2003/09/28
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カテゴリ: 海外小説感想
 奇妙な四人組を見た。そのどれもが私の知り合いに似ている。しかし明らかに別人である。実際に本物のその四人が揃うことはあり得ない。彼らのうちには面識のないものもあるからだ。服装が似ている、顎が似ている、帽子を被っており、背の高さの違いに気付かなければ声をかけそうになった人もいる。そして彼らもこちらを見覚えのある人を見るような目で見ていた。こちらの目の裏返しかもしれないが。
 1990年度ネビュラ賞受賞作。ヘミングウェイ研究家である主人公に持ちかけられた、1922年に紛失したヘミングウェイ初期短篇の贋作を作り一儲けしようという詐欺話。この筋書きでなぜSFの賞をもらえるか読む前は不思議に思った。要はヘミングウェイオタクのSF作家が書いた、ヘミングウェイオタクが主人公の小説。題名以外に手に取るきっかけもないものだが、意外と面白かった。章題は全てヘミングウェイの作品名。こちとら短篇以外は『日はまた昇る』しか知らないが、それでもヘミングウェイの文体や作風は感じ取れる。作中書かれる贋作の出来もなかなかのものだとは分かる。短編集「われらの時代」に挟まれる戦場を描いた幾つかの断章、私と同じようにこの作者もあれが大好きなのだと分かる。


 午前六時半、彼らは六人の閣僚を病院の壁の前に立たせて銃殺した。中庭のあちこちに、水たまりが生じていた。中庭の敷石には、濡れた枯葉が貼りついていた。閣僚の一人は腸チフスにかかっていた。二人の兵士が枯れを階下に運び、雨の中に引きずりだした。彼らはその閣僚を壁際に立たせようとしたが、彼は水たまりの中にしゃがみ込んでしまった。他の五人の閣僚は泰然と壁際に立っていた。とうとう将校が、彼を立たせようとしても無駄だ、と兵士たちに告げた。最初の斉射が行なわれたとき、彼は頭を膝の上に垂れて水たまりにすわり込んでいた。

ヘミングウェイ「われらの時代」から、『ファイター』の前にある断章(第五章) 高見浩 訳


 た、た、た。事実をシンプルに紙に写す。ヘミングウェイの目に見えたヘミングウェイ的事実を常に自らがマッチョに見えるように記す。俺は強い。世界は硬い。この文体は書きやすい。そうやってずっと続く。ヘミングウェイの話はもういい。
「ヤンキースがレッドソックスを殺戮する場面を観戦し」そういう楽しみ方もある。


 次元間暗殺者の手にかかるのではなく、自然な死に方をした場合にはどうなるのだろう? やはりべつのアイデンティティにスライドするのか? なかなかしゃれた展望じゃないか。遅かれ早かれ齢百三十歳になって、死の床につき、一瞬一瞬に死にながら、永劫の残り時間を過ごすというのは。


 もう最後の方はどうでもいい。SF的世界観を説明する文章のところに急に誤植が現れることもどうでもいい。そこそこ面白くても、どうせ今読むには難しい本だ。大きな図書館にでもあれば幸いだ。一番最後の広告ページ「エリクソン 黒い時計の旅」「カルヴィーノ くもの巣の小道」「マルケス 青い犬の目」こんな時代もあったのだ。


1991年発行 単行本 福武書店





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Last updated  2004/10/29 01:35:16 AM
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