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日本の景気が、ネットバブルのようなもので下支えされているという気配は感じていましたが、その実態が個人投資家で、その実像としては団塊の世代などではなくて、口座開設の主力は30代の女性だという。そして、売買頻度が高く見事に担保能力が低い。つまりパチンコ屋の玄関で開店待っている連中と同じような連中がパソコンで、おのれの実体を越えた取引を繰り返し、結果健常な経済活動の主力を突き動かしている。ネット証券の70%を越えるという巨大な存在となっているらしい。ネット証券大手の売買代金規模は、昨年7月から9月期で、400兆4600億円だとか。過去最高で前年比の2倍。ここにライブドアの衝撃が痛撃している。端折って言えば、「鴨られた」子羊たちということだろう。鴨ったのは誰か?、、、いわずとしれた外資だろう。自分も、あちこちでコメントをさせていただきながら勉強をしている。この数字の出所は、先に紹介した切り込み隊長の中央公論1月号だ。実は、株をやろうという気持ちはまったく無い。能力が無いと考えて貰って結構。自分のような無能、無骨、化石人類は、座して風化すればいい。「三丁目の夕日」で回想を強いられたミゼットに載せてくれた叔父は、この日曜日に他界した。訃報が続く2006年である。さて、現在の日本では二次方程式すら教えないでもいいという意見が堂々と大手を振っているとか。-----------------文部科学省の審議会に呼ばれた作家の曽野綾子氏が「学校を卒業してから六十五歳の今まで二次方程式を知らなくて困ったことはない」という発言を行ったところ、文部科学省の役人がそれに乗っかって、中学の学習指導要領から二次方程式の公式をはずした。----------------------------------------流石に、唸ってしまう。この記述は、あの宮台真司の恩師小室直樹先生だ。切り込み隊長こと、山本一郎は、我が国の経済はこれらのギャンブラーによる資本主義によって成り立っている側面も見過ごすことはできない。競馬新聞を眺めるようにネットでチャートや「四季報」を食い入るよう見つめる、名もなき個人投資家の群れが、今回の株価上昇、そして景気回復の立役者だったとしたら、きっとそれがこの国の新しい資本主義の形となるのだろう。などと、空恐ろしいことを言う。二次方程式を学ばない大衆が、訳も分からず突き動かす資本主義、そんなものを他ならぬ日本人が世界に向けて提起するというのか。言葉もない。
2006年01月31日
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「愛と死をみつめて」が、帰ってくる。どうやら此度の配役は、あの広末涼子と草なぎ剛だそうだ。ちょっと、配役にトウが立っている気がしないでもないが、いまどき1964年のドラマをよく再現しようと考えたものだ。当時、吉永小百合と浜田光夫が演じて国民的な規模で感涙を絞らされた。こちらの日記でも、強くお奨めをしようと思ったのだが、図書館にしか蔵書されていなくて昨年原作は絶版だった。この際、ぜひともあの原作が再版されることを願いたい。そう、2004年7月3日この日記でも訴えたつもりだったのだが、いま原作がふたたび入手できるのだという。「愛と死をみつめて」大和書房(クリックでジャンプします。)井筒監督は、「骨肉種?白血病?もう、やめようや。そんなん」と嘆息するらしい。しかし、自分はあのドラマに不条理にも襲いかかってくる病魔との悲愴な闘病生活を感傷したいというつもりでは考えていない。あのドラマが、いまに再生するべきだと考える理由は、最も低きに居て高きを見よう。最も貧しきに居て足らざるなきを得よう。あの高村光太郎の志操に重なる、緊張した精神の正しい強靭さを学んだという思いがあるからだ。けして直截なセンチメントなどで、いまふたたび他人の純愛ドラマを観照したいなどというような理由ではない。むしろ力を与えられ、死や苦痛や、いかなる困難との遭遇においても人は、絶望せずに立ち向かえるのだとの励ましを受けるのは我々なのである。
2006年01月30日
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たまたま、たまゆら1/fさんとスカイプしていたら高橋和己の話題が出た。「ああ」というぐらい忘れていた名前だ。そういえば、高橋和己の小説は、学生時代には読んでいないとシャレにならないぐらいポピュラーだった。柴田翔とか、今読む人がいるのだろうか。でも40年近く前には、クーペの後部座席に読んでいなくても彼らの小説を置いておくなどという男がゴロゴロいたらしい。いまの時代には、彼らの持ち合わせていた固有の背後霊は、居心地が悪くて退散してしまったのだろう。同時に作家も、忘れさられたのだ。ところで、高橋和己というと自分的には小松左京の友人という肩ごしにポジションが据わっているような面がある。たまゆら1/fさんから、梅原猛の話題も出たけれど梅原猛だって当時高橋和己との交際が知られていて、作家高橋和己と懇意な学者みたいな話題のされ方さえあったぐらいだ。個人的には、あの「隠された十字架」の出版直前に梅原猛の肉声で著作の構想を聞くという機会があって、凄い才能だと思った記憶がある。彼の恩師が、たまたまうちの学窓に教鞭を取っていることもあって、キャンバスを歩いているときにすれ違ったりしてその後出世するのは想像できなかったが、群を抜いた光背を背負っている雰囲気は70年代から漂っていたという気がする。このあいだ、こぶたのベイブウさんの映画評に小松左京の「復活の日」がでてきたので、思わずコメントをいれてしまった。小松左京さんとはあの土佐堀通のYMCAの隣のビルで30分ほどお話した記憶がある。自分が、あまりに小松左京のファンなのでならば紹介してあげると言うことで親切に米国経済文化交流局の広報担当官氏がつれていってくれた。ビルのラウンジでお逢いした。当時推量するに「さよならジュピター」って作品の失敗で、相当財政的に堪えておられた時期らしくて、日本で急成長期待型研究開発ベンチャーがいかに成立し難いのかを状況論中心にいろいろと示唆に富むお話を聞かせていただいたのだけれども、その後の10年を考えると、せっかくのアドバイスを活かせなかったと忸怩たる思いが残る。まさしく小松氏の述べるとうり、第三次ベンチャーブームは状況的に不首尾な政府系主導で失速する。個人的にも、酷い目にさまざま遭遇したと思わずにいられない。中央公論1月号に、山本一郎が「ネットトレーダーバブルの実態」という特集の中で一稿を割いていた。平素、WEBを通じて感じている体感と合致する論評だと思う。「ここ2年の間に証券市場に参入してきた個人投資家」というブロックが、いわゆるギャンブラー投資家として、すでにわが国の経済を突き動かしているという様相を描写している。その主流が、急速に口座開設を顕著に伸長させているのが三十代女性であるという。そのあたりの消息には、さもありなんと思うところもありつつも少々絶句させられるものもある。少なくともネット証券各社の収益を事実上支えているのは、他ならぬインターネット人口の急拡大に伴って増え続ける二十代から四十代の「比較的新しい個人投資家群」なのだそうだ。小松左京や、高橋和己が、果たして高度資本主義のイメージにこのような局面がおとずれるなどと想像したのだろうか。実に、興味深い。そういえば、持参した小松左京氏の作品「明日泥棒」の初版本にサインをいただいた。あの初版本の装丁は、安部公房夫人の仕事だとか。
2006年01月30日
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特別捜査部の役割は,社会の公正を確保するため,その闇の部分に光を当て,腐蝕を切除することにあります。もちろん,腐蝕に巣くう人たちは狡猾であり,簡単に摘発されるような愚かな真似はしていません。捜査機関に手掛かりをつかまれないように,二重三重に防御手段を講じ,関係法令も十分検討し,処罰法規をすり抜けるようにした上で動いているのが常であり,この闇を暴き出して刑事訴追に持ち込むのは至難の連続です。 このような困難を打開して捜査を進めるのは,悪いことを悪いと感じることのできる素朴な正義感と,実直に生活している人々の生活と利益を守ることに対する熱意と法律適用を多角的に検討し駆使する能力です。「捜査してみても証拠が得られるかどうかわからない」とか,(専門的な言い回しになりますが)「事件の筋が悪い」とか,「法令の趣旨からは違法であろうが,判例がないのでどのようにしたものか」などの理由で,摘発を躊躇しがちにもなるのですが,しかし,そもそも腐蝕に利益を貪ろうという人たちは摘発されないように巧妙な仕組みを作っているのですから,多少の困難を前にして捜査をあきらめたのでは彼らの思うつぼです。額に汗して働いている人々や働こうにもリストラされて職を失っている人たち,法令を遵守して経済活動を行っている企業などが,出し抜かれ,不公正がまかり通る社会にしてはならないのです。 闇を覆っているものがどのような社会的勢力であろうと,どれほど困難な障害が立ちふさがっていようとも,ひるまず,たじろがず,あきらめず,国民のために,社会のために,この闘いに一身を投げ打ってもよいという検察官と検察事務官の団結によってのみ難局を打開して進むことができます。このような志を抱く若い人たちが,私たちの後に続いてくれることを待っています。 東京地方検察庁特別捜査部長 大鶴 基成 (クリックで、ジャンプします。)堀江貴文は、ちょっと運が悪かったね。昨年、4月に東京地検特捜部長に就任した大鶴基成氏は一味違う人らしい。年齢は、50歳って。もともとそうでなければ困るんだけれども、特捜部長歴代の中でも特別正義感が強いらしい。いや、その正義感の拠り所が「額に汗して働く人」「リストラされて職を失っている人」「違反すれば儲かるとわかっていても法律を遵守している企業の人たち」に目線を据えるといっている。しかも、自分の個人的なソースからのか細い風評を聞いても、どうやら額面どうりにそういう人らしい。いつも、こういう人が特捜部長に就任して貰わないと釈然としないよね。いい仕事して貰おうね。左から2人目が、大鶴基成東京地検特捜部長である。
2006年01月29日
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うちのコメントで書いていただいた>ものごとは、ついでということもあります。この「ついで」というお言葉見逃してたかもしれません。上記、もうちょっと真剣に読んで見ます。ありがとうございます。ぼんさらすーぱーさん ぼんさらさんの日記でコメントしたのは、いま話題の人となりつつある山根会計事務所長フォレスト・コンサルタンツの山根治氏のサイト「ホリエモンの錬金術」の事である。こちらの凄いことは、昨年の3月から一貫して堀江貴文を糾弾的に追求し続けた姿勢だろう。同じことに気づく事業者は多かった。事実、山根治氏もご指摘のようにライブドアには、機関投資家の出資は、極めて低くプロはライブドアなど歯牙にもかけていなかったことは事実が物語っている。しかし、この楽天広場ですら相当数の堀江貴文ファンがいて必死にライブドア擁護を弁じていたりする。いかにホリエモンブームが凄まじかったを示している。つまり、個人投資家にとっては、ライブドア=ホリエモンは、こと楽天日記の面々にすら影響を及ぼすほどの圧倒的なマインドコントロールに成功していたわけなのだ。報道番組まで大量に放送する各局の姿勢を昨年二月、ニッポン放送株争奪戦のさなかにあったフジテレビの村上光一社長が「あまりにも“狂騒曲”」と異例の批判をしたが、勢いは収まらなかった。TBSの番組「ブロードキャスター」によると、各局ワイドショーが昨年一年間に堀江社長を取り上げた時間は、計五十四時間六分四十八秒、年間ランクの六位になった。人物を取り上げたものでは一位の小泉劇場、三位の若貴兄弟に次ぐ。そうなのである。この一連の事件の秘密は、メデアの無節操なホリエモン獲得合戦がからんでいるのだろう。つまり、堀江貴文は、視聴率がたたき出せたのである。逆にいえば、ライブドアの最大の資産は堀江がテレビ露出度に相関して、手堅く確実に視聴率を取れるキャラだったことに依存していたという事なのだと思う。なぜこのような現象が起きるのか。その謎については、すでにここで究明したと思っている。不倫と経済社会6あまり、何度も同じことを述べてシャルドネは脳軟化症かと疑われかねない。まあ、その兆候が無いともいえないのだから、否定もしないがメデアは罪つくりな機制なのだ。もう一度、拙生「不倫と経済社会6」を再読ください。メデアが、モラルを代位している社会。それが我々の暮らす日本なのだ。竹村や中曽根が、道徳教育を賦活するなどと、またまたタワゴトを言っている。道徳教育など、メデアの存在の前に一切無力だと歴史が証明するだろう。
2006年01月29日
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ホリエモンに関する便乗本とかヨイショ本も何冊か出版されています。ヨイショ本の極めつけは、堀江さんと竹村健一さんとの共著、「世界一の金持ちになってみろ!」(太陽企画出版)です。 竹村健一さんは、堀江さんとライブドアを評して、「つねに最新分野にアプローチし、高収益事業にしていく堀江さんは、まさにネット時代の申し子というべき存在です」(P.196)「非常に正統的な経営者」(P.197)「このライブドア成功の重要な力となった人(山根注、税理士の宮内亮治さんのことです)は、いまCFO(最高財務経営責任者)として、堀江さんをサポートしています。」(P.200)「堀江さんの経営センス、財務への十分な理解」(P.200~201)「成長を続けている本物のベンチャー企業」(P.222)と、最大級の賛辞を呈しています。 竹村さんは一応功なり名を遂げた著名な評論家ということになっています。ここでは大先生の有難いご託宣の一部を紹介するにとどめ、敢えてコメントを差し控えます。私の分析にお付き合いいただいた賢明な読者諸氏のご判断にゆだねれば十分だと思うからです。(クリックで「ホリエモンの錬金術」へジャンプします。)がんばれ、竹村健一。その調子で、日本人の道徳教育を中曽根と一緒に考えてみてくれ。きっと日本中に、言行の責任をとらない子供が溢れかえることだろう。(フジテレビ「報道2001」1月29日をみながら)
2006年01月29日
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因 俊郎さま新年のご挨拶をいただいておりながら、失礼をいたしております。現在、豪雪地帯で知られる滋賀も湖北のあるプラントに関わって単身赴任生活です。ご想像いただけるかと存じますが、新年早々重労働の雪掻きにはじまり、身辺を整えるのに忙殺され息絶え絶え状態でした。ようやく雪が融けて人心地。いただいていたメールにご返信させていただく余裕ができたというあたりです。さっそくながら、東京フォート時代の厨房青年たちがどんどん虚名を馳せて世間を騒がせている風景は、忸怩たる思いがいたします。サイバーエージェントの藤田晋、クレイフィッシュの松島庸、あの2ちゃんねるのひろゆき、切り込み隊長、ライブドアの幹部連中、、、みな東京フォート内外の周縁的な人士でしたね。8ビットパソコンを与えられた中学生たちが、そのままネットバブルの主力に流れ込んだとわたしは俯瞰していますが、「ものづくり」マインドには首肯することもなく青年期を迎えて、カネがすべての世の中の烏雄となって跋扈しているこの時代には、いつか大きな教訓が残されてゆくことになるように老婆心ながら思わずにはいられません。2006年、今年も宜しくお願い申し上げます。シャルドネ拝
2006年01月28日
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♪ Woman”Wの悲劇”より もう行かないで そばにいて 窓のそばで腕を組んで 雪のような星が降るわ 素敵ね もう愛せないと言うのなら 友だちでもかまわないわ 強がってもふるえるのよ 声が・・・・・・ ああ時の河を渡る船に オールはない 流されてく 横たわった髪に胸に 降りつもるわ星の破片(かけら) もう一瞬で燃えつきて あとは灰になってもいい わがままだと叱らないで 今は・・・・・・ ああ時の河を渡る船に オールはない 流されてく やさしい眼で見つめ返す 二人きりの星降る町 行かないで そばにいて おとなしくしてるから せめて朝の陽が射すまで ここにいて 眠り顔を 見ていたいの ♪ 作詞:松本隆 作曲:呉田軽穂 編曲:松任谷正隆ライブドア関連のネット上のコンテンツを、さまざま読みながらこの薬師丸ひろ子の往年の名曲「 Woman”Wの悲劇”より」をiPod nanoで聞いているとしみじみする。当時、84年。まだ、ファミコン初代が全盛期だろう。堀江貴文らが、パックマンをやらかしていてもおかしくない時代だ。堀江12歳の頃の歌唱か。でも、薬師丸の声は染み入る。おっと、考えてみれば自分がひいきの松本隆とユーミンの組み合わせは聖子のあの「赤いスィトピー」と同じなんだ。 もう一瞬で燃えつきて あとは灰になってもいい東京拘置所で、殊勝げに堀江はそんなこと思ってはいないだろう。東京地検特捜って、ヤクザのボス級ですら避けられるのならば小指差し出しても我慢できるというほど苛斂誅求は厳しいらしい。
2006年01月26日
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野口が殺されたのは事実だ。 堀江自身は暴力団とは関係ないが、元三和銀行出身の熊谷副社長は、 旧三和系列とのつながりで、関西系暴力団とは深い関係にある。 ライブドアと旧三和系列との人脈・資金・業務のつながりはおいとくとして、 ライブドアを故あって辞めたヤツは大なり小なり脅迫を受けている。 事実、過去一年以内に辞めたヤツには、現在、ライブドアから脅しの電話がかかっている。 おれも、昨日、携帯に来た。 本人を脅かさず、別居している親や兄弟、または女房・子供を脅迫することもある。 沖縄とも旧三和系列が使うソフトハウス、人材派遣などは沖縄出身者が多く、 旧三和の計算センターにも多数の沖縄出身者が奴隷的に酷使されていた。 それらの人脈を使って、熊谷が殺人司令を出していたのは間違いない。 今ごろ、三菱東京UFJのかつての上司と連絡を取り合い、善後策を協議中だ。 なお、野口を殺害した関西系暴力団とは、京都の街金を一手にとりしきる 会津小鉄会系であることは明白。 (クリックでジャンプします。)1月13日月曜日の日付で、このような発言が巨大掲示板になされた。この事実や真偽は、ここでは議論のしようがないが第三次ベンチャーブーム渦中で出資組合が歓迎しない素材屋という資格で迷走しながら実体験したわたしの記憶の中からという「か細い資格」の限りで述べれば、この書き込みのリアリティはあると述べていい。私は、旧大和銀系の支援であの日本電装などと三次元バーコードの世界標準を競いあうという野心的な研究開発型事業者の会社代表らとしばしば同席したことから懇意になり、なかば盟友として活動していた時期がある。一部、出資組合が交差していたことも相互に打ち解けた理由である。書かれていることが事実であるかどうかは、一旦棚上げにするがその世界は概してこのような魑魅魍魎な動静であることは申し上げられる。あの90年代後半、本来ならば一切キャッシュフローが静止している筈の巨額不良債権で世間で喧伝されている不動産取次会社や、リース会社などのわけありな「資金」が、ベンチャー事業者へ不思議な還流があった。これは監視しているはずの債権者である金融機関、銀行の「焦げ付き規模圧縮」の水面下のワークに、急成長期待型事業者が狙い定められていたからに他ならない。世間で想像されているよりも、遥かにベンチャー事業者の多くと「民暴」「似非同和」「貸し金」などの目論見とは近接している。マザーズなどに、暴力団系のベンチャーが輩出したのは後に多くの人たちが知ることとなったが、すでに第三次ベンチャーブームは金融収縮の景況下間違いなく反社会的経済活動の人脈と交鎖して活動を維持せざるを得ないところにまで追い込まれていたのである。
2006年01月25日
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著しい新規性を有する錬金術技術の事業化・・・だったんでしょうかね。 alex99さん いつのまにかベンチャー事業者(急成長期待性革新的研究開発事業者)の意味が、怪しげな拝金的売国主義者や、その同伴者の意味になってしまった。それは、90年代の長引く「不良債権処理」の過程で地下経済との呼応関係として生起してきたと言ってよい。たとえば、あのバブル期に喧伝されたNTT株売却益は一体どうなったのか。一部慧眼な人士以外は、その消息も行方もまったくご存知ないことかと思う。いまあえて、NTT株売却益の話題を呼び返したのかといえば、その動きこそが一連の第三次ベンチャーブームの「正体」を浮かび上がらせるものだと感じるからだ。通常、当該の「特定新規事業」(つまりベンチャー性の高い事業)の支援施策はご承知のように各省庁が省益拡張の具としてつねに補助、助成に事細かに関与してゆく。それは事業軌道にのった段階で、制度支援措置を実施した担当官庁の勢力圏として了解することを当然のように折り込んで組み立てられている。そのため、ベンチャー支援制度を期待する事業者は一旦公的支援を被ればそれはつねに自らの事業が、なんらかの「官庁銘柄」となることを肝に銘じなければならなかった。これは実態として、そうであった。ところが、あのNTT株売却益をファンドとして組み立てられた事業支援制度の運用組織は、それら各省庁の出先機関や外郭団体、特殊法人ではなかった。---基盤技術研究促進センターいまは幻の組織となった、基盤技術研究促進センターという財団が存在した。この組織は、いかなる省の監督指揮のもとにはなく、なぜか通産大臣と郵政大臣の指導監督責任所管先ということになっていた。センターの職員は、役員を除きすべて出向者であった。総額二千七百二十億円ものファンドは、たちまち雲散雨消している。いうまでもなく旧電電公社民営化に伴いNTT株売却益などと喧伝されているが、元々は国民の資産の一部と考えてよい。それらは、こともなげに標榜基盤技術研究セクターなどと称する事業者もどきに蕩尽された。蕩尽された証左は、一切投じられた金員は戻っていない。つまり、NTT株売却益はものの見事に「消えるべくして」消えたのである。-----独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) alex99さん ご指摘の「錬金術」を体現したとしか考えようがない組織。それが、基盤技術研究促進センターであった。多数国民が知らぬまに、その底抜けのバラマキ体質に呆れるがなんら責任も取らぬままにあれよあれよと別途組織に継承されていった。継承した組織をNEDOという。この甘い蜜に群がった政治事務所、官僚OB、民間企業は数知れない。いってみれば研究開発型事業とは、これら国庫金荒らしの隠蔽にいたって重宝な「方便」にまで貶められたのである。○大島(令)委員 それでは、今大臣の御答弁では、立法の趣旨を十分果たしてきた、リスクの高い研究ではあるがそれなりの成果はあったということ、また外部評価制度も設けてきたということでございます。 しかし、大臣も申されましたが、総額二千七百二十億円が出資され、特許料収入は累計で二十五億円。 私は、この法律を見たところ、第三十二条には業務方法書の規定がございます。そして、三十五条には予算等の認可、これも経済産業大臣及び総務大臣の認可を受けなければならない。財務諸表についても、損益計算書等含まれておりますけれども、同じく両大臣の承認を受けなければならない。そして、三十八条には利益及び損失の処理の規定。さまざまな規定がこの法律の中に含まれているわけです。 このようなことをきちっとやっておけば、途中で、十五年もたたずに何らかの手を打つ中で対策がとれたのではないか、NTTの国が持った三分の一の株の配当の利益は国民共有の財産であり、見通しがおかしいなと思った段階で手を打てばこのような損失はないのではないかと私は思います。 こういう法律の条項に照らし合わせての総括は、どのようにお考えでしょうか。 ○日下政府参考人 特別認可法人でございますので、先生御指摘のような形で、両省でしっかりセンターの運営のあり方について見ていくことになっているのは、御指摘のとおりでございます。 センターが従事をしていますのが基盤技術の研究でございますので、やはり成果につながるのに時間がかかるという面がございます。そういう面で、制度創設以来研究成果を見守ってきたわけでございますが、なかなか難しいと予想していたとはいえ、それが特許につながる、また特許そのものがまさに活用されて特許料収入が続々と入ってくるということにはなかなか立ち行かないということがわかってきたわけでございます。 そういう面では、総務庁からの指摘でございましたり、それまでの研究の成果を踏まえまして、平成七年には外部評価、特に経済性の面から、単に研究開発がうまくいっているかどうかではなくて、それがまさに基盤研究、幅広い形でインパクトがあって産業につながっているかどうかという経済性の面からの評価を強化してきたわけでございますし、その後、新規案件の採択につきましても停止をするに至ったわけでございます。そういう面では、それぞれ、私どもとして気がついたところで手を打ってきたところでございます。
2006年01月24日
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堀江貴文ライブドア社長の「逮捕」の意味するものは、端的にいって第三次ベンチャーブームの終焉という風に集約できるのではないだろうか。実は、第三次ベンチャーブームは1998年には終わっていたという風に言われている。当時の経済誌には、そのように記されていた論評が多かった。「特定新規事業実施円滑化臨時措置法」という省令が、当時の通産省の所管の下、政策的に扶育されようとした官許的な国内経済圏における新規事業者の「特定化」(優先的優遇措置方針)を政策的に実行しようとする目論見があり、これなどを根拠にして起きたブームであった。いわく「新商品を生産し、若しくは新たな役務を提供する事業又は新技術を利用して商品の生産若しくは販売若しくは役務の提供の方式を改善する事業のうち通商産業省の所掌に係るものであつて、当該事業に係る商品又は役務が事業活動に係る技術の高度化若しくは経営の能率の向上又は国民生活の利便の増進に寄与するもの」を指導育成するという骨子であった。この背景にそって、有名な「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法」などが95年頃、主に「研究開発型事業者」を想定したかたちで支援方針としてデザインされていたと思わせる制度構成である。 (1) 著しい新規性を有する技術に関する研究開発 (2) 著しい新規性を有する技術に関する研究開発の成果の利用(事業化) (3) 著しい新規性を有する技術に関する研究開発の事業化に必要な需要開拓これは、当時経済官僚らにとって掲げられていた理念の一端を示すものである。ベンチャー事業とは「革新的新規性」の含有されたビジネスモデルがまっしぐらに真摯に念頭に置かれていたという証左だ。すくなくとも私は、そのように思っている。しかしながら現実には、その後の経済の動きはそのような研究開発型事業者にはいかなる追い風も吹くことはなく、連打された緊急経済対策の掛け声も空しく大多数の有為な事業者らに掲げられたビジネスモデルは、あの山一證券倒産劇に象徴されるように「貸し渋り」「貸し剥がし」景況とともに退潮を余儀なくされる。その空位を襲うように登場したのが、バブル期に生じた巨額の不良債権清算スキームとしての、キャッシュフロー会計(DCF)上の表現に長じた、実態で金融事業者でありながら、調達資金の再投資活動の高いスキルで急成長期待を演出し続けようとする一群の新規事業者らの勃興である。今日、ベンチャー事業者として世間に認知をされているものは、むしろ98年以前の旧通産省時代、想定外であった「著しい新規性を有さない」事業者で占められていることに大多数国民は、もやは気づかないのである。経済産業省は、すでに当時のベンチャー事業者のコアな定義に必須とされていた、それら「著しい新規性」を、成長リスクとして忌避し、定義域からなにくわぬ顔で外し始めてすらいるのである。そんな時代背景に、喧伝された第三次ベンチャーブームの瓦解劇が生み出した鬼っ子。ライブドアという事業者は、その象徴的な存在と言えよう。今回の、堀江貴文逮捕は、そんな官許第三次ベンチャーブームの迷走の果てのデッドエンドを印象させるものである。週末の安息日には、赤飯を炊いて祝いたいと考えている。
2006年01月23日
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くだらない話題で失礼。最近、目薬をさすように指示されることが多くなった。いたって頑強な男で、むかしから病気で寝込んだこともない。風邪も平気だし、熱が出てもケロっとしているぐらいだ。視力は、ともかくも眼に大きな障害もこれまでなかった。しかし、検査機の能力が凄くなっていて今後将来発生しそうな眼科系の障害も確度予想のレベルででてくるのだそうだ。そこで診断されたのは緑内障前段症状。まだ、緑内障には罹っていないし、眼圧も高くないのだけれども、予兆が出たらしい。そこで予防薬の目薬を処方されて発症に備えるというわけなのだ。目薬を続ければ、ひとつ病気を忌避できるという。ほんとうに凄い時代だな、と思う。そこで、これまで経験のなかった目薬をさす日常になったのだけれども、これがなかなか難しい。薬液の落下に、目薬の先を眺めていたのだけれども、最近眼科のナースに目薬をさしてもらったときに発見した。彼女らは、目薬を眼のポケットの方に落とすのだ。つまり、下まぶたを指でひっぱりそこに落とす。目薬の先をみないので、こわがりの人には歓迎されるコツだろう。やってみると薬があふれ出て無駄にすることが減った。あふれ出た目薬は、無精せずに塗れティッシュとか柔らかい布を水で湿して拭いたほうがいいのだそうだ。薬液は、やはり薬液なので眼の瞼周辺を侵す可能性はあるのだという。知らないということは、おそろしい。眼からウロコというものである。
2006年01月22日
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1969年11月5日、共産同赤軍派が大菩薩峠で、首相官邸占拠を計画して、鉄パイプ爆弾などの武闘・軍事訓練をおこなおうとしたが、警察がこれを逸早く察知。山梨県大菩薩峠にある「福ちゃん荘」に泊まっていた五十三人(事後逮捕を含む)の学生・労働者全員が凶器準備集合罪の現行犯で逮捕された。逮捕者の中には、塩見孝也議長など幹部が含まれており、これにより共産同赤軍派は結成当初に壊滅的な打撃を受けた。(クリックでWikipediaへジャンプします。)三島由紀夫が、激怒した。69年、大菩薩峠での赤軍派一網打尽壊滅的逮捕拘束というもの。当時、高校3年生だった自分もあの情けない逮捕劇は記憶に明るい。三島が、激怒したのは赤軍派の蜂起計画に対してではない。軍事を述べておりながら、夜間歩哨も立てずに就寝するという、うそ臭い軟弱な名ばかりの兵士たちに権力を舐めきった猪口才な革命家の不熟ぶりに激怒したのである。三島は、事と次第では赤軍派と軍事的に真っ向から対峙して斬り死にするなどというこれまた奇怪な夢想をしていたらしい。その「片思い」の相手が、これほど軟弱だとは・・・文学的に絵にならないではないか。このあたりの発想は、常人には伺いしれないところである。結果、最高幹部の議長塩見卓也をはじめとして一斉検挙により三島の夢想は潰え去りのちにあの有名な市谷総監部占拠。割腹自殺という派手なパフォーマンスに向かう。70年11月25日の出来事である。今回、ライブドアの東京地検特捜部の強制捜査報道をみていて、ふとあの大菩薩峠を思い起こした。膨大な量の電子メールだって・・・なんと軟弱な指揮系統なのだろう。権力をなめてかかっている。
2006年01月21日
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結局、@niftyから謝罪の電話。書面を提示せずに以後課金引き落としを行わない旨の連絡である。あたりまえの事なのだが、こんな程度の事がやっと出来る組織になったらしい。むかしのニィフティーサーブ時代だったら絶対にありえなかったことである。昨年6月以後電力会社の光ファイバーを利用しており、一切ADSL信号を購入している事実はない。同時に、当然のことながらADSLの利用もない。しかるに@niftyは、当方の銀行口座から半年も課金引き落としを実行してきたのである。どうやら前回の抗議で、調べたところ私の主張どうりADSL信号の利用は一切ないということは確認できたらしい。それはそうである、@niftyのADSLサービスを利用するようにと斡旋に入ったNTTは、斡旋しておきながら、またモデムを回収しておきながら、この件を放置した。また、@niftyは、消費者が信号を利用しておろうが、おるまいが契約だからと課金をせしめ続けた。契約を行うに際しては、代理店のNTTの斡旋だが、契約解除には有印文書が必要なのだという。必要なのは、@niftyの都合というものである。ちなみに@niftyは、こちらの抗議にすなおに従ったわけではない。当初、窓口をたらいまわしにされ、あげくADSL信号を購入する手続きをしておりながら利用しなくなった際に、順当な手続きをおこなわなかった「こちら」が悪いと言われた。ここからが、自分の尋常ではないディベートの開始である。窓口担当者個人に向けて、いかに@niftyが、この国の一般商慣行や市民常識を逸脱しているのかと諄々と説き伏せた。かつてのニィフティーサーブ時代ならば窓口担当らは一笑にふしたと思うが昨今@niftyでは、さすがにまともな職員が増えてきているらしい。翌日に正規の担当者へ当方から電話をいれろ、などとうフザケタ申し出を撤回して、逆に翌日担当者から私の方へ電話がはいった。天と地ほどの違いである。さらに、担当者は内容を調査。当方の主張にあるとうりADSL信号の利用は、なかったという件確認したという。しかし、@niftyはあのどにぶい古河建純社長がいる企業である。貰ったものは返せないという。冗談ではない、当方はまきあげられた課金を返せなどと言う気は、さらさらない。しかし、こちらはかならずこの一件自分のブログを通じて、またしても馬脚を示した@niftyの本性として、世に問うつもりだと電話を切った。話は、かわるが堀江貴文、宮内亮治らはニィフティーサーブのフォーラム仲間から発展した。培った人脈をライブドアへ発展させたという。古河らが、どのように考えているのかは知らないが、少なくとも経済社会は、間違いなくニィフティーサーブ時代の経営陣に「想定外」の展開をみせた。パソコン通信とはいえ、この国の情報通信ビジネスの有価値な資産は、ほとんどすべてと言って良いほどニィフティーサーブは内部に懐胎していたのである。しかし、それらの資産的な膨大な価値は、ついにニィフティーサーブは気づくこともなく空振り三振を続けた。いや、打席にすら出向かなかったかもしれない。「鈍い」ということは、恐ろしいことである。さて、今日のみちのくはじめさんの日記に「ライブドアの衝撃」という興味深い知見が述べられているのを発見した。彼の想像は、正鵠を得ていると私は思う。
2006年01月20日
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脱線好きな性格で、ついつい他所で油を売ってしまう。lalameansさんの日記「 ALWAYS 三丁目の夕日 」スレッド自分の日記の更新もせずに、居心地が良いのをいいことに長居をして、居座ってしまうなどわがオヤジそっくりで赤面ものである。まさしくこの性格は、オヤジから受け継いだものだと思っている。実は、自分はまったく親孝行な真似をしたことがない。むしろ酷い仕打ちを山ほどしてきたという気がする。人によっては、「強盗でもそんな真似をしないぞ」と、言う人もいるぐらいである。かなり無茶苦茶をしてきた。しかし、実はいかんともしがたくオヤジのDNAは自分の内面と行いに反映しているという気がしてきた。
2006年01月19日
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雑用が多い。雑用の処理と、炊事洗濯で一日が終わっている感じ。いや、一日どころか寝る時間もなくなっている。なんだ寝ついたら、もう起床じゃないか。週休二日もあってさえ、水が断水した先週末はたまった雑用と日常の整理でなにも片付かなかった。今週は、土曜日に休日返上のスケジュールが入っているし困ったものだ。プロバイダーの@niftyは、使ってもいないADSLのサービスに課金を行い、こちらの口座から勝手に引き落とししてくれている。厳重抗議した。もともと、NTTと@nifyが勝手に意見交換して当方が光ファイバーをいれる一ヶ月間だけADSLを使ってくれと、かぶせてきたもの。光ファイバーの工事が終わった時点で、不要だとあらかじめ合意の上で短期採用をしただけなのに、平気で半年も使ってもいないADSLのサービスを課金してくれている。いつものように電話のたらいまわしを行い、窓口が違うといいたてる。古河建純については、ここでこれまで何度も悪態をついたがいよいよ盗人宿の親方にみえてきた。あいつらが、だらしないから楽天だのyahooだのlivedoorだのが跋扈するようになったのだ。多くの人たちは、知らないかもしれないがあやつらの魯鈍なことは、後世の歴史に残るだろう。
2006年01月17日
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この人の仕事におけるcreativityの高さは、好き嫌いは別にしてこの国の勝ち組IT弁茶とやらの拝金的な売国趣味に比べて遥かに瞠目すべきものだ。さすがに一目置くに値すると思わずにいられない。・・・などと、ホリエモンをイメージして揶揄めいたことを記したとたんに当該の堀江貴文の「本丸」に強制捜査だとか。強制捜査以前に、このような人たちが多数世相を騒がせていることに忸怩たる思いが湧く。ひとり、堀江社長が問題なのではなくこの時代が「病理的」なのだと、心底思うわけである。ホリエモンファンの娘も、少しはまじめに世の中を考えてくれればいい、という程度だ。そもそも「風説の流布」というが、それならば堀江をテレビで頻出させたメデアの責任者を同時にしょっ引いて貰いたいものだ。メデア、とりわけテレビの責任は重い。株価操作をライブドアが意図的に実行していたとしても、それを加担的に扶助したのはテレビ報道各局ではないか。今回の強制捜査で、またメデア頻出するのは眼に見えているがどう転んでも損をしない人だな、と嘆息する。
2006年01月16日
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昨日、土曜日にもよりの(といっても5キロは走っただろうか)整骨院に水をくれとポリタンク持参で出向いた帰りなんと自分の部屋の前に鷺が休憩しているのをまのあたりにした。思わずクルマから出るのを諦めて、車窓から眺めていた。奴らも、雪でへたばっているのだろうか?気を取り直した風で、ふたたび飛び上がった。その瞬間の美しさは息を呑むほどだ。とりわけ空中で加速するまでの、わずかな瞬間、空間を浮遊するホバリングの姿は神々しい。麻原彰彰の空中浮遊とは、わけが違う。大阪を離れて、雪深い地域にいるだけで平素観ることがないものを視る。手元のポリタンクだが、これは広口清潔水容器と呼称されるものらしい。ネットで購入するよりジャスコで買った方が遥かに安い。生活安全保障上、これは大切な投資だという気がする。樹脂は、白でなければいけない。それ以外の「飲料系」転用は、リスクとなる。なぜならば長期保存した際に、樹脂内部から飲料水に顔料流出をする可能性があるからだ。特定樹脂で、飲料用のポリタンクならば、6ヶ月の保管でも水質はビクともしない筈だ。ただし、開栓をした場合にはただちに全量廃棄して新鮮な水と置き換える必要がある。いうまでもなく、空気中のバクテリアである。さて、水もらいにボロクーペで地域を走り廻っているとまた拾いものをした。地元のTUTAYAが閉鎖するというのでDVDを放出している。あのスーパーハリウッドプライスとして1,500円売りをしていたシリーズが、さらに980円でバーゲンされているではないか。実は、映画「カサブランカ特別版」もこのシリーズで購入している。「カサブランカ」だけでもVHSを含めてソフトを5本持っている。品揃えは、まずまずであり価格と品質のバランスがいい。書店やビデオショップで売っている500円ものは、画質が悪く「銭うしない」だが、廉価版もこのシリーズは、けして悪くない。気に入ったものは、手元において何度も見るものである。それが本当の映画の愉しみ方というものだ。今日は、「薔薇の名前特別版」を980円で購入した。ご存知の方もおられると思うが、この映画の製作費とそのセットに蕩尽された意匠や、技巧は半端ではない。あの「三丁目の夕日」とは、対極的である。コンピューターグラフィックスをまったく使わずに、中世の美術工芸品や、建築物、日常雑貨にいたるまで歴史博物館に寄贈ができるほどの徹底した再現品、レプリカで埋め尽くされている。しかも、俳優は世界中から選りすぐりで集められたキャスティングで、顔は一切特殊メイクがされていない。おどろおどろした作品世界を、俳優たちの地の風貌でリアリズム追求したという監督のこだわりの成果である。監督は、あまり好きな方ではないがフランス人のジャン・ジャック・アノーである。まあ、おしゃべりな奴で作品とは別に作品の緻密かつ詳細な解説をアノー自身が行ってくれている。これが聞き応えのある内容で、日本のベンチャー事業者の社長さんたちはぜひ一度この監督の肉声に当たられるが良かろうと思う。彼は、フランス人でありながらハリウッド映画の人的資源をことごとく動員し、あまつさえ巨額の製作資金を引き出し、彼の自己中心的な作品製作に一切口ばしをいれさせず、しかも世界的規模でのヒット作品に「薔薇の名前」を押し出したのである。このDVDは、このアノー監督の作品解説のおまけだけでも980円の価値はあった。この人の仕事におけるcreativityの高さは、好き嫌いは別にしてこの国の勝ち組IT弁茶とやらの拝金的な売国趣味に比べて遥かに瞠目すべきものだ。さすがに一目置くに値すると思わずにいられない。「薔薇の名前」の、原作者は世界的な知性として知られるあの哲学者ウンベルト・エーコである。ウンベルト・エーコの著述によると、この原作「薔薇の名前」は映画「カサブランカ」の意味論的に謎めいた構造を、中世世界のミステリアスな謎解き譚に翻案したものだという。アノーが、ショー・コネリーを使うといいだした時、アノーの女房とウンベルト・エーコは仰天したそうだ。仇役の「異端審問官」をつとめたマーレー・エイブラハムはあの映画「アマデウス」ではチョコレート好きなサリエリを演じた。異端審問官は、実在の人物でベルナール・ギーという。彼を、映画でごみ同然の悪者に仕立てるというのが明快さの理由なのである。この辺の好き勝手が許される映画監督というのは、無理無体な裁量権というべきであろう。DVDの中で、アノーがそのあたりの強引さについて自己言及しているが、痛快である。実は、ベンチャー事業者は、このアノーのような幸運な権力に辿りつけるのか、否かが成否を分けるのだ。
2006年01月15日
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また、子供の頃はほんとうに今から見れば、変な正義感や義侠心から、世のため人のためになることをするのは誇らしく思えたものです。最近は、その余勢で生きているものの、あまり、IT長者になる素養もなく、技術革新で世直しだと騒いでいる自分がほんとにこれでよかったのかと迷います。妻からもっと融通を利かせて金儲けをしないとただのお人よしじゃないの言われるたびに自分の主義に反することまでして金持ちになりたいと思わない自分が歯がゆい時もあります。やるだけやってお金がついてくれば良し。来なければ、それも自分の人生と割り切る心境になりつつあります。平成維新への挑戦さん実は、告白というほどでもないが子供の頃、警察官に憧れた。間違ってもピストルが撃ちたかったからではなく、やはり映画の影響が大きかったのではないだろうか。映画「警察日記」の主人公は、森繁久彌だったと思うが当時の映画で警察官と町方役人はスクリーンの華だった。意図的、政策的なものがあったにせよ庶民の熱狂がナイーブに投射できる対象だったことは、今にしておもえば不思議な程だが。勧善懲悪に飢えていたのか、戦争時代の重圧感から解放された気分が、映画勃興期に素直に弾けられた理由だったのかもしれない。小学校高学年ぐらいになると、妙に物心づいてきて打算的な知恵が廻り始める。同級生に「俺は、警察官になるのも悪くないと思っている」などと下校時に口にしたらば、一斉に反対された記憶がある。みな、お坊ちゃんたちで偏差値の高い進学校へ進み大企業や中央官庁へ向かって行ったのかと思う。個人的には、おまぬけにも制服姿の警察官に憧れていた子供時代の自分について、あまりのヌルさに呆れはしても突き放して嫌悪感を抱くには惜しいものを感じている。案外、10歳以前の少年時代に抱いた「変な正義感」に殉じて死ぬのも悪くはないような気がする。実在した新発想ビジネスヒントフォーラムの本当のオーナーであった松島君たちのように、人知れず光通信から大枚せしめて勝ち組目指して行くというのも今嘱望されている人生ではある。しかしながら、素材をもとめて北インドや中国を歩きまわっているうちに、自分などでは「融通を利かせて金儲け」をすることのビジネス上の収支はともかくも、宇宙経済的な視野でどのような収支になるのかは、さすがに分かってしまった。自分の主義に反する、などという高踏的なイズムではなく、日本人がほんとうにガムシャラに金儲けに狂奔すれば、我々の類としての命脈は確実に短くなる。これは間違いない。金儲けは、悪ではない。さりとて、金儲けを野放しにして、自己目的とするならばどこかで制動をかけねばならないという時代にさしかかっている。資本主義は、それほど堅牢なものではなくなっている。人々が気づかないだけなのである。早い話、水道管が凍結しただけで実感としてふところの中のカネの交換価値は、急降下した。砂漠にあっては、コップ一杯の水という「現物」がすべての交換価値の極相に躍り出るというのは、大学の初等経済学講義でまっさきに話題になる。初等的だが、本質的な議論なのである。日本列島を覆うこの大雪は、日本海の湿った蒸気が大気中に放出されるというメカニズムが関与している。日本海の面積は約100万平方キロメートル、日本列島の約2.5倍、最大水深は3725mと深い。平均でも1350mある。だが対馬海峡など出入りの海峡は、意外に浅く200m程度しかないから、日本海はほぼ閉じた海盆と言って良い。 石井吉徳 東京大学名誉教授 前国立環境研究所長巨大原発基地である新潟の柏崎刈羽原発がフル稼働する際の温排水は1秒間に約560トンだという。これは日本最大の河川として知られる信濃川の流量を遥かに上まわるのではないか。温排水は海水温に、プラス約7℃を付加するほどのものである。わかりきった話であるが、温度が上昇した海水では、到底溶けきれなくなった分だけ大気中に二酸化炭素を放出する。原子力発電所が、炭酸ガス削減効果が高い、などというのは真っ赤なウソである。とかく、日本人は水や海を汚すことに躊躇がない。原子力発電所の冷却水は、放射能核種をいっぱい吸い込んで日本海に垂れ流し。なにしろ日本海側の原子力関連施設が廃棄する冷却水というもの。汚染物質だけではなく、熱までも捨てている。この廃熱たるや膨大なもので日本海全体の海温を2度も上げる力があるという。ほかならぬ田原総一郎の「原子力戦争」という本に書いてある。この本が発刊されたのは1973年だ。日本のジャーナリストも、垂れ流し体質は変わらない。2004-8-11「水に流そう。」すでにこの日記でも述べたが、田原総一郎の著作「原子力戦争」(1973年発行)の中にも記述されている。ようするに原子力発電所から排出される一次冷却水は日本海の温度を軽く2℃は上昇させるほどの温排水を日本海に注いでいるそうだ。雪がふれば、どかっと降るぞとの危惧は70年代からあった。問題は、これまで誰もそれに関心を抱かなかったことだ。「首が飛ぶかどうかのときに、髭の心配をしてもはじまるまい」(映画「七人の侍」より)
2006年01月14日
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参った。丸二日、水が水道管から出てこない。水は、出しっぱなしにするようにと言われていたので忠実に開栓していたのだが、ついに一滴も出てこないままだ。職場の仲間の意見では、外食するしかないという。昨年、初夏にやってきて以来初めて外食をすることになった。風呂は、無論銭湯である。大阪では考えられないほど、遠出しての実行となる。雪が解けて、雨が降り、温度は上がってきている筈なのにどういう事なのだろう。今朝の食事にいたっては、湯たんぽの水を戻してカップ麺という屈辱的なものになった。土曜日の朝は、せめてドリップでコーヒーがいれられるようにジャスコでミネラルウォーターを購入してきた。外食先の食堂では、ひさしぶりに夕刊紙を読んだ。そういえば新聞を精読するということも、絶えて久しくなっていた。地方版の新聞を読むことが新鮮という特異な生活である。単身赴任後、はじめての外食だ。とはいうもののその記事に実に興味深い内容のものがあった。水道管が、凍結していなければついに読むこともなかった滋賀の地方版ならではのくつろげる話題だったのでご披露しておく。記事は、当地のある巡査部長の話である。山下幸市巡査部長は、滋賀県堅田署木戸駐在所に住まいをはじめた8年ほど前から従前の警察官としての業務以外に自身の新機軸を地域に向けて始めた。実のところ、日常で落し物を届けてくる小学生や就学前児童たちの善意に報いるために、山下巡査部長手製の感謝状をつくって渡し続けているのだという。路上でみつけた50円、100円のコインを駐在所に届けてくる子供たちの姿は、思い起こせば50年前の自分自身が重なる。あの時代を記憶している人に違いない、と記事を丁寧に読んでいると山下幸市巡査部長は、私と同年のロートルである。平素、警察についてはご存知のとうり悪態ばかりついている私であるが、山下巡査部長の気持ちは心底分かる。大阪府警でこれを行うのは、本当に大変だろう。まだしも人の心のすさみ方が穏やかなこの地域でこそ成り立つ行いだとは思うが、善行というものだろう。残念ながらWEB上の中日新聞滋賀エリアをみにいったがこの記事はネット上には反映していなかった。新聞の地域版だけで配信されているものだ。いまや新聞がミニコミとなった感がしないでもない。ネット検索でも登場しない、無名の人ということになる。さすがにgoogleでもひっかかってこない。この感謝状以後は、山下巡査部長の地元密着の効用が確実に根をはってゆくことになったらしくすでに数百本だされた手作りの感謝状で、地元の子供たちのあいだに山下巡査部長の認知度は極めて高いらしい。落し物をみつけると、かならず山下巡査部長に届けるという子供もいるらしい。思わず記事を読んでいて笑ってしまった。久しぶりに痛快な気分になった。「三丁目の夕日」の世界は、まだまだこの時代にして水脈を絶たれずにいた。
2006年01月13日
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雪国は、過酷である。いや、ほんとうに過酷である。大阪生まれの大阪育ちの自分には、とりわけ過酷である。四輪の自家用車がないと生きていけない、と昨年5月には聞いた。しかし、12月になってスタッドレスタイヤがないと生きていけないと知った。だが、まだまだ人生の深奥には届いていなかった。今日は、あらためて真実のみの語りかける重みを痛烈に味わうこととなる。雪国では、カネがあろうがスノータイヤを装着したセダンがあろうが会社代表であろうが、これをミスれば生きていられない急所があった。毎朝毎晩、水道の栓を緩めておかねばならない。水を途絶されるなどすれば、生命維持全般に直結するのである。飯が炊けない。顔が洗えない。トイレで号泣することになる。風呂に入れない。いまの蛇口でカランがグチャグチャと音を立ててはいるが、一滴も水が出てこないという深刻な事態にある。今日の天気は、けして悪い方ではなかった。むしろ晴天で、路上の雪は相当融けたのである。それでも水道管は、ビクともしない。致し方なく晩飯は、ジャスコで寿司を買ってきた。水道管が凍ってしまうと、料理どころの騒ぎではなくなってしまう。
2006年01月10日
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電子レンジという極めて便利なものを重用している。もともと便利なものなのであるが、ネット検索料理ばかりを連日実行しているために勢い電子レンジオタクのようになってくる。電子レンジは、毎日掃除するどころか毎回使用ごとに掃除するぐらいでいいのだそうだ。これは知らなかった。そんな小まめに掃除している人がいるとは思えないが、特性上毎回使用ごとに掃除すると、切れ味がよくなるらしい。食品の汚れがレンジ内で、マイクロ波を乱反射させて加熱むらを原因させることになるからだそうだ。仕組みが理解できても、掃除となるとおっくうである。ところが、そこは電子レンジである。極めて簡単に、毎回掃除できる裏技がある。コップ一杯に水をいれ、500Wならば2分ぐらい加熱するのである。お酒の熱燗のような気分で電子レンジで加熱するとレンジ庫内は蒸されて汚れが落ちやすくなっている。そこでペーパータオルや濡れフキンで内部をひと拭きするのである。無精者のわたしが、できるのであるから誰でもできる。これで電子レンジ調理のキレが飛躍的にアップする。少しでも旨いものを食べるためである。さきほど、酒の肴に焼き鳥バイキングを電子レンジで暖めなおした。掃除をしたあとで加熱するのだが、たかだか暖め直しただけに過ぎないが実に上手く仕上がってきたのに驚いた。ことは電子兵器である。兵器の手入れは、やはり重要だ。
2006年01月09日
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毎年、一月には映画「カサブランカ」をみることにしている。しかし、今年は気分転換に「ニューシネマパラダイス」をTUTAYAで借りてみた。ひとつには、葬儀の直後ということも関わっているからかもしれない。あの映画の中ではアルフレートおじさんの葬儀が極めて大きな意味を帯びている。雪の湖北へ帰宅する前に実家の大きな液晶画面でみておきたかった。観ていながら、このDVDは以前にみた映画とはまったく別の作品なのではないか、ということに気づいた。左様、皆さんご存知のとうり自分は、「ディレクターズカット3時間完全オリジナル版作品」というものがこの映画に存在することを知らなかったのである。いや、驚いた。89年に劇場公開版が登場して以来、何度かこの映画をVHSなどでみたのである。それがこういう映画だということに、今のいままで気づかなかった。良い悪いは、別にしてこれはまったく別の作品として考えてよいのかもしれないと思う。どちらが良い、というようなことではない気がする。新鮮な気持ちでみることのできる新しい作品を提供してくれた監督に、感謝である。劇場版は、たしか2時間ぐらいのもの。この完全オリジナル版は、なんと3時間もの作品である。しかし、見ごたえはあって3時間などあっというまに過ぎてしまう。あとでネット検索して、この完全オリジナル版を嫌っている多くの人たちがいることを知った。分かるような気がする。たしかに劇場公開版の感動というものが固有のものとして存在するのである。しかし、それはそれとして個人的には、この完全オリジナル版と出会ったことはそれほど悪いことではない、という気がしている。自分は、トトの気持ちにすぐに憑依できる。自分の生まれた町に、イタリアの映画館とそっくりな小さな映画館があった。放火された実家の眼の前の商店街の中にあって、映写技師はわたしの父親と懇意だった。実は、密かに当時映画館がふさがった深夜、商店街の店主たちを集めて成人向けの映画を上映しているという風評が地域にはあった。その中心人物が、昭和30年代の大阪におけるわが父親とその友人の映写技師だったらしい。木下恵介作品を、まじめくさって上映していた映画館が裏でそのような不良な真似をしていたとはおかしい。映写技師に甘えて、映画館と映写室に潜り込んではよく怒られたものだ。完全版は、なんだかメロドラマのようだと母親は言う。たしかに、蛇足のように多くの映画ファンから酷評されているのは成人したトト少年を演じるジャックぺランJacques Perrinと、ブリジットフォセーBrigitte Fossey の老いらくの再会である。だけれど、自分にはこの蛇足が嬉しい。なにせ、ジャックぺランは自分が大好きなあの「Z」や「戒厳令」を、鬼才コスタ・ガヴラス監督とともに製作した人物である。今なお政治ドキュメント映画として、あの2作を越える作品は、そうそうざらには存在しない。そして、若い日の出会いが果たせず老いてトトとめぐり会えたエレナを演じる俳優、ブリジットフォセーは、あの映画「禁じられた遊び」Jeux interdits で、いまなおわれわれの眼に鮮烈に焼きついているのあのいたいけない少女 Paulette その人の長じた姿なのである。 映画を知らない人たちも、ギターの奏でる「禁じられた遊び」テーマ曲R o m a n c e (Spanish Folk Song) を耳にしたことがない人は、いないだろう。この映画は、わたしの生まれた1952年上映作品である。完全版は、ある意味で映画「三丁目の夕日」について抱いた自分の感慨と似かよった、思惟的な世界にいざなう。これが多くのファンが、完全版を嫌う理由だろう。あの、あまりにも有名な映画のラストシーンも完全版では、意味を大きく変えてしまう。意味の変容は、作品にとっては重大な改変なのだからファンは、怒りもするし嫌いもする。だが、完全版の放つメッセージは、「ニューシネマパラダイス」に商業的な成功とは別の苦いメッセージがこめられていたことを教えてくれる。
2006年01月08日
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金曜日、実家へ向かう。しかし、驚いた。娘の祖父が他界したのである。年初の日記で、母方の親戚が極めて重篤な事態にあることは述べた。しかしいきなり足元に直撃するとは夢にも思わっていなかったのである。なにか予感がしたというわけでもなかったものを・・・まっしぐらで実家へ。母親を拾いあげて娘がいて祖父の遺体安置された通夜の席へ急いだ。父方や、母方の葬儀は80年代以前になんども経験した。通夜の席で、親族が寝ついているなどということはあまり経験がない。母は、騒がしい性格のうえに眼の治療が成功裡にすんだこともあって通夜の席でひとりで演説モードだ。娘は、夜半だというのに腹が減ったなどといいだし致し方なく深夜営業中のファミレスにつれていったりなどした。空腹がすごせると、たちまち通夜の席で寝入ってしまった。通夜の席で、寝入るなどとは・・・(もっとも眠いのだから、寝ちまうのは仕方がない。しかし無用心になるのはまずいから、交代で不寝番をたてるぐらいが望ましいと思う。)滋賀の農産地で味わった20年前の葬送とは、娘ら世代がかかわる都市型のそれとは相当違ってきているような気がしないでもない。翌日は、娘の母親の意向もあってキリスト教の葬儀となる。これもはじめての体験である。戦前、近江八幡のヴォーリズの下でクリスチャンであった母親も葬儀などで牧師がとりおこなう葬儀に参加するのは50年ぶりぐらいの事ではないだろうか。母親は、昨今僧侶が葬儀にかかわって多額の金員をかっさらうという社会的な傾向にいきどうりを抱いている。キリスト教の葬儀もよいのではないか、という考えらしい。坊主憎ければ、葬儀もキリスト教会でという発想になる。いかに、葬式仏教が嫌われているかという証左である。奴を埋めるにゃ金はなし お役人が死体を横目でにらみ鼻をつまんで 出した金 1万642円3分待ったら 葬儀屋が ジャンパー姿でやってきた入ってくるなり 出た言葉 あと 2万円はいりますぜ葬式にも いろんな型があってね この死体にゃ悪いけど 霊柩車はつきませんでも そう きっと 友達が 花束 送ってくれるでしょうよ2日たって 坊主がやってきた 光った 自家用車でね衣のシワを気づかい説教 請求が2000円赤土の中に 奴は埋められ 道端の小石が 目印さ神よ 奴の魂たのみます 墓場の土に請求こねえようにネ何がどうなり こんなにも 葬式ってやつは こんなに高い俺たち 貧乏人 おちおち死ぬことにもかかれない(赤土の下で/ 詞曲 加川良)そうだ、岡林信康も加川良も母親と同じ滋賀県人であったのを今思い出した。岡林は、その母親が通いつめていた教会の日本人牧師のこせがれである。棄教した母も、キリスト信仰者には多少理解があるのかもしれない。娘の母親は、神道で婚姻の報告祭を行ったとはいえ神道などを信仰しているわけでもない。キリスト教の洗礼を受けて、実父を年末に早々と受洗させたという。坊主の出番がまったくなくなっているのが愉快だとわが母親はいう。土曜日は、葬儀で賛美歌づくし。いつくしみ深き 友なるイエスは罪とが憂いと とり去りたもうこころの嘆きを 包まず述べてなどかは下さぬ(おろさぬ) 負える重荷を 「友なる」という歌詞の穏やかな表現のありかたに、泣ける。兵庫の火葬場は、にわかに混雑しているとかで宝塚へ遠征させられた。季節は、非情にも老いた人たちに昇天を督促するシーズンにさしかかっているのだろうか。考えれば妹の亭主も、1月6日が命日だ。送迎バスの車中、誰も賑やかに話題交歓することも少ない中で自分と母親だけがさばさばと自分たちの葬送に抱負を述べあって周囲には奇異に映ったかもしれない。「土葬は、いつからなくなったのかなぁ」「最近は、火葬になったらしいさ」と母親。「土葬も、農民の弔いには悪いとも思えなかったがなあ」と、わたし。「自分の時は、散骨して欲しいね」本気とも、冗談ともつかない希望を母が口にする・「太平洋がいいのかい。日本海か」息子の自分は、誰も知るようにいたって薄情なやつである。そうだ、俺は琵琶湖に散骨して貰おうと思い立つ。滋賀の地で、琵琶湖の湖底に散って鮎の背骨にでも転生したいものだ。
2006年01月07日
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さて、また雪との格闘の毎日が戻ってきた。母親は、視力を戻して気力も取りかえしたらしい。やはり、情報の入力出力は成人にとっても大切なものだと思わずにはいられない。足腰を鍛えるのは、若いうちかもしれないが、その成果は老いても大きな意味を帯びてくる。外気に接して世間の事物に触れることがどれほど大切なことか。とりわけ視力は、外界との窓口だ。白内障の手術を見事に成功させて、生き返った思いがすると母はいう。映画のひとつも観てみようという意欲も湧くだろう。液晶テレビの大画面にも関心が出てくるというものだ。家電店で、シャープの製品が高額でも飛ぶように売れていると聞いた。いずれも人間の五感のうちでも視力依存の意欲がどれほど大きい消費経済に寄与しているものかを窺わせる。ここの処、実に能弁なのである。遺書代わりというわけでもないのだろうが、今となっては息子の自分にしか理解されない、家族史の断片をつなぎあわせて大河小説かなんぞのように一斉に語り始めてきた。聞けば、世間の人には何のことか理解もできないようなエピソードや人物評の連続である。ただ、他ならぬ息子の自分にとっては、いたって興味深い内容ばかりである。歴史は、誰も知るように列伝がもっとも愉快で血肉になるというものである。母親は、湖南の地に大家族で育った。こちらは大阪生まれの大阪育ち。この天然のバリアというのか、ギャップは本来大きい。いつも自慢話は、その大家族ぶりだ。しかし、その女系大家族が次第に朽ちてきた。早い話、病床につき身動きできない叔母たち。集中治療室を出たり入ったりという親戚も増えてきた。考えれば、なんどもこの世の妖しいものに殺されかけたわが母子が意外なことにもっともタフで頑強なのである。これは天命だろう。世間受けする大業績は、とげられないまでも耳傾けて天命の所望するところを本懐として果たさねばならない。週末には、もういちど大阪に戻る。
2006年01月04日
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一昨年、5月にこの日記で「人は、戦争で死ぬために生まれてはこない」という発言をした。あまり関心をよばなかったとは思うが、自分なりに見聞したかぎりでの50年を集約したもののひとつだと思っている。昨年、彦根市で県側が滋賀県下での空襲について目撃情報を収集しているのを知った。あまりにも遅きに逸した感もするが、戦争を知らない新しい世代が戦中派とは違った新鮮な問題意識で取り組み始めた胎動ではないか、と企画グループに連絡を取ってみた。誰が実質的な動きをしているのか末端では掌握しかねている、との事で組織内部でその動きの中心がなへんにあるのかを調べてみるとの声に終わった。自分は、わが母親は目撃証言どころか、殺されかけた当事者そのものなのである。また、当時殺された母子などの悲惨な現場について存命なあいだに語り継ぎたいと希望してもいる。また往時アメリカ軍戦闘機に殺された、もしくは殺されかけた人々も相当な高齢者であろう。なるべくならば生存者間でも体験交流を望む声があるやもしれない。県側があたうかぎり早期に生存者間の交流の仲介をなさるがよい、といらざる老婆心で窓口に告げた。窓口担当者も、わたしの述べることの意味合いをよく理解して、早急に善処したいと言ってくださった。それが昨年の8月だったのだが、なにしろ半世紀も前の事件だ。こちらの思いの半分も、伝わりはしないだろうと諦めかけていたのである。ところが、どうやら県側でもけしてこの件忘れていたわけでもなかったらしい。母親が、白内障の手術を控えていた11月の入院直前に電話で取材の依頼を伝えてきたという。12月にも再度手術があることでもあるし、母親は翌春の訪問を希望して、了承されたとのことだ。自分にとっては、伝聞である。さりながらことは生みの親の生き死にの問題。早い話、母親が殺されていたら自分は生まれてはいない。さすがに他人事ではなかったのである。その辺は県の窓口も納得していた。時間はかかったが、45年の敗戦直前、アメリカ軍戦闘機による無抵抗市民に対する虐殺行為が、歴史に記録されることはぜひとも実現して欲しい。東京大空襲では、殺された人があまりにも多すぎる。あんな一晩の惨事で10万人も一度に殺されたのでは、腹を立てたくとも肝心の当事者が殺され過ぎているということもあろう。また、そんな大規模な殺戮では殺した野郎どもも組織然と統率されており、多分個々人は当事者意識が希薄に違いない。殺人鬼の集団も、その総大将であるカーティス・ルメイに日本の内閣総理大臣から勲一等旭日大綬賞という既知外じみた勲章をくれてやっている。国民がいかに悔しくても、自民党政権が続いているあいだはアメリカに意見のひとつも言いづらいかもしれない。しかし、わが母親を屠殺しかけた戦闘機は多くて3機である。戦闘機に、2人、3人と載っていることはありえない。つまりは殺人犯は、調べればわかる。たかだか3人なのだ。戦争犯罪だの、時効だのといっても事実を克明に記録しさえすれば歴史はかならずこのアメリカ軍戦闘機の犯罪を断罪することだろう。幸い母親は、見事に白内障手術の成功で視力を取り戻した。正月休みに、問いただした処当時の現場を描写する手記を大学ノートに書き進んでいるらしい。仕上がれば必ずWEB上に全文を掲載し、事と次第では英語訳してみたいと思う。犯行に及んだアメリカ軍パイロットにしても、個人ではいかんともし難いとはいえ、県が手を尽くすという意識がありさえすれば名前の特定まで実現できる筈である。
2006年01月03日
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年末年始で、わが襤褸クーペで500キロは走破しただろうか。大阪と滋賀の二重生活は、意味もなくせわしいのだが自分の思惟的な性格Speculated characterには好都合な面がある。いろいろ移動中に思い巡らせることは余人は知らず、自分的にはすこぶる快適なのである。大阪では、実家でDVD版「パッチギ」をみて時間をつぶした。正月は、ワーナーマイカルでもう一度「三丁目の夕日」をみた。そのどちらも少々凡百の映画の中で抜きん出て、カルト的なまでの思惟性がある。映画「パッチギ」では、民族意識に鋭敏なネット市民から井筒監督が痛罵されていたのを見かけたが、井筒和幸の真意はぼんやりとわかるような気がしてきた。あの映画では、どうしても朝鮮高校の(まあ、チョウ高でもいいのだが)威勢のいい暴力体質を礼賛しているようでもありながら、その実で彼らの番長が「北」へ帰るはずのところを、彼女の妊娠を機に断念するなどというストーリーの運びの中に、それとなく彼らの状況的なものを暗示していると読めた。封切当時に映画館で見たときには気づかなかったが、あの連中が現下でわが国の不良債権問題の核心を担っていることを考えれば、一概に井筒は暴力礼賛を行ってメガホンを取っていたわけでもないだろうと言う気がしてならないのだ。商業的な成功を背負いながら、監督が選べる数少ない表現の選択肢というものだろう。考えてみれば、毛沢東礼賛の高校教師は自分らが渦中にいた紛争高校にもゴロゴロいた。あいつらの一人びとりに「パッチギ」を喰らわせてやりたいとの思いは、他ならぬこちらのものである。映画で、ロシア人ストリッパーの紐になりさがり京極界隈を歩き回る赤色教員の姿を描くなかに井筒の側の痛烈なメッセージを感じる。「三丁目の夕日」をふたたび映画館でみた。どう考えても、小清水一機君と須賀健太君が尋常なデキではない。あのふたりを引っ張ってきたという功労は、山崎貴監督の勝因中の「勝因」だろう。これに比べればあのスピルバーグが「A.I」ではハーレイ・ジョエル・オスメントなどという逸材を用いながら蕩尽した巨額の製作予算にもかかわらず駄作に堕した「敗因」は明らかだ。イアン・ワトスンの原稿の狭量さに加えてスピルバーグの矮小なセンチメントで脚本が、眠たくなっただろう。才能のない監督が、商業的に成功を収めるとハリウッド的退屈で満ち満ちた愚作をみせられる。我々映画愛好者にとっては、迷惑千万というものである。とりわけ須賀健太君(古行淳之介役)の才能は、どういうものなのか。神輿と賞賛すべきだ。94年10月生まれというが、空恐ろしい演技力である。山崎貴監督は、この映画は彼にかかっていると見抜いていたらしいが、映画の成功をひとりで担うも同然のプレッシャーを監督から背負わされて平然とやってのけるなど才能を越えたなにかがプラスしていなければ不可能だ。日本海海戦で敵艦を全艦殲滅するのと大差ない。よほどの強い運気の持ち主なのだろう。小清水一機君の可愛いのは天然なのだという。たしかに、彼の持ち味のような天然の愛らしさは、あの時代の数少ない救いだったのである。それ以外に、当時の救いはなにもない。再びあの時代に戻りたいなどという気は、残念ながらいくらこの映画が成功しているといっても自分の裡においてまったく湧き起こってはこない。彼ら両名は、あの団塊の世代のシンボルである。当時まだ就学児童ではなかった自分は、彼らの世代の迷走のとばっちりをモロかぶりにかぶった。わずか数年の出生の違いだが、「団塊の世代」のつけは見事に我々後続の「トラウマ世代」に奔流のように襲いかかってきたことは間違いない。昭和33年とは、自分にはどうしても忘れる事ができない生家を放火で消失した翌年である。映画「三丁目の夕日」の中に、すでに現在につながら家族崩壊の予兆は多く暗示されているように思われた。家族がもっとも熱い時代にあって、皮肉にも実はすでにこの国の家族らは遺憾ながら拡散と崩壊へ向かい始めていた。
2006年01月02日
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新年が冬来るのはいい。時間の切りかへは縦に空間を切り裂き切面は硬金属のようにぴかぴか冷たい。精神にたまる襤褸をもう一度かき集め、一切をアルカリ性の昨日に投げ込む。わたしは又無一物の目あたらしさとすべての初一歩の放つ芳しさとに囲まれ、雪と霰と水と霜と、かかる酷寒の一族に滅菌され。ねがはくは新しい世代というに値する清潔な風を天から吸おう最も低きに居て高きを見よう。最も貧しきに居て足らざるなきを得よう。ああしんしんと寒い空に新年は来るといふ。(高村光太郎)
2006年01月01日
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