趣味の漢詩と日本文学

趣味の漢詩と日本文学

September 12, 2016
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カテゴリ: 学習・教育
【本文】良峰の宗貞の少将、物へ行くみちに、五条わたりに、五条わたりにて雨いたう降りければ、荒れたる門に立ち隠れてみいるれば、五間ばかりなる桧皮屋(ひはだや)のしもに土屋倉(つちやぐら)などあれど、ことに人などにもみえず。
【訳】良峰の宗貞の少将が、あるところへ行く途中で、五条わたりに、五条大路付近で雨がひどく降ったので、荒れている門のそばに立って隠れて門内をのぞきこんだところ、五間ほどのヒノキの皮で屋根を葺いた家の端に土蔵などがあるが、そこならとくに人などにも見つからない。
【注】
「五条」=今の京都市のほぼ中央を東西に走る通りに面した一帯。一番北にある一条大路から数えて、五番目の大路。
「桧皮屋」=ヒノキの皮で屋根を葺いた家。
「土屋倉」=土蔵。

【本文】歩みいりてみれば、階(はし)の間(ま)に梅いとをかしう咲きたり。鴬も鳴く。
【訳】歩いて入っいって見たところ、階段の間に梅の花がとても情緒たっぷりに咲いていた。ウグイスも鳴いている。
【注】
「階の間」=寝殿の正面の階段の上を覆うための差し出した庇の柱と柱の間の軒近く。
「をかし」=風情がある。

【本文】人ありともみえぬ御簾(みす)のうちより、薄色の衣濃き衣うへにきて、たけだちいとよきほどなる人の、髪、たけばかりならんと見ゆるが、
よもぎ生ひて荒れたるやどをうぐひすの人来となくや誰とかまたん
とひとりごつ。
【訳】人がいるとも思われないスダレの内側から、薄紫色の着物と濃い紅色の着物とを上に着て、身長がほどよい人で、髪が身長と同じほどの長さであろうと見える女性が、
ヨモギが生えて荒れている家をウグイスが「人がくるよ」といって鳴くのを誰だとおもって待とうか。
と独り言を言った。
【注】
「薄色」=薄紫色。
「濃き」=濃い紅色。
「たけだち」=身長。
「よきほどなる人」=一人前の背丈の人。『竹取物語』「よきほどなる人になりぬれば」。
「人来(ひとく)」=人がむこうからやってくる。「ぴ-ちく、ぱーちく」と鳥の鳴き声の擬声語。。

【本文】少将、
きたれどもいひしなれねば鴬の君に告げよとをしへてぞなく
と声をかしくしていへば、
【訳】少将が作った歌、
やってはきたものの、女性に言い寄ること慣れていたいので、ウグイスがあなたに思いを告げなさいと教えて鳴くことだ。
と優美な声で歌を吟じたところ、
【注】
「をかし」=優美だ。
「いふ」=歌を吟ずる。

【本文】女驚きて、人もなしと思ひつるに、物しきさまをみえぬることとおもひて物もいはずなりぬ。
【訳】女が、びっくりして、ほかに人もいないと思っていたのに、みっともない様子を見せてしまったことだと思って、だまりこくってしまった。
【注】
「物し」=不愉快だ。気に入らない。
「見ゆ」=相手に見せる。

【本文】男、縁にのぼりて居ぬ。「などか物のたまはぬ。雨のわりなく侍りつれば、やむまでかくてなむ」といへば、
【訳】少将が、縁側にのぼって腰をおろした。「どうして口をおききにならないのか。雨がやたらに降ってきましたので、やむまでこうやって雨宿りしたい」と言ったところ、
【注】
「ゐる」=座る。
「わりなし」=むやみだ。やたらだ。

【本文】「大路よりはもりまさりてなむ、ここは中々」といらへけり。
【訳】「大路よりも、ひどく雨漏りがしますから、ここはかえって濡れてしまいますよ」と女が返事をした。
【注】
「中々」=あべこべに。かえって。
「いらふ」=返答する。

【本文】時は、正月十日のほどなりけり。簾のうちより茵さしいでたり。
【訳】時は、旧暦一月十日ごろのことだった。簾のなかから筵のうえに敷く四角い敷物を差し出した。
【注】
「茵」=筵のうえに敷く四角い敷物。

【本文】引き寄せて居ぬ。簾もへりは蝙蝠(かはほり)にくはれてところどころなし。
【訳】少将はそのシトネを引き寄せて座った。スダレも縁はコウモリにかじられてところどころなくなって破損している。
【注】
「蝙蝠」=コウモリ。
「くふ」=かじる。

【本文】内のしつらひ見いるれば、昔おぼえて畳などよかりけれど、口惜しくなりにけり。
【訳】部屋の内部の装飾をのぞきこんだところ、古風な感じがして畳などは立派なものだったが、いかんせん経年の劣化によって残念な状態になってしまっていた。
【注】
「しつらひ」=設備。装飾。調度類をそろえ、室内を飾ること。
「昔おぼゆ」=古風に感じられる。『徒然草』十段「うちある調度もむかしおぼえてやすらかなるこそ」。

【本文】日もやうやうくれぬれば、やをらすべりいりてこの人を奥にもいれず。
【訳】日もしだいに暮れたので、少将は静かに女のいる部屋へ入って、女を奥にも入らせない。
【注】
「やをら」=そっと。しずかに。
「すべりいる」=すべるようにして、そっと中へはいる。

【本文】女くやしと思へど制すべきやうもなくて、いふかひなし。雨は夜一夜ふりあかして、またのつとめてぞすこし空はれたる。
【訳】女は少将にまんまと部屋に入り込まれて残念だと思うが、止めようもなくて、こはやしかたがない。雨は一晩中降りあかして、次の日の早朝、少し空も晴れた。
【注】
「くやし」=残念だ。後悔される。
「制す」=とめる。
「いふかひなし」=言ってもしかたがない。
「またのつとめて」=「またの日のつとめて」=翌日の早朝。

【本文】男は女のいらむとするを「ただかくて」とていれず。
【訳】少将は女が屋敷の奥へひっこもうとするのを「ただこうして私のそばにいてください」と言って、奥へ入れなかった。
【注】
「いる」=入る。屋敷の奥座敷に引っ込む。

【本文】日も高うなればこの女の親、少将に饗応(あるじ)すべきかたのなかりければ、小舎人童ばかりとどめたりけるに、堅い塩さかなにして酒をのませて、少将には、ひろき庭に生いたる菜を摘みて、蒸し物といふものにして丁わんにもりて、はしには梅の花さかりなるを折りて、その花弁(はなびら)にいとをかしげなる女の手にて書けり。
君がため衣の裾をぬらしつつ春の野にいでてつめる若菜ぞ
【訳】日も高くなったので、この女の親が、貧しくて少将にごちそうする方法がなかったので、少将は使用人のうち召使の少年だけを引き留めておいたが、その子には堅い塩をさかなとして、安藤運動具少将には、広い庭に生えている菜を摘んで、蒸し物という料理にして、茶碗に盛り付けて、端には梅で花の盛りを迎えている枝を折り添えて、その花弁に、非常に魅力的な平仮名で書いてある。
あなたさまのために、着物のすそを濡らしながら、春の野原に出向いて摘んだ若菜でございます。
【注】
「あるじ」=客を招いてもてなすこと。ごちそう。
「かた」=方法。手段。
「小舎人童」=近衛の中将・少将が召し使う少年。
「堅い塩」=カタシオ。「きたし」ともいう。未精製の固まっている塩。
「女の手」=ひらがな。

【本文】男これをみるに、いとあはれに覚えてひきよせて食ふ。
【訳】少将はこの歌を見ると、とてもしみじみと誠意が感じられて、用意された膳を引き寄せて食べた。
【注】
「あはれなり」=しみじみとしているようす。
「覚ゆ」=思われる。感じられる。

【本文】女わりなう恥かしとおもひて臥したり。
【訳】女はやたらに恥ずかしいと思って寝ていた。
【注】
「わりなし」=むやみに。やたらに。
「臥す」=横になる。

【本文】少将起きて、小舎人童を走らせて、すなはち車にてまめなるものさまざまにもてきたり。迎へに人あれば、「いま又もまゐり来む」とて出でぬ。
【訳】少将は起きて、小舎人童を走らせて、すぐに牛車で、実用的なものを色々と持ってきた。少将の屋敷から迎えに使者がやってきたので、「ちかいうちにまたきましょう」と言ってこの女の家を出た。
【注】
「すなはち」=すぐに。
「まめなり」=実用的だ。

【本文】それより後たえず身づからもとぶらひけり。よろづの物食へども、なほ五条にてありし物はめづらしうめでたかりきとおもひいでける。
【訳】それ以後、たえず自身でも訪問した。色々な物を食べても、それでもやはり五条で膳にあった物は目新しくすばらしい食事だったと思いだした。
【注】
「とぶらふ」=訪問する。
「よろづの」=さまざまな。
「めでたし」=すばらしい。

【本文】年月を経て、つかうまつりし君に、少将後れたてまつりて、かはらむ世を見じとおもひて、法師になりにけり。
【訳】何年か過ぎて、お仕え申し上げていた君主に、少将があとに残され申し上げて、天皇が代替わりする御代は見まい、自分がお仕えする帝はお一人だけだと思って、法師になってしまった。
【注】
「年月を経て」=長い年月がたって。
「つかうまつる」=お仕えする。
「君」=主君。天皇。帝。具体的には深草の帝こと仁明天皇(八一〇~八五〇年)。第百六十八段に見える。
「後る」=死におくれる。あとに残される。


【本文】もとの人のもとに袈裟あらひにやるとて、
霜雪のふるやのもとにひとりねのうつぶしぞめのあさのけさなり
となむありける。
【訳】もとの妻のところに袈裟を洗濯に出すというので作った歌、
霜や雪の漏り降る古びた家の屋根の下で一人で寝る、そのさびしくうつぶせになって寝て迎えた今朝でございます。この五倍子で染めた麻の袈裟を洗濯してくださいな。
と手紙に書いてあった。
【注】
「ふるや」=霜雪が降るのフルと古い家屋というフルヤの「ふる」の掛詞。
「うつぶしぞめ」=うつぶせになって寝る最初の夜の意と、フシ(五倍子)染めの掛詞。
「あさのけさ」=麻製の袈裟と一人でうつむいて寝た翌朝の今朝という意の掛詞。
「うつぶしぞめ」=ヌルデから採取したフシで薄墨色に染める方法。





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Last updated  September 12, 2016 11:35:25 PM
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