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この障害は本番など人前に出るとひどい緊張感があり、あがってしまいうまく体をコントロールできなくなるのです。最近私はこの障害で苦しんでいます。大勢の人の前で森田理論の話をすることもありますが症状は出ません。会議などで自分の意見を述べるときにもこの症状で困ることはありません。私の場合、チンドン屋でアルトサックスを吹いているのですが、ソロで吹き始めるときにこの症状が出ます。練習の時は全く出ません。メンバーも練習の時に間違えることなく出来るので、本番でもきちんとできるはずだと思っているのが辛いのです。一瞬で体が凍り付きパニックになります。頭が真っ白になり、体が硬直して指が思うように動かなくなります。最近は本番前に頻尿や腹痛にも悩むようになりました。このことを考えるととても憂うつになります。ありとあらゆる工夫をしましたが、全く改善できませんでした。むしろ症状はどんどん強まっていきました。そのきっかけになったのは、敬老会に呼ばれて高校三年生の曲を始めるときに起きました。その時は中学校の体育館で行われました。中学校のブラスバンド部の人もいました。校長先生や町内会の役員なども大勢来ていました。曲を吹き始める前にリーダーが場を盛り上げるためにしばらく世間話をします。学生時代で一番印象に残っているのはいつですかとお年寄りに聞いています。小学校時代、中学校時代、高校時代などいろんな返事があります。高校時代ですと答えた人に、その中でも特に印象に残っているのはいつですかと聞いています。高校三年生ですという答えを引きだすと、満を持して「高校三年生といえば舟木一夫さんのこの歌です」と私に振ってくるのです。極度の緊張の極みに達していた私は頭が真っ白になってしまいました。案の定うまく吹き始めることができませんでした。仲間が落ち着いてやれば大丈夫だと言ってくれましたがパニックになりました。それ以来自分がソロで拭き始める曲がとても気になるようになりました。決まって緊張するようになりました。夜も寝れないような状態です。さらに間違えるとリーダーが軽蔑したような言葉を投げかけるのが苦痛でした。一度引退を申し入れたのですが、代わりのメンバーの補充ができないため残留するように説得されました。心療内科に行きました。1回目は患者さんがとても多くて予約だけでした。指定された日に行くと、スタッフの問診がありました。精神科医の診察を受けると「あなたはパフォーマンス限定社交不安障害です。薬を出しますので様子を見てみましょう」と言われました。パフォーマンス限定型の場合は、日常での対人関係は特別な問題がなく過ごしているにもかかわらず、苦手なシーンになると急激に緊張が高まってしまうと説明されました。集談会で薬に詳しい人がいるので聞いて見ました。ノルアドレナリンが過剰に出ているのでそれを抑制する薬だということでした。これを本番前1時間前に頓服薬として飲んでください。不安が和らぎます。それからメンバーの協力をお願いしました。最初の部分をしばらく肩代わりしてもらうことにしました。難色を示されましたが、症状が好転するまでの期間限定ということで了解してもらいました。これでまだ2年から3年くらいは続けられるかなと思っています。途中から合流するのは抵抗感がありませんので、なんとか乗り切っているというのが実情です。今回の件でパニック障害の人の気持ちがよく分かりました。パニックになるとすぐにヒートアップしてしまい、どうすることもできなくなるのはつらいです。本人はすぐに解決策がないので苦しんでいるのです。森田に詳しい精神科医に相談し、集談会に参加して話を聞いてもらうだけでもだいぶ落ち着きます。集談会には不安神経症の人もいます。またそういう人たちの体験談の冊子もあります。地元の森田に詳しい精神科医は生活の発見会にお問い合わせください。
2023.10.13
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私は過去の生活の発見誌の記事で気に入ったものは切り抜きをしています。その中に平成5年(1992年)12月号に、岸見勇美氏が藤沢周平の「霜の朝」に収録されている「嚏」という小説の紹介をされていました。岸見氏は生活の発見会会員で優れた本を数多く残されています。その中でも「森田正馬癒しの人生」「ノイローゼをねじふせた男」「高良武久 森田療法完成への道」「運命は切りひらくもの」は森田正馬、水谷啓二、高良武久、岡本常男研究には欠かせない本となっています。この主人公である布施甚五郎は、典型的な対人恐怖症、表情恐怖で苦しんでいた。ある日、家老の鬼頭弥太夫に呼ばれた甚五郎は、藩主の血縁織部正の討手を仰せつかります。甚五郎が藩随一の剣の遣い手と知られる藤井源助と互角の力量をもつ、剣の名手であることから、指名されたものです。ところが甚五郎はこの大役を断ります。その理由は、緊張した場面になると、鼻腔の奥に微かな搔痒感が動くのを感じ、突然くしゃみが出てしまうということだった。実際にこのくしゃみ恐怖症のせいで、散々な思いをしてきた。最初に気づいたのは、元服して初めて藩主のお目見得のため登城したときのことです。甚五郎は大広間に入った時から緊張し、自分の番がきたときには完全に上がっており、「手足はこわばり、体全体が自分のものではないように、心細く、それが鼻腔をくすぐられるような掻痒感となり、甚五郎は必死になってそれをこらえようとした。しかし名前を呼ばれた途端に大きなくしゃみをしてしまった。初お目見得が散々な結果に終わり、大勢の失笑を買い、父親にまで肩身の狭い思いをさせたことが、甚五郎にくしゃみへの恐怖を募らせました。恒例の八幡神社での奉納試合でも、決勝までは難なく勝ち上がってきたのですが、優勝のかかった藤井源助と合うと、練習試合では勝てるのに、緊張しくしゃみが出そうになって、注意がくしゃみに向いているうちに、あっけなく敗れた。妻の弥生とのお見合いも、くしゃみ恐怖のために危うく流れるところでした。その日二人きりになって、「なんと可憐な人だ」と心が動き、何とか言わなければならぬ、と思った途端、舌がこわばり、くしゃみの予感がしてきました。「これはいかん」と甚五郎は狼狽し、鼻を曲げ、口を歪め、目を開いたり閉じたりして、くしゃみを押さえこもうと、絶望的な努力をしました。その時でした。つつましくうつむいていた弥生がつんと顔を上げ、甚五郎の奇妙な表情を見て言います。「わたくしを愚弄なさるおつもりですか」弥生は甚五郎の必死の表情を、自分を嘲笑しているととったのです。「不器用は自分で承知しております。でもそのようなお顔をされるいわれはありません」と涙ぐんでしまいます。この話は緊張感で頭が真っ白になって動揺してしまう方は共感できるのではないでしょうか。岸見氏は表情恐怖の甚五郎が首尾よくお役目を果たしたかどうかは、原作をじっくりとお読みくださいと紹介されておりました。なお岸見氏は、市井ものの藤沢周平作品は、山本周五郎の作風を思わせるものがあるといわれています。これを機会に山本周五郎作品も読んでみたくなりました。
2023.10.05
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現在別料金を支払うと、好きなナンバープレートがもらえます。いかに特定のナンバーにこだわっている人が多いかということだと思います。よく見かけるのは、0001、0007、0008、0088、0333、0555、0777、1111、3333、5555、7777、8888などのぞろ目である。その他、自分の好きな語呂合わせのものがあります。1122はいい夫婦。1188はいいパパ、いい母。2525はニコニコ。3776は富士山の標高だそうです。嫌われる番号の筆頭は4219です。「死に行く」と読めますから当然でしょう。この番号は友人から教えてもらって意識するようになりました。4989は、四苦八苦を連想させますので、避けたくなります。その他暗証番号と同じにしている人もいます。最近は誕生日などと合わせている人はあまりいませんね。不吉な番号のこだわりは、どうすることもできません。私は、1、11、111、1111という数字が嫌いです。それは家族の不幸がその数字に重なっていることに気づいたからです。1月11日、11月11日というのは、思い出すのも嫌な日なのです。その手の番号を見ると、自分なりの厄除けのおまじないをしています。厄除けをしないと、自分に不幸が降りかかってくると勝手に思っているのです。本を読んでいるとき、111ページは気になります。111ページは急いで読み進めるようにしています。集談会で7、77、7777がどうも苦手ですという人がいました。私は7はラッキーナンバーだと思っています。人によって忌み嫌っている番号は違うようです。日本人は4や9という数字を嫌う傾向があります。外国人は意味が分からないそうです。反対に13は嫌いという人が多いようです。数字にこだわって、生活や仕事に影響が出てくるようでは困ります。私の場合は、厄除けのおまじないは15秒くらいで終わります。それが済むとリセットできますので、問題はありません。ガスの元栓、水道、電球のスイッチ、クーラーの切り忘れ、戸締り、忘れ物の確認恐怖で苦しんでいる人がいます。こういう方はまず呼称確認を行う。それも1回ではなく3回とか5回とか回数を決める。私のようにおまじないを行えば、リセットされるのだという、変な確信のようなものが持てれば何とかなる人もいらっしゃるのではないでしょうか。もう一つ有効なのは、外出するとき確認が必要なものはいくつかあります。一つではないはずです。それらをすべてリストアップすることです。それを見て、一つ一つ丁寧に確認していくのです。ガスの元栓okというふうに、神経を集中して確認することが大事です。不安だという人は、確認に神経を集中していないことがあります。うわの空になっていると、不安が発生します。1回で安心できない人は、2回、3回まではおこなう。それ以上はやりすぎです。むしろ精神交互作用を強めてしまいます。それと玄関のカギは、よく確認すれば、隙間から施錠されているかどうかわかる場合があります。チェックする時のポイントです。そこまでいかなくでもドアノブを回してみれば施錠されているかどうかは分かります。確認不安は人間ならだれでも持っています。それが正常です。基本にのっとった正しい確認行動をとることが先決だと思います。それでもどうしても確認行為が治らない人は、生活の発見会に強迫行為専門の集談会がありますので参加することをお勧めします。
2022.09.29
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電気のスイッチやガスの元栓や戸締りが気になって何度も確認行為をする人がいます。4,5回程度は、許容範囲だと思います。一旦出かけて、また引き返すようなことはたまにはよいと思います。しかしこれが頻繁になると、仕事や勉強や生活に支障が出てきます。確認行為で苦しんでいる人は、このような人です。普通の人はどうしているのか。出かける前は、クーラーや電灯のスイッチ、ガスの元栓、玄関ドア、部屋内の戸締りは、一応全部確認しています。目で確かめて「異常なし」と声に出すこともあります。ここでは確認に集中することが必要です。今きちんと確認しているという意識を持っことが大切です。うわの空で別のことを考えながら、確認行為を行うと、あとから「もしかしたら」という不安で苦しむことになります。ものそのものになり切って確認を行うことが肝心です。注意力散漫な確認は、精神衛生上やらないほうがよいようなものです。マンションなどでは、ガス警報器、火災感知器が設置されて、管理人室や警備会社に連絡がいきます。いざというときにはスプリンクラーが作動します。二重にセーフティネットが張られていることを忘れてはなりません。それでも心配という人は、電気でいえば不必要なところのブレーカーは切っておく。ガスでいえばチェッカーでガス漏れがないか確認する。ドアでいえば、隙間があれば施錠されているかどうか目視できます。手で3回くらい回してみれば、確かに鍵が確実にかかっていることが分かります。ここまでできれば、不安は解消されて、安心して出かけることができます。確認行為で苦しんでいる人は、必要な確認行為に集中していないのではありませんか。他の事を考えながら、ついでに確認行為を行っていることはありませんか。おざなりで確認行為を行っているために確認行為に自信が持てない。これでは確証が得られないで、不安が不安を呼び込むことになります。健康な人でもこんなやり方をとっていると、不安に押しつぶされてしまいます。そのうち鍵が締まったかどうかということから、注意や意識が離れていきます。これが問題です。物事本位から気分本位・観念中心に切り替わるのです。つまり観念の世界で不安や不快感を取り去ることに神経を使うようになるのです。確認行為は目の前の出来事に注意や意識を向ける必要があるのですが、そこから意識が離れてしまうのです。そしていかにして不安や不快感を取り去るかということに神経を使うようになるのです。本末転倒です。森田理論でいうと、手段の自己目的化が起きているのです。ミイラ取りがミイラになったようなものです。そして精神交互作用で、蟻地獄に落ちていきます。森田では神経症的な不安は、欲望があるから発生しているとみています。ここでの不安は欲望とセットで見ていかないと、問題は収束していかないということです。欲望から目を離してはいけない。車でいえばアクセルを踏み込むことを第一優先順位と考えるということです。次に適宜必要に応じて、ブレーキを使って安全運転を心掛けるということになります。確認行為で苦しんでいる人は、とりわけ安全に対する欲望が強い人だと思います。それは素晴らしいことです。災害に巻き込まれない。例え巻き込まれても被害が少なくなる。問題は自分の気になる1点だけに集中して確認行為を行っていることです。安全といえば、身体的な疾患、精神的な疾患、地震対策、交通事故、天候異変に対する熱中症や土砂災害、大型台風の襲来、食料不足、オレオレ詐欺、強引な電話勧誘、ウィルスやスズメバチなどの危険な生物、人間関係の悪化など、我々の安全をおびやかすものに囲まれて生活しています。これらに万遍なく注意を向けて、きちんと確認行為を行い、リスクの軽減を図り、安全な生活を作り上げることが肝心であると考えます。
2022.08.17
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身体醜形障害というのがあります。顔全体、目やまぶた、鼻、体型、髪、肌、唇、脚、髭などを人と比べて気に病んでいる障害です。不安が強くなり過ぎると、ストレスになります。人前に出ることを恐れて日常生活が滞ることになります。整形外科にかかり手術をする人もいます。この問題に真正面から取り組んでおられるのが、鍋田恭孝先生です。「身体醜形障害」(講談社)という本に、その成り立ちや解決方法などを詳しく紹介してありますので、悩んでいらっしゃる方にお勧めします。この本によると、身体醜形障害の悩み方に2つの方向性があると言われています。1、こうあってほしいという自分の姿が鏡の中には見出せず、身体に裏切られていると感じる。完全な容姿でないことが納得できない。2、自分の容姿はおかしい、あるいは容姿におかしな部分があると感じるが、そのような消してしまいたい部位が気になってしまい、鏡で確かめずにはいられない。どちらの場合でも、「このような容姿では相手にされない、受け入れてもらえない、忌避されるに違いない」という対人関係的、社会的な恐れが背景に存在します。(同書88ページから89ページ)鍋田先生は、身体醜形障害で苦しんでいる人は、完全欲の強い人が多いと言われる。イギリスの研究では69%の人が完全主義、完璧主義の人だったといわれる。鍋田先生が身体醜形障害の人に次のように質問するそうです。「超美形を100点、平均点を50点、ひどく容姿が劣る人0点したら、あなたは自分の容姿を難点だと思いますか」これに対する答えは、「0点以外にありません」「点数がつけられないほどひどいです」「マイナス100点です」鍋田先生の見立てでは、ほとんどの人は70点から80点くらいの人だと言われています。看護師さんなどに聞いても大体そんな評価です。本人の自己評価が実態とあまりにもかけ離れているのです。見当違いが大きく、しかも否定的です。この状態になると、雲の上のようなところに自分の立ち位置をとって、上から下目線で現実を非難・否定してしまうことになります。つまり自作自演で苦しんでいるのです。先入観で事実を受けいれない弊害はとても大きいものです。次に、身体醜形障害の人は勝ち負けがテーマになっていることが多いと言われています。つまり負けず嫌いの性格を持っていることが多い。これは神経質性格の特徴の一つになっています。また思い込んだらどんどんエスカレートして、気持ちを他に転換することができなくなります。注意と感覚の相互作用によってアリ地獄に真っ逆さまに落ちていくことになります。森田では神経症的な不安は、欲望の裏返しとして発生するものだと言います。神経症でアリ地獄に落ちてしまう人は、絶えず不安やストレスを問題視して取り除こうとしている人です。森田では不安はそのままにして、エネルギーを生の欲望の発揮につぎ込みましょうという考え方です。そして不安と欲望のバランスがとれ始めると、神経症との葛藤や苦悩はどんどん小さくなっていくという理論になっています。(同書152ページから153ページ参照)容姿に不平不満のある方は、自分は個性派俳優である。この個性を活かす道はないかと、活用の道を探すのは如何でしょうか。それと、例えば髪の毛が薄い人は、歯は丈夫だという人がいます。あるいは、生活習慣病では特に問題点が見当たらない。がん検診でも引っかかったことがない。家系的にはガンにかかった人がいない。心臓病や脳卒中で突然死した人がいない。こうして全体としてバランスがとれていると考えれば、マイナス面だけではなく、プラス面にも光を当てて公平に見ることが肝心ではないでしょうか。
2022.05.28
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ネガティブでマイナス感情には次のようなものがあります。不安、恐怖、不快、怒り、退屈、批判、否定、悲観、欲求不満、当惑、嫉妬、ストレス、孤独、弱気、疲労困憊などがあります。その時、脳の中はどんなことになっているのか。扁桃核で不快と判定されたマイナス感情は、ノルアドレナリンによって青斑核に運ばれます。青斑核は防衛系神経回路を司る司令塔です。そこから大脳全体に自分の心身を守るために緊張感を持って準備するように指示しています。消極的な情報が拡散されて、積極的で前向きな行動はできなくなります。真っ暗な夜道を一人で歩くような気持になります。ススキがザワザワと音を出すだけで気が動転して生きた心地がしなくなります。消極的で悲観的な気持ちが悪循環し始めるのです。そのまま放置しておくと、心身に計り知れない悪影響が起こります。でも心配はいりません。人間にはホメオスタシスという恒常性維持装置が標準装備されています。この場合、急いでドパミンを出して、報酬系神経回路を作動させるのです。快の感情を作りだして、不快の感情を和らげるための仕組みがあるのです。不安に押しつぶされないようにバランスを取ろうとするのです。どんなことをするのか。おいしいものを食べる、酒を飲む、ギャンブル、ネットゲーム、薬物依存、趣味三昧、観劇や観戦、ネットサーフィン、ネットでの買い物、風俗、旅行や温泉に入るなどです。その他快の感情をもたらすものは星の数ほどあります。これらに取り組むことで、ドパミン主導の快楽神経系が作動します。最悪の精神状態を回避できるのです。しかしこれらは一時的なカンフル剤のようなものです。しばらくすると、また不快の感情で苦しくなってきます。そこでまた、これらに手を出して、快の感情を作りだそうとします。しかし、以前と同じ程度のことをしてもドパミンの出が悪くなります。そこでより多くの快の感情をもたらすために、使用頻度がどんどん増えてきます。それが習慣化すると依存症になるのです。依存症は脳の仕組みを変えることですから、基本的には、一人では解消できません。その時、なんとか依存症から抜け出したいと思っても、今度は離脱症状で苦しむことになります。離脱症状というのは、イライラしていてもたってもいられなくなる症状です。依存症にはまると、どんどん蟻地獄の底に落ちていくのです。依存症の人は、瞬間的、刹那的、享楽的な快感情を作動させて、不安やストレスの解消を図ろうとします。神経症に陥る人は、苦しさに耐えかねて、アルコール、ギャンブル、摂食障害、ネットゲーム、ネットサーフィン、トレードなどへ依存しやすい傾向があります。神経症からの回復を目指よりも、一瞬の心の渇きを癒そうとするのです。私たちは神経症からの回復を目指すとともに、日頃から依存症に陥らないように注意して生活することが大切になります。普段の日常生活や仕事の中でささやかな成功体験を積み重ねることが大切です。小さな快感情を作りだしていく習慣を作ることです。凡事徹底の生活の中で、たくさんの気づきや発見を見つけ出すことです。行動することで、成功体験の数が増えて、快感情が生まれてくるようにしたいものです。そのためには集談会の学習仲間で励まし合って、依存症を防止することが大切になります。
2022.03.06
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神経症でのたうち回っているときは、次のような状況に陥ります。相手が悪いと思えば、腹が立ちます。不満や怒りでいっぱいになります。自分が悪いと思えば、自己嫌悪、自己否定で苦しみます。自分は何もできないと思えば、無力感でやるせなくなります。他人と自分を比べていると劣等感で苦しむことになります。こうでなければならないと思えば、思惑とは反対のことが多くなり、葛藤や苦悩でイヤになります。気分に振り回されていると、暇を持て余すようになり、生きることがむなしくなります。これらはすべて神経症で苦しんでいた時の私のことです。生きていても何も楽しいことがない。自分は苦しむために生まれてきたのか。自己否定、他人否定、他人との対立、専守防衛、無気力、無関心、劣等感の塊のような生活でした。苦しいばかりでは精神的につぶされてしまうと感じていました。それらから逃れるために、本能的、刺激的、刹那的、享楽的な事に手を出していました。アルコール、ギャンプル、趣味、風俗、スポーツ、ネットゲーム、グルメ、旅行、買い物などでストレスを発散していました。そうしないと生きていけない感じなのです。でも対症療法は、ますます自分を追い詰めていくだけでした。最悪の時は、精神的に普通ではないという自覚がありました。テレビを見ていても上の空、座れば立つ、立てば座る。とにかくそのあたりをうろうろして落ち着きがなくなりました。うつ病か精神障害の一歩手前という感じです。仕事、職場の人間関係は最悪。家族の人間関係もバラバラ。これを解消するには、もはや死ぬしかないなと考えていたのです。精神科に通い薬物療法を受けていました。でもほとんど効き目がありませんでした。ショックでした。今考えると、神経症を薬物療法で解消しようとしていたのは虫がよすぎたと思っています。転機になったのは、30代後半で出会った、森田理論、生活の発見会、集談会でした。最初は毎週土曜日に、「土曜読書会」というのがあり、1年くらいは通いました。カウンセリングのようなものです。そこでは悩みや愚痴をよく聞いてもらいました。そこで英気を養い、次の1週間を何とか乗り越えるという状態でした。そこには、私と同じように精神的に追い詰められている人が5名から6名くらいはいました。同じような人を目の当たりにすることは、自分一人ではないという安心感がありました。自分よりも苦しんでいる人がいると思うと、なんだか分かりませんでしたが、生きる力がみなぎってくるのが分かりました。自分は会社では孤立しているが、まだまだ大丈夫と思えました。捨てものではない。自分が自分を見捨てないかぎり、生きていけるという確信が持てたのです。その人たちは、全員集談会に参加していましたので、私も藁にもすがる思いで参加し始めました。今考えると私の逆転人生はそこから幕を上げたのです。その後、その人たちは、ほとんど集談会から離れていきました。神経症を克服したのですから当然のことです。私はスッポンのように噛みついたら離さないという執着性が強かったのです。その後の人生は、森田理論と集談会の仲間によって大きく花開いた感じです。人生の仕切り直しができたのです。そして今では、神経質者としての、人生観を獲得できたと確信しています。感謝以外の何物でもありません。今度は、そのおすそ分けを寿命の尽きるまで続けるつもりです。それがまた生きがいになっているのです。森田のことを考えない日はありません。神経症で苦しんでいる人、神経質性格を持ち生きづらさを抱えている人は、森田理論学習をお勧めします。それも一人で取り組むのではなく、自助グループに参加して、先輩や仲間の力を借りて取り組むことをお勧めします。近くの集談会に参加してみたけれどもダメだったという人は、集談会は全国に100か所くらいあります。自分に合った別の集談会に参加することをお勧めします。そこでつながりができれば、その後は、オンラインを利用した交流も盛んになってきましたので、そちらの方に参加することも可能です。とくかく今が最悪と思っている人は、そこが大底で、森田理論学習を支えにしていれば、必ず浮上してくるという希望を持つことが肝心だと思います。そのための応援は、時間の許す範囲で、先輩会員が引き受けてくれるはずです。どうか希望を持ち続けていただきたいと思います。
2021.06.09
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宇野千代さんが次のようなエピソードを紹介されている。森田理論に関わるポイントになる話です。九州に住んでいたある豪農の息子が、強度の神経痛にかかった。金に糸目をつけないで、あらゆる治療法を試みた。福岡、京都の大学病院に入院した。治らなかった。最後の望みを託して東大病院にも入院した。ここもダメだった。絶望にあえいでいた時に、その男はある街に住む高名な漢方医を紹介された。藁にもすがる思いで受診した。その漢方医は丁寧に診察して、こう言い放った。「あなたのこの病気は、あなたにとっては死病です。たぶんあなたはこの病気で死ぬでしょう。しかし、ただ一つ、これは試しにやってみるのですが、この薬を飲んでみてください。昼と夜と2回これを飲んで、もし万一効き目があったら、明日の朝は真っ黒な便が出る。そうなったらあなたは助かるが、しかし、たぶん、この薬も効き目はないと思うが・・・」と言って、一包みの粉薬を渡した。ところが、その翌日、慌ただしくその男が駆け込んで来た。「先生、私は助かりました。真っ黒い便が出ました」漢方医の先生は、「出たか。そうか。助かったのか」とその男と手を取り合って喜んだという。その男はそのまま九州に帰ったが、先生から頂いた薬のおかげで、難病の神経痛がけろっと治ったというお礼の手紙が先生のもとに届いたという。以後再発もなく元気で暮らしているという。一番驚いたのは医者の方である。この粉薬は飲むと必ず黒い便が出るという偽薬(ブラセボ)だったのだ。そんな薬なのに、「たぶん効き目はないと思うが・・・」などと、駄目を押すあたり、田村正和も顔負けの迫真の演技であった。こういうのをまさに名医というのだろう。(行動することが生きることである 宇野千代 集英社文庫 158ページより要旨引用)ここでは神経痛と書いてあるが、実際は神経症の間違いではなかろうか。集談会でも慢性疼痛で整形外科の治療を受けている人がいます。あるいは慢性的なアトピーや皮膚病で苦しんでいる人もいます。長らく専門的な外科的施術、薬物療法を受けているのに、一向によくならない。生活の発見会の協力医の話によると、うつ病の3分の2は薬物療法でよくなるという。問題は最新の薬物療法に取り組んでも、一向に改善の兆しが見られない患者がいるということです。慢性的なうつ病を抱えて苦しんでいる人がいるという。また一旦治ったかのように見えても、再発を繰り返す人もいる。従来の治療法で治らないと、熱心な精神科医は途方に暮れてします。生活の発見会の協力医は、薬物療法に加えて、森田療法にも取り組むことで大きな成果を上げている人がいるのです。つまり精神療法にも取り組むことが、うつ病克服のカギを握っていたということです。森田理論学習を続けている人は、このエピソードのからくりはすぐに分かりますね。その痛みはもともと5ぐらいなのに、精神交互作用によって、7にも8にも、10にも増悪させているのです。絶えず注意や意識が痛みに向けられているのです。しまいに固着している。注意や意識が痛みに対して敏感になっていて、アリ地獄の底に入り込んでもがいている状態です。そういう人は、多分日常茶飯事のなすべきことはおろそかになっているはずです。そういう人は痛みがあってつらいでしょうが、それを抱えたまま、身の回りのなすべきことを丁寧にこなすことです。ここが神経症克服の最初の関門となります。痛みにどっぷりと漬かって、周囲の人の同情をさそうような言動はご法度です。痛みと日常茶飯事の行動のバランスを目指すことが肝心です。そのからくりが分かっていれば、偽の薬は絶大な効果をもたらすということになります。
2021.05.20
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私は集談会で吃音恐怖の人の話を聞いていたら自分もどもるようになったという経験があります。そして電話口で会社名がスムーズに言えなくなりました。本当に困りました。集談会では、会社名を言う前に「お電話ありがとうございます」という言葉などを付け加えるとよいとアドバイスを受けました。その結果、なんとか電話に出ることができるようになりました。今考えるとリズムをつけるということかと思います。そういえば、どもりの人でもカラオケでどもるのを見たことがありません。がん恐怖の人の話を聞いていると、急にガンで死ぬことが怖くなる。今まで鼻の先が見えることが気にならなかったのに、急に気になりだしたこともあります。雑談の場に加わることができないという人の話を聞いているうちに、自分も同様の現象が起こるようになったこともあります。書痙や細菌恐怖症にかかったこともあります。つまり神経質性格を持っていて、とらわれやすい人は、何かのきっかけがあると、すぐにとらわれてしまうのだと思います。神経症のデパートという話を聞いたことがありますが、それほどいろんなことにとらわれやすいということだと思われます。これは火山にたとえてみると分かりやすいと思います。火山の下にはすぐ下にマグマだまりがあります。それが地表に出てエネルギーを放出しようと狙っているわけです。地表の弱いところが見つかると、一挙に噴出するということになります。火山はあらゆるところから噴出する機会を狙っているのです。これでは防御しようがあません。これは自然現象ですから対応することはできません。症状が伝染するのが怖いので、集談会には参加しませんという方がいますが、根本的な解決策にはならないと思います。むしろさまざまな神経症で苦しむようになるかもしれません。何ごとにもとらわれやすいということは悪いことだ。そんな自分はダメ人間だと決めつけていると、ますますとらわれるようになってくると思います。そんな自分を価値批判しないで、そのままの事実を受けいれることが肝心だと思います。私は神経質性格を持っており、何事にもとらわれやしいという特徴を持っている人間だと認めることです。そのためには森田理論学習で神経質性格のプラス面を学習することが有効です。私たちは高性能なレーダーを標準装備しているので、どんなに小さなものでも感知できるのです。あるいは高感度の監視カメラを標準搭載しているようなものです。それを持っていない人が、私もそれが欲しいと思っても搭載することができないものなのです。これは持って生まれたものですから、後付けで搭載することはできません。私たちはそのような細かいことを感知するような高性能レーダーは必要ないので、できれば廃棄しようとしているようなものです。実にもったいないことを考えているのです。これは高性能のレーダーや監視カメラの使い方が分かっていないようなものです。するどい感性でキャッチした気づきを宝物として取り扱うことができるかどうかが分岐点となります。いい加減取り扱う。必要のない厄介な代物として取り扱うことはできる限り避けたいものです。そのためには、その気づきや発見をきちんとキャッチするためにメモしておくことです。これは問題点や課題、改善点、あるいは「おもしろ小話」のネタをストックするようなものです。とりあえず、その数をどんどん増やしていく気持ちを持っておくことが大切です。これは事実本位の生き方の出発点に立っているということになります。そこから今できることや急ぐものを選択して、実践・行動へと移していくのです。感性や気づきが細かいので、きめ細やかな実践・行動ができるというメリットがあるのです。気づきや発見はこのように活用していくことが重要になります。
2021.02.15
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困難なことが予想されるとき、気分本位になってすぐに逃げだす人がいます。失敗することがかなりの確率で予想されることには、絶対に手を出さない。でも一時的な心の安定を求めた結果、むなしい時間を過ごすことになります。人が困難を突破して成功するのを、指をくわえてみていることになります。森田先生はそんな人を意思薄弱性気質といわれています。神経質気質とは区別されていますが、2つの気質が同居している人が多いのが現実です。神経質気質と意思薄弱性気質を合わせて持っていると、実践・行動が滞ります。成功体験による自信を深めることができなくなります。自己嫌悪や自己否定で、積極的になれず内にこもるようになります。アメリカのDSM―Ⅳでは、回避性人格障害といわれています。ここでは3つに分類されています。まず「神経敏感タイプ」ですが、他人の言動や感情表現に対して過敏に反応し過ぎるために、「円滑な対人関係」を維持することができない心配性過多のタイプ。このタイプは、「自分の傷つきやすさ・自信の欠如」に対して自覚的であり、「他人からの批判・侮辱」を過敏に恐れて対人的に引きこもってしまうのです。私たちがよく耳にする対人恐怖症という神経症に陥りやすい。「恐怖感の強いタイプ」とは、「自己の対人能力の低さ」と「他人に対する不信感・緊張感」を特徴とするタイプで、他人の信頼・愛情を信用する能力に欠けているために恐怖感・不安感が高まりやすい。このタイプは愛着障害を抱えており、見捨てられ不安が強いのが特徴です。これは自分のせいではない。親の育て方に原因があります。「自己を見捨てるタイプ」とは、他人とかかわること自体に不安を感じて、「現実的な対人関係」からできるだけ遠ざかり、自己内省的な方面にどんどん傾斜していきます。基本的身だしなみや入浴・歯磨きなどもできなくなることもあります。これが症状化すると、厭世的な生活になってしまいます。このように分析すると、気分本位と回避性人格障害は、弊害が多く改善しなければならないものと考えがちになります。しかし元々は、自分に迫ってきた心の危機から何とか自分を守りたいという気持ちの表れです。自己保存欲求に従っているのです。ですから、もともと心の危機を素早く察知して、一旦は自分の心の危機を回避させてきたわけです。重篤な精神病に陥らなかったことは評価してあげてもよいのではないかと思います。「うまく逃げたあんたは偉い」と誉めてあげてもよいのです。そんな自分でも「生きているだけで十分だ。どんな状態でもあんたの味方だ。いつまでもあんたを守り抜いてみせる」という気持ちだけはしっかりと持つことが大切になると思います。そのような自分を自己嫌悪、自己否定しては、心身ともに悪影響を与えるばかりです。また気分本位・回避性人格障害は、その人の気質のようなものですから、おいそれと改善することは難しいと思います。そうはいっても逃げることで他人に多大な迷惑をかけることがあります。気分本位になって、さぼってばかりでは、仕事のノルマも果たせません。自分も暇を持て余して、無為の時間を過ごすことになります。自分にとっても他人から見ても、禍根を残すことになります。そのような場合は、次のような行動をとることをお勧めします。営業などの仕事では決して一人で単独行動してはなりません。二人以上での営業活動をお勧めします。他人の目があると、安易な逃避、回避行動は防止することができるからです。何かに挑戦するときも、団体行動の中で取り組むようにすればよいと思います。つまり誰かの協力を仰いで、実践・行動に取り組むことが大切になります。なぜかと言えば、逃避したり、回避することが習慣化しているからです。これは大変しつこいもので自分一人で解決できるものではないと考えます。そのためには、日ごろから心の安全基地となるような人やグループを探す。例えば、自助組織生活の発見会などの人間関係などに身を置いておく。利害関係のない趣味の会などに属しておくことです。気分本位・回避性人格障害は自分一人では治せないと自覚することが大切です。他人に抑止力の役割を依頼することで、気分本位を乗り越えていくのです。そういう出発点に立つことができれば、自分を責めることをしなくなります。「気分本位の自分は、自分一人では治せないのだ」と宣言してしまいましょう。そのためには、仕事や勉強、日常茶飯事、子育て、介護などは、できるだけ単独行動は避けて、二人以上での共同作業を行うことを提案いたします。
2020.11.06
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症状を形成する心のメカニズムについて私は2点あげたい。一つは不安、恐怖、違和感、不快感に対する認識の誤りが神経症を招いていると思う。不安の裏には欲望があるというのが森田の考え方なのである。普通の人は、いろんな不安を抱えながら、日常茶飯事、仕事、勉強、介護、近所付き合いをしている。つまり不安に振り回されないで、生活を維持することに精力を傾けている。そのことを森田理論では、「生の欲望の発揮」として説明している。神経症に陥る人は、不安を霧散霧消することばかりに精力を傾けている。生の欲望の発揮については、ほとんど頭の中にない。本当は本来の欲望を追い求めるところなのですが、それが蚊帳の外になっています。いつの間にか、症状を無くすることが、唯一の目的になっている。このことを森田理論では「手段の自己目的化」が起きているといいます。その時点で本来の欲望のことは忘れているのです。そして精神交互作用によって神経症が重篤化するという事なのです。これを解消するには、学習により「不安と欲望」関係を理解することが大切です。欲を言えば不安の役割を理解して、生活に役立てるようにすればよいのです。不安は人間に元々備わっている大切なものだという認識を持つ必要があります。そして、本来の欲望、生の欲望を発揮する方向に立ち戻す必要があるのです。天秤に重りを乗せたときのように、不安と欲望がバランスよく釣り合う事に、精力を傾けて生活するようになれば、神経症になる事はありません。不安をより多く感じる人は、鋭い感性の持ち主です。その特徴を生活、仕事、趣味、人間関係に活かしきるようにしたいものです。もう一つの要因は、「かくあるべし」で事実、現実、現状を否定する態度です。森田では「思想の矛盾」といいます。これは難しい言葉ですが理屈は簡単です。これは観念を優先して、事実をないがしろにする態度のことです。どんなに理不尽で承服しがたい事実、現実、現状であっても、事実を認めて受け入れる。そこを起点にして出発する。そういう生き方を身に着けた人は、神経症で苦しむことはありません。しかしこれは少しハードルが高いです。これは自助組織に参加して、もまれているうちに身についてくるものだと考えています。二歩前進一歩後退でも、方向性を見失わないという態度が大切になります。私はこれを身に着けた人を「森田の達人」と呼ばせていただいています。生活の発見会の会員の中には、数は少ないのですが何人かいます。私はそういう人からエネルギーをいただいて生活をしています。
2020.06.09
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河合隼雄先生のお話です。ある40歳過ぎの家庭の主婦が、急に耳が聞こえなくなりました。すぐに耳鼻科の病院に行きました。耳鼻科の先生はいろいろと検査をしてみたが原因がつかめなかった。そこで精神科の受診を勧めた。仕方なく河合先生のところにやってきた。河合先生は筆談を交わしながら、そこに書く質問を声に出して言いながら書いていく。彼女がだんだんと筆談にの中にひきこまれたと感じたとき、それに関連したことを紙に書かずに口答で質問する。例えば、「ご両両親は・・・」「早くに亡くなりました」「それじゃいろいろとご苦労されたでしょう」などというと、「ええ、ずいぶん」などと答える。彼女は口答の質問につい応答してくる。彼女は私の声が聞こえていたことが判明した。これは我々にとっては理解不能なことである。それでは彼女は仮病を使っていたのだろうか。決してそうではない。聞こえないときは本当なのである。河合先生は、彼女の耳に異常があるのではなく、彼女の耳は「聞こえるのだが聞こえない」状態にあることを知った。つまり器質的な病気ではなく、心理的な病気であることが判明した。そこで心理的な治療法を行うことにした。彼女は治療者との信頼関係を築いた時点で、治療者の声は聞こえていることを認めた。しかし、不思議なことに他の人の声は聞こえないのである。ただこの点は治療が進むにつれて、次第に改善されていったという。最後に夫の声がどうしても聞こえなかった。話し合いを進めているうちに、彼女は大変なことを思い出した。耳が聞こえなくなる少し前に、夫が浮気をしているということを知人から聞かされたという事実である。その時は、不思議に怒りも悲しみも感じなかった。むしろ40歳を過ぎればどんな男でも、そんなことはあるだろうなと思ったという。離婚するといっても損をするのは自分なのだからとも思ったそうだ。ところが、このことを治療者に話しているうちに、彼女の抑えきれない悲しみと怒りがこみ上げてきた。彼女はひたすら夫に仕えてきたのに、それを裏切った夫。絶対に離婚したいともいった。しかし興奮が収まってくると、離婚してもその後の生活はどうするのか。何も知らない子供たちを巻き込むことはさけたいなどと迷いが生じ始めてきた。彼女の心の中での葛藤は激しく、つらい話し合い続けなければならなかった。ところで、そのような苦しい悩みとの戦いを経験する中で、彼女は夫の声も聞こえ、耳が聞こえないという症状からは、いつの間にか抜けだすことができたのである。このからくりは、夫の浮気に対する悲しみや怒りは、顕在意識から排除しようと思った。悲しみや怒りを爆発してもよい事は何もない。離婚などしたら路頭に迷う。何事もなかったように表面上では平静を装うことにしよう。ところが悲しみや怒りは無意識部分では存在し続けていた。そして益々大きく膨らんできた。ついには身体的な症状へと転換されることになった。そこで無意識に追いやられた内容を治療の中で呼び起こして意識化し、それに伴う情動を再度体験して味わうというプロセスを踏む必要があったのである。これはいわゆる精神分析的治療法です。森田では不安や不快の気持ちを素直に認めて味わう。受け止めるということになります。自然に湧き上がってきた感情から逃げたりしない。やりくりをしない態度を養成することになります。これが事実本位の生活態度ということになります。
2019.10.15
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ある40代の男性は、出勤前にトイレに行ったあと、妻や娘に「お父さんのトイレの後、臭い」といわれました。大変ショックを受けました。でも家のトイレは一つしかないので使わざるを得ないのです。そこで自分はできるだけ後で済ませるようにしました。そして今ではトイレが終わった後、消臭剤を振りかけることが日課になっているそうです。そのうち家で済ますことはできるだけ我慢して、駅の公衆トイレを利用するようになりました。少し早く出て会社のトイレを利用することもあります。そのうち電車に乗ると自分が悪臭を出しているのではないか気にするようになりました。テレビコマーシャルでやっている臭い消しをわきの下に振りかけるようになりました。職場では、自分の口から悪臭が出ているのではないか。体臭で若い人たちが自分を避けているのではないか。などと気になり始めて、仕事に集中できなくなりました。神経科にかかると「自己臭症」と診断されて治療を受けているということでした。悪臭を排除しないとみんなから嫌われる。いじめにあう。それを予期恐怖して、無臭化に力を入れるようになっている。ポーラ文化研究所の調査では、自分の臭いが好きと答えたのはわずか1%。男性の66%、女性の81%が自分の口臭、汗の臭い、足の臭い、体臭を抑える努力をしていた。何回も歯を磨く、シャワーを何回も浴びる。脂取り紙を使う。無臭剤をつかう。香水を使う。下着をたびたび取り換える。例えばシンガポールに行くと、毎日暑いので汗がよく出る。それとともに体臭もきつくなる。そこでどうしているかというと香水やオーデコロンを振りかけて、自分の体臭をごまかしている。現地の人に近づくと香水のにおいがする。街中がなんか独特の人工的なにおいがする。無臭化については、大量に流されるテレビコマーシャルが拍車をかけている。消臭剤、除菌剤、抗菌剤などは大きなマーケットを形成している。これでは香りで季節の移り変わりや料理を楽しむという五感の機能はどんどん衰えてしまいます。果物や草花の臭いを軽視し、鈍感になってしまう。元々動物は体臭を放って自己主張するものなんです。大切な機能があるのです。自然なものを自分たちの都合に合わせて、すべて排除しようと考えることは、自然に反する行動をとっていることなのです。自分の気持ちや意志を押さえつけて、周囲の合わせていくばかりでは、生きづらくなってしまいます。嫌のものはなんでもかんでも排除するという考えは、一時はうまくいったかに見えても、長期的にみれば自然の流れに反することですから、破綻や破滅に向かって突き進んでいるのです。不安や恐怖、不快感、違和感についても、それを取り除いたり、逃げ回っていてはいけません。それらは有史以来人間や動物に備わっているものです。危険を素早く察知し、自分や家族の生命を守るという大切な機能を持っているため、進化の過程で切り捨てられることなく、遺伝子に組み込まれているものなのです。それらの役割や特徴を十分に学習する必要があります。そして生活の中にどのように活かしていくのかと考えて、上手に付き合っていく必要があります。そのことを森田理論の学習で学ぶことができます。精神療法では極めて珍しいことです。不安と欲望という単元です。ここを学習すると、不安と欲望の関係もよく分かってきます。ですから、他の単元よりは、より重要な学習項目になります。官庁でいえば、国税庁という庁レベルではなく、財務省という省レベルの学習項目となります。そういう意識で学習することをお勧めします。
2019.08.24
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神経症に陥る過程では、精神交互作用が絡んでいます。注意と感覚の相互作用によって、不安、恐怖、違和感、不快感はどんどんと大きくなっていきます。頭の中ではそれ以外のことを考えたり、行動することができなくなってしまう。例えば、友達と旅行に行って、雑魚寝をすると人のいびきが気になります。人のいびきを気にしないようにしようと思えば思うほど、ますます気になって朝方まで寝つかれないことになってしまいます。精神交互作用とは注意と感覚の悪循環のことです。対人恐怖の人は、他人に非難されたことを根に持って、相手の言動にとらわれるようになります。相手の存在、やることなすこと、すべてにわたって批判的な目で見るようになります。仕事や食事をしていても、頭の中は恨みや怒りでいっぱいになります。注意と感覚の悪循環が相互に影響し合っているのです。最後には挨拶もしない。その人を避けるようになる。他の人にことさらその人の悪口を言うようになる。この状態は、精神交互作用に加えて、行動の悪循環が起きているのです。仕事や日常茶飯事、子供の面倒を見ることはほったらかしになります。こうなると周囲の人もあの二人は犬猿の仲だと気づくようになります。お互いから四六時中愚痴を聞かされることになりうんざりします。周囲の人は、腫物を触るようにとても気を使うようになります。何かあったときは、席を離すようにする。とにかく二人を近づけないように気を配るようになります。二人の人間関係を中心にして、組織の中がピリピリしてきます。周囲の人たちとの悪循環を招いているのです。最後に考え方の悪循環が起きています。認知、認識の間違いといわれているものです。1、考えることが無茶で大げさ、論理的にあまりにも飛躍している。2、マイナス思考、ネガティブ思考に陥っている。3、事実を無視して、先入観や決めつけに偏りすぎている。4、完全主義、理想主義などの「かくあるべし」が強すぎる。考え方の悪循環は自分では気づくことはできないでしょう。こういう人は、考え方の誤りを自覚するために、学習する必要があります。私は不安、恐怖、違和感、不快感の裏には欲望が存在していると学びました。そして、不安などは取り除こうとするのではなく、欲望の方に視線を移していくことを学びました。今では、いかに不安と欲望のバランスを整えていくのかに注力することで、素晴らしい人生が待っていることに気づきました。まさに森田療法理論のおかげです。イメージとしては「ヤジロベイ」「サーカスの綱渡り」を思い出すようにしています。
2019.06.09
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2月号の生活の発見誌に不潔恐怖の人の話がある。強迫観念とは、非常に嫌な感情です。ですから、この嫌な感情を、なくそうとか排斥しようとか、ねじ伏せようとして強迫行為をしてしまうのですが、強迫行為をすればするほど、いやな感情は精神交互作用で大きくなり、完全に負け戦です。強迫観念と事実は違うということをしっかり認識して事実に基づいた生活を実践することが大切です。「もしかしたら閉め忘れたところがあるのでは」 「もしかしたらきれいに拭けていないのでは」 「もしかしたらきれいに洗えていないのでは」みな強迫観念です。この強迫観念に従ってする行動は強迫行為となってしまい、追い込まれてしまうのです。「もしかしたら」に振り回されてしまうのです。戸締まりなど、確実にしまっているという確信はもてないけれど、 「確認した」という事実にすがる、食器などきれいに洗えたという確信は持てないけど、 「一生懸命に洗った」という事実にすがる、 「一生懸命に拭いた」という事実にすがる。後ろ髪を引かれる思いでやるしかありません。強迫行為を続ける人は、見る、聞く、匂う、味わう、触れるという五感、そして直感を信頼することができないのだと思います。いったん五感で確認しても、思索、判断力などを司っている大脳の前頭前野がしゃしゃり出てきてしまうのです。そして、常に主導権を前頭前野が握っており、五感や直感は軽視されてしまうのです。ですから強迫行為は動物にはありません。人間にだけあるものです。精神拮抗作用で、五感や直感が否定されるのが普通の状態になっているのです。強迫行為をしている人は、強迫行為や自分が嫌で嫌で仕方がないのです。強迫行為をする人は、幼児のころ、母親とのスキンシップが欠けており、そもそも他人を無条件に信頼するという経験が乏しかったという人もいます。暖かい人間同士の触れ合いが持てないことで、五感や直感への信頼感にも影響を与えているのかもしれません。この方は、行動したという事実は歴然とあるわけですから、その事実だけはきちんと認めていく。そして耐えがたいことではあるが、強迫行為から決別するという方法をとられているようです。理屈としてはその通りなのですが、それが出来ないから強迫行為を止められないという側面もあります。また別のある方は、強迫行為は精神拮抗作用が原因となって発生している。戸締まりをした、ガスの元栓をきちんと締めた、手をきれいに洗ったという事実があっても、その反対観念がどうしても出てくる。その反対観念が出てくるというのは、人間の宿命である。そういうことが自覚できれば、強迫行為の成り立ちが分かる。成り立ちがわかれば、自分を許せたり、強迫行為から逃れることができるのではないか、と言われている。これは森田理論の中で、森田先生が教えてくれた重要な視点であると思う。私はそれに加えて、五感や直感力を強化することにも取り組んだ方がよいと思う。五感はネガティブで否定的なものだけではなく、うれしい、楽しい、清々しい、気持ちがよいなどというポジティブで肯定的な面もある。おいしいもの食べること、体を動かすこと、芸術や文芸作品を味わう事、スポーツをすることによって、五感はどんどん鋭くなっていくものである。そういう改善への道もありだと思う。それから、強迫行為をする人は、他者への信頼感も希薄な面があるので、広く浅く人間関係を広げることによって、 「心の安全基地」という人間同士の基本的信頼関係を再構築して行く方向で努力していく。これは直接強迫行為の改善には結びつかないかもしれないが、強迫行為を続ける人の、自分の人生を楽にしてくれる。このように、総合的に取り組んでいた方がよいのではないかと考えています。
2019.03.12
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2月号の生活の発見誌よりの引用です。対人恐怖にとらわれてしまったら、いきなり一般社会で人間関係を常にうまくやろうとする試みを、ちょっと棚上げしてほしい。普段の対人関係の改善を、焦ってしまうと、たいてい失敗し、さらに「自分はなんとだめな人間」と、劣等感を強める結果を招く。また、仲間が集う集談会などに参会し、わずかでも自己防衛のヨロイを外していられる居場所を確保することも大切。これは、神経症で苦しんでいる人は、一刻も早く心の苦しみを取り去って楽になりたいという気持ちが強いということです。しかし、対人恐怖症のような強迫神経症は、気になる不安を取り去ろうとして性急になればなるほど、蟻地獄の底に落ちてしまうようなことになります。森田理論学習で、対人恐怖症の成り立ちがわかったからといっても、たちまち改善できるわけではありません。不安神経症の場合、短期間のうちに神経症を克服するというケースはありますが、強迫神経症の場合は、時間をかけて玉ねぎの薄皮を剥いでいくような態度でいることが必要です。対人関係のことで頭の中で考えることが100%占められていた状態から、 90% 、 80% ・ ・ ・という風に、時間をかけて注意や意識が遠のいていくようになるのです。たとえ10%でも改善が図られれば、それだけで生きる勇気が湧いてきます。そういうことの繰り返しで、最終的には対人恐怖症はあるにはあるが、それに振り回されることが少なくなっていくのです。生活本位、物事本位に変化していくのです。私も対人恐怖症で、苦しみましたが20年ぐらいで急に楽になった経験を持っています。対人恐怖症があるということは、自分にとっては人生の中で克服すべき課題を、常に持っているというふうにも考えることができます。それが一挙に解決してしまうと、その時点で、取り組むべき課題がなくなってしまいます。目標や課題、ストレスが全くない人生ほどつまらないものはありません。対人恐怖症の成り立ちや問題点を試行錯誤しながら、「自分はどう生きるべきなのか、人生とは何なのか」を深く洞察するきっかけにしたいものです。そのようなことを思索することは、人生の醍醐味ともいえるものです。対人恐怖症の真っ只中はとても苦しいものですが、それを乗り越えていった人は晩年になると、 「神経症になってよかった。人間に生まれてきてよかった」と、自分の人生をいとおしむことができるようになるのです。「雨降って地固まる」という格言がありますが、まさにその通りです。これは一人で実行することはとても難しいかもしれません。しかし私たちには、仲間で助け合って乗り越えていくという自助組織を持っています。集談会に参加しながら、お互いに刺激を与え合いながら、対人恐怖症と末永くつきあっていきたいものです。対人恐怖症で苦しんだ経験があると、今まさに対人恐怖症で苦しんでいる人の気持ちは手に取るようにわかります。そして、何とかしてその人に克服してもらいたいと思うようになります。その人のそばにいて、何かあったときには、援助してあげたい、相談に乗ってあげたいと思うようになるのです。こんな気持ちになるのも、自分が長らく対人恐怖症で苦しんでいた経験があるからこそです。こうしてみると、自分の人生の中で心ならずも出会った苦しいこと、辛いことすべてに大きな意味があったということだと思います。
2019.03.11
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私は30年以上森田理論学習を続けてきて、自分の生きづらさの問題点に気がついた。それは大きく分けると4つあった。1 、対人恐怖症のために予期不安があると、人前から逃げるという習性があった。2、対人関係では、勝ち負けにこだわり、いつも相手と張りやってきた。負けず嫌いが他人に向けられていたのである。3 、自分の感情、気持、意志を押さえつけていた。いつも他人の言動に振り回されてきた。4 、 「かくあるべし」が強く、今あるものや自分や他人を否定しながら生きてきた。これらは森田理論学習のおかげで少しずつ改善できてきた。今では生きていてよかった。神経症は辛いものであったが、神経症になったからこそ今がある。神経症になってよかった。神経質性格に生まれてきてよかったと心の底から思えるようになった。1番であるが、「欲望と不安」の単元が役に立った。不安には大きな役割があることがわかった。さらに不安だけを問題視するのではなく、生の欲望と不安のバランスをとる生き方が大切なのだということがわかった。その方向で努力し、日常生活が充実し、 一人一芸の習得で毎日が充実している。2番目であるが、これはなかなかしぶとい。修正は不可能なのではないかと思う時もある。他人が自分のことを非難したりするとすぐに戦闘モードになる。相手の意見を価値判断なしによく聞く。それに対して自分の意見を述べる。双方にある意見の違いをはっきりさせる。そしてその溝が少しでも埋められればよしとする。勝ち負けにこだわるよりも、不全感は残っても、人間関係をぶち壊さないことが肝心だと思っている。3番目であるが、他人の言動に振り回されるばかりだと、自分の生きる楽しみはなくなる。つらくなるばかりだ。他人の言動に右往左往するのではなく、まず自分の感情、気持、意志を見つめることが大切だと思った。自分はどのように感じているのか、自分はどのような気持ちになっているのか、自分はどのように考えているのか、自分はどのようにしたいのかを前面に押し出して生きていくように方向転換をした。そこで役に立ったのは、 自分の素直な感情を、小さいうちにどんどん外に吐き出していくことだった。自分の感情、気持ち、意志、五感、身体感覚を外に向かって吐き出すことに力を入れてきた。どんなことがあっても、自分の心と体は自分自身が守らなければならない。自分は自分の最大の味方である。自分を粗末に扱うことだけはなんとしても避けたい。4番目であるが、 「かくあるべし」を少なくする生き方が重要であることがよくわかった。「かくあるべし」の反対は、現実、現状、事実を素直に受け入れて、そこを出発点にして目線を一歩上に上げて生きていくことである。今まで生きてきた中で頑固な「かくあるべし」が身に付いているので、とても難しい挑戦であった。しかし森田理論学習のおかげで、生活態度はその方向に向かっている。ここでは、事実には4つの事実がある。その事実を正確に把握する。事実は両面観で多面的に見る。事実を見ないで、是非善悪の価値判断をしない。事実は具体的に赤裸々に取り扱う。「純な心」を体得する。私メッセージを使って発信する。
2019.01.21
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「がん検診強迫神経症」というのがあるそうだ。今やがんは2人に1人がかかる病気である。1年に1回のがん検診では、見落とすことがあると言われている。特に膵臓癌などは発見された時はもう手遅れという場合がある。そのために、自分ががんでないことを確認するため人間ドックに行って、血液検査、バリウム検査、胃カメラ検査など、 1年に2回3回と繰り返す人がいる。健康体であることを確認しようと、人間ドックで検診を繰り返しているうちに、異常がたまたま発見される、といったことがよくあります。精密検査に回され、最終的には特に手当てをする必要はないなどといわれます。また半年後に検査に来て下さいなどと言われ、ひとまず安堵するといったことを繰り返しているうちに、検診癖にはまり込んで、そこから抜けだすことのできなくなった人が数多くおられるようです。それが、ある段階までくると、愚行とは知りつつも、検査を繰り返さないと、どうにも安心できないという心理が固着してしまうのです。こうなると、もう強迫神経症です。不安が不安を招き、精神交互作用によってどんどん増悪して、ガンの不安・恐怖で振り回されるようになるのです。「健康さえ手に入れば、命なんかほしくない」と言うような、本末転倒状態に陥っているのです。このようながん検診を繰り返しているとどうなるのか。まず検査による被曝が問題になります。イギリスで行われた実験によると、全てのがんのうち、 0.6%から1.8%が、レントゲン検査の被曝によってひき起こされているという。胃のバリウム検査の被曝量は、 単純エックス線撮影の場合の6倍以上です。CTスキャンは、レントゲン線の細いビームを照射し、身体を通過する線量を測定して、コンピューターで映像化するものですが、この線量による被曝は一段と大きいということです。日本のCTスキャンの保有台数は世界最高です。普通日本人は年に1回はこれらの検査を受けています。これを毎年受けることだけでも被曝量は相当なものです。がん検診強迫神経症の人は、これらの検査を年に何回も受けるわけですから、健康な細胞が数多く傷つけられる事は明白です。次に、がん検診強迫神経症の人は、がんに対して神経が過敏になります。サプリメントや民間療法などにも手を出すようになります。あるいは宗教にすがるような人も出てきます。寝ても覚めてもがんに振り回されるようになると、精神的に追い詰められてしまいます。また、実生活のほうに目が向かなくなり、生活が後退していきます。これは私たちが神経症で苦しんでた過程と同じことです。がんにならないように、心配する事はとても大事なことです。しかし、それが高じてがん検診強迫神経症になることは避けなければありません。そのためには、年に1回の検診は必ず受ける。それで大きな問題がなければ、疑心暗鬼に陥っても、日常生活や仕事、趣味などのほうに目を向けて生活を充実させるほうに目を向けていく。気が付いたらがん恐怖のことは忘れていたという方向に向かうことが大切です。森田療法理論が勧めているとおりだと思います。(死生観の時代 渡辺利夫 海竜社参照)
2018.10.20
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今月号の生活の発見誌に高良武久先生の対人恐怖症の記事があった。要旨を簡単に整理して私の感想を述べてみたい。まず、対人恐怖症の克服にあたっては、神経症のカラクリをよく自覚することが大切であると言われる。神経症は器質的なものから来るのではなく、精神的なカラクリから起こってくるものだという事を学習する必要がある。学習単元で言えば、神経症とは何か、神経症の成り立ちの学習である。神経症の治療で最も大切なのは、 「あるがまま」ということだといわれています。「あるがまま」の要点は2つあります。・人前に出て臆する気持ち、あるいは怖いような気持ちが起これば起こるままにまかせ、それに反発しないで「あるがまま」に受け入れるということです。・それらの気持ちを持ったまま、当面の目的に没入していくのであります。行動のほうを変えていくということです。飛び込み台から飛び込む3つのタイプ分けはとても分かりやすい。恐ろしいから飛び込まないというのは気分本位の態度です。先に怖ろしい気持ちをなくしてからと飛び込もうとする態度は神経症の発症につながります。怖ろしい気持ちを持ちながらも、飛び込む態度を恐怖突入といいます。森田理論学習ではこれをお勧めしています。これが事実本位・物事本位の生活態度となります。次に、神経症の人の特徴と改善点について次のように述べておられます。・対人恐怖症の人は、人と会って話をする時、自分のことばかりに注意を向けています。自己中心的というか、自己防衛に専念しています。そのような自己内省一辺倒の態度から、外界に視線を向けて、目的本位、物事本位の生活態度に変更していくことが大切です。自己内省はよい面もありますが、それと「生の欲望の発揮」とのバランスをとることのほうがもっと大切です。我々の場合、バランスをとろうと思えば、「生の欲望の発揮」に重点的にエネルギーを投入することです。その際、不安、恐怖、不快感、違和感は、この際つつきまわさずにそっとしておくことです。・神経症の人は物事がうまくいかないと、俺はもうダメだと劣等感を起こしやすい傾向があります。普通の人は、物事がうまくいかないと、 「どこがうまくいかなかったのか、どの点が悪かったのか、どうすればうまくいくのか」と考えます。神経症の人は、物事がうまくいかなかった原因を、全て自分のせいであるという風に考えやすいのです。これは森田理論で言うところの、「認識の誤り」にあたります。認知療法でいう「認知の誤り」です。その特徴は次のようなものです。1、考えることが無茶で大げさであり、論理的に破たんしている。2、マイナス思考、ネガティブ思考一辺倒である。そして、自己嫌悪、自己否定に陥っている。3、事実を無視して、実態から遊離して、勝手に先入観、決めつけをしている。4、完全主義、完璧主義、「かくあるべし」思考に陥っている。私は「認知の誤り」の学習は一単元として独立させて、自覚を深めるとともに改善策を学習しておく必要があると考えています。・神経症の人は、形が崩れています。形を正していくようにすれば、その形に伴って、心の内容も良くなります。だんだん寒くなってくると、寝床から起き上がるのが辛くなります。誰でも起きるより寝ていた方が楽です。それで中には、 「起きる気持ちが起きてきてから起きよう」と言うような人もいます。起き上がる気が起こってくるまでに、なかなか時間がかかります。パッとはね起きれば、それで気分が変わるのであります。そのようなわけで、神経症の人は生活のリズムが崩れています。日常生活を規則正しく人間本来の姿に戻していく必要があります。
2017.12.26
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森田先生に「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という話がある。月明かりの中、人目のない墓場のような所を一人で通りかかる。「何か出てこないかな」とビクビクしながら歩いていると、ススキが風に揺られて音を出す。「ワッー」と駆け出そうものならパニック状態になる。枯れススキまでが幽霊に思えてしまう。さらに急いで走りだすと、自分の足音さえも誰かが追いかけてくる足音に聞こえてしまう。足がもつれて思わぬケガをすることもある。私にもこれと同じような経験がある。私は高校時代に片道13キロの道のりを自転車で通っていた。途中木が鬱蒼と茂り、近くに民家が全くない山道を一つ越えなければならないところがあった。その山道の頂上には地獄図のような絵がかかった神社があった。昼間はどうと言うことはなかったが、秋から冬間にかけては早くから日が暮れて真っ暗になった。その山道を一人で超えていくのはとても恐ろしいことだった。特に雨の日は嫌だった。何か出てくるのではないかと思っている時に、風で木々がザワザワと音を立てると生きた心地はしなかった。そこにさしかかると、山の頂上までは自転車を全速力で押して登っていく。頂上に着くと今度は全速力で下る。ところが恐怖に取りつかれているので、早く民家のあるところまで降りようとして必要以上にスピードを出す。そのために時には石に乗り上げて、ひっくり返るということが何度かあった。また尖った石に乗り上げてパンクをすることもあった。山頂では幽霊のようなものが出てくるのではないか。恐怖が恐怖を呼んでパニックに陥っていたのでやることなすことが裏目に出てしまうのだ。森田理論学習でそのからくりが分かった。恐怖から逃げようとする行動は、精神交互作用によって、恐怖自体がその何倍にも膨らんでしまうのである。幽霊のようなものが出てくるのではないかと思うと注意がその一点に向けられる。すると益々その感覚が強くなる。するとさらに注意がそこに集中される。負のスパイラルの始まりである。森田では恐怖から逃げるのではなく、あるがままに受け入れるようにと教わった。「自分は今とても恐ろしい。どうすることもできない。せめてガタガタ道だから細心の注意払ってケガやパンクだけはしないようにしよう」そうすれば恐ろしいことは恐ろしいのだが、そのままにしておけば、その大きさが増悪することはなかったのだ。それなのに気を紛らわせる、急いでその場から逃げようとしたために、自分の思いとは反対の結果を呼びよせてしまっていたのである。こうした態度が、容易に神経症として固着してしまう原因となることが分かってきた。私はまさに全く違う対応をしていたのだと後で気がついた。
2016.12.28
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バイ菌がついたのではないかと何回も手を洗う。鍵がきちんとかかっていないのではないかと何回も確認する。ガスの元栓や電気のスイッチを間違いなく切っているのが気になって何回も確認に戻る。これらは強迫性障害といわれるものです。強迫神経症の中の強迫行為ともいいます。この症状に対して一般的には、薬物療法と認知行動療法が主流になっています。薬物療法はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)などの薬を使う。脳内の神経伝達物質セロトニンを増やして、強迫観念と強迫行為が軽減されるとされている。副作用が比較的少なく、長期間服用できるといわれている。認知行動療法では、その中の「曝露反応妨害法」が使われている。曝露法とは、不安や苦痛をもたらすものに敢えて立ち向かわせる。汚いものに敢えて触らせてみる。つまり恐怖突入させるのである。反応妨害法とは、強迫衝動が起こっても強迫行為をしないように我慢させる訓練をさせるのです。森田先生の入院森田療法でもそういうことをされていた。その例を11月30日の投稿で紹介している。でもこれはかなりの抵抗がありそうです。最近では、長期間入院して、付きっきりで治療することは物理的に難しくなっている。したがって反応妨害法は実質難しい療法である。他には何があるか。私は森田療法が役に立つと思っている。詳しくは「強迫神経症の世界を生きて」(明念倫子 白揚社)を参考にしていただきたい。それに加えて、最新の脳科学の知識も強迫性障害に役立つと考えている。それによると、五感で感じた感覚は、まず体性感覚野、聴覚野、視覚野になどに送られる。その情報は大脳皮質の運動野、感覚野に送られて、その時、その場に対応した適切な動きを行うようになっている。その時の行動、物の認知には側頭連合野が大きくかかわっている。側頭連合野は鍵が閉まっているか、電気のスイッチが切れているか、ガスの元栓が閉まっているか。手がきれいになったかどうかを瞬時に判断している。そういう順序でスムーズに流れてゆけば確認行為で悩むことはない。ところが強迫行為をする人の脳の活動部所はそれとは少し異なっている。前頭眼窩面、背外側部などの部位が、活発に働いていることが分かっています。脳に電極をあてて脳波を調べると分かるのである。これらは前頭前野といわれる部分にある。これがクセものなのである。もともと前頭前野は、目標を設定して、計画を立て、論理的で順序だった建設的、生産的、創造的な思考を司っています。理性的な判断や決定を必要とする場合に、もっとも活発に活動する部署です。これは人間が他の動物と大きく違う部署です。この回路に持ち込まれた案件は、今までの学習、知識、経験、体験、体得、社会規範、ルールなどを参考にして一番ふさわしい答えを出そう試行錯誤しています。ああでもないこうでもないとさまざまに検討を加えられます。無意識的ではなく意識的な働きになります。だから結論を出すまで少し時間がかかります。そしていくつもある選択肢の中から、その時、その場にもっともふさわしい行動や決断を導き出しているのです。強迫性障害の人は、普通の人が当たり前にできていることがなかなかできません。それは五感で得た情報を前頭前野に送り込んでいるからです。前頭前野に送られると様々な角度から検討を始めるようになります。たとえば運転技術、クロールの泳ぎ方、箸の持ち方、自転車の乗り方、キャッチボールのやり方など思い出して下さい。一旦やり方を覚えたものは前頭前野の出番はありません。運動野、感覚野などの部署が適切に指示を出して間違いのない動きをするようになっているのです。その情報を前頭前野に送ると、今まで無意識に正常に行動できていたものが、改めて意識化されて、ああでもないこうでもないとやりくりするようになるのです。それは混乱を引き起こして、日常生活に支障を起こすようになります。強迫性障害の人はそういうことが自分の脳の中で起きているという自覚を持つことが必要だと思います。自覚を持てるようになると、今強迫行為をする思考回路に入っていると自覚しながら強迫行為をしているということになります。客観的に見るということが大切なのです。
2016.12.13
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ピアノの名演奏家ホロヴィッツは、一生栄光に満ちた人生を歩んでいたとばかり思っていた。ところが実際には苦悩の多い波乱に満ちた人生であったようだ。ホロヴィッツは1904年にロシアの寒村でユダヤ人の家に生まれている。音楽の才能があった母親から6歳でピアノを始めた。8歳でキエフ音楽院に入学し、そこで3人の教師に出会うことで、急速にその才能が開花した。しかし16歳のころ国内政治の内乱に巻き込まれて、住居や財産のすべてを奪われている。さらにユダヤ人であるということで大幅に自由を奪われていた。彼が最初に直面した試練であった。1925年ベルリンに旅立つ。(ちなみに彼が故郷に帰ったのは、ペレストロイカ後の1986年であったという)彼はその頃までには卓越した演奏技術を身につけており、以後演奏活動で生計を立てるようになった。中村紘子氏によればピアニストは15歳、16歳でほぼ基礎が固まっていないと、それ以降いくら頑張っても一流の演奏家にはなれないといわれる。そんな最中、1932年の秋、大指揮者のトスカニーニからニューヨーク・フィルの定期演奏会でベートーベンの「皇帝」を協演してほしいという申し込みを受けた。これがその後の彼の人生に決定的な影響を与えた。今考えれば不運の幕開けであった。翌年そこで知り合ったトスカニーニの娘ワンダと結婚している。次の年には娘ソニアが誕生している。ホロヴィッツは、ワンダと結婚するまではトスカニーニの婿になるということがどういうことかよく分かっていなかった。トスカニーニは、超人的ピアニストをつかまえて、「でくのぼう」呼ばわりをしていた。まもなくホロヴィッツは、トスカニーニの前では借りてきた猫のようになっていった。友人たちによれば、トスカニーニ一族の怒鳴り合い、ののしりあいには一種特別なエネルギーと迫力があって、そこに居合わせるとどんなタフなものでも生命が縮むほどの凄まじさがあったという。更にトスカニーニと娘のワンダは人の悪口を言い合うことでも奇妙に気が合い、それこそ大声で口から泡をとばし合いながらの大袈裟な身ぶり手ぶりで誰かれの批判を言いまくり、時には熱する余りコーヒーカップが飛び交うことも珍しくなかった。これとは対照的にホロヴィッツの家系には、神経過敏な傾向が強く流れていた。兄は神経を病んで廃人同様になって死んでいる。間もなく友人たちは、彼の異常なほどの神経質さ、おどおどした態度、情緒のはなはだしい不安定、時折みせる虚脱状態などに不安を覚えるようになった。恐怖から逃れられないことを悟った彼は、精神的におかしくなったのだ。それは演奏にもあらわれた。18番のチャイコフスキーのピアノ協奏曲をめちゃくちゃに弾いたりした。舞台に出る前は強度の緊張感に苦しめられ、開演のベルが鳴っている時に逃げ出してしまうということもしばしばあったという。一方肉体的にも、神経性胃炎による腹痛と慢性の下痢がひどくなり手術をしている。それがもとで余病を併発し、結局、彼はそれから2年近くの間をコンサートステージから遠ざかることになった。これは神経症の発生と格闘によく似ている。このホロヴィッツは、肉体も精神もほとんど絶望的に衰弱し切っていたが、そんな彼の窮地を救ったのがロシアの大先輩であるラフマニノフであった。ラフマニノフの献身的な援助がなかったとしたらホロヴィッツは再起できなかったであろうといわれている。我々も我々の話をよく聞いてくれて、受容と共感の態度で支えてくれる仲間の援助が欠かせない。それが自助グループ生活の発見会の仲間たちだと思う。ホロヴィッツは、それに加えて一人娘ソニアのことで問題を抱えていた。娘にしてみれば、溺愛はしてくれたが時に理不尽で身勝手で激烈な癇癪持ちの祖父トスカニーニ。その存在すら目に入らぬほど彼女に無関心な父ホロヴィッツ。そんなホロヴィッツにかまけて、娘の世話のすべてを家庭教師や召使にまかせきりの母親ワンダ。愛着障害、アダルトチルドレンで苦しむ子どもができる条件がそろっていたのである。ソニアは成長するにつれて攻撃的で乱暴で、気性が激しく移り変わる手に負えない少女になっていった。両親の愛情と関心を惹きたいがためにわざと極端な行動に出て、ときには危険な状態を生じた。煙草を吸ったり悪態をついたりの果て、カーテンや飼っている犬に火を点ける。といった行動にまで及んだのである。そして12歳で不良少女専門の矯正学校に入れられた彼女は脱走を繰り返し、その度に感化院、治療院、精神病院といった施設をたらい廻しにさせられた。その後ソニアは一番気の合っていた叔母に引き取られ、イタリアで暮らしていた。22歳の時、モーターバイク事故で脳に回復不能な損傷を負い、その後植物人間となり2年ほど生きながらえ、24歳の生涯を終えた。彼女にとってはやりきれない人生だったことだろう。ホロヴィッツは、演奏活動はキャンセルしたが、娘を見舞うことはなく、ニューヨークの家に引きこもったままだったという。そのホロヴィッツはついに1949年妻のワンダと別居するようになった。1989年85歳で亡くなる前は、目は虚ろ、口ではわけの分からぬ言葉をつぶやき、ほとんど発狂寸前であったという。ホロヴィッツは人もうらやむ名声を獲得したが、はたして幸せな人生だったといえるのであろうか。神経症の発症と家庭の崩壊はこうして始まるという見本のような人生を送っている。(ピアニストという蛮族がいる 中村紘子 文藝春秋より引用)
2016.12.11
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私は対人恐怖症で苦しんできました。人から批判される、叱責される、馬鹿にされる、無視される、からかわれるということに我慢できないのです。そういう場面が予想される時はいつも逃げていました。DSMでいうところの回避性人格障害です。その主な特徴は、1、批判、否認、または拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける。2、恥をかかされること、またはばかにされることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す。3、社会的な状況では、批判されること、または拒絶されることに心がとらわれている。4、新しい活動にとりかかることに異常なほど引っ込み思案である。これらは私の生き方にぴったりと当てはまります。でも嫌な場面から逃げて精神的に楽になるのは、ほんの最初の一瞬だけです。後は後悔や罪悪感に苦しむようになります。また仕事に取り組まないので退屈で空虚感に苦しむようになります。また人に嫌われたくないと思って行動しているのに、いつもノルマが達成できず仕事が滞りみんなに軽蔑されるようになります。そして自分でもそんな自分を自己嫌悪、自己否定ばかりするようになります。将来への希望は持てなくなり、不安にさいなまれるようになります。生きることが八方塞がりになり、迷路に入り込んだようなものです。私は今で回避性人格障害のマイナス面ばかり見てきました。でも最近別の角度から自分を見れるようになりました。もし、訪問営業から逃げてさぼってばかりいる自分を叱咤激励して、無理やり仕事を続けていたら自分はどうなっていただろうか。胃潰瘍になり、体調が崩れ、ガン、血管障害などの病気にかかっていたのではないか。あるいは重いうつ病や精神疾患にかかっていたのではないか。またアルコール依存症、ギャンブル依存症に陥っていたのではないか。対人関係の改善に益々注意が向いて重い神経症の泥沼に入っていったのではないか。心身ともにボロボロになり、廃人への道をひた走っていたのではないか。そうならなかったのは、自然にそういう状況を回避するという行動が自分の身体や心を守っていたのではないか。仕事をさぼり、人から軽蔑されながらも、テニス、スキー、トライアスロン、国家資格取得などに取り組んでいたことが、心の破綻を防いでくれていたのではないか。回避するというのは危険を感じていち早く心身の破綻を守る行動だったのではないか。回避するというのは自分を生命と心の安定を保つというプラスの面があったのではないか。自然治癒力の表れだったのではないか。よくぞその力が機能してくれたものだ。その結果重い病気や精神疾患にもかからなかった。さらに自殺にも追い込まれなかった。さらに言えば、そのおかげで森田理論の学習を熱心にするようになった。つまり人生の大きな課題や目標も持つことができたのだ。いったん回避して自分の将来の人生をしみじみと考えるきっかけとなったのだ。自分に向いている職業はなにか。対人恐怖を克服するということはどういうことか。対人恐怖症という特徴を持ちながらそれを活かすことはできないか。神経質性格者の生きる方向性とは何か。人間が生きるということはどんな意味があるのか。これらが今では森田理論学習のおかげで明確に見えるようになってきた。回避性人格障害という際立った特徴がもしなかったとしたら、森田理論には縁がなかった。また自分人生についてしみじみと考える機会はなかったはずである。するとその日暮らしで満足して、味わい深い人生を送ることはなかったであろうと思うのである。だから回避するというのはつらい苦しい体験ではあったが、長い目で見ると自分の人生に大きな役割を果たしていたのである。だから逃げまくって自分の心身を守っていた自分をほめてあげたいと思うのである。それが今の充実した人生につながっているのである。100点満点の人生だ。
2016.04.29
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私は今後強迫行為で悩む人はどんどん増えてくると予想している。今日はその理由を考えて述べてみたい。強迫行為は強迫神経症の一種です。ガスの元栓を閉めたかどうかが気になる。電気のスイッチを切ったか気になる。ドアの鍵をきちんとかけたかどうかが気になる。そのために確認行為を何度もしないと気がすまなくなる。そして実生活上の悪循環に陥っていく。普通の人でも何かほかのことを考えていて、後からどうだったかと気になることはある。引き返してまた確かめて安心する。そして今度は安心して外出できる。ところが強迫行為で悩んでいる人は、意識して、閉めたという音を聞く。ノブを持って確かめて一旦はしまっていると納得する。でもしばらくすると、あれは錯覚ではないのかという考えが頭の中に広がってくる。不安でいっぱいになるのである。そしてその不安がどんどん昂進してパニックになるのである。その後鍵だけではなく、ガスの元栓、照明や家電のスイッチ、手の汚れなどにも波及してくることが多い。そういう人は、五感は信用できないと思っている。見る、音を聞く、触れる、味わう、匂うという感じを端から信用していないのである。どうして自分の五感が信用できないのだろうか。もともと五感というのは、人間が生き延びていくためにレーダーの役割を果たしていました。他の肉食獣に襲われないために、常に五感を研ぎ澄まして警戒を怠らなかったのです。また自分たちの食料を得るためにも、五感を研ぎ澄まして、十分に活用する必要があったのです。さらには五感を活用して、鋭い感性を磨きあげながら、豊かな感情を育み、四季折々人生を謳歌していたと思われます。現代に生きる我々はどうか。テレビやパソコンの情報を相手にして生活するようになりました。現地に足を運ばなくても、世界各地を旅行した気分にしてくれます。三ツ星レストランに行かなくても、そこでどんな料理が出されるかお茶の間で瞬時に分かるようになりました。そうなると現地に足を運んでいなくても五感で感じ取ったような錯覚に陥るようになっているのです。でもそれは錯覚であって、五感で感じた生々しい体験とは程遠いいものです。そこが実感として分からなくなっているのです。例えば、プロ野球の観戦で実際に球場に足を運んだ場合を想像してみてください。まずは球場の広さ、熱気、寒さ暑さ、吹きわたる風、緑の芝生、カクテル光線、選手達の動き、テレビで映し出されない試合前の練習、観客席の具合、大音量で流れる球団の応援歌、さまざまな観客の応援風景、ジェット風船、いつともなく飛んで来るホーランボールやファールボール、ビールや飲物、食べ物の味などが五感を通じてピンピンと体感できます。これは自宅でテレビ観戦しただけではわからないものがたくさんあります。でも今の子供たちは、そうした生の体験をしないでテレビやパソコンの画像と音声だけで分かったつもりになっているのです。その見る、聞くというのも現地に行って体感するのとは雲泥の差があるのは明らかです。こうした状況で、はたして見る、聞く、臭う、味わう、触れるという五感の感覚が研ぎ澄まされて、まともに育っていくでしょうか。残念ながら五感は十分に活用しないのでどんどん衰退してしまうでしょう。そして五感の体感の経験を持たない人たちが大量に生み出されてしまいます。今は五感の感覚がわからない人が増えてきます。終いには、五感なんて信じられない。それよりもメディアを通じた情報や流行の方が信頼できるということになってしまいます。五感よりも知識や情報が大切だと思う人が増えてきます。でもこれは大変危険なことです。動物行動学を研究されている青木清先生は次のように言われている。「本来、人間というものはニオイや音、視覚や触覚など五感によって、情報を収集する存在なのです。たとえば赤ちゃんは五感の刺激を受け取って初めて、言語中枢を作り上げることができる。つまり、五感は人間活動の大前提にあり、五感の刺激自体が、生き続けていく上で不可欠な要素である。けれども今の社会は、言語を中心とした情報ばかりを重視して、身体での経験を軽視する傾向がある」と言われています。(五感喪失 山下柚実 文藝春秋 46ページ引用)五感軽視の人間社会がどんな弊害をもたらすのか、真剣に考えてみないといけない時代に入っています。
2016.04.02
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私は以前、得意先から電話やFAXで注文を受けて、それを端末に打ち込むような仕事をしていました。時間に追われて、高速で処理する仕事が毎日山のようにありました。100ぐらいの注文の処理をすれば2、3回ぐらいの割合で間違いが発生しました。私のミスによって何十万単位で会社に損害を与えたこともあります。これは純損失ですから大きいのです。また、後の始末を考えると、自分にも営業にも大変な負荷がかかるのです。始末書を書かされたり、上司から叱責を受けたり、担当営業マンからあからさまに嫌みを言われます。そして得意先からは納期が遅れるため、無能力者扱いされます。私はミスのたびに落ち込みました。次第に、とんでもない間違いを犯して、上司や担当営業マンに見つかって、ひどく自分のことを悪くののしられる。能力のないやつだと軽蔑されるのではないか。解雇されるのではないかということにとりつかれてゆきました。いつも怯えた状態で、びくびくしながら仕事をしていました。そういうことばかりに注意を向けていると、仕事が苦痛で、苦痛でたまらないのです。また、そういうことにとらわれていると、目の前の仕事に集中できなくなりました。簡単なところで思わぬミスを重ねるという状態でした。私はきちんと間違いのない仕事を積み重ねて、仕事のできる人になりたいという強い欲求がありました。でもそのうち、当初の欲求を忘れて、不安との格闘に明け暮れるようになったのです。蟻地獄の中にいるようで、もがけばもがくほど深みにはまってしまい、パニック状態になってしまいました。このようにして私の症状は固着してしまったのです。1つのミスもしてはならないという背景には、社会的に認められたい。会社で人よりもよい評価を得て注目されたいという強い欲求がありました。そんな人間にならないと、生きている価値がないと思っていたのです。価値観の多くが、人から賞賛を浴び、尊敬され、羨望のまなざしでみられる人間になりたいというところに集約されていたのです。そのためには例え一つのミスも許すことができなかったのです。すべての面で完全無欠でなくてはなりません。人に劣る部分や弱い部分、頼りない部分は目の敵にして取り繕ってきました。人に弱みを見せないようにと最大限の努力を払ってきたのです。自分に劣等な部分があると人から嫌われると思い、何とか隠そうとしてきたのです。そんなことが続くと仕事どころではなくなりました。そんなことに悶々として生きていくことが嫌になってしまったのです。家族があったので、なんとか踏みとどまっていたという状況です。今考えると、私の神経症の成り立ちには2つのことが絡んでいました。一つは不安、恐怖、不快感はイヤなものですから、それを取り去ろうとしていた。そのうち、注意が不安、恐怖、不快感の方にばかり向き、注意を向けば向けるほどさらに嫌な感覚が強まりました。それをくりかえしているうちに、精神交互作用で悪循環に陥り、症状として固着してきたのです。もう一つは、人から批判されるような人間であってはならない、などという強い「かくあるべし」を持っていたのです。すると、現実の自分の存在自体、また欠点やミスや失敗は我慢がならなくなるのです。小さなミスが、すぐに大きな人生を左右するような問題に発展するのです。会社をクビになるとか、会社を辞めなければいけないというような大げさな問題にすり替わってしまうのです。そして理想と現実のギャップで苦しむことになりました。そして自己嫌悪、自己否定するようになったのです。そのギャップをうめようとやりくりしたり逃げたりしているうちに、ついに苦悩や葛藤が強まり対人恐怖症へと陥ってしまいました。神経症を克服という意味では、神経症の成り立ちが分かったということが出発点になっています。
2014.10.08
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これは森田でいえば普通神経症である。夏樹さんは復帰後、「椅子が怖い、私の腰痛放浪記」を書かれて、大きな反響があったという。また「心療内科を訪ねて」という本では、耳痛、醜形障害、大腸炎、高血圧、喘息などの人が心療内科にかかり生還した経過を取材して紹介しておられる。ここで紹介されている14名の体験は、生死をかけたつらい苦悩から生還した人の物語であった。全員器質的病気よりも、心の治療に取り組み、病気を治した人ばかりである。その中に森田療法のことも一部紹介されていた。心療内科では森田療法を応用しておられる場合もあったのである。夏樹さんによると、もともと心身症にかかる人は共通の特徴があるといわれている。1、 がんばり屋である。自分はどんなに無理をしても、周囲の期待に応えようとする。2、 言いたいことを言わずに、飲み込んで我慢する。3、 完全主義、完ぺき主義でないと気がすまない。4、 物事へのとらわれが発症を誘発し、症状のこだわりがますます状態を深刻化する。5、 本人は自分のそうした性格や行動についてほとんど気が付いていない。6、 そこに強いストレスがかかったり、忙しすぎて疲れ切っているのに、そのことを自覚していない。これらはすべて森田理論で説明していることと同じである。こうした普通神経症は、自分の性格、考え方の誤り、行動の誤りをよく学習して、普段から予防することが大切だと思う。
2013.12.11
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作家の夏樹静子さんは、以前腰痛で苦しまれた。腰全体が活火山のように熱を持ってガンガン痛んだり、骨にヒビでも入ったかのようにしんしんと痛む。あるいは尾てい骨の上が痛んだり、おへその真後ろぐらいあたりが痛んだりしたそうだ。痛くて七転八倒された。どんな鎮痛剤、坐薬も注射も効かない。大学病院では、整形外科、内科、婦人科などで検査されたが、これといった疾患がなかったという。医師に勧められるまま水泳や体操、ウォーキング、筋肉強化もしたという。一向に改善しながった。また鍼灸、気功や整体、カイロプラクティック、マッサージ、低周波治療も数限りなく試したが効果がなかった。しまいにはお祓いまで受けられたという。そうやって2年半たち、心療内科にかかった。そこでの診断は心身症であった。心のストレスの問題から起きた腰痛ということが分かったそうです。そういわれてみると、今まで常に仕事に前向きで、絶えず自分を鼓舞して頑張り続けてきた。絶えず自分を追い込んで叱咤激励してきた。しかし潜在意識のほうは、もはや疲れ切って休息を求めていたのだ。医師の勧めにより、12日間の絶食療法を行い、1年間の休筆を行った。それから次第に腰痛から回復していったという。
2013.12.11
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私は入社当当時、この会社はよい本を出している。よい本は一人でも多くの人に読んでもらいたい。一人でも多くの人に紹介してあげて、その良さを分かってもらいたいという気持ちがあった。その願望を達成するためには、多くの人に会う。そして多くの人に説明して回る。自分の願望はなかなか達成されるかもしれないが、とにかく頑張ってみよう。と思っていた。反面、飛び込みのセールスは自分にできないのではないか。こうゆう気持ちもとても強かった。でもうまくいかなくても、とにかく行動しようと思っていた。その結果、本を買うかどうかは相手に任せる。相手には相手の事情があるのだ。そうゆう気持ちで仕事に精を出してゆけばよかったのだと思う。自分の素直な気持ちを優先して、仕事をしてゆけばよかった。つまり自分の思いを大切にして、自分中心に考えて仕事をすればよかったのです。ところがきつい断りの嵐の中で、次第に自分の思い、気持ちは封印して、相手の思惑にばかり気を取られて、振り回されてきた人生を歩むことになってしまった。こうした悩みを抱えたまま、最終的には森田理論に出会うことができた。これは私にとって大きな救いとなった。森田理論は感情の取り扱い方をよく教えてくれた。今は自然にわきあがった不快な感じは起こるべくして起こったものである。これを大事に受け止める。きちんと向き合う。自然現象ですから湧き起ってきた感情は勝手には操作できないし、してはならない。そして感情は抱え込んではいけない。常に谷川を流れるせせらぎのように感情を上手に流してやる。そのための方策を森田理論はいろいろと教えてくれた。森田理論は一言でいえば、感情を抱え込まずに、うまく流すための理論だと思うようになった。その一つに、感情はきちんと受け止めて、書き留めたり、私メッセージで他人に表現することはいくらしてもよい。むしろそうしないで我慢したり、耐えたりしてはいけない。感情は特別待遇できちんとうけとめるだけでよい。決して見返りなどを求めてはいけないということを学んだのである。
2013.12.09
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大体断るというのは、本が嫌い、活字が嫌い、目が見えない、訪問販売が嫌い、買うお金がない。無駄遣いをしたくない。家族にバカなものを買ったと非難されたくない。等の理由がある。相手には相手の買わない事情がある。それを汲んであげずに、ただ一方的に買わない人を非難することはセールスをする人のすることではない。私はきつい言葉で追い返されると、「教養のない、つまらない人だ」と思い、その表情は眉間にしわを寄せて、むくれて、捨て台詞を吐いたこともあったのです。本当は自分が傷ついたのと、自分の無力さのため、そんな言い方になってしまったのです。自分が傷つけられるのではないかと恐れていると、相手の人から見ると、私が相手の人を攻撃しているように見えてしまうらしい。恐怖で硬直している表情は攻撃的な表情に見えるそうだ。
2013.12.09
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自分が本を売ろうとすると、相手が断り、お互いに気分を害して、気まずい人間関係になるはずだという気持ちがとても強い。相手が断るという行為が、自分を傷つけて人間関係を悪くしているのだと思いこんでいる。だから多くの人を訪問することはできない。成績の良い人は片っ端から訪問している。当初私は成績の良い人は巧みなセールス話法を持っていて、相手がこう出ればこうかわす。巧みにセールス技法を駆使して、注文をとっているのだと思っていた。ところがそれは誤りだった。同行営業をさせてもらった時のこと。とにかく多くの断りを受けていたのです。私から見れば屈辱とも思える断りを受けていたのである。10人あっても9人には断られる。そんな状態だったのです。その人はこれが普通だよと言いました。重要なことは一日何軒の注文をとったのか。どれだけの売り上げがあったのか。その結果だけが大事なのだといいました。どんなに多くの人から断わられようがそんなことは、重要なことではない。でも私はそんな屈辱は受け止めることはできないと思いました。その時点でこの仕事は無理だと思いました。
2013.12.09
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私は大学卒業後出版社に入り訪問営業の仕事を始めた。農業関係の月刊誌や専門図書の販売である。対人恐怖症を抱えたものにとって訪問営業、いわゆる飛び込み営業はとてもつらい仕事である。セールスというのはほとんど断られるのである。私の場合、断られるというのは、自分を否定されたと受け取ってしまった。短絡的な思考である。訪問販売で断るというのは、私の人格や人間性とは全く関係がないことなのにそう思ってしまうのだ。きつい断りをされると、すぐに仕事をする気持ちがうせてきた。断られると、やっぱり予想通り断られたと勝手に思ってしまう。そして自尊心が傷つき、みじめな気持ちになるのです。訪問先の人は敵に見えてきて、最初から相手は断ってくるだろうと思って、セールスに行く前から身構えてしまう。笑いが消え、表情はこわばっている。恐怖と怯えが服を着て歩いているようなものです。それを見て、相手も目つきの悪い奴が来たなあと思ってすぐに退散させようと身構える。足が訪問先に向いても、心は常に後ずさりして、反対を向いているのだから、うまくセールスが進むことはない。9年間は頑張ったが、喫茶店などでさぼってばかりだった。成績が悪くて、上司に叱られても、自分を守るためには、逃避してさぼるしか自分には道がなかったのです。情けないことでした。自分を責めて相手を責めて毎日針の筵の上を歩いているようなものだった。さぼればさぼるほどとらわれてゆき、ふがいない自分に絶望するとともに、こんな自分に育てた父親を憎んでいた。
2013.12.09
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森田理論を学習して分かったことは、これは自分の感情、気持ちを大切にせずに、相手の思惑ばかり考えてきた結果であると思います。他者中心の生き方ですね。感情面では、ミスをすれば叱られて、不快な気持ちを味わうのは当たり前のことである。私の間違いは、その恐ろしい感情に全く向き合おうとしていなかった。その感情を認めて、向きあい受け入れようとしなかった。その感情を拒否し、無視し、抑え込み、否定してきたのではないのか。不快な感情は自然現象で起こるべくして発生している。湧き起ってきた感情はすべて正しい。間違った感情が発生することはない。プロ野球のピッチャが投げるストレートは150キロ以上にもなる。恐ろしくてもしっかりと向き合ってキャッチしないといけない。恐ろしくてイヤだといって逃げれば、命にかかわるけがをする。自分に湧きあがった感情は迎賓館で外国の要人を接待するように、最高のおもてなしを心がけるべきであったのだ。その際大切なことがある。不快な感情は小さいうちに処理してしまうことだ。小さい不満を我慢していると、数たまると大きな不満になる。小さい時に受け入れられると、あとあとまでしこりを残すことはない。その時に湧き起った小さな不安、恐怖、不快な感情は、我慢したり、耐えたりしてはいけない。日記などに書いたり、自分に湧き起こった感情を私メッセージで人に伝えたりすることだ。きちんと受け止めて、向きあうという実践を日々、その時、その場で実行することだ。火事でも小さいうちは自分で消すことはできるが、大きな火事になるとすでに時遅し。自分ではどうにもできない。私の場合は、ミスをした時は、上司などに叱られるというイヤな予期不安ときちんと向き合う。湧き起った感情は排斥しないこと。つらい感情はつらいつらいと日記に書いてみる。ミスをしてこんな不快な気持ちになっていると話してみる。認める、受け入れる、向きあうことに徹してそれ以上のことには手を出さない。この実践が必要であったのだと今になって思う。自分の感情に敬意を表し大切に扱うこと、これが重要だったのだ。
2013.12.08
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同僚も私と同じようにミスをするのですが、同僚の場合は本人もあまり気にしていないようで、また上司があまり厳しく怒ることはしていないように見えるのです。どうして自分だけがきびしく叱られるのだろうかと思いました。ある時、あまりに腹が立って「人間は完全ではないのだから、たまにはミスをする事もあるんじゃないですか」と反発したことがあります。その時は、眉間にしわを寄せて、むくれて、敵と戦うやくざのような形相となっていた。相手は、自分がミスをしておきながら、開き直るとはどういう量見だ。あんな奴はやめさせてしまえと言われた事があります。今思うと、私はミスをすると、またこっぴどく叱られるという気持ちが強かった。相手が好意的に自分をかばってくれるという気持ちが全く持てない。相手が敵のように見えて言動が挑発的なのだと思います。態度も暗く、意気消沈して、けんかを売ってきているように見えるのだと思います。自分は恐怖と怯えでいっぱいなのですが、相手はやくざの脅しのように見えるので、かばってやって、今度挽回してくださいとは言いにくいのだと思います。自分は永遠に自分と相手を責め続けてきました。自分自身はいらだちと怒りだけではなく、なんともいえない無力感にさいなまれて、自己否定に陥りました。生きていくのがつらい。こんな自分を産み、育てた両親が憎い。少しでも楽になろうとして、仕事をさぼる。病気を装って休む。人に頼る。次の仕事をしないでやった仕事のチェックばかりしている。自分を守るための精いっぱいの防御です。悪循環の繰り返しですね。胃潰瘍になり、うつ状態になり、精神科にかかるようになりました。
2013.12.08
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私は対人恐怖で悩んできました。転職して入った会社では営業事務の仕事をしました。得意先から電話やFAXで注文を受けて、それを加工してメーカーに発注するという仕事でした。ほとんどパソコンでのやり取りの仕事です。時々入力ミスが発生しました。ミスが発生すると得意先、営業マンに迷惑をかけます。また会社に損害を与えます。ミスを報告すると上司からすごく叱られます。「どんなに営業マンが苦労して注文をとってきている思っているんだ」「もっと集中して仕事をしてくれないと困る」「出来ないのだったらやめてくれてもいいんだぞ」「あなたはうちの会社には向いてないのではないのですか。」そういわれると、恐怖心でいっぱいになり、居ても立っても居られない気持ちになるのです。ミスをすると、ミスだけでは済まないで、すぐに自分の全人格、全人間性を否定されたように短絡的に飛躍して考えてしまうのです。そんなことがミスをするたびに起こると、仕事でまたミスをするのではないのかということにいつもびくびくして仕事をするようになるのです。仕事に集中できずに、その思いにとりつかれるために、上の空になり簡単なミスを連発するという悪循環に陥るのです。私は、他人から非難されないことが、会社で生き残るためには大切だと考えるようになりました。だからミスをすると、ばれないように隠す、ミスの報告をしない、ミスをごまかす、ミスを他人のせいにする、間違ったものを自分でお金を出して引き取る。こんなことまでして、非難されないように細工をするのです。でもその細工がいつか上司などにばれるのではないかと思って、そのことばかりが気になるのです。夜も寝むれないほど悩むのです。会社に行くのが恐ろしい。上司が恐ろしい。同僚が恐ろしい。得意先と話しするのが恐ろしいのです。
2013.12.08
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だから人間は、自分が所属している仲間内のグループから排除されてはならない。仲間に受け入れられ、承認されることが、なにはさておき一番大事ということになる。すると最大の阻害要因である、自分の弱み、欠点、ミス、失敗を世間にさらけ出すことは決してできるものではない。私がそうだったのだ。これはそもそも認識の誤りなのだが、自分がその渦中にいるとそうは思えない。いったん集団から排除されると、もう二度と仲間に入れてくれることはないと感じる。そうなれば自滅するしかないと思った。そこで自分の弱み、欠点、ミス、失敗などは、仲間に見つからないように隠す。弱み、欠点、ミス、失敗などが存在することは仕方ないが、みんなに見つかるということが恐ろしいのである。あってはならないものなのである。隠せない場合は、精一杯取り繕うとします。こうして自分を守ることに汲々としてしまうのです。毎日が針の筵の上にいるような感じです。本来の自分の欲望に従って、自由にのびのびと生きていくことを忘れて、毎日葛藤と苦悩の道を歩んでいくのです。それから逃れるためにはどうすればいいのか。私はその答えを森田理論の中に見つけました。それは対人的な不安は不安として持っていてもかまわない。そういう気持ちを持ったまま生きていければよいということでした。決してしてはいけないのは、スッキリと悩みを取り去ってしまおうとすることです。もしその道を選べば、坂道を転がる雪だるまのように、どんどんと苦しみは大きくなり、さらに加速度を増してゆきます。不安を持ったまま生きていくことは実際に苦しいですが、もしそうゆうことができるようになると、一つの素晴らしい能力を獲得したということです。この能力は、ちょっとやそっとでは獲得できるものではありません。でもこの能力の獲得は大変魅力があります。森田理論の学習と実践で獲得することが可能となります。皆さんも不安を持ったまま行動できる、という能力を身につけてゆきましよう。そのための応援は惜しみません。森田では最終的に事実に服従することを学習しますが、その前提として不安を抱えたまま行動できる能力を獲得するということが大切だと思います。
2013.08.24
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私は対人恐怖症である。私の奥底には他人から社会的に抹殺されてしまう、という恐れやおびえが常につきまとっている。私のDNAのなかにしっかりと根付いているものです。どうして抹殺されるといけないのか、一人孤立すると死んでしまうからである。生きることも地獄の苦しみなのだが、なんとか死だけは免れたいと思っている。社会的な死を極端に恐れている。森田先生は死を究極の恐怖といわれています。私もそうなのです。以前「いきものがたり」という映画を見た。その中で青森の一頭の子猿を追っていた。その子猿は親と死に分かれて、群れの中でけなげにも一人で生きていた。厳しい寒さがやってきた。雪が深々と降る中で暖を求めて、他の親子ザルたちのもとへ身を寄せようとした。どの親子ザルたちも受け入れてくれない。みんな追い払うのです。最後はブルブルと震えながら一人でいるしかない。食べ物もない。苦しそうでした。そのうち春になった。大勢のサルたちが山から下りてきた。ところがその子猿は姿を見せなかったのです。寒さの中で、一人寂しく死んでいったのだろう。こんな悲しいことはない。人ごととは思えなかった。我が身に引き寄せると、集団の中で孤立して同じような目に遭わないとも限らない。人間は社会的な存在である。社会を離れて無人島のようなところで、一人で生きていくことはできない。そもそも人間の基本的欲求である衣食住が確保されていない。外敵も多いだろう。話す相手もいない。生活するための道具も何もない。たとえ命はつながったとしても、それ以上のものはない。死んだも同然だ。むなしいかぎりである。
2013.08.24
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私は数字にとらわれます。4とか9という数字が気になります。それは「死」や「苦」を連想させるからです。ホテルでも4番や9番の番号を飛ばして番号付けをしていることもあります。その他にも11という数字が嫌いです。家族の不幸な出来事は11月や11日に起きていることが多いと気がついたからです。またニューヨークの貿易センタービルのテロ、最近の日本の大きな地震は11日に起きていることにも気がついたのです。一旦気になりだしたら止まりません。いいも悪いもないのです。車の番号で気になって、どうしてもつけたくない番号があります。4219、3396、4989です。「死に行く」、「散々苦労する」、「四苦八苦」と重なるからです。以前は気にしていませんでした。ところが友人からそんな話を聞いた途端とても気になり、すれ違う車がどんな番号をつけているのか気になりだしたのです。野球選手でもゲンを担いで球場入りする時は、必ずこの道を通る。投球の前日は必ず「とんかつ」を食べている。等とインタービューに答えている人もいます。森田ではどう考えるのでしようか。とらわれる時はとらわれたらよいと学習しています。この場合もとらわれ続けるしかないと思います。折に触れて目にすると気になります。気にしないで「なすべきをなせばよい」といいます。でも気にしないようにするために「なすべきをなす」というのは却って気になるものです。私はこの手のものは、気になるものは気にして避けたらよいのではないか。と思っています。イヤなもの、イヤなことを回避しているのです。人に迷惑をかけたりしないことや今後の生活に支障が起きないことには近づかないのです。森田では「迷った時はイエスと答える」というのがあるのですが、どうもこれではうまくいかないのです。この前にも以前の会社のOB会に招待されました。私は行きたくありませんでした。欠席のハガキを出しました。逃げて後ろめたいという気持ちも少しありましたが、自分の気持ちを大事にしました。行けば楽しい語らいがあるかもしれません。でも参加しなくても人に多大な迷惑をかけるわけではない、将来の生活に影響があるわけではない。そうゆう時は自分の気持優先で一向に構わないのではないかと思っている次第です。その間自分の充実した生活を心がけたいと思います。
2013.07.29
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神経症に陥るパターンは2通りあります。一つは不安、恐怖、不快感はイヤなものですから、それを取り去ろうとしているうちに、注意が不安、恐怖、不快感に向き、注意を向けば向けるほどさらに感覚が強まり、それをくりかえしているうちに、悪循環に陥り症状として固着するのです。もう一つは、たとえば対人恐怖の人の場合、人から批判されるような人間であってはならないなどという強い「かくあるべし」を持っています。すると、現実の自分の欠点やミスや失敗は我慢がならないもとして肥大化してきます。そして理想と現実のギャップで苦しむことになります。そのギャップをうめようとやりくりしたり逃げたりしていると、、苦悩や葛藤が強まりついには神経症へと陥ってしまいます。神経症で苦しむ多くの人は、この2つ発生原因を両方とも持っています。2つの原因がこんがらがって神経症を作り上げているために、神経症を克服することを難しくしています。神経症を克服するためには、一つには、精神交互作用を断ち切ること。つまり、「症状はあるがままに受け入れて、なすべきをなす」ということに取り組むことです。症状は横においておき、イヤイヤながらでも目の前の日常生活に目を向けて行動してゆくことです。もう一つは「かくあるべし」という思考パターンを出来るだけ小さくしてゆくことです。そのためには、事実を受け入れて、事実に服従していくという生活態度に変えてゆくことです。これは言葉でいえば簡単ですが、そういう態度を身につけるのは、ある程度の時間がかかります。でも森田理論学習を続けてゆけば必ず目的は達成できます。この2つが身についてくると、神経症から解放されると同時に、その後の生活がとても充実して生きることが楽しくなってきます。でもこれは一人で取り組んでゆくことはかなり手ごわい相手になります。なんとか生活が維持できていれば、生活の発見会に入り、神経症を克服した仲間と森田理論学習を続けることが近道だと思います。私もこのプログでもそのあたりのコツを紹介してゆきたいと思っています。
2013.04.17
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対人恐怖で苦しんでいる人は、周囲の人はみんな侵略者や敵に見えるのではなかろうか。周囲の人はみんな、自分の欠点や弱点、失敗やミスを大小漏らさず見つけ出して、常に口汚くののしり、陰で自分の悪口を言い、自分を傷つけ社会から葬り去ろうとしている。そうした被害者意識がある。それに対抗するため自分は頑丈な鎧を身にまとい、どんな手段をとってでも防御しないといけないと考えている。そのためには、実態がいかに悪くても、見栄えをよくしなければいけない。ミスや失敗は起こるのは仕方ないとしても、人に知られるようなことは絶対にあってはいけない。ボロを出さない、相手につけいる隙を見せない。こうした姿勢を常にとり続けてきた。しかし、防御一辺倒で頑張って自分を守っているが、気が休まるときがない。どんどん敵に攻め込まれて、後退につぐ後退を続けて後がないところまで追い込まれている。社会からいつ放り出されるかという不安が常に付きまとう。過度の緊張が続き、不眠、体調不良が続いている。だいぶ生きていくエネルギーがなくなってきた。これは実はかつての私の姿です。こんな状態でどうして今まで生き延びることができたのか自分でも不思議なのです。一つ言えることは、森田理論学習と学習仲間の励ましが役に立っています。学習の中で症状と闘っても勝ち目がないのは薄々気がついていました。そこで途中から白旗をあげて降伏したということでしょうか。しぶしぶ負けを認めたということです。すると、今まで必死になって守ろうとしていた要塞を死守する必要がなくなりました。守るものがないと自由に動き回れるようになったような気がします。次に高良先生の人間関係をよくしようと思ったら、1つの分野でエキスパートになれという言葉が役立ちました。10年も一つのことに打ち込めばその道の専門家になれる。そしたら人間関係はよくなります。このことに取り組んできたことかと思います。
2013.03.05
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倉田百三はいろんな強迫神経症で悩んでいたが、一番は観照の障害だった。これは珍しい症状だ。これは松尾芭蕉を例にとるとよく分かる。「静かさや岩にしみいる蝉の声」という句がある。なんと静かに思えることよ。鳴き声しか聞こえず、かえって静けさがつのるように感じられる蝉の声は、まるで岩々にしみこんでいるかのようだ。芭蕉は自然の中に溶け込み、自然と一体になって心穏やかに、心身が安心しきった幸福の境地を詠んでいる。倉田百三も自然と一体になって、そこに湧きでる感じを作品に投影していくことが作家としての自分の仕事だと考えていた。ところがある日神奈川県藤沢でいつものように夕日を眺めていた時のこと。実に不思議な体験をした。いつも湧きあがってくる夕日と自分との間になんともいえない通じ合う陶酔の気分がまるで湧いてこないのである。夕日の美しさが心に湧きあがってこない。あらゆる手段を用いて、やりくりしてもどうにもならない。反対に、そうしようとすればするほど、夕日の美しさが自分から遠ざかっていくのである。戯曲作家としての自分の将来にかかわる大変な事件だったのである。森田先生は、百三の苦悩のもとは、観照に一番の価値をおいた理想主義にあると見抜いていた。事実に服従しないで、自分に都合のよいように事実をやりくりしようとするその態度に問題がある。しかし森田先生は、思想の矛盾を百三に説明することはしていない。そのかわり、その苦悩を背負って小説を書けとすすめた。百三は、「先生のおっしゃることは分からないではないのですが、感興が自発的に起こりもしないのに文章を書くのは私の良心が許しません。」と訴えた。森田先生は、「書けても書けなくてもいい。ともかくペンを執って原稿用紙に向かいなさい。そうこうしているうちに感興はいくらでもわいてくるものです。」百三は森田先生の命令にしたがい、ほんとうにつらくてきつい思いを持ちながらも原稿用紙の前に座った。こうしてできた小説が「冬鶯」であるが、これが多くの作品の中でも優秀な作品であった。
2013.02.19
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