徹底的につれない女 

徹底的につれない女・・・。 かなりアブノーマルな世界・・・
〔巻第三十 平定文、本院の侍従に仮借する(けそうする=心を寄せる。恋をする)語(こと)〕


今は昔、兵衛佐平定文という人がいた。通称を平中といい、人品もいやしくなく、容貌も姿も美しかったので、人妻、娘、まして宮仕えの女房などで、この平中に言い寄られてなびかない女は1人もいなかった。

…いや、1人だけいたのである。その頃、本人の大臣(藤原時平)の屋敷に女房(身の回りの世話をする女性・役職名)としていた、侍従の君という若い女性である。

彼女は容貌も姿もたいそうすぐれていて、気立ても優しかった。平中はいつもこの屋敷にうかがっていたので、この侍従の美しいことをうわさに聞いて、長い間すべてをかけて言い寄ったが、侍従は手紙の返事すらよこさなかった。

(※当時はまず手紙(和歌付き)を届け、何度か手紙のやりとりがあったあと、だんだん気心が知れたところで物越し(すだれなど)に対面し、そこをクリアすれば、御簾の中に入れた。御簾の中に入るということは、肉体関係のOKが出たということである。まあ、強引に入ってしまう光源氏などの例もあるが)

平中は嘆き悲しみ、「せめてこの手紙を『見た』という2文字だけでも結構ですからお返事を下さいませんか」と綿々と泣かんばかりの手紙を届けてもらったところ、使いのものが返事を持って帰ってきた!

平中の喜びと言ったら!(初めてあの方の書いた文字を見ることができる、それに、いくらなんでも、少しは私への気持ちも書いてくださっているだろう)

いさんで開いたその手紙には、平中が書いた手紙の「『見た』という2文字だけでも…」の所の「見た」という2文字を破りとって、薄紙にはりつけてよこしたものであったのだ!

(※ しっかし、この侍従、本当に「気立てがよい」んだろうか、とちょっとこれを読んで思ってしまいました。徹底的に平中がキライなのか、こうすることで、かえって気を引こうとしているのか…)

これ以降、平中は、ますますいてもたってもいられない気持ちになってくる。あらゆる女性が自分になびいてくれるというのに…。この侍従だけはいったいどういうことなんだ…。あきらめようとは思うがあきらめきれない…。

そんな思いで、悶々と過ごし、また3ヶ月が過ぎた5月20日頃。雨の降り続く真っ暗な夜、「いくらなんでも、こんなひどい雨の夜に訪ねたら、心を動かしてくれるだろう」

召使の少女を介して「恋しさのあまり、こうしてたずねて参りました」と言うと、「少し待っていただけましたら、ご案内します。」とのこと。
平中の心は踊り出さんばかり。濡れた体で暗い所で待つこと2時間。

人々がみな寝静まった気配がした頃、やがて人の足音がして、部屋のかけがね(手で開け閉めする鍵のようなもの)をはずす音がする。

その戸に近づいて引くと、簡単に開いた。(部屋に入っていい…ということは、もしや…!)嬉しくて身体が震えてきた。真っ暗な部屋にそっと入ると、なんともいえないすばらしい香りで満ちている。

はやる思いで寝所と思われるあたりを手探りすると、はたして、夢に見たあの侍従らしき身体に触れた。平中はうれしさのあまり我を忘れ、身体が振るえ、言葉も出せないでいると、「あら、大切なことを忘れていました。襖の錠をかけないできてしまいましたわ。ちょっと行ってかけてきましょう。」

平中もそれはもっともだと思い、侍従がでてからは、自分は服を脱いで横になっていた。

ところが、一向に女は帰ってこない。足音も近づいてくる気配がない。

平中は不審に思い、ふすまのところに行ってみた。すると、なんと向こう側から襖の錠がかけてあるではないか!女は奥に入って眠ってしまったのだ。

(さて、みなさんなら、こんな時どうしますか?

  ① まだまだ、手を変え品を変え、頑張り続ける。
  ② ここまでされたら、気持ちも冷めた。
  ③ 相手のいやな面を知って、忘れようとする。
 ・・・平中はというと、この③の方法をとろうとしたんですね。では続きを・・・)

それから後は平中は「何とかしてこの女がいやになるようなことを聞き出して、きっぱりと未練を断ちたい」と思ったが、少しもそのような話は聞き出せなかった。

ますます思い焦がれている時・・・ふとこんなことが思い浮かんだ。
「そうだ!あの侍従の君がいかにすばらしい人でも、便器にしこんだものは我々と同じに汚いものに違いない。そいつを目の当たりにすれば、嫌気もさすだろう。」

(当時は女性は室内においてある「筥(はこ。便器のこと)」に用を足し、それを下級の女官が部屋から運び出して処理していた。)

そこで平中は侍従の君の部屋のあたりをうかがっていると、ちょうどかわいらしい召使の少女が香染の薄物(薄い布)に便器を包み、扇でさし隠しながら部屋から出て行くのが見えた。

「あれだ!」平中はうれしくてたまらず、こっそりあとをつけていって、召使の少女からその便器を奪い取った。

少女は泣きながら追いかけてきたが、なんとかまいて、とある誰もいない部屋に入って錠をしめた。

「やっと、見られるぞ。そうすればこの苦しい物思いも一瞬にして終わる!」

平中がその便器を見ると、金漆が塗ってある。そのかざりのすばらしいこと。あけるのも気が引けてしまうほどだ。しばらくはそのまま見とれていたが、「いつまでもこうしてはいられない。さっさと見てしまおう」と思って、便器の中を覗くと、薄黄色の水が半分ほど入っている。また、親指ほどの大きさの黄黒い色をした2,3寸ほどのものが、3切ほどまるい塊になって入っている。

「思ったとおり、これはあの方の・・・」と思ってみたが、言うに言われぬ香ばしい香りがするので、そこにあった木の切れ端に突き刺し、鼻にあてて嗅いでみると、この上なく香ばしい黒方(くろぼう。様々なよいにおいのする植物などを調合し練り合わせたもの。練り香)の香りである。

「やはりあの方は並みの方ではなかった!何とかしてこの女をものにしたい!」・・・忘れようとしてやったことが、かえって平中の心の炎に油を注いでしまったのである。まるで気が狂わんばかり。

あろうことか、ついに平中は便器を引き寄せて、箱の中の黄色い液体をすすってみた!それは丁子(植物の名。香料として使われていた)の香がいっぱいにしみこんでいる。また、この木の切れ端につきさしたものの先を少しなめてみると、その香ばしく苦くて甘い味はなんともいえない。

平中は頭の回転の速い男だったから、すぐさま合点した。
「この尿に見せかけていれたものは、丁子を煮たその汁なのだ。もう1つのものは、ところ(芋の一種)と練り香をあまずら(植物の名。幹から液をとり煮詰めて甘味料が作られていた)で調合して太筆の軸に入れてそこから押し出して作ったものだ」

「しかし・・・こんなことをする女は他にあるだろうか。相手が便器まで手に入れて中身を見ようとするとまで考えの至る女は・・・」

「この世のひととは思えないほどすばらしい人だ。ああ、なんとかして思いを遂げたい。こんな人と・・・」と恋焦がれているうちに、平中は病気になってしまった。そして悩み続けたあげく、死んでしまったのである。

なんという人生だ。男も女も罪深い。「女には、やたらと夢中になるものではない。平中さんのようになってしまうよ」と、世間の人は非難して語り伝えているそうだよ。


★★ かるみんのひとこと ★★

 この話のすごい場面は、平中が愛しい侍従の尿や便をあろうことか口にしてしまう場面である。その尿や便の描写もとてもリアルで、なんとなくアブノーマルなものを感じてしまう。

 しかし、この侍従の君もすごい女の人ですよね。ここまで「読める」というのは、かなり男性心理に長けた人でしょうね。そして、いろんな女の人に手を出して成功を収めている平中を手玉にとって、こらしめているんでしょうか。

しかし、彼女もまさか平中が死んでしまうとまでは思っていなかったでしょう。現在のストーカー男に比べたら、ちょっと、アブノーマルなところはあったけれど、まだ良心的な感じがするんですが。

当時の女性たちはこの物語、どう思って読んだり話したりしたんでしょうね。
「平中さま、お気の毒!」なのか「女の敵!いい気味よ!」なのか?
ただ、この平中という人のエピソードは他にも今昔の中に出てきますから、この「死んでしまった」というのは、実際ではなかったとおもいますが。

現代の男性からは、どんな感想が聞けるでしょうか?




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