3個旅団程度のウクライナ軍が8月6日、スーミからロシアのクルスクへ軍事侵攻した。ロシア側には国境警備隊が配備されていただけで、装甲車両を連ねた部隊に対抗することができなかったようだ。侵攻に気づかず、拘束されたロシア兵もいたと言われている。それに対し、ロシア側は航空兵力で反撃、すでに予備兵力を投入して押し返し始めた。それに伴い、ウクライナ軍は多数の死傷者がでている。
この攻撃を実行するため、ドンバスで戦っている部隊から兵力を割いた可能性が高いが、イギリスのタイムズ紙によると奇襲攻撃の数週間前にイギリスの教官から軍事訓練を受けていたという。
真偽不明の情報だが、クルスクへの軍事侵攻がアメリカやイギリスを中心とするNATOの作戦だということは間違いないだろう。2022年秋からそうした構図が強まっている。アメリカの兵器だけでなく、情報、監視、偵察にウクライナ軍は依存している。
アメリカのジョー・バイデン大統領によると、ウクライナ軍が8月6日に軍事侵攻する前、アメリカ政府はキエフ政権と「常時接触」していた。アメリカ政府がウクライナ軍のロシア領への軍事侵攻計画について何も知らなかったということは考えにくい。ワレリー・ゲラシモフ参謀総長はクルスク国境付近でのウクライナ軍の増強に関する警告を何度か無視したとも言われている。
ウクライナがクルスクへ軍事侵攻する直前、アメリカとロシアは大規模な「捕虜交換」を行なっている。またカタールを仲介役として、ロシアとウクライナは2カ月にわたってエネルギー供給について協議、あとは細部を詰めるだけだったという。軍事的な緊張は弱まっていると思っても仕方がない状況だった。
すでにアメリカ政府はロシア領内への攻撃を容認する発言をしているが、国境地帯が比較的平穏だったことも確か。そこで、アメリカ政府とロシア政府との間で何らかの取り決めがあったのではないかと推測する人もいる。もし今回の軍事侵攻をアメリカ政府が事前に知っていたとなると、米露関係はさらに悪化することになる。
すでにクルスクでウクライナ軍は厳しい状況に陥っている。今後、アメリカ/NATOも厳しい状況に陥るだろうが、8月6日の奇襲攻撃を実行させてしまったロシア側でも責任を問う動きが表面化すると見られている。侵攻前、クルスク国境に兵力が集積していることにロシア側が気づかなかったとすれば、大問題である。衛星やドローンだけでも捕捉できたはずだからだ。
クルスクのスージャにはロシアからハンガリー、スロバキア、オーストリアなどへ天然ガスを供給するパイプラインが通っているほか、クルスク原子力発電所がある。カタールでの交渉が合意に達すれば、この地域への攻撃は無くなるはずだが、今回の侵攻でパイプラインを抑えられれば、ハンガリー、スロバキア、オーストリアを脅すことができ、原子力発電所を支配すればロシアを脅すことができる。
ウクライナ政権が「原子力発電所の使用済み核燃料の貯蔵施設を標的とする核偽旗作戦、つまり汚染原子爆弾の爆発を準備している」とする情報が流れている。「汚い爆弾(放射能爆弾)」でザポリージャ原発かクルスク原発を攻撃するのではないかというのだ。ウクライナ軍はクルスク原発に到達できなかったが、8月17日にはザポリージャ原発を無人機で攻撃している。
ロシアではクルスク、ベルゴロド、ブリャンスクの治安を改善するための会議が開かれている。そうした会議の議長を務めている人物がアンドレイ・ベローゾフ国防大臣だ。この大臣は経済が専門で、ロシア軍の幹部からは嫌われている。この3地域を西側に渡し、それを「交渉の材料」にすることでロシアはウクライナの東部や南部を手放そうとしていると疑う人もいる。
今年4月には国防次官を務めていたティムール・イワノフが収賄の容疑で逮捕され、5月には国防大臣がセルゲイ・ショイグからベローゾフに交代した。ショイグは軍事会社を経営、エフゲニー・プリゴジンのワグナー・グループとライバル関係にあった。
そこで国防大臣と傭兵会社トップとの関係が悪化したのだが、ワグナー・グループはロシアの情報機関によって創設され、ロシア軍参謀本部の第1副本部長を務めていたウラジーミル・ステパノビッチ・アレクセーエフ中将が背後にいたとされている。
2022年2月にロシア軍がウクライナを攻撃し始めた当時、ロシアの正規軍は航空兵力やミサイルなどでの攻撃を担当、地上部隊はドンバスの反クーデター軍や傭兵会社の戦闘員が主力だった。その傭兵会社がワグナー・グループだ。
ウクライナ軍は2022年2月の段階で壊滅的なダメージを受け、ウクライナ政府はロシア政府と停戦交渉を開始するのだが、イギリスやアメリカの圧力で戦争を継続せざるをえなくなる。それに伴い、ウクライナ軍のNATO化が進む。2022年9月21日にロシア政府が部分的動員を発表したのはそのためだ。その動員で約30万人が集められ、訓練を実施されたが、実際に戦線へ投入された兵士はそのうち数万人だと言われている。
シリアで成功を収めたあと、ウクライナのドンバス、ヘルソン、ザポリージャの戦闘を指揮したセルゲイ・スロビキン上級大将もプリゴジンと関係が緊密。またワグナーの事実上の指揮官はミハイル・ミジンチェフ上級大将だと考えられていた。国防大臣とロシア軍幹部の関係は良くなかったと言えそうだ。そして昨年5月、プリゴジンは示威行動に出て失敗、スロビキンも失脚したと言われたが、昨年9月から統合防空システムの長官を務めている。
クルスクでウクライナ軍や外国から参加している戦闘員は大きなダメージを受けているが、クルスクへの侵攻を許したのはロシア側の失態だ。そこで、スロビキンを復活させるべきだとする声が高まっている。
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