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書評/川島隆太「さらば脳ブーム」
3.5点/5点
この本の趣旨としては
私の情動は、テレビをつけた時に見る「芸脳人」が、嬉々としていい加減な脳の話をしているのを見ると、落ちついてはいられない。(p4)
一方で、週刊誌の記事や著書の中で、こうした脳ブームを「軽薄だ」と批判している研究者に対しては、「基礎研究ばかりしていて何も世の中のことが分かっていないくせに、わかったようなことを言うな!」と憤ったりする。(p4)
とあります。
要は「自称脳の専門家としてTVなどで訳の分からん事をペラペラしゃべる」のも気に食わないが、「象牙の塔に籠って社会への通訳者としての役割を放棄する」のも気に食わないということなのだろう。
俺はこの2つを両立してんだぞ!(しようと努力しているんだぞ!)と言いたいのでしょう。
とは言いつつ話の中身は脱線しぎみ(だと私は思う)だが、その脱線気味の部分を面白いと思うかどうかは各自の判断にお任せします。
最後には具体的に養老孟司・立花隆・茂木健一郎の各氏のことを述べられています。
養老・立花両氏には肯定的な評価を下しています。(ただし実際に会った養老氏はあまり良い印象はなかったようです)
基礎科学と社会を繋ぐ「通訳者」として、彼らが脳研究成果を一般に判り易く説明した事が、一般の脳に関する知識レベル(常識のレベル)をあげたのは確かだ。(p181)
彼らは通訳者としての自分の立場をしっかり理解されていた。「脳科学者」と偽っていないところも「芸脳人」とは違う。(p181)
さらに彼らを非難する脳科学者に「自分達が通訳者として汗をかく努力をしてこなかったことを恥じるべきだろう」(p181)と擁護している。
他方断罪されているのが茂木健一郎氏。
脳科学者は誰でも名乗れるという事実を述べた上で「学者とは言えない彼らが自らを学者と呼び、自身の商品価値を高め、通訳者としての行動を行うことは、養老氏や立花氏と比べるとひどく見苦しく感じる」(p183)と断じている。
研究者として学術活動が最低9割・残り1割弱が通訳者でないとインチキであると。
茂木氏は過去に一時、脳関連の研究施設にいたことがあっただけで「脳科学者」と名乗るのはおこがましいと。
脳科学の先端的な研究もそれなりにフォローし知見も持っているというフォローを一応入れた上で「ジャーナリスト」と名乗ればいいと言っています。
簡単に言えば「脳科学者を名乗るな」と言うことでしょう。
他方川島氏に斬って捨てられた茂木氏は「脳が変わる生き方」の中で次のような話をしています。
「人は死ぬから生きられる」で対談した南直哉氏が茂木氏と知り合いだと言うと2パターンの反応があると述べたそうです。
「あ、茂木さんと知り合いなんですか?」と言う反応と、「あの茂木っていうのは、何やっているの?いったい」という反応がある。(p134)
そして茂木氏は「この「茂木って何やってるの?いったい」というリアクションはよくわかる。」(p134)と書いていますので茂木氏は川島氏のような批判は認識はしているようです。
しかし茂木氏は別の個所で南氏が述べた「人生を質入れしている」という話に触れています。
人生を質入れすることの反対は「自分の人生を何かの目的に規定しない」(p128)と述べています。
少しずれる気もしますが川島氏の「科学者と名乗る以上は研究活動が90%以上なければダメ」という発想は「人生を質入れしている」発想に限りなく近いものなのかもしれません。(違うような気もしますが・・・)
人生に対して真摯に生きている(であろう)2人。
しかしながらそのベクトルは違う方に向き、少なくとも一方はもう一方を批判している。
人生とは何であろうか?正しいことは何であろうか?と少し考えてしまいました。
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