アラブの商人との戦い

エジプトの空
 アラブの商人との戦い
 寿司屋で時価と表示してあるネタを鷹揚に注文する人は、そうは多くないだろう。幾らの勘定書が回ってくるか心配になってしまうからだ。
 だいたいが価格の表示していない物を買うということに慣れていない。
 われわれは、売り手が決めた価格の中でいかに安く買うかという消費行動をとるのが一般的である。
 だから、値札の下の方に赤い数字で定価が訂正されていたりしたら、嬉しくなってしまう。家に帰ってから、いかに安く買えたか自慢までしてしまう。

 物やサービスの価値・値段は需給関係で決まるという資本主義の原則を貫いているのがアラブ流である。小売りの現場でも、この原則は守られるから値札などというものはない。
 買い手がどうしてもほしければ、値は高くなるということだが、実際にはアラブの商人はふっかけるから、こちらはかなり低い価格を提示して、双方徐々に歩み寄って交渉成立、ということになる。
 このルールは相場を知っている者にとっては、物を買う場合の一種の儀式といえなくもないが、旅行者にはハンデがありすぎる。
 われわれから安く買ったという歓びを奪うばかりか、果たして安かったのかどうか、不安感にさいなまれる。
 これがもし相場より高かったりしようものなら、アラブ諸国の商道徳が議論され、ついには国際問題にまで発展しかねない。

 ルクソールで夕食後、スークに出かけた。
 オフィシャルの旅行日程には組み込まれていないので、オブションというか、ガイド嬢のサービスだという。したがってホテルからスークまではタクシーである。
 タクシーに乗るのも料金交渉の儀式がある。みていると、交渉に難航している風はない。儀式は割と短時間で終了した。帰りも同様であったが、後でガイド嬢に聞いてみると、往復の料金に大差ない。
 やはり、相場はあったのだ。
 スークでは日用品を中心に多くの店が軒を並べている。私のお目当ては民族衣装ガラベイヤである。現地の人の普段着用から、明らかに観光客を意識した派手な物まで、どの店も同じような商品を並べているので、あとは価格交渉だ。
 国際紛争の火種にならないことを祈りたい。
 一軒の店の前で足を止めて品定めしていると、店内に案内された。店主は中年の男性。体つきはスリムで目つきが鋭い。全員が店内にはいると、あろう事かこの店主、入り口のドアを閉めてカーテンを引いてしまった。
 この時点で私の心に不安の炎がチロチロと燃え上がった。いざとなればこちらは三人、敵は二人と私は心の中の消火活動に専念した。
 店主はあれこれ取りだしては、着せてくれる。ターバンの巻き方まで教授してくれた。結局、ガラベイヤと重ね着する羽織みたいなのとターバンの三点セットを50US$で購入した。

 我が国は戦後、世界第二位の経済大国に発展し、平和を享受してきた。ここで国際紛争に発展させてはならない、と私の中で自制心が強く働いた。


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