3月30日(土)
詩集「バタフライ効果」(31)
著者:金指安行(下田市在住、著者の第三詩集)
発行:二○一八年十一月三十日
発行所:ルネッサンス・アイ
発売元:白順社
遠い日
母は治るとばかり思っていたので、癌だとは言え
なかった。仕事のない日、とおい病院に母を見舞
うと、隣の患者と話をしながら笑顔で鶴などを折
っている。これからは余生を楽しく……。そう思
っている矢先であった。しかしついに、地元の病
院へと移されて来た。そばに居てもほとんど助け
にはならなかったが、私は毎晩のように母を見舞
った。……苦労を掛けたよ。有難う。そう心では
言ってみても、それを口に出せない私がいた。私
はただ見守っていた。もうモルヒネも効かないの
であった。
死がま近かに迫った頃、頼みごとなどしなかった
母が私に一杯の水を求めた。私には有難かった。
母から求められることがとても嬉しく、いそいそ
と立ち上った。母はそれを優しい眼差しで追っ
てきた。迂闊にも私は後で気付いたのである。あ
の時私に水を頼んだのは、最後の最後の親孝行の
真似事をさせることで、死後悔いるだろう私の気
持ちを楽にさせようとしたのではないか、と。
いつしか私も母親の歳を越えた。時を消す淡い淡
い雪のように、庭に梅の花が散っている。
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