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少し前までスコットランドのコミュニティ、フィンドホーンで暮らしていた、さすらいびとです。 I'm a wanderer who were living in Findhorn community in Scotland till recently.
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2018年08月02日

スペイン巡礼記 ?F 4日目(3):忘れられない宿

Pilgrimage in Spain ?E Unforgetable Albergue 【4.2011】


「贅沢な午後 The luxurious afternoon」

さて、約5キロ1時間も余計に歩き、その後洗濯を終えてもまだ時間は午後の4時。
太陽は頭上に燦々と降り注ぎ、長距離を歩いた巡礼者たちは日向のテーブルでビールをあおって延々とお喋りする。

P1030204.JPG


どこのアルベルゲでも見かける光景だが、あんなにも長い時間、よくもまあ喋ることがあるものだといつも感心してしまうのだ。
スペイン語が大半なのだが、常に大声でやりあっているオヤジたち(時にはオバサンも)の姿がそこにある。
スペイン人というのは本当にお喋り好きな人達だと思う。

スペイン語のわからない私はその輪に加わる気はさらさらなく、かといって部屋は暗くてとても寒いので居場所はない。
仕方なくアルベルゲの前にある広場のベンチに腰掛けて日記でも書くことにする。

忘れていた足の痛みが蘇り、歩くとジンジンするので、壁や手すりに掴まりながらそろそろと歩く。
ベンチにたどり着くには10段ほど階段を降りなければならない。こんな状態で明日も歩くことができるのだろうか。

P1030208.JPG
気持ちの良い風が時おり髪を揺らすポカポカした陽気のなか外で過ごす午後は、することがなくても何だか贅沢な気がする。クロックスのサンダルを脱いで裸足の足をベンチに投げ出してみる。

右足の裏、薬指の下の辺りに豆になりかけている粒を感じるほかは特に故障はない。豆になったらいやだな。テーピングとか塗り薬とか何も持ってきていない。やっぱりちゃんと用意してくるべきだったかな、などと考えていると、細いシルバーフレームの真っ黒いサングラスをかけたスラリと背の高いオーナーが優雅に私に向かって歩いてきた。さりげなくサングラスを外し「調子はどう?」と声をかける。

彼はニールさんといい、確かスウェーデン人だったと思う。
ウィンブレがみつかってよかったと囁くような中性的な声で言うと、日本では大変な地震があったけど家族は大丈夫かと尋ねた。

日本の震災のこと、一人で巡礼していることなど英語で会話した後、少し考えるような素振りをした彼が、フリーミールを提案してくれた。
あなたはあまり量を食べられなそうだし、若い人はお金もないだろう。だがたくさん歩いてお腹は空いているはずだ。だから特別に無料で夕食をご馳走する、というのだ。

思うにその前に交わした会話に彼は心を動かされたのではないだろうか。
というのも彼の声と話し方は胸に染み入るようにとても静かで他人に心を開かせる不思議な魔力を持っているのか、いろいろ巡礼をしようと思ったきっかけなどを話した際に、まるで誘導されるかのように母を5年前に、父を昨年、両方とも癌で失くしたことを打ち明けてしまったのだ。

巡礼のきっかけはいろんな人によく聞かれることなので通常「パオロ・コエーリョの本を読んで思い立ち、旅の途中で大災害が東日本を襲ったことを知ったが、自分には何もできないので日本の一日も早い復興を祈るために歩いている」と答えて両親の冥福を祈りながら歩いてることは伏せていた。

が、ニールさんの穏やかな声と透き通るモスグリーンの瞳にまっすぐ見つめられ、自分でもよくわからないまま自分について語っていたのだ。

長い金色の睫毛に縁取られた綺麗な目を伏せたり、時には頷いたり、白い歯を見せて微笑んだりしながら聞いていたニールさんはきっと、見たところまだ若い私が両親を失くしていることに同情したのだと思う。

前髪をかきあげ、人差し指を顎に当てながら「どうかな?」と顔を覗き込まれ、私はドギマギしながら「ありがたく、いただきます」と答えていた。そんなありがたい申し出にノーと言うはずがないではないか。
P1030201.JPG



「フリー・ミール  A free meal」


かくして約束の7時にダイニングルームへ下りていくと、そこでは10ユーロ払ったリッチな巡礼者たちが長いテーブルを囲んで席に着くところだった。

ここは巡礼者だけでなくオーナー家族やシェフ、スタッフ全員が一つのテーブルを囲む、とてもファミリー的な食事スタイルをとっていた。

そしてオーナーは厳格なカトリックらしく、食事の前にお祈りがあった。皆それぞれの国の言葉でお祈りの台詞を唱えるのだが、私は無宗教なのでただ黙って下を向いていなければならないのは少しつらかったが、10ユーロ払った人たちとは別に残り物のようなものを少し分けていただけるのかな、程度に考えていた私にとってこんな家庭的なもてなしの中に入れてもらえるのは身に余るありがたいことだったので、心の中では両親や親切なオーナーにお礼を言ってみたりした。

その夜のメニューは前菜サラダとレンズ豆のスープ、メインはイタリア人のシェフが腕を振るったラザニア、更にデザートとワインがついていた。

私の左隣は韓国からの夫婦、右隣りは昨日のロルカの宿でも一緒だったドイツからの夫婦だった。
このドイツ人夫婦は、白い顎髭に学者眼鏡をかけた背の高い旦那さんと反対に小太りで小さなこれまた眼鏡をかけた奥さんで、たどたどしいながらもかろうじて英語を話し、この後も道中何度か顔を合わせることとなった。

私は一人だったうえに珍しい日本人だったので皆の興味の対象となったらしく、スタッフ達からも様々な質問が飛んできた。

最初の話題はやはり日本の被災状況について、その後日本人とスペイン巡礼の関係について、日本ではキリスト教徒が少ないので巡礼自体知らない人が多いこと、それから私個人の旅についてなど、気を遣ってくれたオーナーの質問もあったりして、私は寂しい思いをすることなく夕食を楽しむことができた。

部屋は暗くて寒いうえに床が傾いていたり、シャワールームは男女共用で古い施設のためか満足にお湯が出なかったりしたが、この暖かいもてなしは、ヴィラマヨールのアルベルゲを忘れられない宿にしたことは間違いない。

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翌朝の朝食は、ユマ・サーマンに似たニールさんの奥さんがサーブしてくれたのだが、まるでホテルの朝食のようにチーズやヨーグルト、たっぷりのカフェオレなどが出されたうえ、温かいトーストが食べたいとわがままなリクエストをした私のためにわざわざ棚の上からトースターを下ろしてパンを焼いてくれたので恐縮してしまった。
美男美女のカップルというだけでなく、最高のホスピタリティを持ったこのニールさんご夫妻の印象は忘れがたい。

「強烈な思い出 A strong memmory」

しかしこの宿について、もう一つ強烈な思い出がある。それは夜中に起こった。そう、鼾である。
二段ベッドが3つ置かれたその部屋には、私の他に韓国人夫妻、スペイン人の女の子2人、一人旅の女性がいたのだが、私の上のベッドに寝ていたマリオン・コティヤールに似たスペイン人の女の子の寝相がすごいのだ。

鼻が悪いのかビョービョーと鼻が鳴っていたと思うと徐々にゴーゴーという轟きに変わり、それが最高潮に達すると起きるらしく、寝袋に入って出られなくなったエビさながら、ベッドの上で上下に回転するものだから、その度にベッドがものすごい勢いで揺れて私も起こされてしまう。

彼女が態勢を変えて一度静かになると私もうつらうつらするのだが、今度は韓国人のダンナから轟音が聞こえてくる。これがまた肺活量があるのか、一息が長いのだ。この二人がまるで示し合わせたように交互に鼾を繰り返すので、この夜はほとんど一睡もできなかった。

ウィンブレを忘れたことに始まり、温かいホスピタリティ、そして壮絶な鼾の責め苦と、兎にも角にも印象に残るヴィラマヨールの山上の宿であった。


★スペイン巡礼記?Gへ続く…
(表題上部の>>をクリックしてください)
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