君たちはどう生きるか
吉野源三郎 著「君たちはどう生きるか」を読み始めています。
読みすすめながら、私の読後感想を記したいと思います。
著者が語り伝えようとしたものは何か?
この本の表紙カバーに書いてある事がヒントだと思いました
人生いかに生くべきか?と言う問いに、
自分が生きている社会と切り離すことなく
自分の一生を問わなければならない。
この事は社会科学的認識と自我・主観・観念との
格闘無しに己の道筋は決まらない。
だからこそ、死ぬまで「どう生きるか」が永遠のテーマである、と。
目次1 変な経験
主人公のコぺル君がビルの屋上から
下を見下ろしながら つぶやきます
「人間て分子みたいなものだね」
人間はいつでも自分を中心に物事を見て解釈している
そうすると手前勝手な考えに陥ってものの真相真理が見えなくなって
自分に都合の良い事だけ見ていこうとするものだ。
人間自分を広い広い世の中の1分子だと認識することは
世の中を俯瞰的に観る事の出来る人間として成長した証だ。
素晴らしい事だ。
目次2 勇ましき友
いじめられる浦川君
いじめる山口君
山口!卑怯だぞ! 毅然として抗議し、
飛び掛かっていく北見君
そんなにしないで、もういいんだよ!
その背中に抱きついて一生懸命止めようとする浦川君
三者三様の生き様の中から
コぺル君が、 行動を通して学んだ事。
それは、
執拗に続く悪意のあるいたずら(いじめ)を通して
卑劣なこと、下等なことを嫌い心底から湧き出る
真直ぐな精神を尊敬すると言う気持ちを味わった事だ。
この事は1+1=2等と数学の様に教える事の出来ない
自分の経験の中から、胸の内で感じ取りながら
心の目、心の耳でゴマ化さない自分を、積み上げていく事、
それが本当の君の思想と言うものだ。
「立派そうに見える人」ではなく本当の自分、
ありのままの自分がどうなのかを考えられる人になってほしい。
この本が私に、こう呼びかけていました。
目次3 ニュートンの林檎と粉ミルク
ニュートンは木から林檎が落ちるのを見て
万有引力と言う大発見をした、
と言う事は誰もが知ってる常識だ。
ところが林檎が落ちる事が「万有引力」の法則まで
どうやって考えを巡らせたか?については、
なかなか常識に浸りきった普通の人では
万有引力まで考えを展開できなかった。
だからこそニュートンの大発見なのだ?
たぶん?ニュートンの頭では
こう考えを巡らしたのかもしれない?
林檎が3mほどの木から落ちた
10mの木からも落ちる(重いものは落ちる= 重力&引力 )
もっともっと高いところからも
重力が働いている以上、林檎は落ちるだろうが
月はなぜ落ちてこないのか?
太陽の引力で、周りをまわっている地球は
なぜ飛んで行ってしまわないのか?
この地球の重力と天体の引力を結び付けて考えた
もしかしたら同じものかもしれない?
と言って、苦労して実際に確かめたところが
ニュートンの偉いところだ。
このように日常当たり前に見えてる事から
「なぜ?なぜ?」と突き詰めて物事を考えると
物事の真実に近づけるし大発見にもつながる
と言う、 おじさんの話でした。
(詳しく知りたい方は⇒ 重力&引力 )
「人間分子の関係、網目の法則」
コぺル君はおじさんの話を聞いて
粉ミルクが自分と如何つながるのか考えを巡らし
「人間分子の関係、網目の法則」と言う
「自分と見たこともない大勢の人が網目のようにつながっている事」
を発見した、と報告しています。
おじさんは 「おじさんのNote」でアドバイスをしています。
コペル君が発見したとする法則を
すでに経済学や社会学の学者たちが
「生産関係」と呼んで研究を重ねていることを教えます
時代とともにどう変化してきたか等を
「学問」として学ぶことが重要とも述べています。
一人の人間が経験し学び発見する事には限度がある
人間は言葉や文字でお互いの経験を伝え合う事が出来
出来るだけ広い経験をそれぞれの方面から
矛盾の無いようにまとめ上げたのが「学問」
だからこそ、一人では到達できなかった
人類の英知を集大成した「学問」を
まなび、さらに「まだ解くことのできない問題」を
「なぜ?なぜ?」と探求し続ける事が大切だ。
たとえば 「生産関係」が
世界中の人間が網の目の様につながっていながらも
人間らしい関係が出来上がっていないから
戦争が起きたり、人種差別が有ったりしている。
今すぐどうする事も出来ないが
人間がお互い好意を尽くしそれを喜びとする
人間関係が出来れば いいなぁ・・・と、思う
続く 乞うご期待
目次4 貧しき友 ブログの更新UPまで
しばらくお待ちください?
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