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巨大カジキマグロと戦う老漁師
作家 村上 政彦
ヘミングウェイ「老人と海」
本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、アーネスト・ヘミングウェイの『海と老人』です。
ヘミングウェイは短篇の作家として出発して、いくつもの名作を残しました。長編も書いて、ベストセラーになり、映画化もされました。しかし私がヘミングウェイの作品を選ぶとしたら、 1 位になるのは、この作品です。
最近、『○○は ✕✕ が 9 割」というタイトルの本をよく見かけますが、○○を小説に書きかえれば、 ✕✕ は人物です。
小説は、人物が 9 割――あとは、物語と文章です。
『老人と海』は、主人公のサンチャゴという老漁師が実によくかけています。作品の中で生きているのはもちろん、現実の世界でこういう老漁師とすれ違っても、おかしくないと感じます。
メキシコ湾に面したキューバの港町から、物語は始まります。
「風が東から吹くと対岸から鮫の臭いが漂うのだが、きょうは風が北へ回ってから凪いだので、ほんのりと鼻先をかすめるかどうかという日になっていた」
一人の置いた漁師が船に乗って漁に出掛ける。彼にとって、海は「ラ・マール」。これは女を海に見立てた言い方で、老人にとって海は女性なのです。
つまり、「大きな行為を寄せてくれるのかくれないのかのどっちかだ」(彼は妻と死別しています)。
この日の漁では、大きな好意を寄せてくれたといえる。これまでに出あったことのない大物カジキマグロを仕留めたのですから。
しかしそれほどの大物がすぐ手に入るわけもない。サンチャゴは 3 日間にわたって、相手とやり合った。このくだりが本作の読みどころ。そして――。
「老人はロープを手から離し、足で踏んだ。そして銛を高々と上げると、渾身の力を込めた上に、さらになお力を振り絞って、老人の胸ほどの高さまで持ち上がった大きな胸ひれの直下の横腹に、この銛を突き下ろした。(中略)すると、死を打ち込まれた魚が、びくんと生気を取り戻し、海面から伸び上がるように巨体の全容を現して力と美を見せつけた」
このあたりになると、サンチャゴは、獲物にシンパシーさえ感じて、どちらが死んでもかまわないと思っている。
だが、ついに漁師は大物を仕留めた。
これで終わりと思いきや、カジキマグロの血のにおいに引かれ、次々に鮫がやってくる。老人の死闘はまだ終わらない。
結局、港へ戻ったとき、カジキマグロは巨大な頭と骨だけになっていて、老漁師は力尽きている。ところが、彼はどこか満足そうに眠りにつきます。
潮のにおい、波しぶき、海風――そういうものまでがとてもリアルに感じられる本作。どうです、久しぶりに海に出てみませんか。
[参考文献]
『海と老人』 小川高義訳 光文社古典新訳文庫
文学 の旅④】聖教新聞 2022.6.22
魔術的リアリズムの手法が冴える September 18, 2024
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〝他者の声〟を表現する選詩集 September 3, 2024
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