詩集「バタフライ効果」(23)
著者:金指安行(下田市在住、著者の第三詩集)
発行:二○一八年十一月三十日
発行所:ルネッサンス・アイ
発売元:白順社
雁
よく見ると白っぽい崖の肌の
点々とした黒い模様は休んでいる雁の群だ
呼び交すひと声とて無い
垢のように積もった痛み
一身に追い払おうと
一羽一羽おとなしく自分に戻っているのだった
ひときわ白波の音が近づき
崖の向こうの冷たい空が
海辺の侘しさを押し広げている
春
また彼らは腕を組んで
玉のような汗にまみれ
一散に北を目指してこの夕空を戻るのだろう
V字形の態勢を組み
次々先頭を引き継ぎながら
住み着いているカラス一羽
馬鹿にのんびりと過ぎていく夕べ
六十年前の
新生児取り違え事件が今報道されている
よその親とも知らずに
病院で入れ替えられた二人
初老を迎える今になって
自分のルーツを知らされている
幸か不幸か
二人とも両親は亡くなったという
囲炉裏端で
父が話したことがあった
(私は三歳で父を亡くした
写真一枚あるわけでは無く
どんな顔をしていたのかもしらない)という
面影のない記憶の底に
どんな寂しさを抱えていたのか
郭公 は鶯の巣に 托卵 し
鶯は郭公の卵とも知らずに
温め 孵 し
育てるという
自分の子供ではないと知っても
餌を欲しがって
口を開けば
つい与えてしまうのだと
鳥たちも血のつながりを願って傷つき
それでもなお
剥き出しのか弱い命に
つき動かされて生きていたのだ
訳の判らない取り違えを
一身に飲み込みながら
今日も飛び立っていく鳥の強さ
渋柿には甘柿の枝
そうとも知らずに一心に実を成してきた
その幻のような歳月
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