犬の痴呆症


老犬になるとみんながなるわけではありませんが、これも人間と同じで痴呆になると付きっきりで介護をしてあげないと
いけないくらい大変なのです。

愛犬が13歳を迎えた頃、その娘の9歳のワンコが順位付けで親を抜こうとする時期のようでした。
よく二人で親子喧嘩もしていましたが、その内その喧嘩がなくなり、親犬の方が何事にも遠慮がちになりはじめました。
子供の代へ世代交代といったところでしょうか。
親犬の方は隠居に入ったようで、番犬としての活躍も少し控えめになりました。
そこからいっきに老化が始まったのです。

色々と症状はありますが、はじめは耳が遠くなったり足腰が弱くなったり、ちょっとしたことから始まりました。
この次に「後退できない」「早食いのどか食いになる」「夜に訳もなく鳴く」「粗相をするようになる」「徘徊」
症状は様々ですが、確実にそしてここからは急速にひどくなっていきました。
つらい症状としては、家族に対しての認識が薄れ、顔をなめたりしっぽをふて喜ぶことがなくなってきます。表情もなくなってくるのです。
視力も落ちているので、目の前に手を出すと怒られた時のように耳を下げ怖がるようなそぶりを見せます。
この反応はとても悲しいものです。外出から帰ればくるくると何回も回ってお辞儀をし、大喜びで
しっぽを大きく振っていた愛犬が、頭をなでてやろうとしても急に手がでて来たことにビックリし、耳を下げてしまうのです。

日中は外に出していたため、家の前を徘徊するのですが前にしか進めないので、どこかの角に到達すると
そこから曲がることもなかなかできず、ずっとそこに突き刺さっているのです。
これでは長く歩けないので可愛そうと思い、家の前を板でぐるっと囲みました。
すると、サーキットのレースコースのようにぐるぐると長く回っていられるのです。
ですが、この対策も1ヶ月ほどで意味のないものになりました。

足が思うように前に出なくなり、歩き出すとすぐに転倒するようになったのです。常に目が離せないような状況になりました。
転ぶと起きあがれないのですが、爪から血が出るほどに暴れて起きあがろうと大声で鳴きながらずっともがくのです。
ですから、転倒したらまた体を支えて歩かせてやるのですが、ちょっと歩いたくらいでは満足しません。
転倒したので疲れて寝るだろうと思ってもほおっておいたら、ぎゃ~っと大声で泣き叫ぶような声で鳴き続けます。
近所の人が聞いたら虐待でもしてるんじゃ?と思うほどの声です。これは夜中でも同じです。
眠りから不意に目覚めると徘徊したいので外に出せと鳴き出し、15キロほどある体を支えて歩かせて
何周かして寝かせようとすると、また鳴きます。
夜中は数時間おきにこれの繰り返しです。家族は本当に疲れ切ってしまいます。

こんな状態がまた1ヶ月近く続いたある雨の日、父と母が休みで実家の部屋に愛犬を入れ様子を見ていたそうです。
その日はテレビの声も全く聞こえないくらい一日中泣き通しだったようで、二人は遂にこんな状況では過ごせないし、
愛犬だってつらいはずと思い、母は近くのマンションに住む私にその日の状況を電話で説明し「病院へ連れて行く」と言いました。
私はいつもよりかなり参った感じと、何か私に後ろめたい感じを持った母の様子に、無性に不安な気持ちになりすぐに電話を切り実家へ向かいました。
私が駆けつけると、父と母が車に乗って愛犬を病院へ運ぼうとしていました。どこの病院へ行くのかと尋ねると、
いつも愛犬を診てもらっている病院ではなく、昔行ったことのある病院(ろくな治療も出来ない所)へ行くというのです。
これで私は確信しました。『安楽死』だと。

私は部屋に戻らせ、普段ほとんど愛犬のことを知らない父には、今日うるさいからと言うその感情だけで、普段関わっていないのに
重大な決断を勝手にしないでほしい、と言い。母には、こんなことをして後悔しないのか?と言いました。
母は父に何とかしろと言われて、その雰囲気に押し流されてしまった自分を
私に止めてもらえればとでも思っていたようで、すぐに病院へ行くことを反対し始めました。

この日はなんとか無事愛犬を守り、明日私が旦那と母とでいつも行く病院へ連れて行き、様子を診てもらうことで落ち着きました。
愛犬も不思議とこの様子を悟ったのか、この話し合いの後は少し静かになったようでした。

次の日病院へ連れて行く前に愛犬の体を見ていたら、異変に気づきました。どうも近所を徘徊した際に溝などに転んで
その転んだ足の付け根に傷ができ、そこが化膿し虫が付いているようなひどい状態になっていたのです。
こんなツライ状態に気づかないまま、もし昨日人間の勝手な思いで病院へ行ってしまっていたら...愛犬への申し訳なさと、
気づいてやれてよかったと思う気持ちでいっぱいになりました。愛犬は雪山に住む犬のようにかなり毛深く、
この頃でも私が実家へ行きお風呂に入れていたのですが毛の奥の方までは洗えていなかったようで反省しました。

病院へ到着し、傷の状況や昨日の出来事を病院で説明すると、すぐに虫を駆除しきれないし、私たちも少しくらいは
ぐっすりと眠れる日があった方が愛犬のためにも良いと言うことで、1日入院し、翌夕方にお迎えに行くことになりました。
昨日から食べ物を口にしていなかった愛犬を心配しましたが、傷も綺麗になってくれたら少し状況も改善されるかと思い、
愛犬を病院へ預け帰宅しました。

前夜久しぶりにゆっくりと休み少しすっきりとした気分と、一晩離れた事でいっそう愛犬への思いが強くなり
愛犬がどうしているか気がかりだった私は、予定より少し早く母と旦那で愛犬のお迎えに行きました。
診察室へ入りしばらくして愛犬を連れてきてもらった時には、私も母も泣いてしまいました。
ちゃんとそこに現れてくれたことで安堵の涙でした。
そして先生から愛犬の状況などの説明があり、来年の夏が乗り切れるかが心配だと言われました。
その当時は秋だったので、まだ猶予はあるのだと思い少し安心した気持ちもありました。

そして先生からこんなお話を聞きました。「この子(愛犬)の心臓が動いている限り、それを勝手に止めることやっぱりいけない。
長く獣医をしていれば、やはり何度か『安楽死』をした経験もあるが、やはり嫌なものだし、よっぽど飼い主さんが努力し尽くし
限界を向かえた時に『安楽死』を選択された飼い主さんでも後悔が残る」と、「自分の子供より可愛いからと
飼い主さんが面倒を最後まで見ると言いきっていた人でも、愛犬の変化に参ってしまい『安楽死』を相談されることもある」と。

やっぱり辛い思いをしているのは私たちだけではないのだと思いました。
そして、愛犬の命はやはり他から操作してはいけないものだと改めて強く認識しました。
愛犬の心臓が『生きたい』と動く限り、それを支え見守ってやりたいと。
この先生の言葉に、診察室にいた私と母は号泣に近いほど泣いてしまいました。
母はきっと、ちょっとした気の迷いから、自分をずっと守ってきてくれた愛犬になんて事をしようとしてたんだろうと。そう思ったはずです。
そして私は、愛犬を介護する覚悟とその決意を新たに、家族そろって実家へ帰宅しました。

ですがもうすでにこの時、愛犬との別れへの秒読みが、始まっていたのです...

*別れまでの数日間
**愛犬のお葬式
*残されたわんこ


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