ゲミュートリッヒな暮らし~Seit 2005

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厚木基地の日米親善春祭りを見学

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厚木基地の日米親善春祭りを見学


★太陽が照りつける厚木基地にて
 平成30年4月21日、厚木基地の日米親善春祭り当日は晴天に恵まれた。新宿から小田急小田原線に乗るのも久しぶりで、代々木上原からの複々線区間が全線開通して初めての乗車となったが、なるほど急行線も緩行線も完全な同時並行だ。緩行線を千代田線車両が走るのも初めて見たし、何とJR常磐線の車両も見た。時代は変わったもんである。 相模原在住時代 、長時間通勤に苦しんだ日々を思い出す。世田谷住民の「高架化絶対反対!」などと云う看板を見させられて毎日腹立たしかったが、おかげで 社会保険労務士試験 の勉強がはかどったこともあった。




厚木基地への入場は身分確認が必須


 厚木基地と云えば相鉄さがみ野駅あたりで降りるのが普通らしいが、敢えて 江ノ島線長後駅 で下車。神奈中バスに乗り「観音入口」で下車する。いろいろ情報を集めていて、どうも此のバス停の近くまで入場の為の行列が続く噂が。でも、実際に行列は無かった。拍子抜けしてそのまま正門へ向かい、受付の海上自衛官に嫁さんと二人の運転免許証と住民票を提示して基地へ入る。


 基地へ入ると、そこはアメリカ合衆国である。 マッカーサ の銅像を見た。彼が厚木基地に降り立った瞬間、日本の戦後が始まったとされる。彼が飛行機からタラップを降りる最中、あまりの緊張に失禁していたと云う説がある。此処は民間空港ではない。厚木海軍飛行場~帝都防空の要であった基地なのだ。血気盛んな海軍将校らは降伏に納得せず、ひと悶着あった訳だが、そんなところへ降り立ったもんだから、白人の傲慢さに加えて自らの性格的傲慢さをもってしても、日本に来てしまったと云う本物の恐怖に耐えられなかったのだ。

 さて会場の方だが、あっちでは屋台村、こっちでは野外コンサート、一年に一回とは云え、本格的なレジャー施設のようだ。道路の真ん中では、米軍ヘリの一般公開をやっている。去年だか、銃座に子供を座らせたことが某「市民団体」の怒りに触れ、市当局が是正を要請する事態となった。ヘリそのものが防衛装備品であって、その部品の一つを触ったところで今更何の違いがあんのかと云いたいが、要は在日米軍に好意を持ってもらうのが嫌なのだろう。


 子供の好奇心を阻害してはいけない。かつて進駐軍のジープの周囲には必ず子供達の姿があった。チョコレート欲しさがあったのだろうが、写真で見る限り彼らの好奇の眼差しがすごい!女の子も負けじと男の子と一緒にジープに「よじ登っている」写真もあり、その逞しさに感心する。日米の垣根をなぎ倒していったのは腕白盛りの子供達だった訳だ。



 さて、その問題となったヘリコプターだが、日米の連携を意識させるド派手な装飾が目を引く。


海上自衛隊ターミナルビルを見学


 いよいよ滑走路まで来た。ここには海上自衛隊の「飛行場ターミナルビル」がある。ガラス張りの建物に、最新鋭のP-1哨戒機が映える。本日はターミナルビルも一般公開しているから、中へお邪魔してきた。ビル内は、何処かの地方空港の旅客ターミナルと云った雰囲気で、二階は待合ロビーとなっている。よくあるような、飛行場を一望できるロビーである。一体どのぐらいの「旅客需要」があるのか分からないが、例えば 硫黄島や南鳥島 とか、自衛隊機でないと行けない島があって、基地の自衛隊員や議員の視察や戦没者遺族の墓参等、とにかく何らかの用事がある人が利用するのだろう。


 ロビーの横は資料室になっていて、厚木基地の機能や歴史を紹介する展示が並んでいる。先ほど触れた硫黄島などの島は、厚木基地が管轄している。この絶海の孤島を守備することは、あらゆる面から意味がある訳だ。排他的経済水域だけでも膨大な面積だし、それ以前に 「この海域は日本の勢力範囲だ!」 をアピールする必要がある。かつての帝国時代には到底及ばないとしても、日本はそれなりに海洋国家。その領域をパトロールするためには、海上自衛隊が航空戦力を持つのは必然だったと云えよう。



自衛官の制服も展示。海軍の白い詰襟はどんな男が着ても男前に写る。


懐かしのP-3C哨戒機


 P-3C対潜哨戒機~懐かしいなーと思った。 相模原在住時代 、小学校の校庭で遊んでいると一度はP-3Cが頭上を飛んで行った。米軍艦載機は速過ぎて機影を追えなかったが、P-3Cは鷹揚としたスピードで旋回していくから、じっくりと眺めることが出来たのだ。此の飛行機が何なのか、当時の大人達は誰も説明して呉れなかったので、図書館の図鑑で調べた記憶がある。温和そうな顔なのに爆雷を積んでいるのは新鮮な驚きだったな。


 P-3Cの数がやたらと数が多かったのは事実らしく、海域の広さを勘案しても過剰と思えるほどの保有数だったと云う。それだけ対潜を意識したのは、 ソ連潜水艦の脅威 もあったと思うが、旧海軍があれほど潜水艦を保有していながら、日本の海上交通が敵の潜水艦にズタズタにされた苦い経験を踏まえてなのだろうか。ちなみに、自衛隊内で「紅白戦みたいな演習」をやったところ、潜水艦側の惨敗に終わったという(笑)。



↑P-3C導入以前のP-2哨戒機~小学生だった頃、時たま飛んでいるのを見た。


滑走路の広さを実感~海上自衛隊機を間近に見る


 P-3Cは、拙者が小学生の時云々~とか云ってる訳だから、配備されて三十数年も経過していた訳だ。さすがに時代の波が押し寄せ、新たな 新型哨戒機「P-1」 へ交代されていった。このP-1哨戒機~ただいま売出し中の存在。要は日本製で、せっかく作ったからには「みんなこうてや~」と云う訳である。厚木基地に配備されたのは平成25年からである。


 青空に溶け込むようなP-1哨戒機~考えに考えた結果がこの色だった?さほど大きな機体ではないが、エンジンは四発。非常時への対応、低空時の騒音軽減、いろいろ考えた結果だそうで。ちなみにジェットエンジンながらプロペラのP-3Cより静かなんだとか。さすがメイドインジャパン。


 昔懐かしのP-3Cもいました。ただし、試験研究用の部隊 (第51航空隊) に転属している。写真の塗装は、試験機であることを示しているらしい。確かに迷彩塗装とは言えない色合いだ。


 こちらは C-130輸送機 。ピカピカに整備され、これも新しい機体かと思ったら製造から既に40年近い米軍の中古品。実際はずっと保管されてたから状態が良かったらしい。それにしてもよく整備されている。だから自慢したいらしく、この機体は内部見学もできるそうで、長蛇の列が続いていた。それこそ硫黄島や南鳥島へ物資を輸送するのに適していると云えよう。災害派遣や国際貢献活動など、活躍の場は無限だと思われるが、あんまり活躍される世の中でも困る。ちなみにこの輸送機、初飛行からすでに50年以上に渡って製造され続けており、それだけ性能が良かったのだろう。ユンカースの輸送機はサッカー場からも離陸出来たそうだが、この輸送機は空母から離陸できたんだって!


 おまけにアメリカさんの飛行機もちょっとだけ見てあげる。これは何の飛行機か皆目分からん!所属は米海軍で、日米とも海軍航空戦力に特化した基地なのである。こんな陸の孤島に海軍基地とは奇妙だが、飛行機の感覚では海はすぐそこ。笑えるのは、アメリカさんはとにかく機体に何か絵を描くのが好きだと云うこと。かつてのように爆撃機に 下着姿や全裸の御婦人 を描くようなことはご法度らしいが。それに比べて日本の自衛隊はバカ真面目だから、ノーズアート的なものは初めから禁止とのこと。マンガ大国で、数多くの萌えキャラを生み出した本家にしては、ちょっとつまらな過ぎる。


 さて、見学を終えて相鉄さがみ野駅へ向かい、そこから海老名に到達した。行動を共にしてくれた嫁さんには感謝で、とりあえずビナウォークで昼食(写真左上はレストラン街にあったミニチュア~相変わらずこんなのが好きなので)。その後は、新しく出来たらしい「ララポート」で買い物など。海老名駅周辺の発展は目を見張るものがあり、相模大野の地位低下が懸念される。

→記念艦「三笠」を見学~補修工事中なのは仕方ありません!

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管理者は大阪生まれの相模原育ち~地域リポート・旅日記の数々です。

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