2002/11/20
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 古井由吉断ちから二ヶ月( 2002/08/18(日) 親/古井由吉 )、併録の「妻隠」を読んでからは随分と経つ( 2002/05/08(水) 虚空/埴谷雄高 妻隠/古井由吉 貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案/スウィフト/深町三郎 訳 )。『「もうしばらくしたらきっと好きになってしまう作家だ」と前々から、引っ掛かっている。』とはなんと予言的か。その通りになってしまっている。
「聖」「栖」「親」三部作を読んだ後では、慣れたせいか、新鮮味は感じない。最初にこれを読んだ時に面白いと感じなかったのも頷ける。中盤は、読んでるはずなのに頭に入ってこず、私は本当に古井由吉が好きだったのかなどと不思議に思った。終盤に入るとまたガラリと変わったが。


 岩に腰をおろして、灰色のひろがりの中に躰を鎮めたとたんに、杳子はまわりの重みが自分のほうにじわじわと集まってくるのを感じて、思わずうずくまりこんでしまったという。実際に重みが自分の上にのしかかってきたわけではなかったけれど、周囲の岩が自分を中心にして、ふいに静まりかえった。谷底のところどころに、山の重みがそこで釣合いを取る場所があって、そんな一点に自分は何も知らずに腰をおろしてしまった。そう彼女はとっさに思った。そして自分が生身の躰でそんなところに坐っていることに空恐ろしさを覚え、そして、そんな畏れに顫える子供みたいな心を自分が岩の重みの間でまだ残していることにまた空恐ろしさを覚え、彼女はしばらく顔を上げられなかった。



 わざと四時間もおいて、夜中の十二時過ぎに、彼はまた電話をかけた。通和音を聞きながら、彼は杳子の家の暗闇の中に単調なベルの音が響きわたるさまを思い浮べた。音は踊り場から階段を下って家族たちの眠りの中に響き、階段を上って、机にうっぷしている杳子の暗い存在感の中で輪をひろげる。白い机に汚れをためて、自分自身の臭いの中にうずくまりこんで、杳子は遠い無表情な信号の繰返しを訝っている。彼の顔をぼんやり思い浮べては融かしながら、それでも耳を傾けている。それからゆっくり立ち上がって、階段を這うようにして降りてくる・・・・・・。



 自分で書き写してみると、どうしてこのような文章をこの人は書けるのだろう、と、なんだか泣きたい気分で思う。何気ないように見えるがどこか違う。体の一部が異常に発達した獣が尋常でない我が身を引きずりつつその異常さを他の獣に気付かせず、黙々と狩りを行うような・・・・・・自分でもさっぱりよく分からない喩え。
 とにかく予想通り、大江健三郎の小説に向かう時のように、自分の中で古井由吉作品は他とは少し違う意味合いを帯びる「別枠」に入った。

古井由吉「杳子・妻隠」(新潮文庫)





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Last updated  2002/11/20 05:56:09 PM
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