2004/04/06
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カテゴリ: 海外小説感想
 カマキリがメガネかけたような人間離れした著者の写真の下の説明を読むと、1903年に生まれて1951年に死んだイランの作家ということが分かる。だが、カマキリの輪郭をさらに完璧にするように整えられたオールバックの髪型と、メガネの下のやぶにらみの大きな黒子のような目玉を見るにつけ、何もかもがどうでもよくなってしまう。斜め下を見つめる視線の先にはトノサマバッタでも飛び跳ねてそうだ。
 自転車で走っているとカマキリが肩に乗っかっていたことが二回ある。


その昔労働力として役に立たぬほど年老いた者があれば、若者らが街から外へと恭しく運び出して生きたまま埋葬し、集落の他の人々に面倒にならぬようにしたと、地元の人は話していた。この考え方は、変形はありながらも、アフリカの諸部族にも存在した。私も今まで同じ祭祀が行なわれていたのだと考えていたのだ。だが私のこの文書から知ったことは誰か男が死ねば、その都度妻たちが彼岸までつれ添うために生きて墓に葬られたということだ。この慣習も古代の人々の間には存在していたのだ。

『タフテ・アブーナスル』より


 イスラム圏の作家ということを意識して読んだが、初めの『幕屋の人形』『タフテ・アブーナスル』二篇はゴーチェのように怪奇ゴシック気味の短篇。故郷で待っている従順で清楚な許嫁、遺跡発掘現場から物語りが始まるところなどはイランを感じられる。最後の『S.G.L.L』など、森内俊雄の『黄経八十度』を思わせるような話だ。キリスト・イスラム両教ともその根底に聖書があるのだから不思議ではないのだけれど。そう、コーランの影があまり見えない。イランでホメイニによる革命が起こるのはサダーヤトの没後かなり後のことであるから、サダーヤト自身は日本人における仏教のように、作品世界に宗教を反映させることは少なかったのではないか。イスラム的なものを頭から求めてかかったこちらが悪い。


喉元に怨嗟の思いがこみあげてきた。泣きじゃくり、熱い涙が頬を流れた。この柔らかな身体と細腰はゴル・ベブーに抱き寄せられるためにあるのだ。小さな胸も二の腕も、全身泥に埋もれる方がまだましだ。母親の家で、ただ罵倒され惨めなままに皺くちゃになるくらいなら、乳房も色褪せてゆくくらいなら、泥土の下に朽ち果ててしまえ。無意味で空しく、愛もない人生なんて失せてなくなれ。

ザリーン・コラーは鞭打たれて身をよじって、泣き叫んではいたが、実は彼女は快感を覚えていた。ゴル・ベブーの面前で、彼女は自らを卑小で無力に感じた。そして鞭で打たれれば打たれるほどに、彼への執着は深まるのであった。彼の力強く鍛えられた手にくちづけしたかった。紅潮した頬、がっしりした頸、強健な二の腕、毛深い身体、大きく肉厚な唇、白くて健康な歯、彼の身体が発する臭気が特にたまらなかった・・・・・・ゴル・ベブーは厩の臭いをさせていた・・・・・・そして鞭を振るう彼の粗野な動作が彼女は何にも増して好きであった。彼以上の良人を見つけるなど可能であっただろうか? 九ヶ月を経てザリーン・コラーは男の子を産んだ。

『捨てられた妻』より

「逆だわ。何世紀もの間卑俗な文明が愛というものを取り違えていたの。劣情を礼賛する病人たちがご都合本位に性愛を天にも達するものにしたのよ。今は再び自然に帰ったのよ。自然の欲求は満たされて、風俗と快楽は変わったのよ。今は女は性にうんざりして、酒は頭痛を起こすだけの時代なのよ。」

「やっと僕のことを信じてくれたね。まさに愛の感情なんだよ。あたかも生きる意志も、人間の努力も、文明もすべてはその上に成り立っているかのような、そんな種の連続のために自然が仕組んだ罠なんだ。今やその感情を人間から取り去ったら、ご覧よ、何千年も人間自身が考え、労苦を重ねた結晶も、侮蔑されるがまま失われて、人間の思考も、エネルギーも愛情も人生から切り取られてしまったんだ。」

『S.G.L.L』より


 いつまでも意外に思っていては失礼だが、意外に多い愛に関する記述。顔に似合わず情熱的だ。表題作は死を願う男の死ねない悲しさを勢い鋭く描く。「なぜ死はただ科をつくるばかりなのだ? なぜここに来ないのだ? どうして僕はこの懊悩から解放されないのだ?」と激高する主人公が熱い。

サーデグ・ヘダーヤトサーデグ&ヘダーヤト


国書刊行会 2000年 単行本





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Last updated  2004/04/06 10:15:03 PM
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