飲み。
その所為か、急にお腹を下す。
熱中症らしいから、病院へ連れて行って欲しい。
いや、救急車を呼ぶか?

といろいろ考えたが、息子は連日の仕事で疲れて寝ているし、
旦那は夜勤でいない。
帰ってきてもらおうか? どうしよう
と考えている間に寝落ちしていた。
これは寝落ちというより、全てが疲れて停止した感じ。

翌朝、目が覚めて、まだだるかったけれど、日曜日だし、
ゆっくりしておこうと、ずるずるとゆっくりしていた。
動悸は治まっていたし、だるさはきっと熱中症だったのだろう。
と解釈して。
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と、まぁ、これを月曜日に医者に話したら、その時に救急車を呼んで。
と言われた。
本当に危ない状態だったんだと思うのは、今(8/3)になってから
これは、しんどいよ。本当に。

2021年08月04日

日記36 入院前 生理ラスト



どうも、梅ゆかり母さんです。
暫くは、「子宮全摘出手術」をした闘病記です。

〜第一回目〜

45歳を超えると更年期というお年頃になります。
イライラとか、ホットフラッシュとか、ウツとか、
人それぞれ症状が違って現れます。
ですか、大なり小なり、体は悲鳴を上げているのです。
その声を聴いていないと、私のように、緊急入院しなくちゃいけなくなります。

じゃぁ、どういう声なのかって、そのものずばり
「しんどい」
って声ですよ。
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何をやってもしんどい、だるい。眠気が強く、疲れが抜けない

歳のせい? と思われることすべてです。
もし思い当たることがあれば、ほんの少し、休んで欲しいです。

そして、その症状に、頭痛、吐き気、などの不調が増えてくると、
もう、病院へ行きましょう。
信頼できる婦人科が近くにあるといいですが。

さて、私の場合ですが—
結果的には、しんどいと悲鳴を上げていた体を無視していたおかげで、
緊急入院をしたのですが、そもそものきっかけはどこだったでしょうか……


四月から、運よく私のは就職先が見つかり、働けるようになりました。
慣れないことの連続でしたが、職場には恵まれていて、
さほど人間関係に苦労しないで、ただただ、覚えることが多すぎて大変だったある日、
ふと、整理が来ていないことに気づいたんです。
これが五月。

そろそろというころに何の兆候もなく、
あぁ、これで、終わりなんだわぁ。ご苦労さん。
などと思いながら、一月。

それが急に来たのは、六月に入ってから。
と言っても、五月に生理がなかったので、四月の生理を考えれば、
まぁ、一月遅れではあるけれど、一応このくらいの時期だなぁと、
言う六月頭(1日—6日)に生理が来ました。

ひさびさの生理は出血も少なく、これはいよいよ終わりだろうなぁという予感
多少長引いたけれども、一週間はいつものことで、
いやぁ、これで終わったら楽なんじゃないか?
っていう感じだったのが、
一週間後の10日出血が出た。と言っても驚くようなものではなく、
翌日にちらっと出た感じで、
その後ぱったりと止まる。

なぁんだ、ただのカスが残っていたのね。的な?

と喜んだのもつかの間。22日から、手術までの約一か月、生理は多少の休憩はあれど、
ずっと出っ放しになっていくのですが、

stress_woman.png


何がきっかけ? ってなると、まぁ、更年期なのでホルモンバランスが悪くなっているのでしょう
ということと、過剰にストレスを受けたんだろうなぁ。と
ただ、これは、相手もいる話ですし、
向こうの言い分は知らないし、人格を知っているわけでもない。
彼女を擁護する気は一切ないが、否定もしない。
ただ、客観的に話しはできないので、それで、全てが彼女の所為だとは言い切れないということ。
たまたま、ホルモンのバランスが悪い時に、彼女のような人に出会ったことで、
一気にストレスがたまっただけだというだけなのかもしれないということ。
彼女の所為ではないとは言い切れないが、だからと言って、彼女の所為だ。と決めつけられない。こと。
も踏まえでくださいね。

つまりね、週に一度火曜日のシフトが昼勤なんですが、ラスト一時間で、彼女と会うんです。
一週間に一時間だけです。たった、一時間です。
6月8日から数えて、7回、7時間しか会っていないのですが、
その一週間に一時間が苦痛で、

初日の6月8日。
13時から16時までは穏やかで、比較的何事もなかったんですが、
16時少し前に少し面倒な作業が飛び込んできまして。
まぁ、あれですよ。買取作業っていう奴なんですが、
4月一日入社して、二か月で買い取りを申し出てきたお客様ってのが、私のいた時間帯で十人いたかどうか。
しかも、さらっと説明を受けただけで、じゃぁ、次、客が来るかと言ったら、
まったく来ない状態なので、まぁまぁ初めてなわけですよ。

一緒に作業をしている子に教わりながら、査定していき、
これのどこが汚れが合ったり、傷があったりするか、どうか、
などなどを教えてもらうんですが、
その後から急にレジが込み始め、査定練習などして居る間もなく、接客をしていくわけですよ。
そこで16時になって、彼女がやって来る。
まぁ、ねぇ、ここで、「今日から火曜日はこの時間に入ることになりました。よろしくお願いします」
ぐらい言えばよかったのかもしれないけれど、
でも、目の前には客が待っているから、接客のために「おはようございます」しか言わずに、
レジを済ますこと数分後、まだ買取最中なので、
一緒にやっていたことまたそれを手伝っていたら、

彼女が「もうねぇ、いい加減覚えてもらわなきゃいけないのよ。
買取とかって、一人でできないと何にもならないし」
から始まり、いろいろレクチャーをしてもらってから、
「覚えるの大変だわぁ」とこぼすと、一言、
「こんなみんなやってることだし、ブックオフなら、当日からするからね」

……「まぁ、そうですね」
いやいや、あそこはそれが仕事であって、ここはそれは作業の一部で、
たまにしか来なくて、たまたま、今日、運良く買い取りのお客が来たんで、
実践ついでに習っていたのに、

「何いつまでも覚えられないの?」

的に言われなきゃいけないのか?
ましてや、今日会ったばかりだし、そのかなり上から目線で、
いやいや、こちらは入ったばかりのアラフィフのおばさんですよ。
まったく、要領を得ない、なかなか覚えの悪い、初老ですよ。
なんで、今頃働きに出てくるわけ? てか、おばさんとかってすぐに辞めるじゃん。
的な考えなのでしょうが、それにしたって、どこにおられる? ってぐらいの上から目線に
イラッと来るけど、しょうがない。仕事覚えていないほうが悪いのだし。

pose_ochikomu_businesswoman.png


でもね、同じことを他の人に言うじゃない、「いやぁ、覚えられねぇ。でも頑張るよ」
って、すると、「大丈夫、フォローちゃんとするから」と言ってくれる。
私の関わる人は、20人ぐらいなのだが、あんな意地の悪い言い方をするのは彼女だけ。
ついでに言うと、夜勤で会えない人でも、たまに早く出てきて一緒になるが、
そのひとでさえ、あんな言い方はしない。

8日は滅茶苦茶へこみ、あんないい方しなくても。
と思いながら、一週間後、15日。胃がキリキリするし、吐きそうだし、
逃げ出したいとさえ思うが、しょうがない、私が覚えていないのが悪いのだから。
と何とか切り抜ける。

一緒のシフトでも、レジ側に居る時もあれば、裏方にいる時もあるようで、
15日は何ともなかったのだけど、
帰り際。17時になって、交代の時、
「代わります。上がってください」
と普通、言いませんか?

「帰って」

と言われました。
その日、一切かかわらなくて、平和やぁ。と思っていたのに、
最後の最後に「帰って」って……。
思わず、あのうぉ、そういう言い方すると、品位が問われるよ。と言いそうになったが、
知ったこっちゃないわ。彼女が他人からどう見られようと、どうでもいい

そして、次の週。
22日。胃がキリキリしたうえに、頭痛が始まり、吐き気が来て、出血が始まる。

こちらが苦手意識をもって接するから、相手もいや感じを受け取ってしまうだけかもしれない。
もしかすると、何かやらかしているが、私が気づいていないだけかもしれない。
とにかく、何か言われないように、仕事を覚えること。
それが先決だ。

と腹をくくって出かけるも、案の定、いろいろ言われる。
たしかに、こちらの言葉足らずで申し訳ないが、そこはベテランの機転でカバーしてくれよ。
と思うようなことばかり。
たしかに私が悪いので、すみません。としか言えないが、
それにしたって。と思うような言い方をする。
もう、一緒に居る人が苦笑いしか出ないほど。

ちょっと、今なら思うが、
この人、大丈夫?
こんなに物言いがきついと、たいへん嫌われてない?
って、心配になってしまう。まぁ、どうでもいいのだが。

嫌われている相手に好かれようと努力する人ではないので、どうでもいいのだが、
それでも、毎週火曜日になって、16時が近づくたびに、憂鬱になるのは、
どうしてもしんどい。

それから、いったんはパタリと止まる生理も、火曜日の朝、もしくは夜。水曜日に出血が出る。
一日、二日で止まるのだが、なかなかの量なので、これって、大丈夫?
と不安になる。

そして、7月に9日。
ついに怒涛の生理ラッシュになるわけです。
しかも、量の上下は火曜日を境にして決まり、休みの水木は量が多くてしんどい。
金曜日には少し減っていくのだけど、終わろうともせず、再び火曜日に量が増えていく。

そして、火曜日のたびに、一個、二個、小言を言われ、
あからさまに毛嫌いされる。
会話を楽しもうとすると、「はぁ? 何話しかけてくるわけ?」的な意味合いで話をぶった切られる。
まぁ、会話したくないからいいけど

7月15日、とうとう、頭痛がひどくなり、この日からずっと鎮痛剤を服用していく。
極度の便秘気味になり、食事を摂りたくなくなる。
食事を摂らないから便秘になるし、吐き気もする。頭痛もする。
息苦しさから、胸を叩いて景気づける。

手術までの間の出血量を大邸で言えば、昼用大き目290ってやつありますよね?




これ。を二時間に一度の交換でしたね。
仕事のときは緊張しているのか、さらに大きな、



これを使用していましたが、緊張のせいか、それほど出血はなく。
ただ、帰ってからはドバっと出ているのを繰り返しました。

このころ、体重も増減の変化もなく、
だるさが積み重なっていくんですが、
良かったのは、少し肌寒い日もあったりしたおかげで、過ごせていたような感じです。
ただ、20日。
何故か目の敵にされている。
私は一体何をしたんだろうか? 何かしたなら謝るけれど、
してないなら、その口調を辞めろ。いや、関わってくれるな。
と思ってしまう。
たしかに、私が悪い。

貧血が限界まで来ていたので、酸欠で、順番に仕事をこなすのに、同時進行ができず、もたつき、
声を出す、一言添える。という最低限のことがしんどくて、だるくて
だが、そんなの、向こうに言わせれば、健康管理何で自己責任じゃん
という話でしょうし、
その所為で、仕事できないならやめれば? と言われてもしようがないけれども、
そこまで言われる? タイミングがすべて悪すぎるだけなんだが、
何故か、めっちゃ叱責された。
お客さんの勘違いなのに、怒られたりするのは、
帰りにこけろっ(笑)とか思って記憶から消し去るが、
いざ、同僚となるとそうもいかず、

蓄積していくストレスに、鏡を見てはっとする。

顔色、おかしくない?
sick_guai_warui_woman.png


血の気がない。下瞼と、白目の境目がない。
ずっと耳鳴り(心音が)聞こえていて、息苦しさと、だるさで、本当にしんどい。

水、木の休みは、起きていようとする意識すら感じられないほどの寝ていた。
もう、意識が逆らえないほどで、体が悲鳴を上げているんですよね。

金曜日は、めちゃくちゃ忙しく。
あぁ、夏休みに入ったんだ。と実感した。
そいえば、この、22日から、DHCの鉄剤を飲み始めたんだけども
まぁ、遅いんですがね(笑)

一日2カプセルなのを、仕事行く前に2カプセルのに、寝る前に2カプセル飲んだ。
これでも聞いちゃいないわけじゃなく、一応、四時間は何とか踏ん張れたので、
これでも気休めに飲んでいた。

出来れば、給料日の25日以降に病院へ行くまでは、何とか持ってほしくて。

だけど、24日の土曜日の夜。
どうしようもなくなってしまって……
長くなったので、今回はこれで切ります。



2021年08月03日

日記35 現状報告



どうも、梅ゆかり母さんです。

予約投稿などしていたので、言うても、二週間ほど空いただけですが、
実際は一か月近く更新しておりません。
というのも、まぁ、具合が悪く。
結果、緊急入院をして、現在、自宅療養中でございます。

何があったかと言うと、
重症貧血と診断され、輸血をし、
その後、子宮全摘出手術を行った。
のです。

驚きでしょう(笑)
本人が一番驚いているのですけどね

それで、これから、どういういきさつで今日にいたったかを、
日記として残していくように、
覚えている限り詳細に書いていきたいと思います。

参考になればと思います。
とか書くと、男には関係ないし。
とか言われそうですが、
あなたの大事な人、彼女や奥さん、娘さん、従姉妹、
もっと言えば、お母さんにとって大事な話ですので。
頭の片隅にでも置いておいてくれればいいかなぁと思います。

2021年06月23日

日記34 日暈 幻日環 環水平アーク




どうも、梅ゆかり母さんです

この前の17日のお昼でしたか?
急に旦那からラインが入って、

あー、
旦那からラインが来ることはほとんどありません
何故って? めんどうらしいです。
打つのが。
なので、必要以上にラインが来ることはなく、
私も、相手が仕事中はラインなど送らないので、
何事かと思ったら、

「太陽に輪っかがかかっている」

というので、ベランダに出てみると、
あら、

くっきり、はっきりとした輪っかがありました。
多少雲があって、ほんの一瞬、
太陽を直視しない程度に確認をしてから、
携帯で太陽を撮影。

ただ、携帯も、太陽を直接映すのはよくないとか言っていたような……
レンズを見て太陽を撮ったわけではないので、
何度か失敗しながらも、撮ってみました。

DSC_0995.JPG


ただ、二階から撮ったから?
下に降りて撮れば、もっとよく見えたのかな?
と思うほど、輪っかが切れていますが、
これが撮った中では一番きれいな太陽です。

それで、この輪っかが日暈(ひがさ)と言い、
太陽上部に重なる幻日環(げんじつかん)と、
太陽の下に横に伸びた環水平アーク
が見られたそうですが、

……正直、写真の太陽でさえ眩しい
どうも、目の病気をしてから、光にさらに弱くなった気がします

とにかく、こうした三つの現象はとても珍しいようで、
写真に撮れてよかったと思うけど、
こうやって、写真撮ろうとするのって、本当に好きよねぇ。私(笑)


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