5月9日(巡礼39日目) O Pedrouzo オ・ペドロウソ 〜
Santiago de Compostela サンティアゴ・デ・コンポステラ (20km)
「最後の20キロ The last 20 km」
いつものようにバルでトースト2枚とカフェ・コン・レチェの朝食をとって8時半、最後の20キロを歩き始めた。森と森の間で通り過ぎる集落に朝靄が漂って、幻想的で厳かな雰囲気が感じられる。
ペドロウソの町を出るとすぐに道は深い森に入り、前日の雨のため恐ろしくぬかるんで歩きにくい山道を、遠足のように小さなリュックでワイワイと歩く人たちの行列に交じって歩く。
約40日間歩いてきた私のような巡礼者は、その光景にさぞ興覚めしているに違いない。大きなバックパックを背負っているかどうかよりも、楽し気にしゃべりながら歩いているかどうかだけでその違いがわかる。
長く歩いてきた人々は、連れがいても終始無言で歩いていた。自分も含めて何となく、長い距離を時間をかけて自分の荷物は自分で背負い、自分の足でここまで歩いてきたのだというプライドが感じられた。それこそが本当の巡礼なのだ、とでもいうように。
ラスト100キロは4、5日で歩き終わってしまうし、ガリシア州しか通らないので、変化にとんだスペインの大地を体感することはできない。
やはりレオン以降知り合った人々を仲間と呼ぶには抵抗感がある。だから余計ヤンに会いたかった。
レオン以降、古い仲間には誰にも会えなかった。レオンまではあんなに何度も再会したヤン、ガブリエル、メキシコ人女性、韓国のサン、痩せて背の高い旦那さんとふくよかな奥さんの凸凹老夫婦、彼らと同じ日にサンティアゴに着きたかった。
そうしたら心から共に喜びを分かち合えたのに、と思うとレオンやポンフェラーダ、サモスでゆっくりしていた時間が悔やまれ、本当に寂しかった。
石造りの重厚な建物が目立つ旧市街に入ると、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の2本の尖塔が視界に入ってくる。ほとんどの巡礼者は、大聖堂の裏手から正面に面した広場へと導かれることになる。
そして大聖堂と隣りの建物を繋ぐ家の下にある薄暗いトンネルをくぐると、そこが大聖堂のあるオブレイロ広場だ。城門をくぐる際、すでに到着した喜びで湧く人々の熱気が感じられる。
「ついにゴール! —— サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂に到着 Finally reached the goal ! —— Cathedoral of Santiago de Compostela」
ひとりで到着したサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂は、想像以上に巨大で美しかった。
到着したその日に中に入るのは何だか恐れ多い気がしたので翌日のミサに参加することにして、今日は外から眺めるだけにした。
サンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂の前で抱き合って喜んだのは、名前も覚えていないブラジルから来た太った中年女性だけ。セブレイロ越えの前に会った時、彼女は私を知っていた。その時私はどこで会ったのか全く思い出せなかったのだが、彼女は4月4日にパンプローナから歩き始めたそうだ。
サンティアゴまであと5キロの地点にあるモンテ・ド・ゴゾの丘で再会したアルモや陽気なスパニッシュオジサン4人組、サンティアゴの街の途中までしばらく共に歩いたマリア・ルイサともカテドラルに到着してから会えなくて、とても残念だ。
が、100キロ組のスパニッシュおばさん4人組に偶然出会い、限界だった私の足を心配してくれ、明日の正午カテドラルでミサがあることを教えてもらえたのはラッキーだった。そうか、だから皆昼までにカテドラルに着こうとするのか…と知識の無さすぎる自分が少し恥ずかしかった。
左:モンテ・ド・ゴゾの丘へ続く上り坂。 右:モンテ・ド・ゴゾにある200人以上収容可能な巨大アルベルゲ。映画「サン・ジャックへの道」にも登場する。
本来一人で出発して一人で歩いてきたのだからひとりで旅の終わりをかみしめればいいのだが、古い歴史ある街のそこここで楽し気に乾杯している巡礼者たちを見ると、やはり羨ましくて一抹の寂しさを感じずにはいられない。
カテドラル前の広大なオブレイロ広場には、長い旅を終えた巡礼者たちが思い思いの場所に佇み、カテドラルを感慨深げに見上げていた。広場の真ん中でバックパックを投げ出して大の字に横になる者、広場の端で壁によりかかり、じっと動かずにただ見上げている者、仲間と笑い合う者。
私もバックパックを下ろし、ぺたんと地面に座るとカテドラルの向かいにある建物の回廊の柱に寄りかかって目の前に聳え立つカテドラルにしばし見入った。
実はサンティアゴ旧市街のオスタルは早く予約をしないと空室がなくなると誰かに脅されて、旧市街に入ってからカテドラルに到着する前にみつけた良さそうなオスタルにチェックインをしてきたのだが、カテドラルにはずっと共に歩いてきたバックパックを背負って到着したいと思い、宿で荷物を下ろさずにわざわざここまで背負ってきたのだった。
青い空に堂々とそびえる二本の鐘楼。初めてこの前に立った者は、しばし言葉を失うに違いない。この荘厳で美しい建築物を目指して、今までどれだけの人々が長く苦しい巡礼の旅をしてきたのだろう。
約40日間の巡礼が、ようやく終わった。