4月30日(巡礼30日目) Villafranca del Bierzo ヴィジャフランカ・デル・ビエルソ 〜 Vega de Valcarce ヴェガ・デ・ヴァルカルセ (18km)
巡礼を開始して1か月、4月最後の日は少しでもオ・セブレイロに近付いておきたかったので、24,5キロ歩いてラ・ファバまで行くつもりでいた。
セブレイロ峠といえば巡礼路最後の難関として知られ、雨のセブレイロとも呼ばれる1,330メートルの高地にある。
この橋を渡ってヴィジャフランカ・デル・ビエルソの町にさよならを告げ、山へと分け入って行く。
フランスのサン・ジャンから歩いてきた人は、いきなり1,430メートルのピレネー越えを経験しているので、そう恐れることはないのだろうが、私はそこをはしょってパンプローナからスタートしているので、1,000メートルを超える山越えは、ヒルがぼとぼと落ちていた1,162メートルのモンテ・ド・オカ(といってもこの時は770メートルから歩き始めているので高低差は400メートル程しかない)の後は、先日のイラゴ峠(これも900メートル付近から歩き始めているので615メートルの高低差だ)くらいしか経験していない。
しかし今回は二日かけて500メートル地点から1,330メートルを目指すのだ。
今までにない急な登りが続くうえに途中で雨の多いガリシア州に入るため、セブレイロの雨に当たらずに歩けることはまずない、と云われているほどの降雨率。今まで1、2回しか雨合羽を着るような雨に遭遇していない私としては、本格的な雨に極端な恐れを感じてもいた。
それと共に生理の予定日が近いことも不安要素となっていた。
普段でも生理の1日目、2日目は16キロ(約4時間)歩くのが限界だ。今回もし雨と生理が重なってしまったら…、それは考えるだに恐ろしい。見通しを悉く暗くさせる想像だった。
という訳で、雨の天気予報が外れてくれることを祈りつつ、自分は晴れ女だから大丈夫、と信じてビジャフランカ・デル・ビエルソの中世の城を通り過ぎ、古い石造りの橋を渡り、更なる深い山へと入っていった。
高速道路が木々の間に見え隠れする巡礼路はゆるやかに、しかし確実に登っている。そして空はいつ雨粒が落ちてきてもおかしくない灰色のどんよりとした雲に朝から覆われていた。
一応雨に当たった場合のために、レオンで買った青い雨合羽はすぐ取り出せるように蓋部分のポケットに入れてある。日本から持参した子供用の安い雨合羽は、エルブルゴ・ラネーロでアニセトと歩いた時に使ったが、丈が短かすぎて本格的な雨の際には役に立たなそうだったので、レオンのアウトドア用品店で、新しい靴下と共に新しいものを購入したのだ。ちなみに靴下も、持っていた2足ともすでに踵と土踏まず部分が擦り切れていたから。
昼前にトルティーヤ(スペイン風オムレツ)とカフェ・コン・レチェの休憩を取ったバルで見たテレビによると、この日から4日間ずっと雨の予報になっていた。
バルの奥さんが「昨日までは晴れが続いていたんだけどねぇ。でも天気予報なんて当たるかわからないし、ここで晴れていてもセブレイロでは雨だったりするから…」と気休めを言って送り出してくれたが、ヴェガ・デ・ヴァルカルセの村に入った1時半頃、ついに空が暗くなったかと思うと、雷が鳴り始めると同時にいきなり大粒の雨が落ちてきた。
あいにく先ほど村はずれのブラジル人が経営する有名なブラジリアン・アルベルゲを通り過ぎた後だったため、雨を避けるために駆け込めるような場所が見当たらないので、慌ててバックパックを下ろすと雨合羽を取り出して被りにかかる。
その新品の大きすぎる雨合羽(男性用のLサイズだった)と格闘していると、少し前を歩いていた女性が駆け寄ってきて、バックパックのレインカバーを私の代わりにかけてくれた。ありがたい、なんて親切な人なんだ。
でも実は私の新品の雨合羽はバックパックごと私をすっぽり包むほど巨大サイズなので(何しろ丈も踝まである)バックパックのレインカバーは必要ないんだけどね。
とはいえ、この激しい雨に打たれ続けるのは少々厄介だったので、二人して小走りしながら遠くに見えていた町の中心地を目指し、開いていたバルに飛び込んだ。うぅ、雨合羽を着るのに手間取ったのでほぼ濡れネズミ状態だ…。巻き添えにしてごめんなさいね(>_<)
飛び込んだバルでコーヒーなど飲んでみたが、雨は一向に止む気配がない。
一緒に入った女性は、少しでもセブレイロに近付いておきたいからと、雨の勢いが少し弱まるタイミングを見計らって出て行った。
私もそうしたかったのだが、雨が弱まったように見えても3分後には再び地上に叩きつけるような降り方をするので、どうも先に進む気になれず、諦めてバルから最も近い公営のアルベルゲに入ることに決めた。この選択は大正解で、結局夜まで激しい雨は降り続けた。
未だ激しい雨の中を走ってアルベルゲに辿り着いたものの、呼んでも誰も出てこない。扉は開いていたし、明らかに巡礼者用のアルベルゲであるはずなのに、誰もいない。
「失礼します」と声をかけながら2階へ上がってみると、シンプルながらもドミトリー・ルームがいくつかある。どこかで夕方まで管理人のいないアルベルゲもあると読んだ気がしたし、濡れネズミで早くシャワーを浴びたかったので、勝手に入らせてもらうことにした。
ありがたいことにシャワーは充分なお湯が出たし、なんとヒーターまで点いたので、濡れた靴や服を乾かして寛いでいたが、夕方になっても誰も来ない。二段ベッド2台の4人部屋に一人というのは快適だが、さすがに大きな建物に一人きりというのは寂しいし不安だ。
このまま誰も来ずに一人で夜を明かすのかな、戸締りとか勝手にして寝てもいいのかな、物騒だし…と、雨が降り続いていることもあり心細くなっていた6時頃、やっと巨大なリュックを背負った女の子が一人門を叩いた。喜んで飛んで行って幸い英語が通じたので、誰もいないけど勝手に使っている旨の説明をして迎え入れた。
7時頃やっと管理人のようなオバサンがやってきて受付をしてくれたので、ほっと胸をなでおろす。これで不法侵入などで捕まることはなさそうだ。
超巨大なバックパックを背負った女の子は、ロシアから来たジュリアといった。
彼女は通常持参のテントで寝泊まりしながら巡礼をしているのだが、今日は雨が激しすぎて危険なのでアルベルゲに泊まることにしたのだという。
ベッドの上に荷物を取り出しながら整理し始めた彼女のバックパックからは、なんとウォッカのボトルや桃缶、グレープフルーツなどが次々と出てきて、ワイルド・ガールさ全開で私はしきりに感心してしまった。ウォッカって…、さすがロシア人
彼女も私と同じ38歳の独身ということでウマが合っただけでなく、大のショーン・ビーン好きという映画ファンの彼女と話が盛り上がり、10時半頃まで二人で話し続けた。
親切にもジュリアは道々スーパーで買ってきたという豆のスープと桃缶を私にも分けてくれ、それが二人の夕食及び翌朝の朝食となった。私もウォッカなんか飲みながら、ほろ酔いでガールズトークに興じた雨の一夜、楽しかったなぁ。
体が温まるから、などといって自分はウォッカを持ち歩いているくせに、ロシア人男性が嫌いなのだという。ジュリア曰く、どこでも大声で喋ってエラそうなのだとか。だから、ロシア語を耳にするとロシア人ではないフリをして関わらないようにするのだと言っていた。
その点ショーン・ビーン(英国人俳優)は紳士的で知的でもうサイコー、と恋する少女のようにはにかみながら言って、いつも持ち歩いているショーン・ビーン主演のテレビ映画のチラシを見せてくれた。
ショーン・ビーンといえば悪役専門の脇役が多いアクター、というイメージが世界的に広がっているのが不満なのだそうだ。確かに「アンナ・カレーニナ」ではアンナが恋する青年将校ヴロンスキーを演じているし、「ロード・オブ・ザ・リング」のボロミア役も結局いい奴だったよねー、と私も同意してあげたので、彼のことを知っていて、さらに良さを理解してくれる人にやっと会えたと喜んでいた。
最後の難関セブレイロの峠越えを前に、私は新たな連れに恵まれたことになる…。
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