夜這いがあったあの日、昭二を受け入れ、ささやかな世帯を持ちたいと思っていた。
昭二が後手に、柱に縛られ泣いている時、なんで父親に自分の気持ちを打ち明けられなかったのだろうか。
何度も、何度も後悔をしてきた。
昨夜もトタンに囲まれた風呂場、ドラム缶の風呂に夜空を眺め、昭二に思いを廻らしていたのである。
そんな昭二が、突然目の前に現れ、動揺するのは当然だ。
昭二はまた、アバラ屋を見た時、もう両親はなく一人身だろう。
先ほど来、自分を毛嫌いする事なく受け入れてくれている。
もしかして独身で、ずっと自分を待ち続け今日まできたのではないか。
そう思うと、土下座をし、地べたへガツンガツンガツンと頭がわれる程叩きつけ、謝りたい気持ちで明子以上に動顛していた。
沈黙が続いた後、無意識のうちに初めての言葉が出た。
「結婚はしなかったのか?」
明子は、もう開き直っている。
今までの身の上話をポツリポツリ、とかいつまんで話した。
昭二は聞き終わると、大きなため息をもらした。
明子もまた、昭二にだけは一度話したかった、聞いて欲しい事をしゃべったので肩の荷が下り、ため息をついた。
そして何気なく「ご結婚は?」とオーム返しに聞いた。
「初めての孫が生まれたばかりだ」
明子は動揺もせず、勿論、それは当然の姿である。
明子の家は村の東はずれにあり、この家に用事のある人以外は通らない。
誰にも気付かれなかった。
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