詩集「バタフライ効果」(30)
著者:金指安行(下田市在住、著者の第三詩集)
発行:二○一八年十一月三十日
発行所:ルネッサンス・アイ
発売元:白順社
死語
その主婦は
アンケートを読み上げる私を
横に立って眺めていたが
「あなた 東京の方?」と言った
「いえ、でも近くですが」
「懐かしいわ
いつもこちらの言葉に囲まれていて
久しぶりに向こうの言葉を耳にしたから…」
ここに来て何年かが経ったのだろう
異郷の空で偶然
同郷の言葉に出会った明るい主婦の心が
肌の温もりのように伝わってきた
…しばらくは話していたい
私もまた田舎から出て来たばかりの
ホヤホヤの学生だった
卒業してから故郷に帰ると
にわか仕込みの京都弁は瞬く間に消えて行った
塩のきいた言葉の前では
メッキを施された余所行の言葉など
宙に浮いた空言となった
習慣や人情、生業
それらが飲み水のように胃腸を慣らした
そして 疲れて
深夜にひっそりと寝入る前など
父や祖母の使っていた言葉が
肉声となって不意に蘇ってくるのである
シャボン ギヤマン おぬし
あるいは人がなくなった後の追憶話に
よく祖母が使っていた
あの「モウチない」は
毛血無い、あるいは毛知、毛値 だったのか
時を失った祖母の遺影は
ただ黙って
私を見降ろしているばかりである
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