モロッコ旅行記 モロッコの旅 

はろんぼ まるくん家頁



b> 【漆黒からの祝祭】





「エッ、一人で?---それも歩いて?だめ、だめ!」            
「公認ガイドを付けて行かないと、一人じゃあ、ひどい目にあう
よ、ほんとだよ」
--ジャマ・エル・フナ---私が、かなり前から胸の内で、
ほとんど記号化していた。
この言葉を呪文のように口にすると、ホテル前にたむろしていた男
が助言してきた。
もの欲しげなくせに何か威圧するような眼と、せきたてる口の動き
に圧倒されながらも「いやガイドはいい。」と男に背を向けた。               
「ガイド!ガイド!オンリー・ウォーク、ノン、ノン!」           
 夜のとばりがすっかり落ちかかり、私はずた袋にテープレコーダ
ーとカメラとほとんど役に立ちそうもないガイドブックを忍ばせて
ジャマ・エル・フナ広場へ向かった。   
宿は新市街のはずれで、めざす旧市街の心臓といわれるジャマ・エ
ル・フナ広場は、地図でみるかぎり徒歩ではきつそうだった。陽が
沈んだばかりだというに、夜の8時でもう新市街はひっそりとして
おり、歩く人すら見かけない。      
やがて、その昔王の保養所であったメラナ離宮に続くメナラ大通り
に出、足を東へとる。
すると、森の公園を背にした通りにはベンチがあり夕涼みをしてい
るのであろう人達でいっぱいだった。ただしすべて男達である。
皆、ピクリとも動かず、会話もほとんど聞こえてこない。
そのかわり、街灯もなく黒い夜道ではあったが、男たちの
舐めまわすような視線だけはひしひしと感じる。あなたが男であ
れ、女であれ異邦人であるかぎり、アラブ・イスラム世界を旅する
人、全てが経験する異邦人としての原体験である。 
その眼は何を訴えるわけでも、何かを語るわけでもなく、ただ、た
だ「見る」という行為にある。
いままさにその洗礼を受けているわけだ。                
この、アラブの男たち独特の視線に耐えられる人は、この地の旅を
豊穣で快感なものとして獲得することができるだろう。逆に、そう
でない人は一生不快な体験としてつきまとい、この地を呪うことに
なる。小心なる旅人の運命やいかに。    


祝祭移動日はこうしてはじまった。                     

 地理にうとい町を歩くコツの一つは、単純だが建物を目印にする
ことである。  
ここ、マラケシュではクトゥビアの塔で、世界で二番目に高いとさ
れるイスラムのミナレットである。
こんなイメージを描いていた―――。
-クトゥビアの赤い塔に赤い月-。    
頭上には赤くはないが、たしかに月があった。                
視線を一手に受けながらさらに進むと、メナラ通りはジド門につき
あたる。   
旧市街を囲む城壁にある12の門のうちの一つで、ここからが、メ
ディナ(旧市街)である。
ライト・アップされた真っ直ぐ天にそびえ立つ重厚な塔がみえ隠れ
する。    
風がすこしでてきたようだ。
息がすこしあがる。
この異邦人に向けられた無数のフクロウのような眼たちが、自然と
足早にしたようだった。                   
しかし、なんとかこの洗礼を自己のものと、真嗜に受け止めたつも
りだった。  
そのとき私は、わずかながらであるが何かから脱皮した、あるいは
解放された、妙に晴れやかな心地でいた。
足どりは自然に軽くなり、やがて通りには人も多くなり、心臓の音
が高鳴りはじめた。
この町の心臓である広場の「音」に呼応するかのように。    
-さあ、ジド門をくぐっていこう-              
心のなかでひそかにつぶやいてみた。
---力を尽くして狭き門よりはいれ---   
アンドレ・ジイドの「狭き門」の冒頭にもでてくる旧約聖書の
なかの一節である。  
ここは、アッラーの国であることを忘れていた。 






群衆とバイクがひと塊となって道を往来している。
それぞれ、おもうがままのスピードを頑なに守ったまま、道を横切ろうとして
も、原動機付自転車という名にふさわしいような中古のモロッコ製のバイクが迫っ
てくる。
ここに辿り着くまで信号は一個もみかけなかった。
交差点に警官も立っていない。どうするかは、ご想像のとおり・・。    
ズンチャカ、ズンチャカという旋律の変わらない音がしだいに大きくなってくる。
クトゥビアの塔を背に歩くこと500メートル、そこがジャマ・エル・フナ広場
だ。   
-病みて、なお美しい-と西欧人に伝えられるこの広場は毎晩がお祭広場である。
祭とはいっても非日常なる空間と時間をつくるための「祭」ではない。
生きるための生きる人たちの「祭」なのだ。
ここで必見とされているのはこの広場の「人」たちなのだ。 
大道芸人たちはチームでアクロバットを演じ、猿まわしを狂じ、蛇を操り、ある人
は火を吹く。
これらの人々は遠くから眺めていただけでも金を要求してくる。       
広場の周を囲むようにして屋台が軒をならべている。羊肉を焼き、ハリーラ(コリ
アンダーや、タマネギ、豆をトロトロ煮込んだスープ-日本でいえばみそ汁とご飯
を兼用したようなもの-)を煮込み、じゃがいもを揚げ、かたつむりを茹で、日本
のラーメン屋台を想像してもらって差し支えない。
身体障害者も多くいる。
目の不自由なひと。
両足のないひと。
喜捨(貧しいものに施しを、というイスラムの戒律の一つ)を受けようと毎日ここ
にでてくるのだろう。
風呂敷をひろげて品物を置いただけの店も多い。    
衣料品、古雑誌等々。セメントの固まりのようなものを置いているだけの「店」の
人にこれは何かと尋ねると、心得たように大きく口を開け、馬のように歯を剥き出
しにする。 
なんと、歯みがき粉だったのだ。
遭遇はしなかったがスリも多いらしい。
祭につきものの総出演者だ。
もちろん喧嘩もあちこちでしている。
みな、それぞれが主張している。 
-わたしは、ここで、今、生きています-と。                
ベルベル民族の音楽を録音しようとテープレコーダーを手にしていると、自分の身
に着けているブレスレッドと交換しようと少年が言い寄ってくる。       
あるいは、「ガイド、ガイド」と執拗に迫ってこられる。夜、ガイドを雇って何処
へ行くと言うのだ。
メディナのなかへ入っていっても見どころのサアディンの墓もハビア宮も閉まって
いるぞ。
君の知っている「店」へ連れていかれるのは、先刻、承知なのさ、とは心の中で言
おう。
会話に飢えてコミュニケーションを図ろうなどと、虫の良いことを考えてはいけな
い。
「ノオー」と軽くあしらったつもりでさえ、商談の雨嵐が降ってかかるのだ。
そしてなんたら、かんたらと言いながらずっと後をつけられる羽目に会う。 
おもしろ半分に「アッラー・アクイバル」などと知っている数少ない現地語を口走
ってもいけない。すかさず、「何故、コーランを知っている?おまえはムスリム
か?ムスリムなら10ディラハムににまけてやるよ」             
さわらぬ「自称ガイド」にたたりなし。                   
喜捨の手が差し出される多さにいい加減あきれて、しつこい老女に逆に手をさしだ
した。
すると老女はぼろ布のそでの下から何かとりだし、私の差し出した手を包むように
して握りしめすぐに踵を返し、また別のヨーロッパからの観光客に手を差し出して
いた。 
私の手の平には、1ディラハムコインがあった。                                                                                           -カフェ・ド・フランス-                                                                   
「さあ、どう出てくるか。じっくりお手並み拝見といきましょう」       
ここは、ジャマ・エル・フナ広場の狂乱絵巻を遠巻にして「観る」ことのできるビ
ルの2階にあるカフェ・テラスである。                   
観光客相手で有名な「カフェ・ド・フランス」に行くつもりが、何故かそのカフェ
がある隣のビルのカフェにいる。                      
そして、向き合っている男は、カフェ・ド・フランスのあるビルの前で、「カフェ・ド・フランスへ行きたいのか?案内しようか」と、入口がわからずウロウロし
ていた私に声をかけてきた男である。
ガイドに違いないとわかっていたが、拙手ながらも英語で話しかけてきた敬意を表
し、少しつきあってあげることにした。
どうせ、タカリだろう。 
手の内はわかっているつもりだったから、猫背気味の男の背を凝視しながら、暗く
狭い階段を昇っていった。
「コーヒーを二つ」とカウンターの中にいた恰幅のいい男に声をかけ、私を促して
席につくやいなや「コーヒーはわたしのおごりだ。日本人と友達になりたい。日本
のことをもっと知りたいんだ」こう、きりだしてきたのである。    
そーら、きた、そら、きた。                        
日本人と友達になりたい、日本のことを知りたい、ちょっと、頭の良い人なら決し
て、ここで気を緩めたりしない。
会ったばかりの人に「友達でいよう」ときりだして芽生えた友情など万国どこへい
っても聞いたことないゾ。                 
しかし、ナンタルチーヤ、一見インテリ風で洒落たカーディガンを羽織ったこの男
は、聞いてもいないのに「トクシマに友人がいる」などと喋りはじめた。    
「徳島」に少し、グラッときたが、ほっとくことにした。
で、私は私で勝手に喋りはじめた。
「モロッコは3回目だが、マラケシュははじめてだ。日本の貿易会社に勤めてい
て、事務所はカサブランカある。
トヨタのバイヤーでネ・・・・・・。
ここには、6日ほど滞在することにしている。
宿はね、えーと、宿はねえ・・マ、マムーニアなのさ・・・」  
マムーニア、その名を口にした時、男の眼光が一瞬鋭くなったのは気のせいだろう
か。 
-マムーニア-世界のVIPが利用する超高級ホテルである-ヒッチ・コック監督
の-知りすぎた男-の舞台となったのをご存じか。

私が滞在するホテルの値では2時間のご休憩もままならないだろう。
ところで---。                   
「コーヒー遅いね?」
「ちょっと時間がかる。だからうまいんだ」
「あっ、そう。」  
間がもたなくなったのは、お互いの英語力がないのを露呈しはじめたからだ。
かといって旧宗主国であったフランスの言葉は現地の人はほとんど喋れるが、私に
は話せないと見透かされているだろう。
退屈だった。
一見インテリ風の、この男はどこかもの足らない。
会話は途切れがちで、シーンとしてしまう。
他のテーブルはヨーロッパの、ラテン系の観光客らしい若いカップルだけで、彼ら
には会話が必要ないらしく、お互いの肩に手を巻きつけ、肌で語り合っている。
だから、我々の会話が途切れると、本当にシーンとしてしまう。        
「コーヒー、遅いね」
「・・・・・」
手持ちぶたさで、煙草を吸おうと、ついでに2本取り出し、男に勧める。
男はこの煙草があるからいらないと、モロッコ産の両切りタバコのケースを右手で
カーディガンの胸ポケットから取り出し、左手を左右に振った。  
一層バツが悪くなり、今度はガムを一枚差し出した。
男は黙礼するでもなく、それを受け取り、ポケットにしまいこんだ。
ちっとも、うれしそうでなかった。        
「コーヒー、遅いねっ」私の持っていたガイドブックの余白にムハンマドと名を書
いたこの男は、もう少し待て、と言う。
なんだか、本当に喉が乾いてきた。        
それから、私はこの退屈なゲームを勝手に幕を閉じることを宣告した。     
「さあ、どうもありがとさん」とジーパンのポケットから5ディラハム・コインを
男に渡そうとしたのだ。
しかし、ムハンマドはさみしそうに「いや、いや、わたしはガイドではない。ノ
ー、ガイドッ」と、受け取ろうとしない。
-きっと、相手を安心させておいて、懐にもぐり込み、もっと大金を掴みたいの
か?ああ、きっと、私は良いカモだと 経験に基づく勘で、小銭は一蹴したのだろ
う。
いや、おみごと。-それは、褒めてあげよう。
でも、君はプロじゃない。
お人良しみたいだし、何より、退屈な男なのだ。   
すっきりした出で立ちだし、本当に友達になれたのかもしれないけど、会った場所
が悪かっただけかもしれない。
しかし、ご縁はなかった。
-さて、ここを去るとするか-                       
「ところで、トイレ何処?」                        
「階段横の奥まった角にあるよ」                      
「あっ、そう。ちょっと待っててね」と私は微笑んだ。            
ムハンマドもニヤリとうなずいた。                     
そして、わたしはゆっくり立ち上がり、もったいぶったように歩く。
ムハマンドはきっと私を凝視し続けているだろう。
まだ、みたことのない形相を想像した。       
斜め後ろにいたカップルはまだ抱き合ったままだ。              
カウンターを横切り、男の視線から隠れるように、角の奥にトイレはあった。  
2ディラハムと、ダンボール紙に書かれたプレートがノブに掛けられている。どこ
からともなく、背後に少年が現れた。
無垢な大きな目をしている。
さあ、どうぞと、私を促し、把手に手をかけた。
それを無視して私は横にある階段をゆっくりと降りかけた。  
少年が、すこしとまどうように「ムッシュ」と、声を投げかける。       
勝利の凱旋気分で意気揚々とした足取りだったが、背中はシャツが肌にひっつくく
らいの汗でビッショリだった。                       
そして、この汗が何か心の襞にひっかかったものである気がしてならなかった。 
屋台を飾る電球が目にまぶしく、くらくらした。               
-そうだ、コーヒーをまだ飲んでいなかったのだ--しかし、まだモヤモヤしてい
た。 
再び、ジャマ・エル・フナの懲りない群衆に揉まれながら、やっとある光が浮かん
だ。  
その光を打ち消そうと、別の自分がやっきになっている。           
だが、もう遅すぎた。光は真実となって少しずつかいま見えてきた・・・。   
奥底に引っ掛かっていたものは、やがてジグゾーパズルをひとつ、ひとつ埋めてい
くかのように、あるいは記憶の糸を少しずつ紐解いていくかのように真実として現
れた。  
カフェに席に着くとき、トイレと偽って席を立ったとき、と2度カウンターの前を
横切ったが、怠惰な夜をもてあますようにあくびしていた太った男が肘を着いたカウンターの前にも後ろにも、埃をかぶった数本のコーラの瓶しかなかったよう
な・・・。    
しかし、ムハンマドは必要以上に大きな声でコーヒーを注文していた。







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