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2008.06.23
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カテゴリ: takasaki
莉花の死亡時刻を読み上げながら、僕は、もう、医者を辞めたいと思っていた。

僕は莉花のそばに立ち尽くす。
周りでは、後片付けがどんどん進んでいく。
早回しのフィルムを見ているように。
僕だけが取り残されている。
機器の電源が落とされ、部屋は静寂に包まれる。
雨音が聞こえる。

その音に包まれながら、僕は莉花との思い出の中にいた。

「じゃあ、私には、出産はできないってことですか?」
取り乱した様子もなく淡々と聞き返した莉花。あまりの落ち着きぶりに、僕はカルテをもう一度見て、年齢を確認する。22歳。若い。もう一度、彼女に視線を戻し、その真剣な瞳に、吸い込まれそうになる。僕は慎重に言葉を選びながら答える。
「できないってことはありません。ただ、出産はあなたの心臓に非常な負担を与える。その負担に、あなたの心臓が耐えられるかどうか、保障ができないということです」
「理解しました。つまり、産むことはできる。でも、私の命が危ない、ということですね」
「そういうことです」
僕が答えると、彼女は、少し目線を落とし、小さなため息をついた。左の薬指にはめられた大きなダイヤのリングを思い切ったように外し、眺める。僕の方を見上げて、静かに微笑んで言う。
「じゃあ、これは、返さなくちゃいけないようです」
彼女は産科から回ってきた患者だった。結婚前の健康診断を受けに来た中で、この病が発見されることになった。僕は、励ますように言う。
「それは、ちゃんと話し合われては?結婚は子供を産むためだけにするのでは、」
「先生」
彼女は、僕の言葉をさえぎる。
「私、今日、余命の宣告なんかも、受けるんでしょうか?」
僕は、慌てて首を振る。
「いいえ、そんな深刻な状態ではないと思われます、まだ」
まだ、と付けてしまって内心、舌打ちする。彼女はにっこりと笑って、
「・・・まだ」
やっぱり揚げ足を取られてしまった。
「そうです、まだ、です。ずっと、かも知れませんが、何分、この病は、解明されていないことが多く、はっきりといえることは少ないんです」
彼女は、僕の言葉にうなずき、
「分かりました。先生、私、普通に暮らしていていいんでしょうか?」
とたずねる。僕は、
「はい。日常生活には支障がないはずです。但し、あまり激しい運動や、心臓に負担がかかる行動は謹んでください。診察には、何か異変があればもちろんすぐに、また、何もなくても、最低1ヶ月に1回は来て下さい。」
少し迷ったが、続ける。
「あとひとつ」
「何でしょう?」
「性交渉はできれば、2週間に1回程度にしてください。負担が大きいので」
彼女は、微笑んで、バッグからハンカチを取り出し、ダイヤのリングを包んでバッグにしまう。バッグを閉じる時の、パチンと言う音に、弾かれたように彼女は立ち上がり、
「分かりました。もう、相手がいなくなるので、それは確実にお約束します。ありがとうございました」
と言い、出て行った。

もう、相手がいなくなるので、か。。
僕が医者で、彼女が患者でなければ、すぐにも、食事に誘いたいくらいだよ。
彼女の後姿を見送ってから、そんなことを思う自分に驚く。
これまで、こんな気持ちになったことなかったのにな。
でも、たった今まで、目の前にいた女性に完全に心を奪われている。
彼女の瞳、仕種、話し方、気がつけば、何度も思い出している。

「せんせ?」
呼ばれて、ハッとする。目の前には、きょとんとした顔の、女の子がいた。不思議そうにたずねてくる。
「どうしたの?」
「ああ、ユウコちゃん。こんにちは。今日も随分待ったかな?」
彼女の顔と、ドアの方を行ったり来たりする視線に、目ざとく気づき、少女は言う。
「先生ってば、、、、もしかして、莉花さんに惚れちゃったの?」
鋭い。僕はどぎまぎして言う。
「な、何のこと?どうして、ユウコちゃん、彼女のこと」
「だって、待ち時間長かったんだもん。退屈だから、本読んでて、隣見たら、たまたま莉花さんも同じ本読んでたの。で、色々お話して、、、って、あぁっ」
大げさにため息をつく柚子に、
「なに?」
「私のことはいいんだよ。先生、確かに莉花さんは綺麗だし素敵な人だったけど、惚れちゃだめだよ?リング見なかったの?」
「惚れたりなんてしてないよ。僕は医者だよ?」
「ずっと独り身のさみしい、ね?」
「うるさいな。痛い注射するぞ?」
「ひっど~」
口を尖らせる柚子に、
「はい、診察、診察」
言いながら、それでも、やっぱり、僕は莉花のことを想っていた。

柚子には、否定したけれど、心では、認めざるを得ない。

僕は、莉花に惚れていた。


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最終更新日  2008.06.23 01:40:55
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