魂の叫び~響け、届け。~

パピヨン PHASE-2


――――プラント   マティウス市――――



プラント移住から半月をクライン邸で過ごした後、
ラクスの計らいで「キラ・ヒビキ」として正式に住民登録をすませた。

今後3ヶ月間は後見人のもとで暮らし、
生活拠点や職業選択の時間に充てるようにって。


ラクスが“後見人に”と選んだのは、
ザフト軍イザーク・ジュール。




先の大戦ではデュエルを駆り、
幾度となく自分と戦闘を繰り広げた因縁深き相手その人であるという事は、
停戦直後にディアッカから聞かされてはいたが・・・


まさか、

その当人の屋敷に自分が住まわせてもらう日が来ようとは、
予想だにしなかった。














「なんだお前、・・・食わんのか?毒なんぞ入ってないぞ」


久し振りに地球の重力から解放された身体は、
最後に食事を摂って半日以上経過した今も空腹を覚えてはいない。



「そんな事はわかってます。僕・・・すみません・・・本当に食欲がなくて」


「―――なるほどな。俺の出すメシは食いたくないというワケか?」

「っ・・っそんな!本当に僕は・・っ」

「ならば食え!
 そうだな、お前がその皿の上の料理を残さず食い終わるまで、
 俺も一切メシを食わんぞ!」

「ええっ!?」

「任務遂行中に空腹で倒れたらお前のせいだからな」


口元に刻まれた脅迫の笑みに、キラは降伏するしかなかった。




しぶしぶスプーンを口に運び始めた様を見ると、


「ふっ・・・俺の勝ちだな!」


銀髪の美しすぎる後見人は、
すらりとした人差し指をキラの目の前へ突き出すと、
声をたてて小さな子供のように笑った。




・・・変な・・・ヒト・・・





こうして、

キラの中のイザークの印象は音を立ててガラリと変わっていった。











*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  





イザークさんに初めて会ったのは、
ヤキン・ドゥーエ宙域戦後のエターナル艦内。



ラクスの提案で、バルトフェルドさん、カガリ、マリューさん、
そしてイザークさんが一堂に会し、
今後の展開と補給について話し合う時間を持ったのだ。




ディアッカの呼び掛けに振り向いた細身の影。


冴え冴えとしたアイスブルーの眼差し。


肩口で切りそろえられた眩い銀の糸を揺らし、
音もなくゆっくりと近づいて来るその姿に目を奪われた。




まるでそこだけが切り取られた空間のように、
世界から音が消えたのを覚えている。





「こいつがフリーダムのパイロット、キラだよ。
 キラ、こっちはイザーク。
 デュエルのパイロットでオレとアスランの・・・まぁ同僚ってやつ?」

「あなたが、デュエルの・・・?」


イザークは両手を腰に当てると、
まじまじと見上げて来る紫玉を幾分高い位置から見下ろした。


「ふん、なんだお前、随分と意外そうなカオだな!
 もっとジジィかとでも思っていたのか?」

「イザーク・・・!ったくお前はすぐそうやって!
 キラ、気にするな!こいつホント、口が悪くてさ~~」

「貴様にだけは言われたくないぞディアッカ!」




とても、綺麗・・なヒト。




・・だけど・・・・





とても、






―――冷たそうな、ヒト。





それがキラから見たイザークの第一印象だった。








*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  









キラがジュール邸で過ごすようになって約2ヶ月。


奇妙な共同生活は穏やかに続いていた。




「今日で丸3日、か・・・」




プラントは最高評議会新体制設立の為、
ラクスを旗頭に生まれ変わろうとしている。



議員候補生とザフト軍最年少指揮官。


二足の草鞋で多忙を極めるイザークは屋敷を留守にしがちだったが、
ふらりと戻っては傍でゆったりと寛ぐ姿を眺めるのを心待ちにしている自分に、
キラは気がついていた。





「ちっ、予定より随分と遅くなってしまったな」


屋敷の主は軽く舌打ちをすると、
寝ているであろう同居人を起こさぬようドアをゆっくりと押し開けた。




明かりが点いたままのリビングでは、
小さな肩がソファに埋もれるようにして深い呼吸を規則的に繰り返している。



テーブルにはティーカップが2客、手付かずのまま置かれていた。



待って、いたのだ。


自分の帰りを。




胸に湧き上がる暖かい気持ちに、自然と笑みが浮かぶ。



足音をたてぬようにソファに近くと、
額に貼りついてクシャクシャになったココア色の髪を指で払う。


「ん・・・」


くすぐったそうに眉をしかめる表情は、
青年というよりまだ少年のそれだ。


「お前、こんなところで眠ると風邪をひくぞ?・・・キラ?」





「・・ん・・・・・ア・スラン・・・」






―――――アスラン?






背中を


稲妻が駆け抜けたような気がした。








「・・・あいつと何があった?」




チリリと胸を焦がす炎の名前を、
この時イザークはまだ知らなかった。








*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  




「土産だ!」



目の前にずいっと差し出された握り拳。


キラはおずおずとその下へ掌を広げると、
ぷっくりとした白い小さな布袋がちょこんと乗せられた。


よく見ると銀糸で何やら図形のような文字が縫い取られている。


「・・・これ、何?」

「無病息災を願う地球の御守りだそうだ。
 任務で地球へ降りたんでついでにな。
 ところで、だ。
 俺が任務で屋敷を留守にしていた3日間、
 お前がろくに食事を摂っていなかったと・・・
 有能なジュール家の給仕係からタレコミがあった」


「・・・イザークさんて、僕の顔見るとメシメシって言うよね」


「当たり前だ!
 みるみる痩せ細っていかれては、
 俺はクライン嬢からどんな目で見られる事か。
 ジュール家の面子にかけてでも、
 お前にはきっちりメシを食ってもらうからな!!」


キラに出来る抵抗はと言えば、溜息をついて天井を仰ぎ見る事、くらいだった。



白を基調とした清潔なダイニングルーム。


イザークとキラがテーブルを挟んで座ると、
瞬く間に料理が運ばれて来ては所狭しと並べられていく。



「知っているか?
 今日は地球ではクリスマスという行事らしい」

「うん。ケーキを食べて、靴下をぶら下げて、
 ・・・プレゼントをお願いするんだ。
 年に一度だけ、サンタクロースが願い事を叶えてくれる日だから」



―――――あれ?



もしかして、


あの御守りって・・・
クリスマスプレゼントのつもりだったのかな?



「ならばそうだな、俺の願い事は・・・


 そのポタージュと七面鳥が暖かいうちに、
 お前がメシを食い終わる事だな!」



イザークはそう言って笑うと、
グラスに満たした果実酒を傾け、アイスブルーの瞳をいたずらに煌かせた。




*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  


■PHASE-3■へ続く


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