普段値切るという習慣のないわれわれにとって、これは一種のエンタテイメントでもある。
同行のN氏はそれを十二分に楽しんでいた。N氏の戦法はいつも同じである。まず敵に価格を提示させ、彼はその十分の一の価格からスタートする。
作戦参謀は海外旅行で戦闘経験豊富なN氏のお嬢さん。作戦参謀は価格交渉の開始価格を十分の一とアドバスしたのだが、N氏はあくまで十分の一の価格に限りなく近い価格を最終合意価格と目指す。
かくして、N氏は冷やかし客として見限られることになる。しかし、N氏は玉砕してもまた同じ戦法で戦いに臨む。N氏は疲れを知らない優秀なコンバットなのである。
カイロでは、思わぬ平和勢力に遭遇した。雑居ビル二階、タオル専門店であった。品物は上等で、品揃えも豊富である。
エジプト綿一〇〇% 、厚手で、バスタオルは日本の物より一回り大判である。
すでに戦闘行為に慣れたわれわれが価格交渉を開始すると、店主は天井からぶら下がっている看板をみろ、という。
FIX SHOPとある。
この店は価格が固定されており、値引き交渉には応じない、ということだ。さしものN氏が戦いを挑んでも、店主は頑として挑発に乗らなかった。
この店主の眼差しは、毎日戦場に身を置く兵士とは違ってごく穏やかなものであった。