2021.12.13
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大泉洋司会のSongsという歌番組に出演していた、二人組のユニット、Yoasobiをはじめて聴いた。ここのところ売れに売れているグループらしい。2年前に発表されたデビュー曲の「夜に駆ける」は、2020年の紅白でテレビ初披露となる前にすでにそのストリーミング視聴回数が1億回に達し、今年の8月頃には6億回を超えたとかいう怪物的ヒットだ。

「夜に駆ける」は確かにすばらしい。特にすごいと思ったのは、Ayaseの書いたメロディと曲構成そしてキーボードのアドリブ、ベースの(多分)やまもとひかる、ギターの(多分)Assh。やまもとひかるのユーチューブのビデオを聴くと、ほんとにすごい、こんなに速く、スラッピング奏法を交えて5弦ベースを自由に操る、これが現代のベースなのかと感心する。Ikuraの歌も音程がしっかりしていて細かく変化するメロディを見事にこなしている。彼女の声は、たとえばミーシャのように聴く者を圧倒するようなタイプではないが、このバンドのサウンドに溶け込んでいてとても心地よい。

曲構成は、通常のA-A-B-Aではなく、前半はA-Aを終えたところで、16分音符を散りばめたBが入り(いつだってチックタックと鳴る世界で何度だってさ、触れる心無い言葉うるさい声に涙が零れそうでも)、自然にCというサビに流れ込む。前半が終わるとキーボードのアドリブが入り、後半のAメロが一度流れ、そのあとに新しいラップ調のDメロが挿入される。もう一度アドリブとDメロが繰り返され、再び「チックタックと」のBメロに戻る。そしてCのサビが来るのだが、半音下げの転調が施され歌詞の流れに合わせてある。この後Cのサビがもう一度転調され、今度は短3度上げて登場しエンディングへと転がり込む。最後の2小節の歌詞は「二人今夜に駆けだしてく」だが、最終小節の3拍目でバッキングはピタッと止み、4拍目はIkuraの声だけで「てく」と意味深に呟かれ、次の小節でインストのバッキングが再開されエンディングで終了する。全般に短調のペンタトニックが使われて和の雰囲気を出している。

Yoasobiの面白さはその音楽と演奏だけではない。制作のコンセプトにある。

ユーチューブにあるインタビューやウィキペディアの記事によると、AyaseとIkuraからなるYoasobiが結成されたのは2019年10月。始まりは、「monogatary.com(モノガタリー)」(注1)のスタッフが、小説を音楽にするユニットを作ってみたいと発案し、Ayaseに声をかけてプロジェクトが始動したという。ボカロイド・プロデューサー(ボカロP、注2)だったAyaseは、シンガーソングライターとして活動していた幾多りらを発見し声をかけた。幾多りらはIkuraとして参加を決めYoasobiが生まれた。ユニット名のYoasobiはAyaseの命名で、二人のいままでの活動は「昼の仕事」として継続し、夜は遊び心でこのユニットのコンセプトを追求しよう、という発想だった。

映画音楽の場合だと、映画という媒体に従属する音、つまり映画が主で音楽は映画の効果を高めるための従という関係になる。小説を音楽にするというYoasobiのコンセプトは、小説の内容から新しく想像・創造される想念(心に浮かぶ思いの塊)を音楽化したものであると言える。原作に従属するものではなく、ある意味独立した想念だ。この音楽を聴く人は、もちろんそれ自体として聴くこともできるのだが、きっかけとなった小説を読むことで、二つの媒体(あるいは二つの想念)の相互関係から生み出される別の経験をすることが出来る。僕たちの心的生活では、これは珍しいことではなく、たとえば小説ダビンチ・コードの舞台になった寺院や彫像を訪れることで本の内容に現実の肉づけができ、逆に寺院や彫像を見方が変わるといった、相互作用によって読者の体験は変貌する。Yoasobiの場合、これを意図的に、システマティックに提供することで、視聴者の心的体験とSNSのコミュニケーションは誰も想定していなかった発展増殖を生み出すと考えられる(未知の領域を獲得する視聴者)。商業的にも成功することは間違いない。

「夜に駆ける」は星野舞夜の小説「タナトスの誘惑」を原作として発想された作品だ。小説というよりも、僕のような古典的な頭にはショート・ストーリーというほどの長さである( このサイトで読める )。タナトスとはギリシア神話の擬人化された死のことで、フロイトの精神分析では性の本能に対する死への衝動である。

主人公の青年・僕はLINEで「さよなら」というメッセージを彼女から受け取る。飛び降り自殺を予告する連絡で、これが初めてではない、もう四度目だ。そのたびに僕が思いとどまらせていた。彼女はタナトス、死の衝動に冒されている人間だった。なぜ必ず僕に連絡をくれるのか、もしかしたら僕に自殺を止めて欲しいのだろうか。「なんでキミはそんなに死にたいの」と訊ねる僕に、彼女は「死神さんが呼んでいるから」と答える。「もう嫌なの、早く死にたいの」と彼女は僕を突っぱねる。彼女の自殺を押しとどめようと繰り返されるやりとりに辟易した僕はとうとう、「僕も疲れた、僕だって死にたいよ」と思わず口にする。すると彼女が顔を上げてニッコリと笑った。心の中でどす黒いものが消える感覚がした。ああ、そうなのか、彼女が僕に求めていたのは、自殺を止めて欲しかったんじゃなくて、僕を一緒に連れて行きたかったんだ。そうして二人は夜空に向って駆けだした。

そう、少女はタナトスに冒されていた人間ではなくタナトスそのもの、つまり死神だったのだ。原作から誘発されたAyaseの詞を読んでみると、前半では「騒がしい日々に笑えないキミに思いつく限り眩しい明日を・・・怖くないよいつか日が昇るまで二人でいよう」と少女に希望を与えて守ろうとする僕がいた。ところが後半では「変わらない日々に泣いていた僕をキミは優しく終わりへと誘う・・・繋いだ手を離さないでよ、二人今、夜に駆けだしてく」、と僕はやっと理解する、毎日泣いていたのは自分だ、タナトスが優しくここから抜け出す道へと誘ってくれている、さあ夜に駆けだして行こう。僕の自殺、これがストーリーの結末だ。

ハリウッドの映画のパターンではよくこういうことが起きる。というか、ハリウッドの脚本家はどんでん返しの処方箋を知っていて、そのパターンに則ってシナリオを書いていることが多い。Yoasobiプロジェクトの元になっているショートストーリーは、ハリウッドのシナリオを小規模にしたものとも言える。Yoasobiの作業は、それをいわば音楽的に言い換える(paraphrase)ことのように思える。

普通、シンガーソングライター(あるいはプロの作詞家でもいいが)がストーリーや情景を書く場合、彼・彼女は自分の経験と読み聞きしたものそして自分の限られた想像力を踏み台とするしかない。これをもとにできた作品を広い層の視聴者に配信する、いわばトップダウンの配信スタイルだ。ところが、Yoasobiのプロジェクトでは、ストーリーの源は無限である、年齢も経験も関心も異なる広い層がどこかに投稿したものであり、ボトムアップ方式と言える。

たとえば、13作目の曲「ツバメ」の原作は、全国の子供たちから送られてきた中から選ばれた、乙月ななの「小さなツバメの大きな夢」だった。子供らしいピュアな理想主義で差別や所得格差を否定し小さな愛情で世界を変えよう、という主張が微笑ましく語られている。「僕らは求めるものも描いてる未来も違うけれど、手と手を取りあえたならきっと笑い合える日が来るから、僕には今何ができるかな。誰かが手に入れた豊かさの裏で、帰る場所を奪われた仲間、ほんとは彼も寄り添い合って生きてたいだけなのに。悲しい気持ちに呑み込まれて心が黒く染まりかけても、許すことで認めることで僕らは繋がりあえる・・・」

ツバメ
夜に駆ける

注1  monogatary.comは、ソニー・ミュージックエンターテインメントが運営する小説やイラストを中心とするソーシャル・ネットワーキング・サービス。

注2 ボカロPとは、これまた耳慣れない言葉だが、大雑把に言うと、自分の作ったメロディを音声合成ソフトに歌わせて曲をプロデュースし、それを動画投稿サイトに投稿する作曲家のことらしい。ボーカロイドはもともとヤマハが開発した音声合成技術だが、その技術を使った様々な応用製品のことも総称的に指すそうだ。





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最終更新日  2021.12.13 05:40:12
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