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少し前までスコットランドのコミュニティ、フィンドホーンで暮らしていた、さすらいびとです。 I'm a wanderer who were living in Findhorn community in Scotland till recently.
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2021年02月06日

ブルガリアの赤いバラ?@ 【旅にインスピレーションを得た短編小説】


 敵は、すぐ近くに迫っていた。
「シプカ峠は目の前だ。その先にエタルの同志が待っている。包囲さえ突破できれば…!」
 青年が言い終わる前に、激しい銃撃音が辺りの空気を震わせた。モスクの扉から駆け込んできた男が、祭壇の前にいた男女に向かって怒鳴る。
「ヴァシル、ここはもうもたん!裏口から逃げるんだ!」
 モスクの前では数名の同志が迫り来るトルコ兵に銃で応戦している。アルシアは、ヴァシルと呼ばれた青年の胸から自らの体を引き剥がして言った。
「私は峠越えの足手まといになるわ。早く逃げて!」
「アルシア、君を置いていけるわけがないだろう!」
「父さんと母さんが捕まっているのよ。見殺しにはできない!」
 尚もアルシアの手を離そうとしないヴァシルの手を振り払うようにして、彼女は気丈にも笑顔を作った。
「大丈夫。私のことはセリクが助けると約束してくれた。だから早く行って!」
 その言葉に、セリクがブルガリア人の味方だと信じて疑わないヴァシルは、後ろ髪を引かれながらも最後のキスを残して仲間と共にモスクの裏の出口へと消えていった。
 数分後、勢いよく扉が蹴破られ、トルコ兵がモスクの隠し部屋に押し入って来た時、聖母マリアの絵が飾られた祭壇の前には、一心に祈りを捧げるアルシアの姿だけがあった。

P1040191.JPG



 ロザヴォの村にバラの甘い香りが漂い始める5月の中旬、私は決まってこの村を訪れることにしていた。吸血鬼伝説の残るトラキア平原にあるバラの谷最大の村、カザンラクまでは馬車で一時間、シプカ村の隣りにある小さな村ロザヴォではこの時期、確実にバラ摘みの仕事にありつける。我々ジプシーとも呼ばれる流浪の民ロマは、バラ摘みの季節が終わると再び別の場所へ仕事を求めて移動するのだ。

 鼻孔をくすぐる香しいバラの匂いに浮き立つ心を鎮めるように、目を閉じて幌馬車の最後部に腰掛けた私の耳に、懐かしい声が飛びこんできた。
「ローラン!」
 私は密かに心の奥でこの一年思い描いてきた彼女の成長した姿を見るために、ゆっくりと目を開けた。視界に、馬車の音を聞きつけて家から飛び出してきた少女の姿が映る。
 艶めく豊かな赤毛を揺らし、青く透き通る瞳を輝かせた少女は、こぼれんばかりの笑顔で私のもとへと駆け寄った。
 低く雲が垂れこめた雨まじりの空の下でも、太陽のように輝いている。
「久しぶりだね、アルシア」
 私は馬車から軽やかにジャンプして大地に着地すると、懐かしい笑顔の少女を両手にしっかりと抱き止めた。
「今年も来たのね、ローラン。待ってたのよ!」
 喜びに溢れたアルシアの、バラ色に染まった頬を両手て優しく包み、青い瞳を覗きこむようにしっかりと見つめる。
 たった一年しか過ぎていないのに、何という成長ぶりだ。昨年までほんの子供だと思っていた彼女が、咲き誇るバラのような大人の女性へと変貌を遂げている。
 初めて会った十年前には赤茶を含む焦げ茶色に近かった髪も、今でははっきりと赤毛とわかるほど真紅に染まっている。光の当たり方によっては緋色にも見えるほど濃く深い紅の髪が、天使のように愛らしい面差しに神秘性を加えている。
「いやだ、ローランたら。そんなに間近で見つめられたら恥ずかしいわ」
「ごめんよ、あまりに君が美しく成長しているから驚いて目が離せなくなったんだ…。アルシア、幾つになった?」
 冗談に見せかけた本音を語る私を、恥ずかしげに俯きながらも上目遣いで見つめ返し、彼女は答えた。
「十六よ。ローランは歳をとらないわね。十年前に出会った頃と変わらず男前だわ。そろそろ白髪が見えてきてもいい歳でしょう?」
 アルシアが私の背中に広がる長い黒髪を弄びながら尋ねる。彼女にとってやはり私は「年に一度やって来ては珍しい異国の話を聞かせてくれる親切なロマのおじさん」にすぎないのだ。
「そうだね、私も四十を越えたよ。体が重い、もう老いぼれさ」
「なに言ってるのよ、こんな逞しい腕をして。あなたなら生っちろいうちの兄さんよりずっと助けになるわ」
 おどけた顔で私の二の腕をさするアルシアの手のひらから、熱い血潮のたぎりが伝わってくる。十年前、初めて彼女を見た時、赤いバラの精が現れたのかと思った。美しい顔立ちは当時から目を惹いたが、弾けるような瑞々しい若さが、彼女が今人生で最も美しい時を生きていることを感じさせる。
 昨年までは見られなかった、男性を意識したしぐさや弾力を含んだ肌、うるんだ瞳、つややかな唇…何が彼女をここまで美しくさせたのだろう。若さだけではない、少女を決定的に女に変える特別なもの、それは恋しかない。
 幌馬車から顔を覗かせたロマの仲間たちと挨拶を交わすアルシアを見ながら、私の心はどこかざわついた予感のようなものが湧き上がるのを感じていた。

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「ローラン、新しい農園主に挨拶に行く、乗りな」
 気がつくと眉間に皺を寄せてアルシアを見つめていた私に、ロマの族長が声をかけた。
 新しい農園主?
 怪訝な面持ちの私にアルシアが説明する。
「ニコラがトルコ人に農園を売ったの。カザンラクの役人の次男、セリクが今の農場主よ」
 トルコ人か、少々厄介なことになったな。
 私の顔色を読んだのか、アルシアが私の両手を握って自信たっぷりの笑みを向けた。
「大丈夫よ、ローラン。セリクはみんなに親切で、偉ぶったところもないわ」
 この笑顔に人はみな安心してしまうのだが、あまりに純真なアルシアの笑顔に一抹の不安がよぎる。この子は昔からすぐに人を信じる癖があった。一年前に起きた四月蜂起の余波もある。私は彼女の無垢な笑顔を砕くようなことが起こらなければよいが、と心の中で祈っていた。

 一年前、1876年の4月、トルコ人の支配に対するブルガリア人の大規模な蜂起が起こった。ロザヴォの村から百キロあまり西にあるコプリフシティツァで秘密組織の指導者カブレシュコフの一団が警察署を襲ったのだ。
 トルコ人の役人を殺害した彼らはブルガリア各地に同時蜂起を呼びかけたが、トルコ人を怖れる他の地域で立ち上がる者は少なく、軍事に圧倒的な優位を誇るトルコ軍にまたたく間に鎮圧されてしまった。
 その事件があって以来、トルコ軍は総勢四万人の兵士を投入してブルガリアの支配を固めようと動いた。南部では反逆者に加担した村への報復が容赦なく行われ、その大虐殺はヨーロッパ各地へ報じられ非難を浴びた。
 そして「スラヴ人の同胞の独立支援」を掲げたロシアが、この4月にオスマントルコに対し宣戦布告したばかりなのだ。いずれバルカン山脈を越えてロシア軍がやって来たら、トラキア平原は戦争の最前線になるだろう。それを見越したトルコ軍による四月蜂起の残党狩りが、バルカン山脈の南に広がるトラキア平原全域で激しさを増していると聞く。一見のどかなこの村にも、いつ大勢のトルコ兵がなだれこんで来るかわからないのだ。
 そんな私の不安を知ってか知らずか、アルシアは夢見る少女のような眼差しで私を見ると、握った両手に力をこめた。
「来週からバラ摘みが始まるわ。一年で一番幸せな季節がやってくるわね」


〜つづく〜



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タグ: ブルガリア
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