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久しぶりです。皆様お元気ですか?今年もカレンダーが一枚になってしまいました。毎日があっという間に過ぎていく感じです。
2008年11月30日
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ちょっと試験勉強中のため休憩
2006年10月27日
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陽子のところに戻った和夫は「いま救急車がくるから」といった。陽子は「どう説明するんですか」と聞いた。「本当のことは言えないし・・・馬場で蹴られたけど・・・・という事にしよう」「無理ですよ。そんな嘘バレちゃいます」と陽子はいった。しばらくすると救急車がやってきた。救急隊員は「どうしてケガしたの?なんでこんな所にいるの?」と聞いた。和夫学校の馬場で馬に蹴られ病院に行こうとタクシーに乗ったが気が変わって途中で降りた。しかし、また気がかわり救急車を呼んだと説明した。救急隊員はけげんそうな顔をしたがケガ人を病院へ搬送しないわけにもいかず陽子と和夫を車に乗せた。
2006年10月23日
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ふたりが降ろされた場所は高速道路の下で白いガードレールで歩道と車道が分けられていて白いガードレールをまたがなければならなかった。足を痛めていた陽子は車に跳ねられてはと必死にガードレールを乗り越えた。先に歩いていた和夫が、「ああそうか」と気がつき肩を貸した。信号を渡り向こう側の歩道の端に陽子は座った。タクシーを探したが1台も走ってこない。そこはタクシーがあまり走らない場所だった。あそこでタクシーを呼んでもらうから、陽子ちゃんはここにいて」と和夫はいった。そこは、カーコンコンクラブという車の修理工場だった。カーコンコンクラブの人はタクシーを呼んでほしいという和夫に「救急車のほうが早くていいんじゃないの。呼んであげるから」と電話をしてくれた。
2006年10月22日
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車が止まり馬運車の横の小さな扉が開いた。「降りられる?」馬運車の構造はうしろの大きな扉を開け馬の出し入れをするが扉は外からロックされ中から開けることは出来ない。 足が痛くて仕方なかったが降りないわけにはいかず。陽子は小さな扉から痛みに耐えながら降りた。顧問の村井は運転席に座ったまま「タクシーで病院へ行け」とお札を和夫に渡した。信号まちの間という短い時間に停車し陽子と和夫のふたりを残し馬運車は去った。
2006年10月20日
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ここら辺りでケガをした時の状況を書こう。陽子たちの高校の乗馬部は試合に出場するため馬運車で馬を運ぶ、学校の馬場から試合の会場までは車で1時間以上はかかる。6頭運べる馬運車に5頭の馬を乗せ、荷物でいっぱいになったうえ子どもたち8人を乗せた。男子生徒2名は馬の頭のほうに立ったが、2人の女生徒は前後2頭の馬の間に立った。1人は馬のいない荷物の上に座っていて1人はその前にいた。3年生の2人は助手席乗っていた。車が走り出してしばらくすると1頭の馬が暴れだした。陽子は前から蹴ってくる馬から逃げようにも後ろにも馬がいる。逃げる場所もなく何度も蹴られた。馬運車の中はあかりがつくようになってはいたが、その時は真っ暗だった。暗闇の中でいつ静まるかわからないあばれ馬の恐怖で陽子は何がなんだかわからなくなった。しかし、どうしょうもない激痛に立ってはいられなくなり、うめき声のような泣声をだした。その泣声に気づいた生徒が携帯電話で前の運転席へ車を停めるよう電話をかけた。「陽子ちゃんが蹴られた!」
2006年10月20日
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自宅に着いたものの陽子の家は1階が仕事場になっている。陽子の母は陽子を抱え2階まで運んだ。火事場の馬鹿力とはよくいったものだ。とにかく2階のソファーに腰掛けさせた。陽子は「少し眠い」と言った。「じゃあ、少し眠りなさい」どうしてケガをしたのか聞きたい気持ちを抑えた。ベッドのある3階に寝かせたかったがトイレがないのでしかたなく2階に横たわらせた。しばらく眠ると「トイレに行きたい」と陽子は言った。立ち上がることができない陽子は床をハイハイして、でも赤ちゃんのようでもなく極めておかしな格好でトイレに行った。「松葉杖がいるわねぇ。明日病院へ行くから貸りてこようね」陽子の母は言った。
2006年10月19日
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医師はレントゲン写真をかざしながら、「うん、骨折はないようですね。よかった」陽子の両親もホッとした。しかし、足は青と赤と入り交じった色で膨れあがっている。「車いす持ってきますね。お母さんは治療費の精算をしてきて下さい」保険証がないので実費で支払いをすませ治療室に戻った。「どうして保険証がないのかしら・・・」不思議に思ったが陽子を自宅に連れて帰えらなければと急いだ。羽田の車で家まで送るという言葉をタクシーで帰ると断った。「明日の試合は・・・」との羽田の問いに「こんな状態で出るのは無理ですからとにかく明日は休ませます」とタクシーに乗り込んだ。
2006年10月18日
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父親が治療室に到着すると医師はレントゲン写真をもってきた。「ご両親がお揃いになったのでお話します」その時、なぜか和夫も身を乗りだしてきた。陽子の母は他人が話を聞く事に不快だったが医師の説明がこれ以上遅くなるのは耐えられないと無視することにした。和夫は身を乗りだして話しに加わっていたが、顧問の羽田はなぜかその場所にはいなかった。この羽田は顧問といっても名ばかりであまりクラブの活動には参加していなかった。今日も活動に参加せず学校にいたので病院から呼ばれたのだった。
2006年10月17日
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医師は陽子の母に「お父さんは?」と尋ねた。「いま駐車場に車を・・・」「そうですか。ではお父さんがいらしたらレントゲンの結果をお話します」陽子の母は気が遠くなりそうだったがなんとか冷静を装った。病院へ着くまで娘はどうなっているのだろうと胸の中いっぱいの不安が顔をみて少しはホッとしたものの「レントゲンの結果」という言葉にまた不安で胸の中がいっぱいになった。
2006年10月16日
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やはり・・・。いじめに学校の先生が関係していたみたい。あるんだよ。全国にたくさん。今日から少しづつだけどある出来事を書いていこう。それは、今年の3月31日の午後 救急隊員や病院から電話から始まった。「馬に蹴られて救急車で病院へ運ばれた」と何が何だかわからないがとりあえず病院へ駆けつける親。病院に着きベッドにいる子どもの顔をみると(仮に陽子としよう)陽子は声をあげ泣き出した。しゃくりあげ、泣きながら「怖かった。真っ暗な馬運車の中で馬が暴れて何度も何度も・・・・蹴られた」途中泣声で言葉が途切れる。陽子に会う前、病院に着くと陽子の一つ上の和夫が陽子の母を手招きした。「大きな声で話せないんです」そういいながら待合室の隅へ手招きした。陽子の母は「何があったの?」と聞いた。和夫は「馬運車の中で陽子ちゃんが馬に蹴られたんですが、馬運車の中で蹴られたといってはまずいので学校の馬場で蹴られたということにしたんです」陽子の母は「そう」といい「娘はどこ?」と治療室へ急いだ。とにかく娘の顔を見なくてはと急いだ陽子の母だった。
2006年10月15日
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いじめが原因での自殺。職業紹介責任者の講習会でも聞いたけど職場でのいじめも多いって・・・。学校でのいじめは生徒間だけじゃない。先生がいじめ生徒をいじめる場合もある。でも、いじめられている人。死んだらダメよ。相手が後悔するなんて考えたら間違いよ。いじめなんて卑劣なことをするやつは懺悔なんかしない。
2006年10月14日
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ひさしぶりに日記を整理した。ここではあまり書かないかも・・・・。別のところにお引っ越ししようかな。でも、ここはこのまま残しておくつもり
2006年06月29日
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オグリキャップにあいに笠松競馬場へいってきました。現役のころのオグリよりめっきり白くなって白馬になってしまっていました。そうそう、娘が初めて騎乗したのはオグリキャップでした・・・ってぬいぐるみだけど(笑)
2005年04月30日
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サンパスタのパスタ・ピザは本当においしい。数日で完食してしまう。パスタの湯で時間もすごく短いしパスタソースの味も絶品。ピザの生地も噛めば噛むほど味わえる。冷凍で届くけど普通の冷凍食品とは別のもの。長野の飯山から数時間で届くおいしい食べ物。
2005年01月08日
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