平成30年5月12日(土)
詩集「測量船」:三好達治(73)
私と雪と(3)
やがて日没の空が見え、林がきれた。そこに時刻の波
紋が現れた。私は静かに銃器に
装填
した。(どこかで雪
が落ちた。)私は額をあげ、
眼
深
くした帽子の
庇
を
反
ら
し、樹立にぐっと肩を寄せた。射程が目測され、私の推
測が疑ひのない一点の上に結ばれた。床尾の金具が、冷
めたく肩に滲みた。私は息を殺した。緊張の中に
鋼
のや
うな
倦怠
が味はれた。そして微かな最後の
契機
を、ただ
軽く食指が残したとき、――
然
り、獲物はそこに現れた。
(しかも、この透視の瞬間にあって、なほ私が
如何
に無
智な者であっただらう!)獲物の
歩並
は注視され、
引鉄
が落ちた。泥とともに浅い雪が
飛沫
をあげた。
硫黄
の香
りが流れた。この素早い嗅覚の現在が、まるで記憶の、
漠
とした遠い過去のやうに思はれた。
(つづく)
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