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JEWEL
白薔薇の騎士 第1話
一部性描写が含まれます、苦手な方はご注意ください。
“おおきくなったら、けっこんしてくれる?”
それは、他愛のない約束。
“はい。”
互いの小指を絡め、微笑み合ったあの日。
(また、あの夢ですか・・)
目覚まし時計のアラームに起こされ、セバスチャン=ミカエリスは鬱陶しげに髪を掻き上げた。
ドライヤーで手早く髪を乾かしながら、セバスチャンはスマートフォンの待ち受け画面を見て微笑んだ。
そこには、笑顔を浮かべた“恋人”の写真があった。
(何で、こんな事に・・)
シエル=ファントムハイヴは、目の前に立っている男が苛立っている事に気づいた。
いや、正確に言うと、“閉じ込められた”と言った方が正しいのだろうか。
事の発端は、文化祭でシエルのクラスの出し物がメイド喫茶になった事だった。
メイド喫茶といっても、メイド役は数人の生徒達が担当し、それ以外の生徒達は調理と接客をするというシステムだった筈だったのだが―
「え、僕が?」
「頼む!」
シエルが通う学校は男子校で、メイド役をする生徒達は決まっていたのだが、残り一人が決まらない。
困った同級生達は、シエルに白羽の矢を立てた。
結局公平さでじゃんけんをする事になり、負けたシエルがメイド役になったのだが―
(これを、着ろと?)
メイド服は、ミニスカートタイプで、シエルはそれを見た時、絶句した。
負けたのだから仕方ない―そう思いながら、シエルは文化祭を乗り切ろうと決めた。
結果、シエル達のクラスのメイド喫茶は初日から大盛況だった。
「休憩入ります。」
シエルは更衣室に入り、ロッカーで着替えようとした時、コツコツと苛立ったような靴音が聞こえたかと思うと、あっという間にシエルはロッカーの中へと引き摺り込まれた。
「シエル、あなた何でその役を引き受けたんです?」
グレーのスーツに、蒼いネクタイ、そして伊達眼鏡越しに自分を紅茶色の瞳で睨みつけているのは、シエルの恋人で担任教師の、セバスチャン=ミカエリスだった。
「あなた何でその役を引き受けたんですか?」
自分の腰をしっかりと掴み、苛立った口調でそう言ったセバスチャンを見たシエルは、彼の地雷を踏んでしまった事に気づいた。
「しっ、仕方無いだろう、じゃんけんで負けたんだ!」
「ほぉ・・」
セバスチャンの紅茶色の瞳が鈍く光った。
いつも余裕綽々でシエルをからかっている彼だが、異常なまでに自分に近づいて来る者に対して嫉妬深くなるのだ。
「僕をどうするつもりだ?」
「どうするって、こんな所でする事はひとつしかないでしょう。」
セバスチャンはそう言うと、シエルの唇を塞いだ。
「やめっ、こんな所で・・」
「感じている癖に、何を言っているのです?」
セバスチャンは、長い足を巧みに使って、シエルの下半身を弄った。
「あれ~、シエル居ないよ~?」
「何処に行ったんだろう?もしかして、もう帰ったのかな?」
「そうかもね。」
シエルは同級生達が更衣室から出て行く気配を感じて、安堵の溜息を吐いた。
だが―
「何をボーッとしているのです?」
セバスチャンは苛立ち、シエルの濡れそぼった蜜壺を己の肉棒で貫いた。
「あっ・・」
内側から内臓が圧迫されるような激痛と、甘美な快感に襲われ、シエルは思わず呻いた。
「食いちぎられそうですね。」
「急に、動くな・・」
「あなたがいけないんですよ、こんな煽情的な格好をして・・お仕置きですね。」
シエルはセバスチャンの愛撫で何度も絶頂に達した。
「あっ、もう・・」
「言った筈です、お仕置きすると。」
放課後、誰も居ない教室で、シエルはセバスチャンに責め立てられていた。
「セバスチャン・・」
「シエル、愛しています。」
セバスチャンは気絶したシエルを抱えると、教室を出た。
―坊ちゃん、愛しています。
(ん・・)
シエルは、またあの“夢”を見ていた。
恋人となった悪魔に、その魂を喰われる夢。
―セバスチャン・・
―愛しています、シエル。
セバスチャンに唇を塞がれ、その後は記憶がない。
“夢”を見た後、シエルはいつも涙を流していた。
“彼”に会いたい―そう願っていたシエルの前に、セバスチャンが現れたのは、シエルが10歳の時だった。
“初めまして、シエル君。”
セバスチャンに会えた時、シエルは喜びの余り泣いてしまった。
“セバスチャン、大きくなったら、けっこんしてくれる?”
“はい。”
あの時の約束を、セバスチャンは憶えているのだろうか。
―坊ちゃん、お目覚めの時間ですよ。
闇の中から、誰かの声が聞こえて来た。
その声は、恋人のものに似ていた。
(セバスチャン、何処だ!?)
「シエル、シエル、起きて!」
「ん・・」
シエルが目を開けると、そこには自分と瓜二つの顔をした双子の兄・ジェイドの姿があった。
「早く着替えて支度しないと、遅刻するよ!」
「わ、わかった!」
シエルはジェイドに手伝って貰いながら何とか身支度を済ませ、彼と共に学校へ向かった。
「何とか、間に合ったね。」
「う、うん・・」
朝のHR前、教室に入って来たシエルとジェイドは、渋面を浮かべるセバスチャンと目が合った。
「二人共、今朝は少し遅かったですね。」
「遅いとは、ほんの数分ですよ。」
「まぁ、今回は大目に見ましょう。」
セバスチャンはそう言うと、朝のHRを始めた。
「へぇ、そんな事がねぇ・・」
理科室の主は、そう言うとビーカーで沸かしたコーヒーをジェイドに勧めた。
「こんな苦い物、良く飲めるな。」
「お子様には早過ぎたようだねぇ。」
化学教師・アンダーテイカーは、そう言うと笑った。
「それにしても、あの執事君が君の弟と恋人同士だったとはねぇ。」
「僕はまだ、あいつを認めていない。」
「そうかい。」
アンダーテイカーは今朝焼いたばかりの苺味の骨型クッキーをジェイドの前に置いた。
「その言い方、君の弟とそっくりだねぇ。まぁ、双子だから仕方無いね。」
「テイカー、こんな所に僕を呼び出して、世間話をしたい訳じゃないだろう?」
「鋭いねぇ。」
アンダーテイカーは、そう言った後スマートフォンの画面を見せた。
「それは、インステの僕のアカウント・・それがどうかしたのかい?」
「これをご覧よ。」
その写真は、メイドく服姿のシエルと、制服姿のジェイドのツーショットだった。
“左の子、可愛い”
“抱きたい”
「テイカー・・」
「そんなに怖い顔をしない。」
「今すぐコメントをした奴らの身元を割り出せ。」
「わかったよ・・」
(面倒な事になったなぁ・・)
ジェイドが理科室から出て行った後、アンダーテイカーは溜息を吐きながら愛用のノートパソコンを起動させた。
「兄さん、何処に行っていたの?」
「テイカーの所だよ。」
「あいつ、兄さんに何の用で・・」
「ねぇシエル、これは何?」
「そ、それは・・」
ジェイドのスマートフォンの画面を彼に見せられたシエルは、恐怖の余り顔を強張らせた。
そこには、セバスチャンに横抱きにされているメイド服姿のシエルが写っていた。
「あいつと、一体何があったの?」
「それは・・」
「やっぱり、メイド喫茶なんてやるんじゃなかった。」
そう言ったジェイドの顔は、何処か恐ろしそうに見えた。
「おやぁ、珍しいねぇ、君が食堂に居るなんて。」
「パートのおばちゃん達がインフルエンザに罹ってしまいましてね。ピンチヒッターとして駆り出されてしまいまして・・」
「へぇ。じゃぁ、Aランチひとつ。」
昼休みになると、食堂は戦場のように忙しくなった。
「Aランチひとつ!」
「あいよっ!」
―ミカエリス先生、手際が良いね。
―本当に何でも出来るんだね。
「シエル、今日のランチは何にする?」
「Bランチにしようかな。」
「わかった。」
シエルがジェイドと共に空いている席へと向かうと、そこにはサンドイッチを食べながらノートパソコンのキーボードを叩いているアンダーテイカーの姿があった。
「二人共、お昼かい?小生はデザートタイムさ。」
そう言ったアンダーテイカーは、チェダーチーズとローストビーフが挟まれたサンドイッチを頬張った。
「あ~、美味しいね。そうだ、“例の件”はもう解決したよ。」
「そう。」
「それにしても、“執事君”は相変わらず生徒達から人気だねぇ。」
「あぁ、そうだな・・」
「おやおや、妬いているのかい?」
「別に、そんなんじゃ・・」
「ふぅん、そうかい。さてと、小生はこれで失礼するよ。」
アンダーテイカーは、そう言うとノートパソコンを小脇に抱えて食堂から出て行った。
「もうすぐクリスマスだね、シエル。」
「うん。色々と、忙しくなるなぁ。」
シエルは学生でありながら、玩具・製菓メーカー・ファントム社の社長をしている実業家でもあった。
クリスマス・シーズンとなると、シエルは毎年クリスマス・シーズン限定商品を考えねばならず、頭痛の種だった。
この日も、シエルは昼食を取りながら、A5サイズのノートにシーズン商品のアイディアを考えていたが、中々浮かばなかった。
「シエル、ちゃんと食べて。」
「うん・・」
ノートを閉じ、シエルは食事を続けた。
「それにしても、今日は忙しかったなぁ。」
「そうだね。」
放課後、シエルとジェイドがそんな事を話していると、校門の前に一台の車が停まった。
―誰だろう?
―さぁ・・
「おぉ、麗しい駒鳥達!」
車から降りて来た金髪碧眼の男は、そう叫ぶなりシエルとジェイドの方に走って来た。
「シエル、あの人、誰?」
「知らない。」
シエルとジェイドは、クネクネと腰をくねらせている男の傍を足早に走り去っていった。
「ジェイド坊ちゃん、お帰りなさいませ。」
「タナカ、出迎えご苦労。」
「シエル坊っちゃんのお姿が見えませんね。」
「シエルなら、あいつと一緒だよ。」
「“あいつ”と申しますと?」
「セバスチャン=ミカエリス。シエルの恋人さ。」
「“人の恋路を邪魔をする者は、馬に蹴られて死んじまえ”という言葉があります。」
「人の恋路・・シエルは僕にとってこの世で一番大事な弟だよ。今も、“昔”もね。」
「本日のデザートは、いかが致しましょう?」
「苺のタルトを頼む。部屋に居るから、タルトが出来たら部屋に持って来てくれ。」
「かしこまりました。」
ジェイドが窓の外を見ると、白い雪が空から降って来た。
それを見ながら、ジェイドは“あの日”の事を思い出していた。
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