今年の五月のことになる。
僕の直属の部下から、会社を退職したいとの相談があった。
またか、という気持ちだった。
その部下は、とても優秀なやつだった。
僕は彼の将来を期待していた。
ここ十年、役職上、新入社員の育成などは、僕が社長から仰せつかって全て行ってきた。
非力ながらも自分なりに懸命に力を注いできたつもりだ。
ところが新規も中途も、研修期間を終え、ぼちぼち現場に出始め、やっと即戦力になる!
という時期になると、大半の社員は何故か退職してしまう。
辞めて行く者は辞めて行く。ただそれだけのこと。
そう何度も自分に言い聞かせるが、どうしても僕はそこまで開き直れない。
手前味噌かもしれないが、僕は人材育成に関しては、悪戦苦闘しながらも頑張ってきたつもりだ。
だから僕は社員が辞めてしまう度にとても辛らかった。
多くの若手社員一人一人を見送る度に自責の念に苛まれた。
自分の力不足だったと猛省した。
心が削がれるように痛かった。
その時も、退職を希望する理由を何度も尋ねたが、彼は頑として口を割らなかった。
誰かを陰で悪く言うとか、そういうレベルではないのだが……。
企業の今後の為に、人材育成の改善の為に、知りたい情報なのだ。
是非教えて欲しい。どうか教えて欲しい。と何度も頼んだが、彼は何も言わなかった。
僕があまりしつこいので、やや半ギレで「察して下さい!」と最後に言った。
彼は、その明確な理由を僕や社長に伝ぬまま、会社を退職してしまった。
その後、彼の退職の理由が、僕の指導法であったと、僕は人づてに耳にした。
……それならそうと、正直に言ってくれればいいのに。
更には、長らく僕が独自で行ってきた若手の指導法は、実は社内では賛否両論があると知った。
……それならそうと、誰か早く言ってくれればいいのに。
だったら誰かが代わりに先頭に立って人材育成をして下さい。僕が全力でサポートします。
情けない話。僕はやりきれなくなってしまった。
もう、若手の育成などしたくない。懲り懲りだ。そう思った。
僕はこれまでたくさんの社員が退職して行くのを見送ってきた。
見送られる者に共通して言えるのは、彼らはいつも爽やかだということだ。
なぜに、退職する者は、あんなふうに爽やかなのだろう。
なぜに、見送られる者は、いつだって正しいのだろう。
みんな、まるで憑き物が取れたみたいに、すっきりとした顔で、
「退職の理由は?」と尋ねれば、堂々と僕の目を見て、知ったようなことを言いう。
世の中を悟ったようなことを言いう。
社会の真理を喜々として述べる。
僕は思う。だったらこの会社から去った者たちで、こぞって起業してみせてくれ。
君たちの発言が正しいのであれば、きっと瞬く間に大企業だ。
毎年国から表彰される、真っ白ケッケのホワイト企業だ。
社員たちはみんな愛社心に溢れ、不正も、派閥も、いじめもない、ユートピアの誕生だ。
それにひきかえ、見送る者の惨めさ、これは何だ。
なぜに、見送る者は、いつも申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
見送る者は、いつも伏し目がちで、もごもごと、伝えたいことの半分も言えず。
なぜに、新しい世界へ旅立っていく君たちの後ろ姿を、羨ましく見ているだけなのだ。
残った者たちは、君たちが去ったあとも、同じ会社の同じ机に向かい、
変わり映えのしない業務を続けなければならない。
やりたくない仕事もやらなければならない。
下げたくない頭も下げなければならない。
自らの手を汚さねばならない時もある。
去る者に、残る者の気持ちが分かるかい?
見送られる者に、見送る者の気持ちが分かるかい?
長年、様々な退職者を見送ってきた者として、今度ばかりは、しばらく引きずってしまった。
でも僕は考え直した。
僕と一緒に、この会社に残っている者たちも沢山いる。
見送る者たち。
残った者たち。
僕たちは何も間違ってはいない。
旅立った者たちの物語は一旦そこで終わる。
でも残った者たちの物語はずっとずっと続くのだ。
僕は、見送る者たちの終わらない顔が、好きだ。
下を向くな!
胸を張って前を向け!
これからもずっと、旅立った者たちに、僕たちの終わらない顔を見せて行こう!
この年の瀬の始まりに、そんな風に、やっとこさ決意したのである。
※ ※ ※ ※ ※
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