ヒロガルセカイ。

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柊リンゴ

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2008/06/02
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「もう、あなた達! 一緒に住んだら?」

今日も遅刻寸前で慌しくお店に駆け込んできた黒い髪と茶色い髪の二人を、
フロアーマネージャーの松田が事務所で叱りつけた。

「二人で住めば、どちらかが早く起きて、片方を引っ張って来られるでしょう?」
「はあ」
 気のない返事をしたのは茶色い髪のほうだ。
 まだ眠いのか額に手を当てて俯いている。

「こら、吉沢雅! 眠るんじゃないわよ! 人が説教をしているのに目の前で寝るとは、本当にあなたはいい度胸をしているわね」
 オネエ言葉を駆使する男・松田が怒りを露わにする。
それを見て、黒い髪のほうが隣の茶色い髪の雅を肘で突いた。
「起きている?」
「うん」
 気の抜けた返事をすると足元がふらついて、隣の水元亜季にぶつかった。
「顔色が悪いわね?」
 ようやく松田が気付いた。
「どうしたの、吉沢。体調が悪いの?」
 先程とはコロリと変わり、不安げな声で雅に尋ねた。

「体調は万全です。ただ、走りすぎました」
雅は駅からこのお店まで全力疾走をした後で立たされたので、眩暈を起こしたのだ。

「……走りすぎましたって? 駅から、ここまで? 三百メートルはあるわよ、一体何をしているの!」
「走らないと、遅刻になるので」
 正直な返事に松田は呆れ果てた様子だ。
「その遅刻癖を何とかしなさい! 今より五分でも早く家を出ることはできないの?」
「すみません。気を付けます」
 雅が素直に頭を下げたので、黒い髪の亜季もつられて頭を下げた。

「お店の近くに住むことを検討しなさい!」

 松田が延々と叱り続けていると、副店長が現れた。
「何ごとだい、松田くん。ドアの向こうまできみのオネエ声が聞えているよ。あー、きみ達が原因か。今日も遅刻したの?」

「いいえ、間に合いました」
 何故か二人の声が揃った。

「あはは、気が合うねえ。しかも身長が同じだから、お人形を並べて見ているようだな」
「副店長、面白がらないで下さい! 私はこの子達に、毎日血圧を上げさせられているんですよ」
 松田が目を三角にして副店長に訴えるが、彼はお気楽な性格のようだ。顎に手を当てて、廊下に立たされた生徒のような二人を眺めて目尻を下げている。
「いや、実に面白い。だから、きみの売り場は予算を達成するのだな」
「あ、はあ?」
 松田が二の句を告げないでいると、副店長は二人に早く売り場に入れと指示を出した。
「副店長! 甘すぎます」
「仕方ない。あの二人は雑誌に載っちゃったんだから。実際にあの子達を見る為にわざわざお店に足を運ぶお客さんがいるんだよ?」
「まさか!」
「おや。お客が店に物申す<お客様の声>を読んでいるかい? あの子達に会えて嬉しいだの何だのと、非常に解読しづらいギャル文字が多いんだよ。だから、一分一秒でも早く、売り場に立たせたらいい」
「……だからこそ、毎日遅刻ギリギリセーフでは困るんです」
 松田が溜息をついて、二人の後を追った。


ここはJRの駅前に建つ地上七階のファッションビルだ。
駅前という立地条件の良さで学校帰りの学生が客のメインになる。
お店側も学生をターゲットに絞り、ファッションビルならではの個性的な売り場作りで異色さを打ち出していた。

一階はアクセサリー売り場。
二階がコスメ売り場で、三階は安価なソファー等のインテリアを扱い、四階は本屋とCDショップ、五階と六階はメンズ・レディースの服や靴、雑貨を扱い、七階はカフェだ。
正に学生向けの大型専門店と言える。
この構成を知らずに来店する客はスーパーと間違えたのか「食料品売り場は何処?」や「お土産屋さんは何階?」と聞く。

客から見れば駅前に建つ店なら食料品やお土産等があって当然だが、それに耳を貸さずにあえて異色さを打ち出して成功した。 

また、学生相手なので店員は全員二十代と決められている。
勿論、店長クラスは団塊世代で待田のようなフロアーマネージャー等の管理職は三十代だが、店頭には立たない。
お店を盛り上げるのは他所とは違う選び抜かれた商品と、売り場の若い店員の魅力だ。
中でも二階のコスメ売り場にいる、同じ背の男性二人の評判が良い。

「ようやく来た! これでお昼に出られるわ。吉沢ちゃんと水元サン、後は頼むわよ」
 レジに立っていた宇佐美が二人とハイタッチをして、バックルームに入っていく。
レジは売り場の中央に二台ありカウンター式だ。 
通常は一台だけ稼働させておき、ピーク時は二台目も稼働する。


「あー。静かだね、今日は。さすが平日」
 レジから見るコスメ売り場は人がまばらに見えた。
シャンプーやコンディショナーの並ぶ奥の棚や、セルフと呼ばれる担当員が付かない化粧品コーナー、それにダイエットグッズも扱うこの売り場は広い。
百円のヘアピンから一万八百円のスリムローラーまで品揃えは豊富だ。
売り場の構成はドラッグストアに近いが、薬剤師を置かないので薬は扱わない。

「また叱られたね。でも僕も早く起きられないからなあ」
 亜季がぼやくと雅は笑顔になる。
「最近、早く制服に着替えられるようになったよ。最高記録二分ってところかな? お蔭で遅刻にならない」
「雅はそれに味を占めて危ない橋を渡るんだな。僕も人のことは言えないけど」
 出社したら先ず制服に着替えて、事務所で個人登録カードをスキャンする。
これはタイムカードと同じ要領だ。
遅刻寸前で駆け込んでも以前より早く着替えられるようになったから平気だと雅は胸を張る。
「雅、レジを開けて。ぼんやりしていると、また並ばれちゃうぞ」
「そう?」
 雅が制服のクレリックのシャツの襟元を外してネックレスを取り出す。
そこにレジの鍵が仕込んであるのだ。



2話へ続きます。

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Last updated  2008/06/02 05:08:06 PM
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