2004/04/08
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カテゴリ: 海外小説感想
 歯医者帰りに血混じりの唾をバス亭のゴミ缶に吐くと鳩の死骸が寝転がっていた。気付き背筋に寒気が走り体を引いても落ちていく唾は止められず、灰色の羽を汚した。


 国境に沿って錆の出た鉄条網が張りめぐらされ、溝のあいだにはがらくたやいろんな古道具や廃品や部品がうずたかく積みあげられ、土が山になったところにはヒソップが芽をふいていた。柵のむこうに帯のように伸びた無人地帯には半壊だったり、少しつぶれたり、へしゃげたりした家が並んでいた。耳と尻尾を垂れたアラブの犬が無人地帯の公共ごみ箱のあいだをうろついてあちこちをくんくん嗅ぎまわっている。とつぜん、引き綱も追い立て棒もついていないロバが路地のあいだからあらわれて、国境沿いに谷におりていった。エリエゼルが家にむかったとたん、はじけるような爆発音がした。ぎょっとしてふりむくと、谷底の無人地帯に、さっきのロバが地雷を踏んで血の海のなかに倒れていた。

『国境の少年』より


 シャハルは1926年に英国統治下のエルサレムに生まれ、その後激動のイスラエルを生き97年に亡くなった。イラン的な、またはイスラム的なものを求めてヘダーヤトを読んだ時はあまりに期待していたものは得られなかったが、イスラエル的、ユダヤ的なものがこちらには存分にちりばめられていた。イスラエル本国よりもフランスでの評価の方が高いそうだ。主人公がユダヤ教に懐疑的になる部分が多いからだろうか。日本人としてはそれは当然の感覚と思えるのだけれど。シオニズムに関してあまり描かれていないのがやや不満。長年書き継がれた連作『壊れた器の城』の方ではきっと言及されているのだろう。邦訳はされていない。作家への興味から始まる読書二冊目、ともに短編集。作品への背景への興味、短篇の質ともにシャハルに軍配。


 祈ったり、神を賛美したり、六百十三もあるしてはいけない戒律やしなければならない戒律の大半をすでに信じてはいなかったし、生まれたくて生まれてきたわけでもなく、いつかはいやいやながらも死ななければならないのに、毎日毎日なぜこんなにも神を賛美し祈らなければならないのか、じつのところ、まったく理解できなかった。神は偉大だと胸のうちに感じていても、二百四十八の義務律や三百六十五の禁忌律を神に要求されているという考えが納得できなかった。人間同士であろうと、人間と場所であろうと、そうした要求が強者の残虐さから弱者が身を守るためのものなら納得できたが、そう思えなければ反発ばかりが胸にたまった。

『影と似姿』より

「そのころ、ぼくはもう、ある社会にとって高貴にして聖なる存在が、他の社会では高貴でもなく聖なるものでもない、そればかりか完全に相反しているということを知っていました」

『訳者あとがき』より。子供時代についてのインタビューに答えたもの



 こういう人が、「政治的意見は極右的」(『訳者あとがき』より)なのがよく分からない。ここまで書いてきて、彼がシオニズムについて(この短編集に収められている作品の中で、は)触れることが少ないのは、エルサレム生まれの彼にとってはそれは外から来るものであり、自分にとって描きたいものは英国統治下のエルサレムであったからだと気付いた。戦後何十年経っても、戦争を経験した日本の作家が戦時下の生活を題材にして小説を著すことが多いように。アシュケナジィ性、スファラディ性について関連付けるのはあまり意味がないしもうめんどくさい。
 短編の中で最も長い『夢について』が一番良いのが、とてもいいことだ。


国書刊行会 1998年 単行本


 ところで、『生埋め』の最後の方に載っていた「文学の冒険シリーズ」の宣伝の中(当時2000年)に、リョサの『フリアとシナリオライター』が「近刊」と書いてあり、読みたくなったので探してみたが、国書刊行会のサイトの方でいまだに「近刊」と、表示されていた。あとがきで翻訳者がしょっちゅう関係者各位に謝っている理由がなんとなく分かった。





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Last updated  2004/04/09 12:30:19 AM
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