ヒロガルセカイ。

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柊リンゴ

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2008/06/02
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「面倒だから外に出したらいけない?」
「泥棒が目をつけて『レジを開けろ』と迫ったらまずいでしょう。防犯の為に中にしまうんだよ」

雅が前傾姿勢でレジの鍵を合わせて起動させると、売り場にいた客がちらちらとレジのほうを見始めた。

「あ、何だ。結構、人がいるね」
 雅と目が合ったお客が嬉しそうに微笑んでいる。それを横目に亜季が襟を指で弾いた。

「ちゃんと襟元を締めな。鎖骨が丸見え」
「そう?」
 襟元のボタンを掛けようとしているが、なかなかできない。
「鏡の前じゃないと掛からない」と不器用なことを言うので「もう」と亜季が雅のネックレスをシャツの中に入れた。 
互いの顔が近い。頬に息がかかり雅は少し慌てた。
「近いよ」
「仕方ないでしょう?」
 亜季が手際よく第一ボタンを掛ける。
「ありがとう。後は自分でやるよ」

「そう? 見物されそうだから早くしなよ」

「ふーん。ね、亜季サン。今日は良い香りがする」
「ああ。……貰いものの香水」
 レジにまだお客が来ないのをいいことに、二人は私語を続けていた。
「合わないかな?」
「そうでもないよ。爽やかな香りだから合うと思う」


亜季は『思うじゃなくて』と心の中で呟く。
もっと何か言えないかなと期待しては、はぐらかせれているのだ。

水元亜季はこのお店で吉沢雅より半年先輩で、雅の教育係としてコンビを組んでいる。
二人とも二十三才でフリーターだ。

亜季は繁華街から離れた県境の辺りに親と住んでおり、雅は隣町で一人暮らしだ。
 二人とも電車通勤で通勤時間は雅のほうが短い。
だが、二人揃っていつも本気の走りで従業員通用口に駆け込んでくるのだ。

「亜季サン。俺、顔が腫れていない?」
 雅が襟元のボタンを締めながら、上目遣いで亜季を見る。
「は、どうして。まさか熱でもあるの?」
 亜季は雅の頬や首筋を眺めた。赤らんでいるのかと心配したのだ。
「昨日、寝る前にジュース飲んだから」
「……それは、『むくんでない?』と聞くべきでしょう」
 正しい日本語を使わない雅に、亜季がお尻を軽く叩く。

「ああ、そうか。で、どう?」
「言われて見れば頬がパンパン」
「うわ。そんな顔をお客さんに見せたくないな。俺、売り場の商品整理でもいい?」
「ダメだって! 僕達はコンビなんだから」
 亜季が雅を引っ張ってレジに立たせた。
「おねがいしまーす」
 可愛い声がする。見れば女子高生が三人も並んでいた。

「お待たせしました、すみません」
 二人はお辞儀をして雅がレジを担当し、亜季が商品を袋に入れるサッカーの担当をする。
この二人見たさに来店したお客は一言でも話がしたいのか、目を輝かせて二人の隙を伺う。
「ありがとうございます」
 先に袋を渡した亜季に、早速食いついた。
「何時から働いているんですか?」
「僕ですか? お昼過ぎからですね」
「そうなんですかー!」
 はしゃぐ女子高生に、雅が首を傾げた。
「お客様。お会計は二千八百五十円です」
「あ! はいっ!」
 女子高生がキラキラ光る長財布から一万円札を取り出す。
爪にお花をつけている割に器用で、雅は微笑んだ。
 お釣りを渡して「ありがとうございます」とお辞儀をすると、女子高生は嬉しそうだ。
「吉沢さん。下の名前は雅さんですよね?」
「はい。お客様、覚えて下さってありがとうございます」
 にっこり微笑むとお辞儀をする。
「また、来て下さいね」
 小さく手を振ると女子高生は頬が赤くなる。
 そして口を押さえながら恥かしそうにレジを去っていく。
こんな感じが二十分も続いた。


「亜季サンとレジに立つと、きりがないな」
 ようやく波が過ぎて安堵すると、雅はそう悪態をつく。
「人を呼ぶのは雅だろう」
 トップを短く切って全体的にシャギーをいれた髪型の雅は、見た目が派手なのだ。
お客に見えないところで亜季が、また雅のお尻を軽く叩いた。
「何で?」
 口を尖らせる雅に亜季が苦笑した。
「なんとなく。叩きたいお尻だから」
「ああ、そう」

すっと流してしまう雅に、亜季は肩すかしを食らった気分だ。
亜季の心中を知らず、雅は引き出しから雑誌を取り出した。

「この雑誌に載ってからだよね。お客さんが急に増えたのって」
 雅が手にしているタウン誌の取材を受けたのは一ヶ月前だ。
『話題の店員サン・ということで、取材をさせて下さい』と言われ、二人とも短大を卒業してから就職もせずにここでバイトをしているのが後ろめたいので、開口一番に断ったが、松田に掴まり、写真を十枚ほど撮られてインタビューもされた。


「ご自分のウリは何ですか?」
「ウリ? 自信のあること? なら、髪の毛かなー。セットに三十分かかるし」
 平然と答えた雅の耳を松田が引っ張ったのは無理もない。
「セットに時間がかかりすぎ! だから遅刻するのねー?」
「痛い、松田さん! 違いますよ、ギリギリまで寝ていたいんです!」
「社会人として許されないわよ!」
 二人がバタバタしている最中に、今度は亜季が「僕も、四、五十分はかかりますね」と答えるので松田の怒りを煽った。


タウン誌には平手打ちされた吉沢と水元の写真は載らずに済んだが、まるでホストクラブ調に金の額縁の中にそれぞれの顔が収まった状態で特集のページができていた。
派手な演出は読者の眼を惹いた。
 顔が売れた二人は見事に客寄せ効果を発揮して、コスメ売り場の売り上げは上々だ。
「忙しくなるのは歓迎だけど、そのうち一人でレジをやれと言われそう。俺は亜季サンがいないと何もできないから困るな」


甘えん坊の3話に続きます。

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Last updated  2008/06/02 05:33:30 PM
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